妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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「……ルトさま、リーンハルトさま! 聞いてます?」

 ブリュンヒルデの声に、過去へと飛んでいた思考が現在に引き戻される。

「あぁ、悪い……聞いてなかった」
「酷いです! 上の空だったので聞いてないだろうなとは思ってましたが、酷いですっ!」

 頭に浮かんだ言葉を素直に口にした結果、ブリュンヒルデの頬が不服そうに膨らんだ。子供っぽく不満げに尖った彼女の口元に微笑みつつ、そっと目をそらす。
 不意にそらされた顔を訝しみ、ブリュンヒルデがリーンハルトの顔を覗き込む。透き通った緑色の瞳が、瞳孔に近づくにつれて濃く色を変える。ブリュンヒルデの紫と、遠い昔に見た画家の紫が重なる。

 ブリュンヒルデも時折、彼と似た顔をすることがあった。
 ここではないどこか遠くに思いを馳せているかのような表情をしているとき、ブリュンヒルデは酷く大人びて見えた。悲しみにも諦めにも似た瞳に、何を考えているのかを尋ねても、リーンハルトの望む答えは返ってこなかった。
 彼女はただ、小さく微笑んで「何も考えていないですよ」と嘘をつくのだ。その顔は、シャルロッテが「大丈夫」と嘘をつく時と似ていた。
 シャルロッテの場合は、王子の婚約者として自分を厳しく律し、弱さを偽ることに慣れてしまったせいだ。しかしそれも、メイという魔法がかかれば簡単に解けてしまう。シャルロッテは、メイの前では嘘をつき続けることができない。
 一方のブリュンヒルデは、何故頑なに嘘をつき続けているのかもわからなければ、メイのような万能な魔法もない。彼女は確かに何かを隠しているのに、誰にも打ち明けていないのだ。彼女の父ローズフィールド男爵にも、他の兄妹たちにも、愛してやまないシャルロッテにも、そしてもちろん夫であるリーンハルトにも。

 無邪気に慕ってくるブリュンヒルデが可愛くて、誰にも渡したくないと言う独占欲から結婚を決めた。将来を約束すれば、彼女が抱える秘密を話してくれると思った。
 未だに結婚式で交わした口づけ以上のことをしないでいるのは、リーンハルトなりの抗議だった。

「それにしても、シャルロッテちゃん大丈夫ですかね? こんなふざけた話を聞いて、ショック受けたりしてませんかね?」
「ロッティーなら、こういう可能性も考えてはいただろうし、ヒルデが思うほどのショックは受けてないと思う。……まあ、ショックは受けただろうが」
「受けてるんじゃないですか!」

 居ても立ってもいられない様子でソワソワと歩き回るブリュンヒルデだったが、今自分にできることは何もないと悟ると、そっと椅子に座った。

「大丈夫だ。あの家には、ロッティー以上に怒ってくれる人がいるから」
「分かってます。私では、今のシャルロッテちゃんには何もしてあげられないって、分かってるんですけど……」
「……そう言えば今度、ロッティーが友達を呼んでお茶会をするとか言ってたな。ヒルデの作るお菓子は好評らしいから、近いうちに何か作って持って行ったらどうだ?」

 ブリュンヒルデの顔がパっと明るくなり、さっそくどんなお菓子を作ろうかと思案し始めた。一人百面相をしながらレシピを考えるブリュンヒルデの頭を撫でれば、飛び切りの笑顔を返してくる。
 抱きしめたい衝動に駆られるが、リーンハルトはギュっと強く拳を握り、一瞬の情動をかき消すと立ち上がった。

「張り切りすぎて、あんまり作りすぎないようにな」
「はーい」

 いたって軽い返事に、きっと作りすぎるだろうと確信した。
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