詩片の灯影①〜想い結びの糸〜

桜のはなびら

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言葉が変えられるもの

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「確かに。同じ教材、同じ物語を題材にしても、それをその人生にどう取り入れるかは生徒によって大きく違っていたよ」

 かつて教師だった草壁は、当時を思い出していた。
 多くの生徒にとっては数多ある授業のひとつ。でもある生徒には、取り上げられた物語が、一節が、言葉が、なんだか妙に記憶に残ることがある。それは作者すら意図していない何気ない一言であることも。
 そして、そんな記憶に残った言葉が、稀に生き方や考え方に影響を与えることもある。
 それはその瞬間であることもあれば、少し先の将来のこともある。

 授業の中でそのような場面に立ち会えることは稀の中でも極めて稀なことではあるが、生徒とのやり取りの中で、得た言葉によって変わった人生観について、気づいたり知らされたりすることがあった。
 十年ほどの教師生活の中で幾度か訪れた奇跡のような場面は、教師ならではの喜びの一つだったと、草壁は懐かしそうに語った。

 珍しく自ら過去を語った草壁。
 語る草壁に多少の寂寥感はあっても、悔恨の念を感じさせる様子は見られないことに、結は心なしか気持ちが軽くなった感じがした。


「私はその時に得たたくさんの言葉のお陰で、泣かずに過ごせてきた」

「それは、強いね」
 
 結は、何も言わずにうなずいた。

 いつの間にか空になっていた結のカップに、草壁はコーヒーを注いだ。

「カフェインに強くないなら、残しても良いから。冷たいのが良ければ麦茶もあるよ」

 結は首を振り、「コーヒーいただきます」と、コーヒーを一口含み、一息吐く。

 その様子を草壁は黙って見つめていた。
 静寂に促されたように、結は再び口を開いた。

「でも、それが本当に強かったのかは、ちょっとわかんなくなっちゃって」

 結は少し俯いて、少し笑った。

「この前お母さんと、久しぶりにしっかり話して。お母さんの言葉で、知れたことがあった」

 結が知らなかった、母の想いを知った。

「言葉は、思いを伝えるのにとても適しているだなんて当たり前のことに、改めて気づいた。私が言葉にしなかったことで、伝わっていないことがある。それで構わないと思っていたけど、それじゃダメなんだって思って。だから、今度は私は自分の思いを自分から能動的に伝えようって」

 そしたら、もしかしたら、私はお母さんが救われる言葉を紡げるのかもしれないと思ったのだと、結は言った。
 まだ照れもあるから、徐々にだけどねと笑った結の笑顔を、草壁は眩しそうに見ていた。

 
 その沈黙は、言葉よりも深く、確かに二人の間に流れていた。
 
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