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おまけ

ダークヒロインだった結果②

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「復帰致しました。この度はとんだ御迷惑と醜態を晒しましたこと、心よりお詫び致します」

倒れる前と大差ないふっくらとした顔のマイクが深々とお辞儀をした。
倒れてから一ヶ月、昨日まで死にそうな顔をしていたのにと、ドロテアは首を傾げた。

「クロエが帰った途端、回復するなんて。きっと心配してるわ。後で手紙を送ったら?」
「はい。妻には頭が上がりません。昨夜ようやく前借りの許可もおり、未来への道が見え、全快に至りました。これからは身を粉にして働きます」
「?  そう。あとこれからは年に一回は有給をとりなさい。調べたところこの十年無休じゃない。だから疲れが出たんだわ」
「はい。そのように致します」



それから約半年後。
ドロテアは執務室でブラッドリーの仕事を手伝っていた。

領地に戻る前に一度王都でジルベルトをお茶会に出席させる。その為の基盤作りをしていた。

ドロテアは予算表に目を通した。
そこにはブラッドリーの資産、その極一部が載っている。

「えげつない額ね」

王都や郊外にあるブラッドリーが所持する土地や建物は義父イルクーツクの叔父イシードロが管理と整備をしてくれているようだ。

いくつかある邸宅の一部は貴人用の宿泊施設で、売上げも凄いが従業員に払う賃金も高額。それをこえる破格の維持費。更にその上をいく宿泊代。

ドロテアがちゃちゃっと計算してみたところ、日本円にすると年間3億くらいの収入があって、5千万ほどは賃金で消えて、その維持費に1億。なら儲けは半分の1億5千万かと、ドロテアは目を丸くした。

大きな邸宅だけじゃなく小さな土地の活用もしているようだ。

賃し店舗などは三年毎に家賃が安くなる仕組みを取り入れている。そのお陰かどの店も契約年数は10~20年以上と長い。おまけにただの更地に年間3千万ほどのお金が入ってくる土地が五件もある。

これは緊急時、もしくはイベント時などに使われる土地だろうとドロテアは思った。過去の使用頻度を調べたところ年に数回、王族が駐車場として使用していた。

これらの殆どが何代も前から築いた財産だ。でも王都から入る手取りだけでも5億以上ある。

資産の極一部だが、ブラッドリーはこれらの収入の殆どを王都にいる分家の人間に渡している。年間五百万~三千万と、人によって格差はあるが生活維持費として。

では領地の収入はというと……天文学的な数字に目眩がしてドロテアは読むのをやめた。桁がお金持ちのレベルじゃない。大富豪とか、石油王とか、よくわからないが国家予算みたいなヤバイ数字だった。

ドロテアは遠い目をした。

これが公爵とかになると、もっと凄いのだろう。独立して国とか作れちゃうくらい。

とりあえず分家に渡しているいくつかの資産をブラッドリーからジルベルト個人の資産として振り分けた。

お茶会を開く来月には分家の人間も気付くだろう。
自分達の主がジルベルトになったと。そしてジルベルトの機嫌ひとつで額が増減することにも。

下の子達が3歳になったらしばらくは領地で暮らして、ジルベルトが15歳になったら王都に戻り、学園に入学させる。その頃にはジルベルトの臣下となった分家の人間がジルベルトが暮らしやすいように王都に基盤を築きあげているだろう。

それにしても凄い。
侯爵家の財力が凄すぎる。 
ドロテアはまた遠い目をした。

この全てを後継者であるジルベルトが継ぐのだ。いや、その前に夫が継ぐ。そう考えたらフラッとした。

「ジルベルトは継ぐものがあるから……エイデルとルーベンには私から渡そうと思っていたのに」

ドロテアにも稼ぎはある。
今やスミス商会は国内いちの貸し魔導具屋となり、そこらじゅうに店舗を持ち、それは全国区にひろがっている。そして全店舗から毎月ドロテアへお金が入ってくる。

ドーンズ夫人繋がりで茶葉、畑、カフェにも投資している。ジューン領地には美味しい軟水があるので実家とも提携して収入はずっと右肩上がりだ。

自分にも子供達に遺せるものができたと安堵していたのだが、侯爵家が規格外すぎて雀の涙に思えてきた。思わず目頭を押さえ付ける。

「……わ、若奥様?  お疲れなのでは?」

マイクが「やはりまだ産後の疲労が残っているのでは?」と眉を下げた。

「広大な宇宙を感じて、人間はちっぽけな存在だと再確認したの」
「有名な詩か何かですか?」
「そんなところよ」

そこでワゴンを引くコリンが入室してきて、いつものお茶と共にある物を運んできた。

「こちらはライラからの贈り物です」

花瓶に活けられた紫色の薔薇──全て細い糸で精巧に編み込まれていて、花弁の水々しさや、陶器の艶々しさまで伝わってくる見事な出来映えだった。

「美しいわ……これは落成式で着たドレスね。懐かしい……」

針仕事が得意なライラはドロテアの婚姻後、全てのドレスを譲渡されていた。

その理由は、貴族令嬢は未婚時の服を着てはいけないという古い風習があり、高位貴族女性の殆どがその風習を倣っていた。せっかくのブラッドリーからの贈り物。まだ腕を通していないドレスもあるのに持っていけないのかと絶望していたら、ライラはドレスをほどき、可愛い小物を作ってくれた。これなら、持っていけますよ!と笑顔で。そんなライラに感動してドロテアは咽び泣いた。そしてライラに全てのドレスを譲り、それで好きに小物を作って、たまに私に贈って欲しいとドロテアは頼んだのだ。

「あの子の店も有名になったわね。任期を終えて嫁ぐものだとばかり思っていたのに……事前に用意していた成婚祝いは開店祝いになったわ」
「……自然界でも滅多にお目にかかれない白鴛鴦よりも出会うのが難しい幻の貴婦人と言われている若奥様と、その幻の貴婦人とよくお茶をするドーンズ嬢が通ってるお店ですからね」
「やだっ、それ絶対に嘘よっ。会員制だから店内で一緒にキャッキャッウフフしてる姿なんて見られてないものっ」
「……さようで」

現在ライラは王都郊外で小物雑貨を兼ねた喫茶店を経営している。材料ドレスが一級品ばかりで、開店資金も少なく済み、当初予定していた時期より数年早く開店に漕ぎ着けた。

「ほんと綺麗」

これはエイデルとルーベンの双子部屋に飾ってあげよう。そしていつかこの花はお母さんの独身時代にお父さんから贈られたドレスで作ってもらった花なのよ、と子供達に話す微笑ましい未来の光景が浮かんで、ドロテアは涙ぐんだ。

「エイデルとルーベンは寝てるかしら?」
「ルーベン坊ちゃまは先ほど起きてぐずられました。エイデルお嬢様には乳母が絵本を読み聞かせております」
「ならルーベンには久し振りに母乳をあげましょう。あとエイデルに既製品の絵本はダメよ。つまんないんだもの」
「……はい。『はいかぶー』と昨夜の話の続きを聞きたそうにしておりました」
「継父を手懐け義弟達をガラスの靴フェチに調教し、今度はカボチャ農家の宗主と城の乗っ取りを企む灰かぶり姫シンデレラの話ね」
「わ、私も同席していいですか?」
「ええ」

コリンはドロテアの暗黒童話のファンだった。早く続きが聞きたくて朝からやきもきしていた。

ドロテアが腰をあげると、バタン!と執務室のドアが開いた。

現れたのは全身に黒い鎧を身に付けたブラッドリー。真っ直ぐにドロテアに向かって歩きながら兜、手甲と鎧を脱ぎ捨てていく。落ちた鎧は重厚な音を立てて床に軌跡をつくっていく。

「ブラッドリー様っ、お帰りなさいませっ、予定では明後日までかかると聞いていたのですが、」

ドロテアが嬉しそうに声をあげると、マイクとコリンが床に落ちた鎧を急いで拾って大慌てで退室していく。

「急いだのだ」

ブラッドリーは側にあった水差しから直接飲み、そして手を洗った。

「喉が渇いているなら今お茶を淹れますわっ」

ドロテアが浮き足立って側のワゴンから茶葉を手に取った、その瞬間、ブラッドリーに両手首をとられて壁際に追い込まれた。
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