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過去の決断
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圭吾は過去の教え子のことを思い出していた。
教師生活の最後の生徒となった子どもたちに出した課題のこと。
その課題への子どもたちそれぞれの回答。
そしてその中でもとりわけ草壁が気になった生徒。
言葉を大切にしていて、言葉に敏感で、もしかしたら言葉に敏感すぎた生徒。
圭吾が、教師を辞する決意をするに至った。そのきっかけとなった生徒。
圭吾は教師時代の日々の出来事や考えなどを綴った覚書きの帳面をめくっていた。
生徒たちの詩に関する記載のあった箇所から、いく枚かページを捲る。
数ページ先の記述。
“教えることに疲れたわけではない。
ただ、守るべきものが何か、わからなくなった。
見失ったのかもしれない。最初からなかったのかもしれない。
在ったと思っていただけ。もしかしたら、在ってほしいと思い込んでいただけなのかも。
そも、一職業に過ぎない教師に、誰かの人生にとっての守るべきものがあるなんて考え方は過ぎたものだっただろうか。
少なくとも、教師という道の先に、守るべきものを正しく守れる自分の姿を想像することができなくなっていた。
それでも、認知したものは気づかなかったことにはもうできない。
衝動だったかもしれない。熟慮は足りなかったかもしれない。それでも、取るべき行動を取ったものと、信じている。信じたい。
生徒を守ることと、制度を守ることは、時に矛盾する。
俺は生徒の嘘を追求しなかった。嘘とわかっていて見逃した。
明かすことが正解ではないと思った。
隠すことが正解ではないというのは、欺瞞だと思えた。
それで救えると思った。それで得られる救いもまた、欺瞞に過ぎないのではとも思った。
しかしそれでも。それが救いであるのならば、すべきではないかと思った。
本質的な解決に至らない、その場しのぎにすぎなかったとしても。
その場しのぎしかできなかったのなら。考えて考えて考えても、それ以上の手立てがなかったのなら。
しないよりはすべきだと、思った。判断した。そして、決断した。
それが、教師としては失格だったとしても。
人としての選択だったと思いたい。″
この先は白紙のページが続いている。
圭吾は取り出した過去の心の扉を閉じ、また箱の奥へとしまった。
あの時の選択を間違えだとは思っていない。
選択の結果に後悔はない。
もたらされた現在に不満は無い。
閉ざされた未来に未練はない。
それでも、どうしても考えてしまう。
自分の未熟さを。
もっと良いやり方があったのではないかという、答えの出ない問いを。
教師生活の最後の生徒となった子どもたちに出した課題のこと。
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そしてその中でもとりわけ草壁が気になった生徒。
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圭吾が、教師を辞する決意をするに至った。そのきっかけとなった生徒。
圭吾は教師時代の日々の出来事や考えなどを綴った覚書きの帳面をめくっていた。
生徒たちの詩に関する記載のあった箇所から、いく枚かページを捲る。
数ページ先の記述。
“教えることに疲れたわけではない。
ただ、守るべきものが何か、わからなくなった。
見失ったのかもしれない。最初からなかったのかもしれない。
在ったと思っていただけ。もしかしたら、在ってほしいと思い込んでいただけなのかも。
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しないよりはすべきだと、思った。判断した。そして、決断した。
それが、教師としては失格だったとしても。
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