詩片の灯影② 〜過去から来た言葉と未来へ届ける言葉

桜のはなびら

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最後の生徒

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 地域に古くからある公立高校の教師陣の中では、比較的若い部類の圭吾だったが、生徒と年齢の近しい教師特有の生徒との距離感は持ち合わせてはいなく、いわゆる生徒人気の高い教師とは言い難かった。

 さりとて疎んじられているわけでも、軽んじられているわけでもなく、国語の先生らしい性質を持った圭吾のことは、一部の生徒にとってはたまにある授業中の雑談が哲学的または文学的で興味深いと思わせる、そして多くの生徒にとっては穏やかで接しやすくて与しやすくも見えるが、殊更興味を掻き立てる対象ではない教師として存在していた。

 圭吾自身は、言葉に対するこだわりの強さを自認していて、そんな自分の個性を、生徒によっては面倒に思われるのだろうなとの自覚を持ちつつも、生徒への人気取りやおもねるスタンスを善しとしない若き圭吾独自の矜持を持ちながら、圭吾は教職を全うしていた。

 
 生徒への人気取りを善しとしない圭吾の考え方の内側には、どうあれ生徒と教師との関係性が生徒によって差ができてしまうことを忌避する気持ちがあった。

 生徒それぞれにも個性があり考え方があり環境があり動きがある。
 全員を平等対応するなんて不可能だし、無理な平等は個性の差を考慮しない不平等にも繋がる。
 そのことは理解しながらも、教師の側から能動的に生徒に働きかける中で生じる差を許容したくなかった。
 他の教師の在り方を否定はしないが、圭吾としては、わざわざ差が生まれかねない土壌を醸成しないよう意識をしていたと言えた。
 それでも圭吾は、しゃくし定規に、システマティックに、その状況を作りたかったわけではなく、あくまでも「カリキュラムで定められた知恵や知識や技術を生徒の能力に浸透させる機能」ではなく、「生徒を教え導く先達足る者」で在ろうと、自らが選んだ道を捉えていた圭吾は、生徒固有の事情は考慮したいと考えていたし、気づいたことがあるなら子どもの成長を促す、または援けるための手は差し伸べるべきだと考えていた。
 
 言葉を大事にしている圭吾は、しかし言葉を発し繰るのがうまい生徒よりも、言葉を出さず裡に留めてしまうタイプの方が気になっていた。

 厚東真帆ことうまほも、そのようなタイプの生徒のひとりだった。
 そして、圭吾の授業に興味を喚起させられるタイプの生徒のひとりでもあった。

 
 
「先生。さっきの授業で紹介してた作家の作品読みたいです。先生のお勧めってありますか?」

「先生。この部分の解釈、これで合ってますか?」

「先生。この前教えてもらった本読みました。感想言いたいです。先生の感想も聴きたい」

「先生。海外の作品も詳しいですか?」

「先生。別の翻訳家のもありますか?」

「先生。あの作家は……」

「先生。この本の……」

先生。先生! 先生……。

 
 極端に頻繁というわけではなく。
 それでも、いくつかの質問があり、それに回答するやりとりの中で、特定の生徒を特別視すべきではないという感覚を持っていても、掛けた時間と回数によって変化していく関係性の濃淡は、厚東真帆を圭吾にとっての意識の端に残りやすい生徒に変えていった。
 
 圭吾は、真帆が抱えているものについて、うっすらと気がついてはいた。
 
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