詩片の灯影①〜想い結びの糸〜

桜のはなびら

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風の強い日

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 その日灯影書房の午後は、いつもより強い風が小さな建物を撫ぜるように通り過ぎていく。過ぎし際に唸る風の囁きが静寂に潜む。

 見えぬ力で店の扉が風に揺れて、鈴の音が何度も鳴った。


 結は学校が嫌いなわけではない。
 結は学校に友だちが居ないわけでもない。
 それでも結には、夏休みに友だちと過ごす予定はなかった。
 それは結自身が自ら望んで得た結果故、そのことに後悔はない。

 避けられているわけでも疎まれているわけでもなく、家の手伝いという事情を考慮して気を遣って結を誘わないようにしてくれているだけ。

 だから結は気遣いをしてくれる友人たちには感謝していたし。
 仲間外れにされていない結を含めたグループでやり取りしてくれることにもそこはかとない気遣いを感じていたし。

 だからやっぱり、後悔などあろうはずもないのに。

 グループ内のちょっとしたやりとりで、友人たちが海に行ったことを知り。
 きっと結への気遣いで、具体的なやりとりや写真などの共有は、結の目に触れないよう別のグループを作ってやりとりしているのだろうと。

 察してしまった結は、怒る筋合いも悔しがる筋合いもないことを自覚しながら、自らの中に湧いたその感情のやり場のなさを、せめて静まれよと、誰かの感情の原石や結晶のような言葉に触れ、耽っていた。


 結は、読書スペースで詩集を閉じ、静かに棚の間を歩いていた。
 
 草壁は、カウンターの奥で一冊の本を手に取っていた。
 それは、背表紙が少し色褪せた、文庫サイズの随筆集だった。
 
「志貴さん」
 
 呼びかけに、結は振り返った。
 
「これ、読んでみない?」
 
 草壁が差し出したのは、『孤独のちから』というタイトルの本だった。
 著者は、かつて教育現場にいた人物で、静かな語り口で人との距離や心の在り方について綴っていた。
 
「……どうして、これを?」
 
 草壁は少しだけ笑った。
 
「昔、ある生徒に渡そうと思って、渡せなかった本なんだ。今なら、君に渡してもいい気がして」
 
 結は、そっと本を受け取った。
 手にした瞬間、紙の重みよりも、言葉の重みを感じた。
 
「……ありがとう」

「これはね、別に孤独を推奨しているのでも、礼賛しているのでもない。孤独であってもなくても。孤独になりたい時も。孤独になりたくない時も」

 少し不思議そうな表情で草壁を見つめる結に、草壁は優しく笑いかけて言った。
「無理に読まなくてもいい。でも、もし言葉に迷ったとき、少しだけ助けになるかもしれない」
 
 結はうなずいた。
 その言葉は、草壁の過去と、今の彼の優しさが重なっていた。

 
 その日、結は本を抱えて店を出た。

 晴れ渡る空を見上げれば、遠くの空を駆け抜ける風に雲は押し流されている。
 穏やかに見えるあの青い空で、自然は激しい力を揮っているようだ。

 地上でも風はまだ強かったが、鈴の音は、どこか優しく響いていた。
 
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