妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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 ヴァネッサはコンラートに交際を申し込まれた際、なぜ自分なのかと尋ねた。

「あたしみたいに、身分も学もない女をどうして……」
「身分と人間性は関係がない。身分が高くとも卑しい人間はいるし、低くとも高潔な人間はいる。学問だって、学ぶ機会がなかったからにすぎない。学びたいと言う気持ちがあるなら、今後いくらでも学ぶことができる」
「それに、あたしは不美人だし……」
「私はヴァネッサが不美人だとは思わない。美と言うのは個人の価値観であって……」
「いや、コンラート様の周りを見てくださいよ。綺麗な人はたくさんいるでしょう?」

 王国騎士団団長ともなれば、煌びやかな美しいご令嬢とたくさんの出会いがあるはずだ。コンラート自身も、妖精姫の兄の名に恥じぬだけの容姿を持っている。

「……美を誰かと比べて評価するなら、私にとって美人と言える人間は一人しかいない」

 コンラートはそう前置きをした後で、普段のキリリとした表情を崩して微笑んだ。

「妹のシャルロッテただ一人が、美人と言う称号に値するだろう。他の人間は等しく不美人だ」

 ヴァネッサはポカンと口を開けてしばらく硬直した後で、ぷっと噴き出すとお腹を抱えて笑い出した。

「あははははっ! 確かにそうだ! シャルロッテ様以上に美しい人間なんて、あたしは見たことがないよ! そうだよ、そう……妖精姫様と比べたら、誰だって不美人だ。多少の美の優劣なんて、取るに足らないことだ」

 あの子よりも目が小さい、あの子よりも鼻が低い、あの子よりもスタイルが悪い。
 小さなことでいちいち人と比べて、仮初の優越感に浸ったり、出口の見えない嫌悪感に憤ったり。日々変化する美の基準の中で、ヴァネッサは足掻くことさえできずに範囲外だと放り出されていた。
 それを悲しいと思う気持ちも悔しいと思う気持ちもあったが、それを口にすることはなかった。範囲外なら範囲外らしく、慎ましく生きれば良いと思っていた。誰かと比べたところで、決して自分は勝てないのだからと。
 でも結局、誰かと美を競って勝っても、さらに上がいるのだ。そしてその勝負の行き着く先は、誰もが一目見ただけで息を呑み、呼吸さえも忘れるほどに美しい妖精姫シャルロッテだ。
 ヴァネッサの目を曇らせていた美と言う霧が晴れた先で、彼女は幸せを見つけることができた。今では三人の子宝にも恵まれ、シャルロッテやブリュンヒルデのよき義姉として二人を支えている。

「おそらく王は今頃、パーシヴァルたちに説得されて、婚約破棄撤回に向けて動いているだろう。しかしロッテには、それを突っぱねて破棄を押し通す権利があると思う。……ロッテを妻にしたいと思う人間は、数えきれないほどいるだろう」

 コンラートの言葉に、ヴァネッサとブリュンヒルデが力強く頷く。社交界でも顔の広いローズフィールド男爵家出身のブリュンヒルデはもとより、マナー面での懸念や子育てのために社交界にほとんど顔を出していないヴァネッサですら、その頭には幾人かの男性が浮かんでいる様子だった。

「シャルロッテちゃんは、どうしたいんだい?」

 ヴァネッサが優しくシャルロッテの手を握る。無意識のうちに握り締めて冷たくなっていた左手に、ヴァネッサの体温が移っていく。
 シャルロッテは議場の間での出来事を振り切るように、強くヴァネッサの手を握り返した。
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