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プロローグ

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 我々が住む世界とは全く違う世界ー異世界と呼ばれる世界に、1人の女性が迷い込んできたのは、もう20年も前の事。
 その女性は自分が異世界から来た事を誰にも話さず、この世界では高レベルの技術や知識を自分から発することはなく、1人の青年を通して文明の発展を進めた。

 青年は女性と出会った幼い時から大変慕っており、女性から教えてもらう知識や技術を村の発展に役立た。また女性が住んでいた世界ではゲームと呼ばれる仮想世界を疑似体験できる遊びの知識を用いて、村に襲い掛かる魔物や村の発展を憎む近隣の町々、はたまたこの国を狙う近隣諸国との闘いに勝利し、周りからは勇者と呼ばれるようになった。
 青年は「この世界に存在しない知識」を持っていた為、国で噂される【異世界の勇者】ではないかと噂された。
 国が危機に陥るとき、「異世界よりこの世界に存在しない知識を持つ勇者が現れる」と古くから言い伝えられていた。その言い伝え通り、豊富な知識と技術を持つ青年こそ【異世界の勇者】だと噂されるようになったのだ。

 そして青年は国王に気に入られ、国王の娘である王女との結婚が約束された。


 ところが、その青年と王女の結婚式はいつまで経っても行われなかった。
 青年は「ある女性から得た知識。自分は異世界から来ていない。だから王女と結婚する資格はない」と国王に断りを入れていたのだ。
 王女も父親が勝手に決めた結婚を快く思っておらず、2人の結婚は幻に終わってしまった。


 では、青年はその後どうしているのか…。
 なんと、青年は自分の出身村に戻り、そこで保育士をしていたのだ。

 村は今では王都と比べ物にならない大きな大きな大都市に発展した。
 人口も増え、王都より職にありつけると移住してくる人が増えた。そして学校も沢山作られ、子供たちの数も増えた。
 小さい子供を持ちながら働く親も増え、その子供たちを預かる場所として青年が保育所を設立したのだ。

 現在、この保育所には4人の保育士が働いており、約50人ほどの子供たちを見ている。
 そして、何故かこの保育所には、ドラゴン、ユニコーン、ペガサスと言った、異世界には付き物の動物たちが沢山いる。かつて魔物と恐れられていたこれらの動物は子供たちに懐いており、危害を加えることはなかった。
 それもそのはず。この動物たちは青年が勇者として活躍していた時に仲間にした動物たち。元々、人間たちとは共に生きたいと願っていたが、大きな体に計り知れない力を持つ動物は魔物として恐れられていた。そのイメージを変えてくれたのが青年だった。
 かつて魔物と呼ばれていた動物たちは、今では人間たちと共存し、仕事を手伝う仲間だったり、ペットとして飼う人もいる。
 これだけ魔物を人間と共存できるようにしたのは、青年の力ではなく、異世界よりやってきた女性の知識のお蔭だと青年は今でも彼女の事を慕い続けている。


 異世界より来た女性は保育所の所長をしているが、彼女は表に出ることはない。保育士たちに的確なアドバイスをするだけで、いつも裏方に徹している。
 だからだろう。女性のアドバイスを受けて行動する青年たちが目立つため、注目の目は表に立つ人に向けられてしまう。
「それでいいの。裏で支える人がいないと表は立たないから」
 いつも謙虚な彼女は、そう言うのが癖になっていた。

 表に立たない彼女でも、子供たちからは慕われている。
 彼女は色々な物語を聞かせてくれる。その話を聞くのが子供たちは楽しみだった。
「先生、またお話聞かせて!」
「勇者様のお話がいい!」
「ドラゴンが出てくるお話がいい!」
 女性の周りには、楽しいお話を聞きたい子供たちが集まる。
「そうね…じゃあ、今日は勇者とお姫様のお話をしようかしら?」
「やったーーーー!!」
 女性は集まる子供たちの後方で、保護者と話している一人の保育士をチラリと見た。
 この村では珍しい青みがかった銀髪に透き通った青い目を持つその保育士は、この世界に来た時からの親しい仲。そして、彼こそ「この世界に存在しない知識」を持つ【異世界の勇者】だ。

 女性は逞しく成長した彼を見て、昔を思い出したのか、小さく笑った。
「なになに?」
「なにかあったの?」
 子供たちの声に、女性は「なんでもないよ」と一言いうと、子供たちの【勇者とお姫様】の物語を話し始めた。


 そのお話は青みががった銀髪に、青く透き通った瞳を持つ青年が主人公。
 今から20年近く前に本当に起きた物語……。


                  <つづく>
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