18 / 20
着地
しおりを挟む
真帆の強い眼差しに射竦められ、先に目を逸らしたのは父親の方だった。
「……俺のことも、くだらないと……?」
目を逸らしたまま吐くように言った。
「だってそうじゃない。娘が信じられないなら、もうそれはそれで良いよ。でも、どこかの誰かが垂れ流した無責任な噂を検証もしないで真に受けて、大騒ぎをして学校まで巻き込んでバカみたい。そういう意味で言うなら、さっき言った通り私のせい。犯人は私ってことになる。原因は先生でも学校でもない。だからこの空騒ぎを今すぐやめて」
「厚東真帆さん。お父様と会話させてもらっても良いかな? 厚東さん。改めまして、草壁です。当事者でありながら弁明が後ろになり申し訳ありません。ご指摘の通り、多感な年代の女性であるご息女に対し、その距離感が適切であったなんて言い切ることは、私にはできません」
「先生⁉ そもそも私が相談を……」
圭吾は慌てている真帆をあえて無視するようにして、父親に話し続ける。
「教師は時に、生徒から相談を持ち掛けられることがあります。そのすべてに於いて、事例ごとに最適解は異なるのだと思います。受けるべきか否か、受けるにあたっての適切な受け方はどのようなものか。その意味で、私が最適解を出し続けているなんてことは、間違っても言えないでしょう」
「でも! 先生は私を救ってくれた! 先生がいなかったら私は……」
縋るような眼差しの真帆をようやく見た圭吾は、少し微笑んで、
「厚東さん、ありがとう。でも、子どもを預けている保護者の立場としては、それが最善であったかを問いたくなるのは必然だよ」
そう言うと、次は校長の方に向き直った。
「校長先生。学校側としては、業務の範疇として、常識的な対応の範疇として、必ずしも最適最善でなくてはならないわけではないということを、私も主張します。しかしながら、個人としては、それでもやはり、生徒の人生の一端に関わる身として、固有の相談に乗るなら、最適解を出したいと思うのです。それが若さゆえか未熟さゆえのことだということもわかっています。現実的ではないことも。それでも、できないことを善しとしたくない、現実的ではないことを、言い訳にしたくない」
「先生……」
「……悩み悩みというが、あなたに真帆は何を相談したというのです? 手前みそだが、不自由も理不尽も与えているつもりはないぞ」
「厚東さん。子どもである生徒に接する立場の大人として、私は最適な対応を取ったと主張できない時点で、厚東さんには保護者の立場として私を追求する権利はおありと思っています。その追及に対し、力及ばなかった私は謝罪いたします。申し訳ありませんでした。更にもうひとつ。未成年者が抱えている悩みを掌握している第三者として、保護者にその情報を共有すべきという考え方があるのかもしれませんが、子どもであっても固有の人格と人生を有すひとりの人間として、抱えているものを本人でない者から明かすべきではないと判断しています。お詫びさせていただいている立場ながら、その内容を私の口から明かすことはしません。そしてこれはお願いとなりますが、無理に口を開かせても、彼女ももう意識して嘘を言うこともできる年齢です。真実をお求めなら、強制は手段にならないとお考えください」
「……コンフリクトマネジメントくらい、承知しています」
「ありがとうございます。厚東さん。お父様は対話の重要性も熟知されている。それでも対話は双方が開かなくては成し遂げられないんだ。相手が大人でも親でも、開けてもらうのを待っていては始まらないし、あなたが閉ざしていたら終わってしまう」
「先生……私は――!」
真帆の声にならなかった叫びは、形取られることなく虚空に溶けていった。
「……俺のことも、くだらないと……?」
目を逸らしたまま吐くように言った。
「だってそうじゃない。娘が信じられないなら、もうそれはそれで良いよ。でも、どこかの誰かが垂れ流した無責任な噂を検証もしないで真に受けて、大騒ぎをして学校まで巻き込んでバカみたい。そういう意味で言うなら、さっき言った通り私のせい。犯人は私ってことになる。原因は先生でも学校でもない。だからこの空騒ぎを今すぐやめて」
「厚東真帆さん。お父様と会話させてもらっても良いかな? 厚東さん。改めまして、草壁です。当事者でありながら弁明が後ろになり申し訳ありません。ご指摘の通り、多感な年代の女性であるご息女に対し、その距離感が適切であったなんて言い切ることは、私にはできません」
「先生⁉ そもそも私が相談を……」
圭吾は慌てている真帆をあえて無視するようにして、父親に話し続ける。
「教師は時に、生徒から相談を持ち掛けられることがあります。そのすべてに於いて、事例ごとに最適解は異なるのだと思います。受けるべきか否か、受けるにあたっての適切な受け方はどのようなものか。その意味で、私が最適解を出し続けているなんてことは、間違っても言えないでしょう」
「でも! 先生は私を救ってくれた! 先生がいなかったら私は……」
縋るような眼差しの真帆をようやく見た圭吾は、少し微笑んで、
「厚東さん、ありがとう。でも、子どもを預けている保護者の立場としては、それが最善であったかを問いたくなるのは必然だよ」
そう言うと、次は校長の方に向き直った。
「校長先生。学校側としては、業務の範疇として、常識的な対応の範疇として、必ずしも最適最善でなくてはならないわけではないということを、私も主張します。しかしながら、個人としては、それでもやはり、生徒の人生の一端に関わる身として、固有の相談に乗るなら、最適解を出したいと思うのです。それが若さゆえか未熟さゆえのことだということもわかっています。現実的ではないことも。それでも、できないことを善しとしたくない、現実的ではないことを、言い訳にしたくない」
「先生……」
「……悩み悩みというが、あなたに真帆は何を相談したというのです? 手前みそだが、不自由も理不尽も与えているつもりはないぞ」
「厚東さん。子どもである生徒に接する立場の大人として、私は最適な対応を取ったと主張できない時点で、厚東さんには保護者の立場として私を追求する権利はおありと思っています。その追及に対し、力及ばなかった私は謝罪いたします。申し訳ありませんでした。更にもうひとつ。未成年者が抱えている悩みを掌握している第三者として、保護者にその情報を共有すべきという考え方があるのかもしれませんが、子どもであっても固有の人格と人生を有すひとりの人間として、抱えているものを本人でない者から明かすべきではないと判断しています。お詫びさせていただいている立場ながら、その内容を私の口から明かすことはしません。そしてこれはお願いとなりますが、無理に口を開かせても、彼女ももう意識して嘘を言うこともできる年齢です。真実をお求めなら、強制は手段にならないとお考えください」
「……コンフリクトマネジメントくらい、承知しています」
「ありがとうございます。厚東さん。お父様は対話の重要性も熟知されている。それでも対話は双方が開かなくては成し遂げられないんだ。相手が大人でも親でも、開けてもらうのを待っていては始まらないし、あなたが閉ざしていたら終わってしまう」
「先生……私は――!」
真帆の声にならなかった叫びは、形取られることなく虚空に溶けていった。
0
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
スルドの声(反響) segunda rezar
桜のはなびら
キャラ文芸
恵まれた能力と資質をフル活用し、望まれた在り方を、望むように実現してきた彼女。
長子としての在り方を求められれば、理想の姉として振る舞った。
客観的な評価は充分。
しかし彼女自身がまだ満足していなかった。
周囲の望み以上に、妹を守りたいと望む彼女。彼女にとって、理想の姉とはそういう者であった。
理想の姉が守るべき妹が、ある日スルドと出会う。
姉として、見過ごすことなどできようもなかった。
※当作品は単体でも成立するように書いていますが、スルドの声(交響) primeira desejo の裏としての性質を持っています。
各話のタイトルに(LINK:primeira desejo〇〇)とあるものは、スルドの声(交響) primeira desejoの○○話とリンクしています。
表紙はaiで作成しています
聖女じゃない私の奇跡
あんど もあ
ファンタジー
田舎の農家に生まれた平民のクレアは、少しだけ聖魔法が使える。あくまでもほんの少し。
だが、その魔法で蝗害を防いだ事から「聖女ではないか」と王都から調査が来ることに。
「私は聖女じゃありません!」と言っても聞いてもらえず…。
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
何かを諦めて。
代わりに得たもの。
色部誉にとってそれは、『サンバ』という音楽で使用する打楽器、『スルド』だった。
大学進学を機に入ったサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』で、入会早々に大きな企画を成功させた誉。
かつて、心血を注ぎ、寝食を忘れて取り組んでいたバレエの世界では、一度たりとも届くことのなかった栄光。
どれだけの人に支えられていても。
コンクールの舞台上ではひとり。
ひとりで戦い、他者を押し退け、限られた席に座る。
そのような世界には適性のなかった誉は、サンバの世界で知ることになる。
誉は多くの人に支えられていることを。
多くの人が、誉のやろうとしている企画を助けに来てくれた。
成功を収めた企画の発起人という栄誉を手に入れた誉。
誉の周りには、新たに人が集まってくる。
それは、誉の世界を広げるはずだ。
広がる世界が、良いか悪いかはともかくとして。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる