殉愛の檻

けふ

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本編

月下の檻

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 シオンの背が、柔らかすぎる絹の寝具に沈み込んだ。

 背徳的なまでに贅沢な羽毛の感触。それは、長年戦場の硬い地面や軍舎の粗末なベッドで眠ってきたシオンの身体にとって、底なしの沼に突き落とされたような落ち着かなさを強いた。部屋を埋め尽くすのは、高価な香油の芳香と、魔導暖炉から漏れる爆ぜるような熱気。外の冬が嘘のように、この閉ざされた空間だけが熱帯の熱を帯びている。

「……降ろせ、ギルバート。自分の足で立てる」

 低く、拒絶を込めて命じた。だが、視界を塞ぐのは、かつての部下の完璧なまでに整った軍服の胸元だ。金糸の刺繍が施された襟元に、シオンの荒い吐息がかかる。ギルバートは、まるで重さを感じていないかのようにシオンを抱き上げたまま、その耳元に唇を寄せた。

「立てませんよ。その銀の枷は、あなたの強靭な精神ごと、体力を削ぎ落とすように調整してありますから」

 囁きと共に、シオンはベッドの真ん中へと横たえられた。仰向けになったシオンを、ギルバートが影となって覆い尽くす。

 銀の枷が、シオンが動くたびに「ちりり」と冷たい金属音を立てる。魔力を吸い上げられ、指先ひとつ動かすのにも重労働のような疲労が伴った。

「検品を始めましょうか、閣下」

 ギルバートの指が、シオンの軍服の第一ボタンに掛かる。
 シオンは反射的にその手首を掴もうとしたが、力が入らず、逆にギルバートの大きな掌に指先を絡め取られた。

「やめろ……。俺を、辱めるのが目的か」
「辱める? 滅相もない。私はただ、あなたがどれほど傷ついたかを確認したいだけです。……私の知らないところで、誰に、どこを触られたのかを」

 ギルバートの瞳に、昏い炎が宿った。
 シオンの軍服が無造作にはだけられ、鍛え上げられた胸元が露わになる。そこには、軍籍を剥奪される際、見せしめとして受けた鞭打ちの痕が、無惨な赤紫色の筋となって残っていた。

 ギルバートの指が、その傷跡をなぞる。
 その指先が、怒りに震えているのか、あるいは歓喜に震えているのか、シオンには判別がつかなかった。ただ、傷に触れる愛撫は、驚くほど繊細で、痛いくらいに慈悲深かった。

「……あいつらか。あなたを処刑台へ引き立てた、あの無能な憲兵どもが、この肌を汚したのですね」

 ギルバートの声から温度が消える。彼は懐から、一点の汚れもない白い絹の布を取り出した。それは、かつてシオンが戦場で負傷したギルバートの手を縛るために、自らのマントを裂いて与えた布の切れ端だった。

「お前、それを……まだ持っていたのか」
「捨てられるはずがない。これが、私がこの世で唯一手に入れた『あなたの欠片』だった」

 ギルバートはその古びた布を、今のシオンの新しい傷口に押し当て、縋り付くように顔を埋めた。

 シオンは絶句した。自分があの日、死にゆく部下に施したささやかな慈悲が、この男の中でどれほどの猛毒として煮詰まっていたのか。

「閣下……いえ、シオン。あなたの傷も、痛みも、すべて私が買い取った。これからは、私の許可なく指先ひとつ傷つけることは許しません」

 ギルバートの指が、シオンの引き締まった腹部を這い、銀の枷に繋がる鎖を指に絡めた。
 鎖を引き絞られ、シオンの身体が弓なりに反る。首筋に、先ほど刻まれたばかりの「隷属の刻印」が、ギルバートの情熱に呼応するように脈打ち、熱を放った。

「くっ……あ、……」
「熱いですか? それは私の愛の色ですよ。シオン、あなたはもう二度と、私なしでは息もできなくなる」

 男前なシオンの瞳が、屈辱と、そして身体の内側からせり上がる未知の熱に潤み始める。

 かつての部下に見下ろされ、所有物として扱われる恐怖。それ以上に、この狂った執着の中に、安らぎを感じようとしている自分への嫌悪が、シオンを苛んだ。

 ギルバートは、動けないシオンの膝の裏に手を差し入れ、ゆっくりとその脚を割り開いた。
 そこは、かつての英雄が、誰にも、決して許さなかった聖域。

「さあ……見せてください。あなたが私だけのものになった証を」

 白亜の寝室に、シオンの切ない呼気と、重厚な鎖の音だけが響き渡った。
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