東と林

わさび

文字の大きさ
上 下
1 / 2

プロローグ〜兄貴とクレープ〜

しおりを挟む
「東、何か甘いもの食べていかないか!?」
二人で昼食を食べたあと、少し物足りなかったのか兄貴がそんな事を言いだした。
昔から兄貴はいかつい見た目とは裏腹に、ケーキやパフェといった甘いものに目がなかった。兄貴が満足できるような店があったかなと、ネットで検索すると、割と近くに評価の高いクレープ店が見つかった。
「兄貴、近くに美味しいクレープ店があるそうなんですが、いかがですか!?」
そう尋ねると、兄貴はどれどれ、と興味深そうに俺のスマホを覗き込んだ。
(兄貴、近いです!)
緊張で震え出しそうな手を、気合で押さえつけ、兄貴とともにクレープ店の情報を覗き込む。
「星4.2か、期待できそうだな」
クレープの画像をスクロールしながら、兄貴が少年のような無邪気な笑顔を見せる。
「兄貴は何にしますか!?」
「無論、イチゴホイップクレープだ!」
「分かりました。俺が買って来ますんで、兄貴はここで待っていてください」
店内を覗くと女性客の行列ができていた。兄貴をこの中に並ばせるわけにはいかない。
俺は意を決して、女子高生の集団の後ろに単身乗り込んでいく。女性だらけの空間に、サングラスのいかつい顔の男性が一人。異物に向けられる冷たい視線と囁き声をシャットアウトし、俺はただ店の壁面に掲げられたメニュー表を眺めていた。

ようやく注文の品を受け取った俺は、急ぎ足で店を飛び出した。誤って女性専用車両に乗り込んでしまった哀れなサラリーマンにでもなった気持ちだった。
「兄貴、お待たせしました。」
兄貴に買ってきたイチゴホイップクレープを手渡す。
「待ってましたっ!」
兄貴はクレープを受け取ると、豪快にかぶりついた。口の端にホイップクリームが付いているが、そんなのはお構いなしだ。
「東、お前は何にしたんだ!?」
「俺は一番人気のチョコバナナクレープですね」
そう言って俺は、食べかけのクレープの断面を見せる。
「そっちも美味そうだな···」
俺が差し出したクレープに兄貴が口をつけた。
(あっ···)
「さすが一番人気、王道の味だが美味いな」
(俺の食べたところを兄貴が···)
「ほれ、俺のも食べていいぞ!ただし、一口だけだからな!」
兄貴が自分の食べかけのクレープを、俺に向けてくる。
「い、いえ、大丈夫です!」
気恥ずかしさに、俺は目線をそらしてしまう。
「そうかぁ!?後で欲しいって言っても知らないからな!」
それから後は、クレープを食べても味がよくわからなかった。

「これくらいなら、東にも作れるんじゃないか!?昔作ってもらったお好み焼きも美味かったし。」
クレープを食べ終えた兄貴が、突然とんでもないことを言いだした。
兄貴にお好み焼きを振る舞ったのは、兄貴がまだ組にいた頃なので、今から1年以上も前のことだ。あり物のキャベツや豚肉で作った即席のお好み焼きを、兄貴は美味い!お前には料理の才能がある!と絶賛しながら平らげてくれた。
兄貴が覚えてくれていたことの嬉しさと、期待に応えられるのかという不安がこみ上げてくる。
「ま、気が向いたらでいいからよ!」

兄貴と別かれてから急いでクレープの作り方を検索する。必要な材料を確認すると、俺はスーパーへと駆け出した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

拝啓、空の彼方のあなたへ -1000の手紙-

emi
エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:271pt お気に入り:0

顔面偏差値底辺の俺×元女子校

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:2

兄妹は愛し合う

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:51

傲慢悪役令嬢は、優等生になりましたので

恋愛 / 完結 24h.ポイント:575pt お気に入り:4,401

転生王子はダラけたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,813pt お気に入り:29,349

ピリオドにさよならを

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ぶち殺してやる!

現代文学 / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:0

詩集「支離滅裂」

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:200pt お気に入り:1

処理中です...