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終章

あれから、お母さんは

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 お母さんは相変わらずお母さんの中に敷かれている価値観や常識、道徳に準拠している。


 イベントでは、わたしたちを撮影してくれていたお母さん。
 最後の曲のサビの部分では、お父さんと一緒に歌に合わせて腕を振ってくれたお母さん。

 普段のお母さんからは想像できない姿だ。

 お母さんの心境になにか変化が起こったのだろうか?

 答えはもちろんNOである。

 お母さんはお母さんだ。
 あの日サンバに感動して、考え方が一変した! なんてことにはならない。

 お母さんは変わったりはしない。
 正確に言えば、その生き方を変えたりはしない。
 お母さんの価値基準に変化があれば、それに応じて判断基準にも変化は訪れる。とは言え、根の価値観がドラスティックに変わるなんてことはそうは起こらないから、変化があるとしても微小だろう。


 それはわたしにとっても同じだ。

 わたしはサンバに出会って、少しだけ成長できた気がする。
 少し、客観的に世界を見られるようになった気がするし、自分を俯瞰で見られるようにもなった気がする。

 今までのわたしの考え方は、わたしの中だけで生み出していた思い込みに因る部分も含まれていた。

 視野を広げれば、或いは見方を変えたら、今まで見えていなかったものが見えてきて、評価や印象が変わる。
 祷やお父さんが、以前から何かが大きく変わったわけでは無いが、わたしが変わったことで、わたしが思うふたりの像は以前とはだいぶ異なる。


 それは、お母さんにしても同様だった。


 お母さんになんらかの変化が起こったのではない。
 にもかかわらず、普段の様子からは想像もつかないお母さんの姿。

 それは、わたしがまだまだお母さんのことを理解していないということだ。


 お母さんの価値観に合わせてあげる必要なんてない。
 わたしを理解しようとしないお母さんを理解する必要はない。

 その想いは、今だって変わっていない。
 わたしだって、劇的に変化なんかできないし、したくはない。

 でも、理解をしていないがため、誤解したままの要素があるとしたら、それは是正したい。
 お母さんのためではなく、わたし自身のために。


 お母さんには、怪我をした娘の負担を軽減させようとする気持ちがあった。それは娘を想う優しさではないだろうか。
 お母さんには、自らが掌握できない事柄に娘が巻き込まれることを厭う気持ちがあった。それは娘を心配する心ではないだろうか。
 お母さんには娘たちを撮影したいと思う気持ちがあった。娘の姿を、成長を、記録し残す。世の中の多くの親が持ち得ている、子を想う親の気持ちではないだろうか。

 お母さんから発信されている娘を想っていることを示す行動は、決して娘に無関心だったり蔑ろにしているわけでは無いことを現している。
 祷とわたしへの扱いというか信用度の差も、長子として祷を重用しているのは間違いがないが、一方末子としてのわたしへの心配を、信頼している長子に頼っているとも見える。

 サンバの音に合わせていたお母さんは、サンバを否定しているわけではないのだろう。


 お母さんの価値観や考え方を理解すれば、わたしの要望や思惑とは緩衝しない筋も探せるように思えた。

 わたしのことを認めていない、否定している、という前提に立って結論を出していたのはわたしだ。
 決め付けられたくないと思いながら、お母さんを決めつけていたのはわたしだ。
 お母さんを、取り付く島もないの思っていたが、その実取り付く島がないのはわたしだったのかもしれない。


 まずは、理解をしようと思うところから始めてみよう。
 僅かな変化も、積み重ねていけばいつか大きな変化に辿り着く。


 心を閉ざし、対話を拒絶し、相互理解など不可能などと決めつけいた頃よりは近づけると思った。




 そうだな、まずは、昔対話の続行を拒んで聞けずじまいだった、名前の由来でも訊いてみようかな。

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