妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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「大丈夫ですか、シャルロッテ様」

 肩口をそっと掴まれ、シャルロッテは顔を上げると微笑んだ。

「ありがとうパーシヴァル。でも、いつの間に後ろにいたの?」
「シエラ嬢が華やかな声をあげて、エリザ嬢が艶やかな吐息を漏らしていたあたりですかね」

 シエラの嬌声もエリザの息の荒さも、表現さえ変えてしまえばこんなにも美しいのだ。魔女に頼らずとも、人は言葉によって魔法をかけることができると最初に言ったのは誰だっただろうか。確か詩人だったはずだが、すぐには思い出せなかった。
 王立学校で何度も開いた教科書を記憶の中でパラパラとめくっていると、シエラが先ほどよりも甲高い歓声を上げた。

「パーシヴァル様! どうしてここに?」
「シャルロッテ様の付き添いですよ。実は少し前から、コルネリウス家でお世話になっているんです」

 メイドとしてね。と、シャルロッテは心の中で付け足した。もちろん、口に出すような真似はしない。エッゲシュタイン姉妹に余計な混乱を与えたくなかったからだ。

「シャルロッテ様はクリストフェル王の婚約者ですものね。ランヴァルド様のことは、本当に残念でした。わたくしも姉様も、お二人の結婚式を楽しみにしていたのですが……」

 明るかったシエラの顔が翳る。胸元に飾られた黒い花のブローチを撫で、目を伏せると「リーデルシュタイン王国に祝福を」と囁いて胸元で両手を組んだ。
 静かに祈りをささげる妹の隣で、エリザは険しい表情でパーシヴァルとシャルロッテを交互に見ていた。無邪気なシエラなら、パーシヴァルの言葉である程度の納得は得られたが、聡明な姉はそうはいかなかった。

 いくら婚約者だとしても、王の付き人がシャルロッテに付き添っているのはおかしい。彼がシャルロッテの側に“いなくてはならない”理由があるはずだ。
 考え込むような仕草をしたエリザだったが、すぐに小さく息を吐くと肩の力を抜いた。彼女は、自身が踏み込んで良い領域とそうでない領域をわきまえていた。王家と伯爵家の問題に、子爵家が口をはさむことは出来ない。
 エリザは気を取り直したように顔を上げると、妹と同じように胸元に咲く黒い花のブローチを撫でて祈りの言葉をささげた。
 シエラとエリザに倣い、シャルロッテとパーシヴァルも祈りの言葉をささげる。視界の端では、エッゲシュタイン邸の美しい庭を整えていた使用人たちも、同じように首を垂れて祈りをささげていた。

 祈りを乗せた風が、花々とハーブの香りを含んで駆け抜けていく。シャルロッテは透明な風の行き先を目で追いながら、大きく広がった髪を手で押さえた。

「風も強くなってきましたし、中へどうぞ。ドレスの希望デザインについても、詳しくお伺いしたいですし」

 エリザに導かれるまま、エッゲシュタイン邸の大きな扉をくぐる。
 一歩下がりシャルロッテに先を譲ったパーシヴァルが、姉妹には聞こえないくらいの声で「良い案ですね」と囁いた。

「ヒルデちゃんの案よ」

 シャルロッテも彼と同じく声を潜めると、短くそう返した。
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