スルドの声(反響) segunda rezar

桜のはなびら

文字の大きさ
102 / 215

前夜

しおりを挟む
 本当に日々はあっという間だ。
 プレゼンをいよいよ明日に控え......と言っても、実は前日にやることなんてあまりない。
 資料はすでに完成しているし確認もしている。してもらってもいる。
 持っていくものも準備済みだし、こちらも確認は済んでいる。楽器のチューニングもしてある。
 持参のスピーカーとマイクは使用するが、現地の機材やスピーカーに音源や楽器を繋ぐことはしないので、身体と持参するものだけあれば問題はない。現場で機器の接続に戸惑うと言ったイレギュラーは起こらない。

 みんな学校に行ってから直接現地に向かうので、どちらかと言えば学校に大荷物で行く方が厄介なくらいだ。


 がんちゃんの様子はどうだろうか。
 緊張しているかな?

 なんだか気になってきた。
 ちょっと見に行ってみようか。


「がんちゃん? 起きてる?」
 部屋の扉をノックし、尋ねた。
 ドアの枠から光が漏れているからまだ寝てはいないはずだ。

 かちゃりと扉が開いた。

「まだ寝てない。資料読んでた」

 明日のプレゼンの資料だ。
 がんちゃんの資料には裏に台本も書かれている。

「ちょっと練習したい」

 がんちゃんがいう。
 練習とは、プレゼンのロールプレイングだ。シナリオを作り資料を作り台本を作った時に一度やっているが、最後にもう一度やっておきたいのだろう。

「良いよ」と、がんちゃんの部屋に入らせてもらい、ラグの上に転がっていたクッションに座る。

 がんちゃんは机の上の資料を手に取り、立ったままプレゼンをやってみせた。

 台本はあくまでも参考だ。ガイドライン程度にしておくのが良い。台本通りにやろうとし過ぎると硬くなったり、ミスがあった時に全部崩れてしまってリカバリーできなくなってしまう。
 むしろ決め切らずに挑み、聴衆の様子やリアクションなんかも見ながら対応していける方が望ましい。


 がんちゃんはスムーズに読み上げている。
 きっとひとりでも何度も練習したのだろう。
 がんちゃんらしい。ただ、やっぱり「読んでいる」という印象は拭えない。
 資料を「読み上げて」プレゼンすることになんら違和感はないのだが、ここはやっぱり「読む」ではなく、自らの言葉で伝える......「訴えかける」といった言い方にしたい。

 ただ、前日に余計なことを言っても混乱するだけだろう。
 真面目ながんちゃんのことだから、言われたことも全部取り入れようとして、パンクしてしまう姿も容易に予想できた。
 今できていることすらできなくなってしまっては本末転倒だ。


「どうかな?」

 訊くがんちゃんからは自信満々という感じはないものの、不安が隠せないなんて感じもなく、「できてはいると思うけど、どこかおかしなところあった?」といった、確認のニュアンスだ。


 ここ、結構大事な場面かもしれない。
 伝えるべきは一言か二言。少ないワードでどう言えば効果的だろうか。

「良かったと思う。結構練習したでしょ? うん、よくできてたよ
あとは、そうねぇ......思いっきり気持ちを込めること、かな?」

 気持ち、心、感情を、言葉に載せる。
 ありきたりだ。けれど真ではある。
 特に今回の場は。発表するがんちゃんという人物の特性は。

「ありきたりだと思うかもしれないけど、本当にそれだけ意識してやってみて?
そこに集中しすぎたせいで内容飛ばしちゃったって良いくらい。
まあしっかり練習してて身についてるから、多少飛ばしてしまっても身体が......この場合口が、かな? が覚えていて、脳で無理に思い出さなくてもうまく言葉は出てくるはずだから」

 一言二言とはいかなかったが、要点は端的だったはず。
 要は感情に特化して良い、ということだ。

 すでに資料でロジックは積み上げている。
 数字も明快に出している。
 あとは問われるのは気持ちだ。なんて言うと青臭い体育会系の精神論だと思われるかもしれないが、企業の論理にだって気持ち=真剣さ、真摯さ、情熱は通じる。その熱量がそのまま提案内容の実現にかける熱量を表しているのだから。
 どんなに完璧な計画でも、運用するのは人間だ。完璧なスキームで誰がやっても一定の成果がでる、非属人的なものにしてあったとしても、携わる人間の精度、簡単な言葉で言えばやる気の有無で、結果に差は出るのだから。
 まして今回は身体を動かし心に訴えかける類の提案内容であり、求める成果でもある。

 企業は質と同等に信用も求める。

 私たちが提供できる信用とは、どれだけこの計画を成功させるために、情熱を傾けられるのか。それを示すことなのだから。

「わかった」といったがんちゃんの表情は、少し軽やかなものになっていたように見えた。
 覚えて一言一句間違わないようにするよりも、少しは気楽になったのなら良かった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スルドの声(交響) primeira desejo

桜のはなびら
キャラ文芸
小柄な体型に地味な見た目。趣味もない。そんな目立たない少女は、心に少しだけ鬱屈した思いを抱えて生きてきた。 高校生になっても始めたのはバイトだけで、それ以外は変わり映えのない日々。 ある日の出会いが、彼女のそんな生活を一変させた。 出会ったのは、スルド。 サンバのパレードで打楽器隊が使用する打楽器の中でも特に大きな音を轟かせる大太鼓。 姉のこと。 両親のこと。 自分の名前。 生まれた時から自分と共にあったそれらへの想いを、少女はスルドの音に乗せて解き放つ。 ※表紙はaiで作成しました。イメージです。実際のスルドはもっと高さのある大太鼓です。

千紫万紅のパシスタ 累なる色編

桜のはなびら
キャラ文芸
 文樹瑠衣(あやきるい)は、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』の立ち上げメンバーのひとりを祖父に持ち、母の茉瑠(マル、サンバネームは「マルガ」)とともに、ダンサーとして幼い頃から活躍していた。  周囲からもてはやされていたこともあり、レベルの高いダンサーとしての自覚と自負と自信を持っていた瑠衣。  しかし成長するに従い、「子どもなのに上手」と言うその付加価値が薄れていくことを自覚し始め、大人になってしまえば単なる歴の長いダンサーのひとりとなってしまいそうな未来予想に焦りを覚えていた。  そこで、名実ともに特別な存在である、各チームに一人しか存在が許されていないトップダンサーの称号、「ハイーニャ・ダ・バテリア」を目指す。  二十歳になるまで残り六年を、ハイーニャになるための六年とし、ロードマップを計画した瑠衣。  いざ、その道を進み始めた瑠衣だったが......。 ※表紙はaiで作成しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

太陽と星のバンデイラ

桜のはなびら
キャラ文芸
〜メウコラソン〜 心のままに。  新駅の開業が計画されているベッドタウンでのできごと。  新駅の開業予定地周辺には開発の手が入り始め、にわかに騒がしくなる一方、旧駅周辺の商店街は取り残されたような状態で少しずつ衰退していた。  商店街のパン屋の娘である弧峰慈杏(こみねじあん)は、店を畳むという父に代わり、店を継ぐ決意をしていた。それは、やりがいを感じていた広告代理店の仕事を、尊敬していた上司を、かわいがっていたチームメンバーを捨てる選択でもある。  葛藤の中、相談に乗ってくれていた恋人との会話から、父がお店を継続する状況を作り出す案が生まれた。  かつて商店街が振興のために立ち上げたサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』と商店街主催のお祭りを使って、父の翻意を促すことができないか。  慈杏と恋人、仕事のメンバーに父自身を加え、計画を進めていく。  慈杏たちの計画に立ちはだかるのは、都市開発に携わる二人の男だった。二人はこの街に憎しみにも似た感情を持っていた。  二人は新駅周辺の開発を進める傍ら、商店街エリアの衰退を促進させるべく、裏社会とも通じ治安を悪化させる施策を進めていた。 ※表紙はaiで作成しました。

スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
 大学生となった誉。  慣れないひとり暮らしは想像以上に大変で。  想像もできなかったこともあったりして。  周囲に助けられながら、どうにか新生活が軌道に乗り始めて。  誉は受験以降休んでいたスルドを再開したいと思った。  スルド。  それはサンバで使用する打楽器のひとつ。  嘗て。  何も。その手には何も無いと思い知った時。  何もかもを諦め。  無為な日々を送っていた誉は、ある日偶然サンバパレードを目にした。  唯一でも随一でなくても。  主役なんかでなくても。  多数の中の一人に過ぎなかったとしても。  それでも、パレードの演者ひとりひとりが欠かせない存在に見えた。  気づけば誉は、サンバ隊の一員としてスルドという大太鼓を演奏していた。    スルドを再開しようと決めた誉は、近隣でスルドを演奏できる場を探していた。そこで、ひとりのスルド奏者の存在を知る。  配信動画の中でスルドを演奏していた彼女は、打楽器隊の中にあっては多数のパーツの中のひとつであるスルド奏者でありながら、脇役や添え物などとは思えない輝きを放っていた。  過去、身を置いていた世界にて、将来を嘱望されるトップランナーでありながら、終ぞ栄光を掴むことのなかった誉。  自分には必要ないと思っていた。  それは。届かないという現実をもう見たくないがための言い訳だったのかもしれない。  誉という名を持ちながら、縁のなかった栄光や栄誉。  もう一度。  今度はこの世界でもう一度。  誉はもう一度、栄光を追求する道に足を踏み入れる決意をする。  果てなく終わりのないスルドの道は、誉に何をもたらすのだろうか。

スルドの声(共鳴) terceira esperança

桜のはなびら
現代文学
 日々を楽しく生きる。  望にとって、それはなによりも大切なこと。  大げさな夢も、大それた目標も、無くたって人生の価値が下がるわけではない。  それでも、心の奥に燻る思いには気が付いていた。  向かうべき場所。  到着したい場所。  そこに向かって懸命に突き進んでいる者。  得るべきもの。  手に入れたいもの。  それに向かって必死に手を伸ばしている者。  全部自分の都合じゃん。  全部自分の欲得じゃん。  などと嘯いてはみても、やっぱりそういうひとたちの努力は美しかった。  そういう対象がある者が羨ましかった。  望みを持たない望が、望みを得ていく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら
現代文学
何かを諦めて。 代わりに得たもの。 色部誉にとってそれは、『サンバ』という音楽で使用する打楽器、『スルド』だった。 大学進学を機に入ったサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』で、入会早々に大きな企画を成功させた誉。 かつて、心血を注ぎ、寝食を忘れて取り組んでいたバレエの世界では、一度たりとも届くことのなかった栄光。 どれだけの人に支えられていても。 コンクールの舞台上ではひとり。 ひとりで戦い、他者を押し退け、限られた席に座る。 そのような世界には適性のなかった誉は、サンバの世界で知ることになる。 誉は多くの人に支えられていることを。 多くの人が、誉のやろうとしている企画を助けに来てくれた。 成功を収めた企画の発起人という栄誉を手に入れた誉。 誉の周りには、新たに人が集まってくる。 それは、誉の世界を広げるはずだ。 広がる世界が、良いか悪いかはともかくとして。

処理中です...