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灯影書房
しおりを挟む古い建物は、古いと言うだけなのだが、その古さが現在では価値となる。
特段の個性や意匠を盛り込む意図などなかった建築物は、今の価値観で見れば風情を感じさせる。
一般的で庶民的な建造物に過ぎなかったはずの建物も、ただ遺っているというだけで、古民家と呼ばれ重宝されるようになっていた。
最新の建築物が持つ性能や機能を標準的なものとするなら、現代人が住まうには心もとない住戸も、店舗として使うなら個性と風情が価値として付加される。
ましてここは元々住居兼古書店として半世紀近くこの場所と共に在った。
店主が代替わりして尚古書店として在り続けるその姿は、雰囲気がありすぎて逆にいささか作り物じみてるとさえ思えるほどに、ザ・古書店であった。
半分開け放たれている扉を開けて中に入る。来客を告げる鐘の音が店内を満たす静寂を、破るのではなく一層際立たせた。
いつも紗杜は、余りにもできすぎなこの雰囲気に、冷めた大人の心が少しの気恥ずかしさを与えてくれる。
きっと純粋な子ども心を持っていたなら、まさに物語が始まるような気持ちを持ちえたのかもしれないなと思いながら、紗杜はどうせ自分は出る作品のジャンルが違うのだと、いつも通りに飾らない場違いな声を上げた。
「こんにちはー。圭ちゃーん。話せるかなー?」
静寂を破るのは、いつも店内の雰囲気にそぐわない自分の声であることを、紗杜は自覚していた。
どうせ暇だと決めつけているわけではない。忙しければ店内にある読書スペースで待たせてもらうつもりだ。ただ、いつ来ても店主の草壁圭吾は話し相手になってくれた。
返事もきかず、ずかずかとカウンターのところまで進む紗杜。やや薄暗く雑然としている店内は、高い棚やレイアウトの関係もあって、扉を開けた瞬間はカウンターの様子はうかがえない。少し進んだ紗杜はカウンターで作業している圭吾の姿を認めた。圭吾もまた、その声で紗杜の入店を認識していたが、勝手知ったる相手の入店に軽く片手を上げる程度で応じていた。
客は誰もいないと思っていた紗杜は、店内にひとりの客の存在を認め、「こんにちはー」と声を掛けながらカウンターの前まで歩みを進めた。
「お客様がいらっしゃってるのにごめんね。待てるけどどうしよっか?」
「接客を優先させてもらうけど、話くらいは問題ないよ。この前の話だよね」
「うん。具体的な企画書できたから、ちょっと見てもらいたくて」
紗杜が広げた資料には、町の文化振興の一環としてのイベントの企画概要が記載されていた。
「ちょっと前にジャズナイトやったじゃん? あれの評判良くてさー。今度はもう少し規模を拡大して、いくつかの店舗も巻き込んで、店舗の方を主体にした形でやれたらなーって」
圭吾が店主をしている古書店『灯影書房』の近くには、首都圏では珍しいICカードが使えないローカル線の終点の駅舎がある。不便な駅だが雰囲気があり、イベントで利用される機会が増えていた。
駅舎や電車の車両を利用した音楽イベントやビールイベントは、遠方からの来場者も多く好評だった。紗杜は、駅家駅周辺だけでなく、近隣の店舗を舞台にした企画を考えていた。
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