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序章 ガビと少年
少年と離別
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工場に行くのは実に五日ぶりだった。
夏休みでも木曜日の塾は休みではなく、金曜日は試合前の身体のメンテナンスに使うため工場での練習は行わなかったのだ。
決勝の結果を早くガビに伝えたかった。
カビから学んだテクニックを、俺も羽龍も使えるようになっていた。
羽龍から俺へのパスで得点をするパターンは相手チームに研究されていたが、ガビのテクニックを駆使した俺は試合開始後十分ほどで先制点を奪った。
自ずと俺へのマークはより激しくなったが、その後は早い段階で俺がボールを持ち、ゴール前で羽龍に長いパスを出して羽龍が点を取りに行くパターンがよくハマった。
このテクニックを練習する過程で、俺のパスの精度も上がっていたのも要因だったと思う。
今までの試合では俺がアシストを出すケースはあまりなく、相手チームのデータには無い動きだった。
ボランチやミッドフィルダーからのパスでも同様のパターンを作れるため、相手チームは守備に割く人員が足らず、元々ボール保持率もこちらのチームの方が高かったこともあり、終始攻勢で試合運びができた。
相手チームは個々の選手の地力が高く、特にキーパーは判断力に優れた選手だった。
攻めてはいても攻めあぐねる時間が長く、決定的な場面でもセーブされてしまうことが多かったが、俺が一点、羽龍が二点もぎ取り、相手チームのカウンターで一点返されたが押し切ることができた。
念願の優勝をもぎ取ったのだ!
ゴールデンコンビの得点で!
弟の学年は同点のまま延長戦でも決着はつかず、PK戦までもつれた末に惜敗したが、それでも初の決勝進出、準優勝は快挙に違いはなかった。
気が急いていた三人はいつの間にか走り出していた。
工場が見えた。なにか違和感があった。
違和感の正体はすぐにわかった。
無機質なバリケードが立てられ、立ち入りを禁止する表示が掲げられていた。
工場内に残されていた机や椅子などもなくなっているように見えた。
元々人の気配のない廃工場ではあったが、今では営みの痕跡も見受けられない、無味乾燥な跡地になっていた。
「なんだよこれ……」
思考の整理が追い付かず立ち尽くす。
どれくらいそうしていただろうか。長い時間だったような気もするがただ茫然としていたのでそう思えただけで、実際は数分も経っていなかったかもしれない。
とにかく中に入れず、中には誰も居ないのは確実で、待っていても恐らくガビはこないと思えた。
「今日は帰ろう、また明日来てみよう」という羽龍に従い、俺たちは帰った。
半ば予想していたが、明日も、また別の日も、一週間後も、ガビには会えなかった。
いつの間にか工場内には重機が入り込んでいたが、作業が開始される様子はなかった。
それでも季節が変わる頃には解体作業が始まり、始まればあっという間に工場は消えてしまった。何の説明も受けられず、混乱と戸惑いの最中に居た俺たちは、毎日では無いものの定期的に現地に赴いていた。
休憩中の作業員に声を掛け、近づかないように注意を受けながらも、事情の一端を知ることができた。
作業員たちは工場ではなく土地の現所有者から発注を請けた立場であった。
つまり、この土地は工場の関係者の所有ではなくなっているのだ。
もともと工事は決まっていたが、急遽前倒しになったのだと言う。前倒しになった理由までは知らないとのことだった。
「少なくともさ、ガビにとっても急に決まったことだったんじゃないかな」
何も告げられず、突然の別れとなったことで、誰も口にはしなくても裏切られたという思いが芽生え始めていたが、羽龍が自分にも言い聞かせるように言った言葉に少しだけ心がほぐれるのを感じた。
「でも、だけどさ、一言くらい……」
それでも心に残る割り切れないなにかを、言葉にしようと思ったがうまく言葉にならなかった。羽龍も黙っている。
季節が変わり、工場が更地になる頃には、幾分諦めの気持ちが強くなり、戸惑いの気持ちは整理がつき始めていた。
夏休みでも木曜日の塾は休みではなく、金曜日は試合前の身体のメンテナンスに使うため工場での練習は行わなかったのだ。
決勝の結果を早くガビに伝えたかった。
カビから学んだテクニックを、俺も羽龍も使えるようになっていた。
羽龍から俺へのパスで得点をするパターンは相手チームに研究されていたが、ガビのテクニックを駆使した俺は試合開始後十分ほどで先制点を奪った。
自ずと俺へのマークはより激しくなったが、その後は早い段階で俺がボールを持ち、ゴール前で羽龍に長いパスを出して羽龍が点を取りに行くパターンがよくハマった。
このテクニックを練習する過程で、俺のパスの精度も上がっていたのも要因だったと思う。
今までの試合では俺がアシストを出すケースはあまりなく、相手チームのデータには無い動きだった。
ボランチやミッドフィルダーからのパスでも同様のパターンを作れるため、相手チームは守備に割く人員が足らず、元々ボール保持率もこちらのチームの方が高かったこともあり、終始攻勢で試合運びができた。
相手チームは個々の選手の地力が高く、特にキーパーは判断力に優れた選手だった。
攻めてはいても攻めあぐねる時間が長く、決定的な場面でもセーブされてしまうことが多かったが、俺が一点、羽龍が二点もぎ取り、相手チームのカウンターで一点返されたが押し切ることができた。
念願の優勝をもぎ取ったのだ!
ゴールデンコンビの得点で!
弟の学年は同点のまま延長戦でも決着はつかず、PK戦までもつれた末に惜敗したが、それでも初の決勝進出、準優勝は快挙に違いはなかった。
気が急いていた三人はいつの間にか走り出していた。
工場が見えた。なにか違和感があった。
違和感の正体はすぐにわかった。
無機質なバリケードが立てられ、立ち入りを禁止する表示が掲げられていた。
工場内に残されていた机や椅子などもなくなっているように見えた。
元々人の気配のない廃工場ではあったが、今では営みの痕跡も見受けられない、無味乾燥な跡地になっていた。
「なんだよこれ……」
思考の整理が追い付かず立ち尽くす。
どれくらいそうしていただろうか。長い時間だったような気もするがただ茫然としていたのでそう思えただけで、実際は数分も経っていなかったかもしれない。
とにかく中に入れず、中には誰も居ないのは確実で、待っていても恐らくガビはこないと思えた。
「今日は帰ろう、また明日来てみよう」という羽龍に従い、俺たちは帰った。
半ば予想していたが、明日も、また別の日も、一週間後も、ガビには会えなかった。
いつの間にか工場内には重機が入り込んでいたが、作業が開始される様子はなかった。
それでも季節が変わる頃には解体作業が始まり、始まればあっという間に工場は消えてしまった。何の説明も受けられず、混乱と戸惑いの最中に居た俺たちは、毎日では無いものの定期的に現地に赴いていた。
休憩中の作業員に声を掛け、近づかないように注意を受けながらも、事情の一端を知ることができた。
作業員たちは工場ではなく土地の現所有者から発注を請けた立場であった。
つまり、この土地は工場の関係者の所有ではなくなっているのだ。
もともと工事は決まっていたが、急遽前倒しになったのだと言う。前倒しになった理由までは知らないとのことだった。
「少なくともさ、ガビにとっても急に決まったことだったんじゃないかな」
何も告げられず、突然の別れとなったことで、誰も口にはしなくても裏切られたという思いが芽生え始めていたが、羽龍が自分にも言い聞かせるように言った言葉に少しだけ心がほぐれるのを感じた。
「でも、だけどさ、一言くらい……」
それでも心に残る割り切れないなにかを、言葉にしようと思ったがうまく言葉にならなかった。羽龍も黙っている。
季節が変わり、工場が更地になる頃には、幾分諦めの気持ちが強くなり、戸惑いの気持ちは整理がつき始めていた。
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