妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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「ところで、もう夜も遅いけれど、夕飯の予定は? なければこちらで用意するけれど」

 窓から見える景色はぼんやりとオレンジ色に光っているが、それは城を煌々と照らすランプの光だった。空へと視線を転じれば、すでに太陽は没し、星々が輝いている。半月は薄くかかった雲に遮られ、淡く滲んだ色で地上を見下ろしていた。

「俺は特に予定はないけど、ロッティーは?」
「私も特には」

 コルネリウス家は今、夕飯の真っ最中だろう。料理長はその時にいる人数分の食事しか作らないためシャルロッテの分は当然ないが、帰ってから一言伝えればすぐに用意してくれるだろう。しかし、せっかく仕事が終わってゆっくりしている調理場の人々に食事を頼むのは忍びない。城下町で何か簡単に食べられるものでも買って帰ろうと思っていたのだが、久しぶりにここで食事をするのも悪くはない。

「アーチボルトは?」

 リーンハルトに質問の矛先を向けられ、アーチボルトは考え込むように目を伏せると「特にはないけれど……」と煮え切らない態度で語尾を濁した。
 おそらく、王家の夕食に同席することに抵抗があるのだろう。

「もし特に予定が入っていないなら、食べて行ってくれると嬉しいんだけど」
「何かあったんですか?」

 含みのある言葉にそう問いかければ、クリストフェルは困ったように微笑むと三人をぜひとも夕食の席に招待したい理由を語りだした。

「実は、うちの料理長が最近マールグリッドの料理人と交流があったらしくて、南方風の料理を取り入れているんだけど、僕の感想のみでは不満なようでね」

 幼いころから一流の食材とリーデルシュタイン一の腕を持つ料理長の作ったもので育ったクリストフェルの舌は、かなり肥えていた。味覚は鋭く、その点に関しては疑う余地はないのだが、美味しいか否かを判断することしかできなかった。
 料理の細かい感想を聞かれても、クリスエルの脳内の辞書には適切な項目がないのだ。

「そう言うことでしたら……」

 自分がどれだけ力になれるかは分からないけれどと添えてから、アーチボルトが首を縦に振った。
 クリストフェルが先ほどとは違った調子でベルを鳴らす。すぐにメイドが姿を現し、三人を夕食に招待する旨を伝えられた。承知しましたと言って深く一礼し、来た時と同じ扉から出て行く。
 チラリと見えた顔は嬉しそうで、悩める料理長に助言を与えてくれる客人の登場を喜んでいるようだった。
 夕飯が出来るまでの間、少し夜風にでもあたって茹だった頭を冷まそうと言うリーンハルトの提案に乗って部屋を出て行こうとしたとき、クリストフェルがシャルロッテの腕を柔らかく掴んだ。
 その手は今日も、純白の手袋で隠されている。

「どうかしましたか?」

 クリストフェルが何かを確かめるように、やや深めに息を吸い込むと目を細めた。

「シャルロッテ……香水を変えたの?」
「変えてませんよ」
「でも……」
「元々、いくつか持っていたんです。たった一つしか選択肢がないわけではないんですよ」

 シャルロッテはそう告げると、クリストフェルの腕をそっと振りほどいた。
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