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本編第五章:宴会編

第九十五話「特異種を味わう:前篇」

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 五月四日正午過ぎ。
 グリーフ迷宮の魔物暴走スタンピード終息を祝う祭りの喧騒が遠くから聞こえる。私マシュー・ロスは町の人たちへの料理の提供を終え、後片づけを行っていた。

 つい半月前までは閑古鳥が鳴いていた店だが、思った以上に人が集まり、用意してあった料理、ミノタウロスの上位種の肉を使った牛鍋とチャンピオンを使ったタタキは開始から一時間ほどですべて無くなった。
 前日にこうなるのではないかと探索者街シーカータウンのビストロのシェフ、カール・ダウナーさんに言われたが、並んでいた人に話を聞いてみた。

「魔王様から勧誘されたそうじゃないか。なら一度食べてみたいと思ってな」

 魔王アンブロシウス陛下から勧誘されたことで、私の料理に興味を持ってくれたようだ。

 アンブロシウス陛下から魔王領に来てほしいと言われたことは事実だが、これはゴウ・エドガーさんのお陰だ。あの人がうちの店に来てくれなかったら、このような出会いはなかっただろうから。

 ゴウさんにはアンブロシウス陛下の件だけではなく、素晴らしい素材も使わせてもらっている。これらのことに対し、少しでも恩を返したい。
 そこで預かっている特異種、ミノタウロスエンペラー、レッドコカトリス、ブルーサンダーバードを最高の状態で食べてもらいたいと考えた。

 これについては面白い話がある。
 昨夜のことだ。今日の下拵えをしていると、カールさんがふらりとやってきた。

「明日の祭りについてなんだが、ゴウたちに何か作るつもりか」

「ええ、特異種の肉を楽しんでいただこうと思っていますが」と私が言うと、「やはり俺と同じか」と笑った。カールさんも私と同じことを考えていたようだ。

「せっかくだから、一緒に打ち上げをやらないか」

 意図が分からず、「一緒にですか?」と聞いてしまう。

「明日は店を開けないんだろ。俺のところもそうだが、お前のところもあっという間に用意した料理は無くなるだろう。その後に俺の店か、ここにゴウたちを呼ぶんだ。そこで一緒に料理を出して、あとは一緒に酒を飲む。どうだ、面白そうだろ?」

 確かに面白そうだと思った。それ以上にカールさんがあの素材を使ってどんな料理を作るのかが気になる。

「分かりました。では、私の店でやりましょう。カールさんのところだと周りは賑やかなままでしょうけど、この辺りは静かですから」

「そうだな。確かにうちの周りはシーカーたちが多いからこっちの方がいいだろう」

「心配なのはうちがそんなに早く終わるかですよ」

「心配いらんだろう。お前の噂は結構聞くぞ。俺の予想だと、明日は始まる前から大行列になるはずだ」

 その時は半信半疑だったが、結果はカールさんの言う通りだった。


 午後一時頃にゴウさんたちがやってきた。
 メンバーはゴウさんとウィズさん、いつも通りトーマスさんたちドワーフが四人、守備隊の兵士エディ・グリーン君と管理局職員のリア・フルードさん、そして約束していたカールさん夫妻だ。
 それだけではなかった。国王アヴァディーン陛下が一緒だったのだ。

 しかし、想定内のことだ。
 今朝早く、迷宮管理局の管理官エリック・マーロー氏が店を訪れ、陛下がここを訪れる可能性があることを伝えてきたからだ。
 マーロー管理官から話を聞いた時、驚くと共にそれはないだろうと思った。

「陛下がですか? 確かに師匠の店に行かれたことは知っておりますが、私のところに来られることはないでしょう」

「いや、これは内密にしてもらいたいんだが、王宮より秘かに連絡がきたんだ。陛下はエドガー殿たちと町に出るおつもりだとな」

「陛下が町に」とオウム返しに言ってしまった。

「そうだ。それともう一つ理由がある。君がアンブロシウス陛下から勧誘された話は陛下もお聞きになっている。そしてジン・キタヤマ氏の最後の弟子にして、キタヤマ氏が君のことを天才と呼んだことも。陛下は大いに興味を持たれている」

 陛下が私に興味を持っていると聞いて言葉を失った。

「これで陛下がここに来られる可能性が非常に高いことは理解できただろう。だから、その心づもりでいてほしい」

 それだけ言うと管理官は帰っていった。
 内密と言われたので、スタッフのタバサにもはっきりとは言えない。ただ、いきなり陛下が現れたら心臓に悪いから、もしかしたらゴウさんと一緒に陛下が来られるかもしれないとだけ告げている。


 ゴウさんたちを席に案内すると、カールさんと奥さんのマギーさんが厨房にやってきた。

「驚いたぞ。まさか陛下が一緒だとはな」

 豪放なイメージのカールさんが驚き、彼以上に肝が据わっているマギーさんですら、顔が引き攣っている。

「あたしもビックリしたね。まあ、あの人たちだからね。何があっても不思議じゃないよ」

 そんな話をするが、すぐに仕事に取り掛かる。

「俺の料理は収納袋マジックバッグに入っているが、そっちは最後の仕上げを行うものはあるのか」

「いいえ。こちらも全部完成しています。お酒を出す間に盛り付ければ終わりです」

「なら、一緒に持っていくか。最初は打合せ通り、鶏でいいんだな」

「ええ」と答えると、カールさんが料理を出していく。

 香ばしい香りが厨房に広がる。
 カールさんが作った料理を見て、なるほどと感心する。

「なあ、満足できるものができたか? 俺はまだ満足していないんだが」

 自分の料理を見ながら真剣な表情で、そう言ってきた。料理人として、言いたいことはよく分かる。

「私も同じ気持ちですよ。これだけの素材を生かしきれたのかと言われると、自信はありません」

 ブラックコカトリスやサンダーバードですら、肉の持つ旨味をすべて引き出しているとは言い難い。
 それ以上の肉だ。味見をして驚くより困惑したほどだ。
 カールさんも同じことを思ったらしい。

「そうだよな。味見をした時に腰を抜かしそうになったよ。こんな肉があるのかとな」

「私も同じことを思いました。この味を完璧に生かせる腕が欲しいと切実に思いましたね」

 カールさんは料理を再びマジックバッグに入れた。

「最初はお前の料理からだ。時間が掛かるから、冷めないようにしまっただけだ」

 言いたいことはよく分かる。肉の味に驚いてあのゴウさんでも箸が止まるはずだ。

「では、皆さんお待ちでしょうし、さっそく持っていきましょう」

 そう言って厨房を出た。

■■■

 マシューの和食店“ロス・アンド・ジン”に来ている。
 最初に出てきたのは俺たちが提供した特異種の魔物、レッドコカトリスとブルーサンダーバードだ。

「シンプルな塩焼きと照り焼きを作ってみました。こんなことを言うのは料理人として失格なのですが、これは未完成の料理です」

「未完成なのですか?」と聞き返す。完璧な料理に見えるためだ。

「言い方を間違えましたね。私の腕ではこの肉を使い切れないのです。ですが、味は今までで一番だと思っています」

 大げさだなと思いながら、塩焼きと照り焼きを大皿から取る。
 どちらも一口大に切ってあり、見た目は鶏のもも肉を焼いただけの料理にしか見えない。ただ、皮から浮く脂のテカり、上がってくる香りは最上級の鶏肉だった。

 レッドコカトリスの塩焼きを箸で摘まみ、口に入れる。

「ん‼」と言葉にならない声が出る。

 歯ごたえは確かに鶏肉だ。しかし、その肉汁は上質のスープのようで雑味は一切ない。旨みだけが凝縮され、適量の塩が甘さに変えていた。
 皮は脂がたっぷりと含まれているが、安い肉のような臭みやくどさはなく、焼き目のパリッとした歯ごたえと香ばしさによって、これだけで完成した料理になっている。

 誰も何も言わずに肉を噛み締めている。そして、誰も酒に口を付けていない。酒好きとして有名なドワーフたちですら。
 最近、最初にコメントを言うウィズも黙ったままだ。

「美味いなんてものじゃない……これで生かし切れていないんですか?」

 何とか言葉を絞り出す。

「ええ、正直なところ、この料理の美味さはすべて肉のお陰です。私でなくてもある程度肉を焼ける人なら、この味を出すことは容易でしょう」

「そんなことは……」と言おうとしたが、カールが口を挟む。

「マシューが言ったことは俺も感じていることだ。味覚と嗅覚を幻惑する効果があるんじゃないかと思うほど、この肉は人の舌と鼻を虜にする」

 料理人でない俺には分からないが、超一流の料理人がそう言うのならそうなのだろう。

 肉の誘惑を断ち切り、酒に手を伸ばす。
 躊躇いながらグラスに口を付けると、再び旨みの嵐が襲ってきた。

「何なんだ、これは……」と言葉が漏れる。

 フォーテスキューの日本酒、ウインドフォレストの華やかな香りと米の旨みが肉の香りと複雑に絡み合い、同じ酒かと思うほど劇的に美味くなっている。

「私も不思議だと思いました。他の酒でも同じような変化があったのですが、このウインドフォレストが一番劇的に変わったのでこれを選びました」

 周りを見る余裕が出てきたため、ウィズたちの様子を見てみた。
 ウィズはブツブツと呟きながら肉を食べている。まだ酒に口を付けていない。
 トーマスたちは呆けた顔で酒を飲んでいた。なぜか涙を流している。
 エディは「俺は何を食っているんだろう」と首を捻っていた。
 リアは黙々と肉を食べ、時々酒を飲んでいた。その顔は恍惚としており、少しやばい感じだ。
 国王は「これほど美味いものが存在するとは……神の食するものではないのだろうか」と呟いている。

 感動と混乱がある程度収まったところで、レッドコカトリスの照り焼きを口に入れる。
 塩焼きを食べた後だが、美味さによる衝撃はほとんど変わらない。唯一違う点は、これが照り焼きなのかと頭が混乱した点だ。

 中華系のスパイスのような独特な風味ではなく、だからと言って醤油でもない。確かに醤油らしき香りはするのだが、注ぎ足して使い続けた焼鳥や鰻のタレのような複雑な旨みがあって単純な“鶏の照り焼き”ではなかったのだ。

「これほど複雑で深い味の照り焼きを食べたのは初めてです。やはり、これが未完成という意味が私には分かりません」

「余もそう思う。完璧な料理だと思うのだが……」と国王も俺と同じ思いのようだ。

「確かに美味しいのですが、これ以上にできる、そう思えるのです。ですが、どうしていいのかが……」

 どう言っていいのか分からないとでも言うように語尾の方の声が小さくなる。

「可能性が無限にあるという感じなのでしょうか」と聞くと、マシューとカールが同時に頷く。

「それだけでも美味い。正直言って味を加えず、火も入れずにそのまま食べても美味いんだ。だが、軽く塩を当てて焼くだけでも大きく化ける。いろいろとやってみたが、方向性が見えないんだ」とカールが答えた。

「二人の天才が困るほどの肉なのか……」と国王が感心していた。

「その話も気になるが、マシューたちも座るのじゃ。今日は大して料理をせずともよいのであろう」

 ウィズがマシューたち四人を誘う。

「そうですよ。せっかく打ち上げなんです。一緒に飲んで楽しみましょう」

「しかし……」とマシューが遠慮しようとした。自分の店であり、国王までいるのだ。自分が仕切らないといけないと思ったのだろう。

「余もドレイク殿、エドガー殿の意見に賛成だ。今日初めて仲間に加えてもらったが、ここでは身分も関係なく、酒と料理を楽しむ仲間として一緒に飲んではもらえないか」

 国王にそう言われ、マシューとカールは顔を見合わす。

「陛下のお言葉なんだ。あたしらもご一緒させてもらおう」とマギーが言うと、カールが「そうだな」といい、四人はテーブルを用意して座った。

「では、ブルーサンダーバードを食すぞ」とウィズが気合を入れる。その気持ちはよく分かる。レッドコカトリスがあれほど美味かったのだから。

 ブルーサンダーバードはレッドコカトリスより肉の色がやや濃い。鴨などのジビエに近い感じだ。
 まずは塩焼きからいってみる。

 覚悟していたが、口に入れるとその存在感に圧倒される。
 レッドコカトリスが最上級な地鶏なら、ブルーサンダーバードは最上級の野鳥だ。

 やや癖のある肉の香り、脂はスッキリとしており、歯ごたえは硬いと思うギリギリの硬さで噛み締めるほどに肉の旨味が溢れ出てくる。
 ジビエのような野趣あふれるという感じはなく、あくまで上品だ。

「どう表現していいんだろう。確かに肉なんだが、自分が何を食べているのか分からなくなってくる」

 いつまでも噛んでいたいという誘惑を断ち切り、ウインドフォレストを口に含む。
 さっきは爆発的な旨みが口に広がったが、今度は包み込むような優しい香りに変わった。脳の中でドーパミンが大量に放出されて多幸感に包まれる。
 周りを見ると、同じようにとろけるような表情をしていた。
 大げさな話だが、一種の麻薬だと思うほどだ。

「スタンピードが起きねば、これを手に入れることができぬのが残念じゃ」

 この二種とミノタウロスエンペラーは元迷宮主ですら知らなかった魔物だ。ということは、スタンピードが発生するような異常な状態でしか出てこないのだろう。

「さすがはマシューだな」とカールが頷いている。

「どういう意味なのじゃ」とウィズが聞くと、全員がカールに注目する。

「塩加減、火加減が完璧だ。それに塩焼きと照り焼きにしたところも俺が及ばんところだ。シンプルな塩で肉の味を確かめ、定番の味付けで可能性を見せる。この後に料理が出しにくくなるほどだ」

「ありがとうございます」とマシューは軽く頭を下げるが、

「ですが、カールさんの料理も凄いと思いましたよ。和食の方が素材の味を生かしやすいですが、私と同じ考え方で作られていたのですから」

「マシューがそれほどいう料理を早う出してくれ」

 ウィズの言葉にカールとマギーが立ち上がった。
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