妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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 シャルロッテの前で立ち止まったメイが、左手首の水龍鳴涙鈴を一定のリズムをつけて振る。
 短く、短く、長く。
 それは、彼女が相手に対して大丈夫かと尋ねるときに使う音だった。

「大丈夫よ」

 意味がないと頭の片隅でわかっていながら、流れるように嘘が口から出て行く。途端に、咎めるようにメイの眉間にしわが寄った。
 シャルロッテを見上げる瞳は、本来は藍色のはずなのだが、光源の少ない今は紺に見える。メイの瞳の中で、困ったように眉尻を下げる自分と目が合う。彼女も、自身の嘘がすぐに見抜かれることを気づいている様子だった。

「……ごめんなさい」

 メイの圧力に耐え切れず、嘘をついた謝罪をする。少々考えこむように目を伏せたメイは、気を取り直したように小さく微笑むと、シャルロッテの手を取って歩き始めた。
 昔からメイは、シャルロッテの不調を見抜くとこうやって有無を言わせず手を引っ張って歩いた。最初のうちは抵抗していたシャルロッテだったが、頑として手を離さないメイの意志の強さに折れた。今では、彼女がこうなったら素直について行くしかないと分かっていた。
 華奢なメイの背で、腰元まで伸びた赤毛が揺れる。きっちりと編み込まれた髪は、質素な黒い紐で一つに結ばれていた。等間隔に並んだ廊下の明かりに照らされて、燃えるように赤々と光る髪を見つめながら、シャルロッテは重い口を開いた。

「あのね、メイ。私……クリストフェル様との婚約がダメになってしまったの」

 歩を緩めないまま、メイが横目でシャルロッテを見上げる。微かに顎を引き、繋いだ手に力がこめられる。
 兄夫婦に婚約破棄の報告をした際、茶室にメイの姿はなかったはずだが、誰かから聞いたのだろう。メイドたちはシャルロッテのことに関しては、メイに全幅の信頼を置いていた。
 あと一歩のところで消えてしまうはずだった命を救ってくれた、恩人であるコンラートとリーンハルト。彼らが最も大切にしているシャルロッテを守ることが、自身の使命だと思っているのかもしれない。時にメイは、恩人達すらも後回しにしてシャルロッテを優先する。そして兄たちも、それで良いのだと言うようにメイに信頼を寄せていた。

 長い廊下を歩き、突き当りの部屋の前でメイが足を止める。腰に下がった鍵束の中から指先だけで一つを選ぶと、鍵穴に差し込んだ。
 軽い音とともに解錠された扉が、ゆっくりと開く。一足先に入ったメイが、勝手知ったる様子で明かりをともしていく。
 橙色の光に照らされた部屋は見慣れたもので、朝に一吹きまとった香水の残り香が漂っていた。
 クリストフェルと会う時だけにつける特別な香りに、鼻の奥がツンと痛み、目が潤む。
 メイは真っ直ぐに部屋の奥まで歩いていくと、綺麗に整えられたベッドの縁にちょこんと腰を下ろした。隣をポンポンと叩き、シャルロッテにも座るように促す。
 ベッドサイドの明かりが、メイの瞳に元の色を取り戻させる。何かを言いたげに真っすぐにシャルロッテを見つめる藍色の瞳は、数刻前に両親の部屋で見たものと同じだった。
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