詩片の灯影①〜想い結びの糸〜

桜のはなびら

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その町で

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  結が新しく住むことになった古い町と家。

 引っ越してからの数ヶ月、学校と家の往復を繰り返していた日々で、結は駅と家を結ぶ道行を一度も違えなかったし、たまに出かける休日も、いつも通りの道をたどって駅へ向かい、駅からこの町を出て過ごしていたため、結はこの町のほぼいっさいに触れずに過ごしてきていた。
 
 道行にも駅周辺にも、コンビニすらないのだ。金物屋や青果店、大手ハウスメーカーの支店や地場の不動産屋、地域に密着していそうな美容室など、お店がまるでないわけではないが、結が興味を示すような店舗は無い。
 母とたまに外食する際に街道沿いにある中華料理店や蕎麦屋は数回だが利用したことがあった。
 引っ越し時に母と見に行った同じく街道沿いにある家電量販店、隣駅の近くにあるショッピングセンターやスーパーは最寄り駅が異なるので、今の最寄り駅近辺を住んでいる町と定義するなら、結はやはりこの町のほとんどに触れていないと言って良かった。避けているとさえ言えたかもしれない。
 
 そんな結が、自分が住んでいる町を巡ろうと思ったのは、十代後半の少女特有の気まぐれさからか、長すぎる夏休みの始まりを控えた終業式の日の午後に何の予定もなく真っ直ぐに帰ってきた結の、本さえあれば何時間でも独りで過ごせる結を以てしても耐えられる自信のない、明日からの日々に漠然とした不安を持ったからか。
 
 
 敢えて古い町並みを残そうという動きが活発になってからのこの町では、単なる古いだけの住戸を古民家と言い換えて、それなりにおしゃれで雰囲気のある店舗や町並みができあがっていた。
 まだ明るいため灯されていないが、切り絵行灯が軒下や路地に並んでいて、雑貨も扱う古民家カフェや、万華鏡専門店、和照明店、和菓子屋、洋菓子屋、いくつものお寺や神社、何らかの記念館や跡地など、結にとっても興味深いと思える店舗や場所がいくつもあった。
 
 
(この町も、意外と面白いのかも)

 そう思えばそうなることは解っていた。でも、そう思わないようにしていた。それも何か頑ななものが、結の心に落とされていたからなのだろうか。
 今、結の心が一時、頑なな何かの支配から外れていることを、結は俯瞰で自覚していた。それが一時的であることも。
 結を取り巻く環境は、一か月前も昨日も、今日も明日もおそらく一か月後も、何も変わらないのだから。
 
 だからそれは、劇的な言い方をすれば運命、奇麗な言い方をすれば奇跡だったのかもしれないと、後の結は思うのだ。
 
 
 古さを残した町並みに、溶け込むように隠れるように、その古書店はあった。
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