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アイジとるいぷる

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「ぺぎっ」

 噂の対象が不意に現れ、声をかけたからだろうか。女性の方が妙な声をあげた。

「聞いてた?」なんてやり取りは不要。「はい」と答えたとて取り繕われるだけ。聞こえた内容を具体的に示して追求したとしても、あまり意味があるやりとりになるとは思えない。
 そもそも悪口などではなさそうだった。問い詰めるよりも自然な会話で交流を図ろう。

 問われる前に畳み掛ける。


「改めてよろしくお願いします」

「あ、ああ、よろしくお願いします」

 アイジはやや狼狽えて答える。
 噂話を持ちかけたのは彼女の方だ。アイジは巻き込まれただけだというのに申し訳なさそうだ。
 基本的にはこのチーム、人の良いひとたちの集まりなのだと思う。

「いのりです。よろしくお願いします」

 女性の方にも挨拶をする。

「よよよよよろしくっ!」

 すっごい動揺してる!
 なんだかがんちゃんが何かを誤魔化している時みたいだ。
 見た目は可愛らしいが、アイジの職場のひとだとしたら、社会人だから私よりは年上なのだろうけれど、あまりそうは見えない。

「るいぷるです! 本名は渡会類わたらいるいだけど、うちにはスーパー激カワダンサーのルイがいるので、より可愛くるいぷるに成ったわたしです! なりるいぷるっすわ」

 ふむ。想定よりだいぶトリッキーな感じのひとだな。
 けど、悪いひとではなさそうだ。裏表のあるタイプではなさそう、というより思ったこと全部言ってしまいそうな勢いがある。陰でひとを悪く言うようなタイプにも見えないが。

「いやー、ぐうぜんー! 今ちょうどいのこの話しててさー」

 やっぱり正直だ。隠すつもりがないのなら、陰口という意図もないのだろう。ただ、あるひとの話題を本人不在の状況で行なっただけだ。
 いや、それよりも。
 いのこ? って私のこと?

「おま、そんな猪みたいな」

「まー、失礼ね! 聞きました? この前髪ぱっつんサブカルやろう、こんなきれーな人捕まえて猪突扱い! これだから、ねぇ?」

 なにが「ねぇ?」なのだろうか。

「こいつっ......!」

 るいぷると職場一緒なんだよね、アイジ。
 彼はいつもこんな調子で彼女に振り回されていることが想像できた。

「じゃー間をとっていのっちにしときましょーか」

 間?
 いや、きっとこれは、気にしたらダメなやつなのだろう。

「いのっちはバテリアだけど、終生のライバルの出現を予感せずにおられんとですよ」

「ライバル?」

 認めてもらえたと言うこと?
 でも、なにを?

「いのっちって、ぶっちゃけ......ヘンタイでしょ?」

 なっ⁉︎

「おま、なにゆーとんねん! 失礼はどっちや⁉︎」

「いやいやいや、良い意味でよ?」

 良い意味のヘンタイってなに⁉︎

「まじでおまえ、なに言っとんの?
もともと頭沸いとったけど、いよいよ蒸発して無くなったんか?」

 いや、だからぁ、などと、物分かりの悪い相手に説明をするように呆れた顔をしているるいぷる。
 彼女の感覚では、掛け値なしに良い意味で言っているようだ。

「おい、見てみぃ、いのり笑顔のまま固まってもーてるやん」

 そうだ。固まっていても相手からもたらされるもの以外得るものはない。
 自らの意思で、必要なことを成し、得るべきものがあるなら自ら得なくては。
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