妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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「やっと終わった……」

 ぐったりとソファーにもたれかかり、リーンハルトが疲労に満ちた声でそう言うと天井を仰いだ。功労者のように振舞っているが、単位の関係で宝石学を履修しただけで宝石は専門外だと言って早々に離脱し、時々口をはさむ以外は紅茶を飲んでいた。何杯もお代わりをしていたため、そろそろ紅茶で満腹になっていることだろう。

「何とかまとまって良かった」

 最大の功労者であるアーチボルトが、力のない笑顔を浮かべるとネクタイを緩めかけてはっと気づいたように表情を引き締めると椅子に座りなおした。王の前だと言うことをすっかり忘れて寛ごうとしていたのだろう。

「アーチボルト、楽にして良いよ」

 クリストフェルが優しくそう言うが、アーチボルトは「いえ」と控えめに首を振ると背筋を伸ばした。

「王がああ言ってるんだし、そもそももう勤務時間は終わってるだろ? ネクタイなんて投げ捨てても良いと思うけどな」

 そういうリーンハルトは、すでに王国騎士団の制服を脱いでネクタイを緩めており、シャツの第一ボタンを外していた。脱ぎ捨てられた制服を綺麗にたたんでソファーの背にかけたのはシャルロッテだった。乱雑に置かれても早々に皴がつくような服ではないのだが、左胸にぶら下がった勲章がぐちゃぐちゃに乱れているのが見ていて忍びなかったのだ。

「時間になったらお役御免で何しても良いわけじゃないんだから……」
「さすがに何しても良いとは言ってないだろ。制服を脱いで、ネクタイを外すくらいならしても良いんじゃないかって言ってるだけで……」

 ギャアギャア言い合っている二人を微笑ましそうに見ていたクリストフェルが、ふと何かに気づいたように顔を上げるとシャルロッテを見つめた。彼の端正な顔にも深い疲労の色が滲んでいるが、ここ最近の心労を考えると今回のことだけが原因ではないのだろう。

「シャルロッテ、宝石の指定書と一緒に手紙も届けてもらえるかな?」
「構いませんよ」
「フォルミコーニ子爵にはだいぶ待ってもらったからね、お詫びを入れておかないと」

 手慣れた様子で引き出しから白い便箋を取り出し、書類の山に埋もれていたガラスの万年筆を発掘すると椅子に腰かけた。
 シャルロッテはそっとクリストフェルの斜め後ろに立つと、彼の手元が見えるように覗き込んだ。
 人の手紙を覗き見するのは悪趣味だが、クリストフェルが今から書こうとしているのは個人的なものではない。右下に王家の紋章が入ったその便箋は、王としての公式な考えを伝えるために使われている。ほとんどが決まりきった定型文を書き記すのみで、内容としてはないに等しい。王が自ら書いたと言う点だけに価値があった。
 ペン先に浸された青いインクが、次々と言葉を綴っていく。
 シャルロッテは、力強くも美しい彼の字を見るのが好きだった。幼いころから何度も、クリストフェルが何かを書く時はこうやって後ろに立って、踊るように吐き出される文字を見つめていた。
 一度も止まることなく動き続けたペン先が、最後の署名を書き終えると紙から離れた。インクはすぐに紙に吸い込まれ、四角く折りたたまれると封筒へと消えていった。
 真っ赤な蝋が垂らされ、王家の紋章が捺される。

「シャルロッテは相変わらず、僕が文字を書くと見に来るね」
「恥ずかしいですか?」

 幼い頃はよく、そう言って手で隠されていたことを思い出す。

「さすがに慣れたよ」

 困ったように微笑みながらクリストフェルが差し出した手紙を両手で受け取ると、持ってきていた小さな鞄の中にしまった。

「でも、シャルロッテの字だって綺麗じゃないか。第一、僕よりもパーシヴァルのほうがずっと上手いし」
「私は、クリストフェル様の字が好きなんです」

 素直にそう返せば、クリストフェルが驚いたように目を丸くした後でプイと顔をそむけた。

「そうか」

 その声はぶっきらぼうだったが、金髪の隙間から見える耳の先は、淡い桃色に染まっていた。
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