上 下
146 / 155
終章

あれから、お父さんは

しおりを挟む
 お父さんは相変わらず忙しそうだ。
 家で見かける機会が少ないのも以前と変わりはない。
 たまに見かけても、会話が少ないことだって以前と変わらない。
 それでも多少交わす言葉のやり取りに、少し認めてもらえたように感じるのは、評価されたからだろうか?
 いや。多分以前のように、わたしは期待されていないとか、諦められているとか、そういう想いがわたしの中から抜けつつあるからだと思う。
 お父さん自身は、きっと、娘への扱いを変えてはいないのだろう。

 プレゼンを成功させたなど、事実は事実として評価をし、その情報により娘に対する評価や感想は更新されているかもしれないけれど、扱いは変わっていない。
 わたしができていようが、できていなかろうが、お父さんは同じように娘と接するのだ。

 思えば、わたしが受ける高校のランクを姉よりも下げることにした時も、高校に特待生で合格できた時も、どちらの時も一喜一憂などしていなかった。だけどそれぞれ、短い一言二言だったかもしれないけれど、なんらかの言葉をかけてくれたことは覚えている。

 要は、そういう個性というだけのことなのだ。

 娘の出来に一喜一憂はしない。
 どうあれ、娘を想ってくれてはいる。
 けれど、言葉や態度にわかりやすく表すことはしない。

 そういうひとだったというだけ。

 それにわたしは、自らのコンプレックスを通して創り上げていたのだ。
 わたしになんの期待をしていなく、関心もないお父さん、という像を。

 柊はお父さんの趣味を把握している。職場が自宅の敷地内でよく一緒にいるから。会社で野球チーム作ったり、ゴルフの有料チャンネルに登録していたりと、わかりやすいから。でも、それだけじゃないはず。柊が、お父さんに興味を持ち、コミュニケーションをとっているからだと思う。

 わたしは?

 お父さんはわたしのことなんて興味無いんだと、不貞腐れていた。
 じゃあ、わたしはお父さんに興味持っていた?

 普段あまり会えないし、会えてもあまり話さないからとは言え、知らなすぎる。
 柊と条件は違えどそれは言い訳でしか無い。同じ条件の祷はもっとお父さんのことを識っているはずだ。だから、姫田グループの担当者とのアポイントを取るなんて発想がすぐ出たのだろうし、お父さんと行われたはずのその相談もスムーズだったのだろう。

 今日もお父さんの帰りは遅いと思う。
 でも、帰っては来るはずだ。電車がある時間の帰宅だから、夜中だったとしても限度はある。

 疲れて遅くに帰ってきて、明日も早くから仕事だから、すぐ休みたいと思う。
 それでも、わたしが話したいと言えば、時間は作ってくれる気がした。

 学校の話とかしたい。
 お父さんが何に興味もってるのか識りたい。
 お父さんの昔のことなんかも訊いてみたい。
 阿波ゼルコーバファン感謝イベントのサンバパフォーマンスの感想をもっと聴きたい。

 一度の会話で全てを話すのではなく。

 機会があるたびに、少しずつ、いろいろな話をしたいなと思った。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:398pt お気に入り:0

スルドの声(反響) segunda rezar

現代文学 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:1

ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:1

太陽と星のバンデイラ

現代文学 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:3

スルドの声(共鳴) terceira esperança

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:0

サンバ大辞典

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:1

千紫万紅のパシスタ 累なる色編

現代文学 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:0

処理中です...