詩片の灯影③ 〜言葉を音に乗せて〜

桜のはなびら

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ボサノバやろう

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「こんどはボサノバでやろうって話になってて。ボサノバだったらさーー」

「……君のチームも使えると?」

「そうそう! ハルも良いって言ってくれてるし、あ、ハルって代表ね。圭ちゃん知ってたっけ? んでね、それなら予算あんまりかからないし。チーム的にも、今はカーニバル直前だしイベントシーズンだし、秋に『ソルエスショー』も控えてるから、余裕があるわけじゃないんだけど、いつものパレードやショーのパフォーマンスと違って、パゴーヂ的な提案ができるじゃない? パフォーマンスの引き出し増えるなーって、特にバンドメンバーとかがさ、乗り気なんだよね」
 
 水を得た魚のように話す紗杜に、圭吾は苦笑した。
 
「あ、パゴーヂってのは」

「うん、要はサンバという音楽ジャンルの中におけるセッションなんだよね? パーティーの場で生まれて育まれた文化だから、歌って演奏して、踊ったり飲み食いしたりしながら楽しむもの……だったよね?」

「うんうん、前に言ったことあったっけ。そう、で、そのパゴーヂで、使う曲もサンバから派生したボサノバにすれば……ボサノバとジャズは、音楽の成り立ちとしては全然違うんだけど、ボサノバはジャズの一種なんて説明もあったりするくらい……これは誤解なんだけどね……楽器や編成に似た部分もあるし、カフェとかで使われるBGMとして日本ではどっちもなじみやすいから、まあ、求める効果は近しいものが得られるんじゃないかなって」
 
 保守的な町だけど。成功事例には乗りやすいという傾向もある。
 紗杜はこの町を愛しているがゆえに、この町のーー古くからいる市民のーー保守的で排他的で他責思考の在り方には少々批判的だった。
 そのうえで紗杜は、そんな人たちからの支持も得られなければ話が進まないことを理解していた。
 
 
「あ、あの」
 
 話に夢中になっていたふたりは、店内に唯一いた客がカウンターの近くまで来ていたことに気づくのが遅れた。
 
「ああ、志貴しきさん。騒がしくて申し訳ない。読書スペース?」

「はい。良いですか?」

「もちろん。読んでくの? それとも書くのかな?」

「書きたいと思ってます。まとめたいことがあって」

「うん。形のない思考も、書くことで、目で見ることができるようになるからね。客観視は答えを出すには有利だ。迷路だって、スポーツだって、当事者よりも鳥の視点で見ている者の方が答えを得やすい」
 圭吾の言葉に少女はこっくりと頷いた。


 穏やかに語る圭吾を見て、なぜだか紗杜が嬉しそうな表情を浮かべていた。
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