妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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 馬車の扉が開き、爽やかな乾いた風がシャルロッテの髪をなびかせた。大きく広がらないように髪を手で押さえ、日差しに目を細める。上空に広がる晴天よりも淡い空色の瞳は、強い光に弱かった。
 そっと目を閉じれば、風に乗って花の香りが漂ってきた。ミツバチでなくとも心奪われる甘い花の香りに、ピリリとしたスパイシーなハーブの香りが重なる。風に揺れ、葉が擦れたことによってハーブの香りが強く広がり、甘い花の香りが包み込まれてしまう。

「シャルロッテ様?」

 間近で声をかけられ、シャルロッテは薄く目を開くと、こちらに手を差し出したまま困惑の表情で立ち尽くす御者に苦笑いを向けた。

「ごめんなさい。日差しがまぶしくて」
「シャルロッテ様の瞳は淡いお色ですから、光をたくさん引き寄せてしまうのでしょう。目が慣れるまで、もう少し待ちましょうか?」
「いいえ大丈夫よ、もう慣れたわ。それに、あまりお待たせしても申し訳ないし」

 シャルロッテの目が、エッゲシュタイン邸の前でうずうずと体を動かしている二人の少女に向けられる。色違いの同じドレスを着た姉妹は、遠くから見ると双子のようにも見えた。

「それにしても、相変わらずここは庭が見事ね。小さいときに数度訪れたことがある程度だけれど、記憶の中の庭と何ら変わりないわ」
「リュディヴィーヌ様は、植物を愛しておられますから」

 真っ白な道の両側に、綺麗に整えられた庭園が見える。右手には今を盛りと咲き誇る赤い花が、左手には同じく咲き乱れる青い花が並んでいた。低木は全てが等しい高さに切りそろえられ、右手には黄緑色の、左手には濃い緑色の葉を茂らせた木が、幾何学模様を描くように配置されている。
 ハーブも良く手入れがされており、青々とした葉が気持ちよさそうに空へと伸びているのだが、それもまた左右で植えられている品種が違っていた。
 エッゲシュタイン邸の庭は、完ぺきな左右対称になるように緻密に計算されて作られていた。
 なるべく自然の形になるように整えられた庭も好ましいが、このように人工的に手を入れた庭もまた、秩序を感じられて素敵だった。
 長く庭を見ていたい気持ちに後ろ髪をひかれながら、シャルロッテは足早に姉妹に歩み寄ると微笑んだ。

「お久しぶりです、エリザさん、シエラさん」
「シャルロッテ様、本日はようこそお越し……」
「お姉様! 本物のシャルロッテ様ですよ! 本物の!」

 エリザが上品に挨拶を返そうとするのを、妹のシエラが遮る。大きな茶褐色の瞳をキラキラと輝かせながら、シャルロッテとエリザを交互に見ては悲鳴にも似た甲高い歓声を上げている。

「見てくださいあの腰! 今にも折れそうなほど細いじゃないですか! まるで内臓が入っていないみたい! お肌も白磁のようにスベスベ! あぁっ、御髪もサラサラで、陽の光りを受けて眩しいくらいに輝いてますわ!」

 キャーキャーと騒ぎながら、上手く聞き取れないほど高速でしゃべり続けるシエラを、エリザがそっとたしなめる。

「シエラ、シャルロッテ様が困っているでしょう。申し訳ありませんシャルロッテ様。シエラは昔からあなたの大ファンでして。……あぁ、でも本当に美しい……今日も会えるのを楽しみに……本当に、お人形みたい。じゅるり……しておりまして……はぁはぁ、可愛い……それなので、少々おかしなことを言っても……はぁはぁ……ご容赦くださると……じゅるり」

 呼吸の荒いエリザが、何度も溢れ出しそうになる唾を飲み込む。
 この姉妹は昔から美しいものに目がなく、時々こうして暴走していた。悪い人ではないと分かっているのだが、会うと精神的に疲労するのだ。
 今すぐにこの場を離れたいという感情から無意識に一歩後退ったとき、ドンと何かにぶつかった。
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