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本章

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 扉を開けると、あるはずの無い光景が目に入った。
 ハルさんと、キョウさんと、ヒトミさん。
 三人と楽しそうに話している、姉の祷。

 なんで? 祷がここに居るはずがない。居られるはずがない。
 だって、わたしが入会した『ソルエス』のことも、『ソルエス』が練習している場所のことも、いつ練習しているのかも、知らないのだから。

 わけがわからない。
 わからないけど、祷は目の前にいる。これは現実だ。どうにかしないと......。


「お母さん言ってたじゃない。がんちゃんがお世話になってるなら挨拶行かないとって。ついでがあったから私が代わりにきたの」
 
 祷はいつも通りの穏やかな笑顔で、わたしが思わず口にした「なんで」に答えた。
 祷の言葉は回答としては適切だけど、わたしの真の疑問を明かす回答にはなっていない。


「なんでっ……ここが……」


 思わず言葉が口をついてしまったが、それを訊くのはおかしい。
 保護者がわたしが通っている場所を知らない、知らせていないというのは違和感があるだろう。
 未成年の入会時には本来保護者の承諾が必要だ。
 でも、わたしは入会申込書の保護者記入欄は自分でお父さんの名前を書いておいた。
 入会したことさえ知らせていないなんて、みんなに知られるわけにはいかない。

 違和感を持たれるようなことは言わないようにしないと。

 なんて思った矢先に!


「お母さん、びっくりしてたもんねぇ。がんちゃんが楽器はじめたって知って」
 

 余計なこと言わないでよ!
 どうしよう、どうしよう。
 わたしが書類偽造してたなんて知られたら、キョウさんがっかりするかな。
 ハルさん困るかな。チームの代表は、未成年者を預かる責任ある立場だ。中にインチキしてる子が混ざってたら迷惑をかけてしまうかも。退会させられちゃうかもしれない。それは嫌だ。


「あのっ、わたしっ、お、おかあさんとは話してて、えと、この前話して」
 
 ちゃんと親が知っていることを伝えないと。
 言葉がうまく出ない。


「おかあさんが、楽器やるの良いって言ってくれてるから」

 ちゃんと認めてもらってるって知らせないと。
 厳密には明確な許可をもらってはいないけど、習い事ダメって言われてないから、これは許可を得てるってことで良いはずだ。
 だけど、言葉がうまく出ない。

 嘘はついていないけど、隠していることがあり、それがバレないよう誤魔化しているのは間違いがない。
 そもそも事前に許可をもらっていないし、偽造した申込書で入会した事実は消せない。

 変に誤魔化さず、正直に話して、謝って、改めて親に記入してもらうようにしたら退会は免れるかな?
 でも、お母さんに今更記入をお願いしたら、なんで入会の後に許可が必要になるのかと、聞いてこられるだろう。
 相当面倒なことになりそうで気が滅入った。

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