太陽と星のバンデイラ

桜のはなびら

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序章 ガビと少年

少年と衝動

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「あの工場、無くなったみたいだな」

 同級生がにやにや笑いながら話しかけてきた。連れて行けと食って掛かってきた児玉だ。

「あそこ、評判悪かったらしいぜ?
うちの親にお前らが入り浸っているって伝えたら、いかない方が良いって言われたし」

 だから、こいつはその後連れて行けと言わなくなったのか。しかし。

「評判悪いってなんだよ?」

 児玉の顔も、言い方も、なんだか嫌らしく思えて気に障った。

「ブラジル人の工場なんて、なんか怪しいだろ?
お前らの話をしたら、子どもをかどわかす? とか言って、大人たちが騒いでたぜ」

 へらへらと笑う児玉の顔が歪んで見えた。

「その後町内会みんなで工場の奴のところに文句言うことになってよ、俺も面白そうだからついていったんだけど、人さらいとか畑汚すなとか、大声で叫んですごかったんだから。外国のニュースみたいでさーー」

 目の前の顔がさらに歪んだ。
 一方、歪んだ顔の口から紡がれる言葉はわんわんと反響したような雑音となり、途中からは何を言っているのかわからなかった。

 ただ、熱があった。
 頭の奥か、心の底か。
 熱が、弾けたような気がした。

 
「アキちゃん‼︎」

 気が付いたら俺は羽龍に羽交い絞めにされるように止められていた。
 目の前の児玉は一寸前までへらへらとしていた顔が恐怖で引き攣っている。

「なんだよ、急にキレて、バカじゃねーの?
 俺の親たちがあいつらを追い出さなかったら、お前らだってやばかったかもしんないだろ?
むしろ感謝しろよ」

「もう良いから! お前黙れよ! どっか行けよ!」羽龍が珍しく声を荒げる。

「なにお前までムキになってんだよ」などとぶつぶつ言いながらも、あまりここに居ても良いことは無いと思ったのか、児玉は離れていった。

「ごめん、ウリ、大丈夫だから離してくれよ」

 感情を抑えた声に、落ち着いたと思ってくれた羽龍は力を緩めた。

「あいつ、腹立つね。ガビのことなにも知らないくせにさ――あ、アキちゃん⁉︎ 待って、駄目だ‼︎」

 羽龍の声を背に聞きながら、俺は児玉を殴り倒し、倒れた同級生に馬乗りになって尚殴り続けた。
 羽龍や周りにいた生徒に取り押さえられ、騒ぎを聞きつけた先生に児玉から引き離されるまで。
 

 児玉の家は、ガビの工場とそう遠くない農家の敷地内に建てられた一軒家だった。
 俺の父親の実家もそうだったが、敷地が広いため、祖父の家とは別に独立した叔父(祖父の長男)が敷地内に別の家を建てていたので、農家では珍しくない家の建て方なのだろう。

 父親と母親に連れられ、児玉の家にお詫びに伺いにきたところだった。
 俺から離され、先生に保健室に運ばれていく時のあいつは鼻血まみれで、一見壮絶だったが、口の中も少し切ったくらいで怪我としては縫うほどの傷もなく、腫れが数日残る程度との見込みのようだった。
 怪我が大したことなかったのもあり、子ども同士の喧嘩などそれほど大げさにするものでもないと言っていた先生も居たが、親同士はそういうわけにもいかず、その日の内に連れ立ってきたわけだ。

 父親は理由は聴いてくれた。一通りのお説教と何往復にも亘る往復びんたを受けた後で。
 往復びんたは左右で平等のように思えるが、実は手の甲でひっぱたかれる側の方が痛みが残るななどと思いながら、「どんな理由があっても、暴力はいけない」という言葉を白けた気持ちで聞いていた。

 父親が謝罪している。無表情の俺は父親の手で頭を下げさせられている。特に抵抗はせず、特に何の感情もない。

 児玉の母親は少しヒステリックになってはいたが、最終的には子ども同士の喧嘩という見解で落ち着いてくれた。児玉の父親の方が予めたしなめていてくれたのかもしれない。
 なんとなく、ルーツが同じ地域の農家同士で、家同士で決定的な決裂にならないような忖度があったのではと思った。
 或いは、息子以上に顔を腫らしている俺に多少の同情があったのかもしれない。狙ってやったのだとしたらうちの父親も策士だなと思う。
 
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