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決断
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決定的な決断をしたその時のことは、未だに圭吾の脳裏に鮮明に描くことができた。
自分の放った言葉はまるで無音のようで。
だから、真帆が上げた悲鳴のような、怒声のような声も、どこか遠くに聞こえていて。
だから真帆の保護者や自分を守ろうとしてくれている上席たちの言葉は、意味は理解できても意味を成す言葉として圭吾の耳にも心にも届きはしなかった。
圭吾は、責任を取るという意図ではなく、校長をはじめとした学校側の反対も押し切り、その場で教師を辞することを伝えた。
責任を取る意図ではないとしていながらも、事の大きさに生徒の親は歯切れの悪い言葉で「そこまで求めているわけではない」と口ごもるだけで、もう大上段に掲げていた学校への追求の鉈を揮う気力は失われていた。
校長も教頭も学年主任も、この話し合いの後にも改めて場を設けて翻意を促した。
そも、この決断に意味があるとはだれにも思えなかったから。しかし圭吾の意志は変わらなかった。
生徒は――真帆は、自らが種をまき、育てた問題が、重大な結果を招いてしまったことに、ショックを隠せなかった。
その種には実態があったし、大義を以て育てたものではあったが、核となる部分に、家庭では得られていない(と感じていた)敬愛すべき大人からの愛情と承認の代替を圭吾に求めていたことを、それは甘えであることを、心の奥底では理解していた真帆の得たショックは、大きな後悔を伴うものだった。
自分の子ども心が。甘えが。
この結果の原因をつくってしまった。
圭吾は、真帆の心の奥底にある幼さと甘えの存在を感じ取っていた。
救うはずだった救うべき者が、己の安易な手助けのために、己以外との関りを風化させるように閉ざそうとしていることを知った。
それは圭吾というぬるま湯に浸かる行為であると思えた。
圭吾は真帆が自分に望んでいるあらゆることに、気が付いていながらすべきこととすべきでないことを線引きした。
それは大人として、教師として然るべき基準に則った線引きではあったが、幼く何もかもを欲していた真帆には不満を残していた。
圭吾は、自分以外との関係性の構築を真帆に望み、ことあるごとに促したが、圭吾だけがいれば充分だと信じて視野が狭くなっていた真帆には届かないことへのもどかしさを感じていた。
圭吾は、それでも悩める真帆を完全に切り離すことはできず、何もかもは与えられない立場は堅持しながらも、できることはできるだけ対応しようと努めていた。
それは真帆にとっては中途半端で、他の生徒にとっては特別に見えたのかもしれない。
圭吾は、大人として、複数の生徒を預かる教師として、できることとしたいこととできないことのギャップと限界を感じていた。
圭吾は、ここで手を離すことが、ある意味最悪だとわかっていながら、事ここに至ってはショック療法も致し方ないと考えた。
真帆には、大きな後悔と、もしかしたら絶望を与えてしまうかもしれない。
それでも、若く柔らかな心は、その傷を超えて大人へと成長してくれるはずだと信じて。
真帆をぬるま湯に浸からせてしまったのが自分の責任なら、強引にでもそこから出して、この世界で他者と生きていく力を与えなくてはならない。
圭吾はその選択で、それを成したいと考えた。
圭吾は、それを本来は教職を通してすべきであると理解していた。それが教師としての道だと。
しかし教師の限界を近くしてしまった圭吾にはもう自信がなかった。
安易であると、逃げであると、本質ではないと、理解していながら、若い圭吾にはもう、その道しか思いつかなかった。
すなわち、教師を辞するという道しか。
自分の放った言葉はまるで無音のようで。
だから、真帆が上げた悲鳴のような、怒声のような声も、どこか遠くに聞こえていて。
だから真帆の保護者や自分を守ろうとしてくれている上席たちの言葉は、意味は理解できても意味を成す言葉として圭吾の耳にも心にも届きはしなかった。
圭吾は、責任を取るという意図ではなく、校長をはじめとした学校側の反対も押し切り、その場で教師を辞することを伝えた。
責任を取る意図ではないとしていながらも、事の大きさに生徒の親は歯切れの悪い言葉で「そこまで求めているわけではない」と口ごもるだけで、もう大上段に掲げていた学校への追求の鉈を揮う気力は失われていた。
校長も教頭も学年主任も、この話し合いの後にも改めて場を設けて翻意を促した。
そも、この決断に意味があるとはだれにも思えなかったから。しかし圭吾の意志は変わらなかった。
生徒は――真帆は、自らが種をまき、育てた問題が、重大な結果を招いてしまったことに、ショックを隠せなかった。
その種には実態があったし、大義を以て育てたものではあったが、核となる部分に、家庭では得られていない(と感じていた)敬愛すべき大人からの愛情と承認の代替を圭吾に求めていたことを、それは甘えであることを、心の奥底では理解していた真帆の得たショックは、大きな後悔を伴うものだった。
自分の子ども心が。甘えが。
この結果の原因をつくってしまった。
圭吾は、真帆の心の奥底にある幼さと甘えの存在を感じ取っていた。
救うはずだった救うべき者が、己の安易な手助けのために、己以外との関りを風化させるように閉ざそうとしていることを知った。
それは圭吾というぬるま湯に浸かる行為であると思えた。
圭吾は真帆が自分に望んでいるあらゆることに、気が付いていながらすべきこととすべきでないことを線引きした。
それは大人として、教師として然るべき基準に則った線引きではあったが、幼く何もかもを欲していた真帆には不満を残していた。
圭吾は、自分以外との関係性の構築を真帆に望み、ことあるごとに促したが、圭吾だけがいれば充分だと信じて視野が狭くなっていた真帆には届かないことへのもどかしさを感じていた。
圭吾は、それでも悩める真帆を完全に切り離すことはできず、何もかもは与えられない立場は堅持しながらも、できることはできるだけ対応しようと努めていた。
それは真帆にとっては中途半端で、他の生徒にとっては特別に見えたのかもしれない。
圭吾は、大人として、複数の生徒を預かる教師として、できることとしたいこととできないことのギャップと限界を感じていた。
圭吾は、ここで手を離すことが、ある意味最悪だとわかっていながら、事ここに至ってはショック療法も致し方ないと考えた。
真帆には、大きな後悔と、もしかしたら絶望を与えてしまうかもしれない。
それでも、若く柔らかな心は、その傷を超えて大人へと成長してくれるはずだと信じて。
真帆をぬるま湯に浸からせてしまったのが自分の責任なら、強引にでもそこから出して、この世界で他者と生きていく力を与えなくてはならない。
圭吾はその選択で、それを成したいと考えた。
圭吾は、それを本来は教職を通してすべきであると理解していた。それが教師としての道だと。
しかし教師の限界を近くしてしまった圭吾にはもう自信がなかった。
安易であると、逃げであると、本質ではないと、理解していながら、若い圭吾にはもう、その道しか思いつかなかった。
すなわち、教師を辞するという道しか。
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