詩片の灯影② 〜過去から来た言葉と未来へ届ける言葉

桜のはなびら

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子どもの言葉

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 真帆は空いた時間を見つけては、圭吾に質問をするようになっていた。


「詩は、自由ですよね」

「孤独は、救いだと思いますか?」

「言葉と沈黙って、どっちが優しいんだろう?」

「細く尖っているものの方が痛いですけど、尖ってるものはすぐ摩耗しますよね。尖り続けるってのも大変なのかな……」

 
 圭吾は真帆が使う言葉や表現から、ガラス細工のような美しさを感じ取っていた。
 繊細な表現や儚さを感じさせる描写は、言葉を大切にし詩や物語を愛する個人としては興味深く嗜好的に好みの部類でもあったが、教師の立場としては、生徒から発せられるガラス細工の持つ脆さと危うさを見て見ぬふりはできなかった。
 
 生徒の個人的な事情に踏み込む前に、生徒から発せられている情報から、圭吾はその生徒が抱えているものを分析した。

 彼女が選びがちな脆さと危うさを孕む言葉。彼女が好む物語や詩。

 その本質は「寂しさ」。
 要因は不明。
 深刻度もまた不明。
 思春期特有の肥大化した自我が故かもしれない。
 先天的にせよ後天的にせよ、個性に与えられた承認欲求や自意識から生じているものなのかもしれない。

 しかし、見過ごしてはならない何らかのエスオーエスの発露なのかもしれない。
 
 杞憂ならばそれで構わない。
 過剰反応、越権行為、余計なお世話、依怙贔屓――個人の資質を問う誹りならいくらでも。
 それで重大な見落としを防げるのならばと、圭吾は多少の懲罰すら覚悟していた。
 
 
「厚東さん。声は、誰かに届いてる?」

 真帆が質問をしてきた機会を使って、圭吾は問うた。

「……詩、のこと……ですか?」

「届けたかった言葉が、あった……?」

「ありました。誰にも届かず、落ちて打ち捨てられた言葉が」
 それを、先生は拾ってくれた。
 
 真帆の言葉は、圭吾のひそかな決意を促した。

 
 自分が見つけてしまったのなら。
 最後まで責任を取るべきではないか。
 それが導きなのか、救いなのか、扶けなのか、伴走なのかは、まだわからなくても。
 言葉にはしていなくても、これほどまでに雄弁に「なにか」あると訴えている生徒を、無視するという選択肢はなかった。
 
 
 
 真帆は、要するに「愛されていない」のだと言う。

 それを、「ネグレクト」という言葉で表現した。
 ネグレクトは重大な虐待だ。
 事実なら適正な機関の介入による是正が必要だろう。場合によっては保護も。

 しかし、と圭吾は思う。

 一方的な情報を安易に鵜呑みにしてはいけない。
 まして子どもの言うことだ。

 圭吾はさして長くもない教師生活の中で、子どもは意図の有無無く実態と異なる言葉を使うことがあると知っていた。
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