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紗杜の幸せ
しおりを挟む企画の構想を盛り込んだ資料の内容と、当日企画を実行するに当たって必要な要素がある程度不足なく揃った。細かいところは当日まで詰めていきたいところだが、直後に浅草サンバカーニバルが控えている。紗杜も含めた多くのメンバーの労力と思考力と余暇の大部分はそこに注ぎ込まざるを得ないのが、この時期恒例のこととなっている。
『記憶と響きのフェスタ』は任せられるところは議員に任せながら、あとは物理的な準備と当日の実施を迎えることになるだろう。
その日の帰路につく紗杜の頭の中は、有志のダンサーで設けられた練習日。
浅草サンバカーニバルのための詰めの自主練の日のことだった。
それは、『記憶と響きのフェスタ』に関してはもう予定された日を迎えるだけ。
考えるべきことはほとんど残っていないことを表していた。
家に着いた紗杜は、リビングのローテーブルにコンビニで買ってきたお弁当を置きながらエアコンを起動させ、カバンをソファーに放ると、リビングに繋がっているキッチンに行き、冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の中に鍋のまま入れてあった作り置きのスープを取り出し、鍋に火を掛ける。同じく作り置きの煮物の入ったタッパーの通気弁を解放するスイッチを押し、電子レンジへ入れて温める。
開けっぱなしの冷蔵庫がアラーム音を奏で始めた。
慌てて冷蔵庫から半分にカットしラッピングされているキウイと、ついでに缶ビールを取り出してリビングへ戻り、リモコンでテレビをつけた。
缶を開けて良く冷えたビールを流し込む。
仕事で得た前向きな疲れが炭酸に溶けてゆき、喉を押し開けるように通過していく液体の刺激が幸福感をもたらしてくれる。
一見わびしくも見える独り暮らしの食卓も、紗杜にとっては、日々の何気ない営みこそが、幸せそのものなのだと気づかせてくれる大事な時間だった。
紗杜は仕事に対してやりがいを持つことを、仕事しかない人生のようで、なんだか嫌だなあと思っていた。
サンバダンサーという趣味に没頭することを、家族を持とうとしない(持てない?)自分にとっての逃げ道みたいで、偏りすぎないようにしようという意識をずっと持っていた。
でも最近は少し考え方が変わってきている。
紗杜は、自分の本質を、欲求の奥底にあるものを、人と人や場所を引き合わせるものと定義した。対象は問わないが、なるべくなら日が当たらない、或いは日を当てるべき、人や場所に、光が当たると良いという感覚を持っていた。
理屈ではなく、そういう本能を持った生き物なのだと、考えるようになった。
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