74 / 82
74
しおりを挟む
シャルロッテだって、つい数日前まではクリストフェルの王冠について考えることはなかった。
もしも王妃として彼の隣に立つ未来があったならば、リーデルシュタイン王の王冠と王妃のティアラは対になっていなければならないという決まりがある以上関わらなければならなかったが、今となっては王の王冠がどのようなものであったとしてもシャルロッテには関係のないことだ。
それにもかかわらず今、王城へと通じる門を通っているのは、フォルミコーニ家へ訪れるためだった。
パーシヴァルが言っていた“フォルミコーニ家へと赴く予定”と言うのが、クリストフェルの王冠を飾る宝石に関しての交渉だったからだ。
フォルミコーニ子爵の治める領地には、上質な宝石が採れる鉱山が複数あった。王都からかなり遠く辺鄙な場所にあるフォルミコーニ子爵領は、都市から離れている分自然が豊かで大小さまざまな山が点在していた。領民のほとんどが採掘を生業としており、諸外国と貿易をする際の通貨である金銀銅も豊富に採れた。
王家の人々が身に着ける宝石のほとんどがフォルミコーニ子爵領で採れたもので、王冠を彩る宝石も例に漏れない。先王の王冠で輝いていた宝石も、祭事用の王冠のそれも、全てフォルミコーニ子爵領産だった。
「王冠を作る際、事前にフォルミコーニ子爵に必要な宝石を頼んでおくんです。子爵の持つ鉱山からは豊富な宝石が採掘できますが、色や形を希望通りに揃えるのはなかなか大変なため、余裕をもって頼むのが常なのですが……」
あの日、パーシヴァルはそこまで言うと苦虫を噛み潰したような表情で眉根を寄せた。激しい苦悩の表情は彼にしては珍しいもので、何があったのかと聞かざるを得ないほどだった。
「実は、未だにどんな宝石にするのか決まっていないんです」
「決まっていないって、なんでまた……」
「シャルロッテ様は、宝石言葉ってご存知ですか?」
「えぇ、もちろん。セフィアは愛情、クロテアは勇敢、アスロモアは慈愛。基本的な宝石言葉なら覚えているわ」
「……確か、そんな言葉だった気がします。えぇ、えぇ、シャルロッテ様がそうおっしゃるのならば、きっとそうなのでしょう」
どうやらパーシヴァルは宝石言葉をよく知らないようだった。宝石の名前自体は教養のうちに入っても、宝石言葉となるとやや占い的な要素が含まれる。パーシヴァルのような人間には、馴染まないもののようだ。
「しかもあれ、色によって言葉が変わると聞いたのですが」
「そうね。セフィアは愛情って宝石言葉だけれど、赤のセフィアは情熱、青のセフィアは信頼になるわね」
「挙句の果てに、特定の宝石が近くにあるとさらに言葉が変わるらしいではないですか」
「赤のセフィアの隣に黒のクロテアがあると、裏切りって言葉になるわね。白のクロテアなら永遠、青のクロテアなら意味は変わらないわね」
すらすらと諳んじるシャルロッテの顔を、パーシヴァルが絶望の表情で見つめる。
「意 味 が 分 か ら な い」
心の底から吐き出される嘆きに、シャルロッテは思わず噴き出した。
「興味のない人からすれば、なかなか覚えられるものではないわよね」
「一つ一つの宝石に言葉があること自体は理解できます。色によって言葉が変わるのも許容範囲です。ただ、隣り合った宝石によって変わる必要性があるのか、それが分からないのです」
シャルロッテだって、理解できるか否かと聞かれれば、否と答えるだろう。この手のことは、頭で理解しようとしてはいけないのだ。
「宝石言葉から宝石を選んでも、配置の関係で悪い意味になるから変えなさいと言われ、別の宝石にすればそれは先々代が使っていたから駄目ですと言われ。それならどんな宝石が良いのか教えてほしいと言っても、それは致しかねますと言われ」
王城に出入りしている宝飾職人たちは、王の考えに対して適切な助言を行うのが仕事であって、提言は越権行為に当たると考えられている。どれだけ王とその付き人が宝石について疎く、長考しても妙案が浮かばなかったとしても、適切な宝石がどれかを教えてくれることはないのだ。
宝石言葉に対しての鬱憤を吐き出して落ち着いたのか、パーシヴァルは深いため息をつくと肩を落とした。
「そんなこんなで、フォルミコーニ子爵にはだいぶ待っていただいているのです。しかし、これ以上長引けば王冠が出来上がるのが遅くなるばかりで……」
パーシヴァルの瞳が、シャルロッテに向けられる。顔自体は俯いているため、必然的に上目遣いになっていた。
その表情から、シャルロッテは彼が何を言いたいのか分かっていた。
「お力をお貸し願えませんか、シャルロッテ様?」
もしも王妃として彼の隣に立つ未来があったならば、リーデルシュタイン王の王冠と王妃のティアラは対になっていなければならないという決まりがある以上関わらなければならなかったが、今となっては王の王冠がどのようなものであったとしてもシャルロッテには関係のないことだ。
それにもかかわらず今、王城へと通じる門を通っているのは、フォルミコーニ家へ訪れるためだった。
パーシヴァルが言っていた“フォルミコーニ家へと赴く予定”と言うのが、クリストフェルの王冠を飾る宝石に関しての交渉だったからだ。
フォルミコーニ子爵の治める領地には、上質な宝石が採れる鉱山が複数あった。王都からかなり遠く辺鄙な場所にあるフォルミコーニ子爵領は、都市から離れている分自然が豊かで大小さまざまな山が点在していた。領民のほとんどが採掘を生業としており、諸外国と貿易をする際の通貨である金銀銅も豊富に採れた。
王家の人々が身に着ける宝石のほとんどがフォルミコーニ子爵領で採れたもので、王冠を彩る宝石も例に漏れない。先王の王冠で輝いていた宝石も、祭事用の王冠のそれも、全てフォルミコーニ子爵領産だった。
「王冠を作る際、事前にフォルミコーニ子爵に必要な宝石を頼んでおくんです。子爵の持つ鉱山からは豊富な宝石が採掘できますが、色や形を希望通りに揃えるのはなかなか大変なため、余裕をもって頼むのが常なのですが……」
あの日、パーシヴァルはそこまで言うと苦虫を噛み潰したような表情で眉根を寄せた。激しい苦悩の表情は彼にしては珍しいもので、何があったのかと聞かざるを得ないほどだった。
「実は、未だにどんな宝石にするのか決まっていないんです」
「決まっていないって、なんでまた……」
「シャルロッテ様は、宝石言葉ってご存知ですか?」
「えぇ、もちろん。セフィアは愛情、クロテアは勇敢、アスロモアは慈愛。基本的な宝石言葉なら覚えているわ」
「……確か、そんな言葉だった気がします。えぇ、えぇ、シャルロッテ様がそうおっしゃるのならば、きっとそうなのでしょう」
どうやらパーシヴァルは宝石言葉をよく知らないようだった。宝石の名前自体は教養のうちに入っても、宝石言葉となるとやや占い的な要素が含まれる。パーシヴァルのような人間には、馴染まないもののようだ。
「しかもあれ、色によって言葉が変わると聞いたのですが」
「そうね。セフィアは愛情って宝石言葉だけれど、赤のセフィアは情熱、青のセフィアは信頼になるわね」
「挙句の果てに、特定の宝石が近くにあるとさらに言葉が変わるらしいではないですか」
「赤のセフィアの隣に黒のクロテアがあると、裏切りって言葉になるわね。白のクロテアなら永遠、青のクロテアなら意味は変わらないわね」
すらすらと諳んじるシャルロッテの顔を、パーシヴァルが絶望の表情で見つめる。
「意 味 が 分 か ら な い」
心の底から吐き出される嘆きに、シャルロッテは思わず噴き出した。
「興味のない人からすれば、なかなか覚えられるものではないわよね」
「一つ一つの宝石に言葉があること自体は理解できます。色によって言葉が変わるのも許容範囲です。ただ、隣り合った宝石によって変わる必要性があるのか、それが分からないのです」
シャルロッテだって、理解できるか否かと聞かれれば、否と答えるだろう。この手のことは、頭で理解しようとしてはいけないのだ。
「宝石言葉から宝石を選んでも、配置の関係で悪い意味になるから変えなさいと言われ、別の宝石にすればそれは先々代が使っていたから駄目ですと言われ。それならどんな宝石が良いのか教えてほしいと言っても、それは致しかねますと言われ」
王城に出入りしている宝飾職人たちは、王の考えに対して適切な助言を行うのが仕事であって、提言は越権行為に当たると考えられている。どれだけ王とその付き人が宝石について疎く、長考しても妙案が浮かばなかったとしても、適切な宝石がどれかを教えてくれることはないのだ。
宝石言葉に対しての鬱憤を吐き出して落ち着いたのか、パーシヴァルは深いため息をつくと肩を落とした。
「そんなこんなで、フォルミコーニ子爵にはだいぶ待っていただいているのです。しかし、これ以上長引けば王冠が出来上がるのが遅くなるばかりで……」
パーシヴァルの瞳が、シャルロッテに向けられる。顔自体は俯いているため、必然的に上目遣いになっていた。
その表情から、シャルロッテは彼が何を言いたいのか分かっていた。
「お力をお貸し願えませんか、シャルロッテ様?」
0
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
公爵家の養女
透明
恋愛
リーナ・フォン・ヴァンディリア
彼女はヴァンディリア公爵家の養女である。
見目麗しいその姿を見て、人々は〝公爵家に咲く一輪の白薔薇〟と評した。
彼女は良くも悪くも常に社交界の中心にいた。
そんな彼女ももう時期、結婚をする。
数多の名家の若い男が彼女に思いを寄せている中、選ばれたのはとある伯爵家の息子だった。
美しき公爵家の白薔薇も、いよいよ人の者になる。
国中ではその話題で持ちきり、彼女に思いを寄せていた男たちは皆、胸を痛める中「リーナ・フォン・ヴァンディリア公女が、盗賊に襲われ逝去された」と伝令が響き渡る。
リーナの死は、貴族たちの関係を大いに揺るがし、一日にして国中を混乱と悲しみに包み込んだ。
そんな事も知らず何故か森で殺された彼女は、自身の寝室のベッドの上で目を覚ましたのだった。
愛に憎悪、帝国の闇
回帰した直後のリーナは、それらが自身の運命に絡んでくると言うことは、この時はまだ、夢にも思っていなかったのだった――
※第一章、十九話まで毎日朝8時10分頃投稿いたします。
その後、毎週月、水朝の8時、金夜の22時投稿します。
小説家になろう様でも掲載しております。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる