2 / 69
第1話 勇者はこうして誕生した(2019.8.6改定)
しおりを挟む
その青年は、ごく普通の人間だった。
普通の農家の家に生まれ、普通の学校で学び、普通の友達と楽しく過ごし、村の中で行われるお祭りでたまたまじゃんけんに勝って、買い手がつかなかったお店だった古びた建物を手にするだけの、どこにでもいる男だった。
唯一、他と違っていたのは、その見た目だけ。
村では珍しい青みがかった銀髪に、透き通った青い目をしている。
「北に同じ容姿の王様がいる。その隠し子じゃないのか?」
などと村人たちは疑うが、彼の曽祖父もまったく同じ容姿で、曽祖父は小さい頃からこの村に住んでいた。その曽祖父が生きていた頃、北の国の国王は黒髪に緑色の目をしていた為、その国の王族とは何の関係もない。
ただ、村人たちが噂する今の北の国の国王は、その時の気分で髪の色を変えているため、たまたまこの国に来た時の容姿が青みがかった銀髪だっただけ。今は赤く染めている。
なにかと話題に上がる彼だったが、それ以上の目立った事はなかった。
どちらかというと、少し運動が苦手で、両親が農家を営んでいるのに嫌いな野菜が多く、学校に行くまでに道に迷うこと数十回(家から学校までほぼ一直線)、好きな女の子と初めてのデートに行く日に高熱を出して、女の子に振られるなど、可哀想に思うことの方が多い。
そんな彼ーケインが大きく変わる出来事が起きた。
村に一人の女性がやってきた。旅を続けていたが、しばらくゆっくりしたいと滞在を願い出た。
「それだったら、我が家に来るといい」
女性に住む場所を提供したのが、ケインの父親。
当時8歳だったケインは、10以上も離れている女性を迎え入れることに反対したが、お世話になるお礼にと作ってくれたケーキという食べ物を一口食べた途端、すぐに虜になった。
この村には、お菓子という食べ物はなかった。そういうものは大都会にしか売っておらず、また村にそれを作れる人がいなかったのだ。
ケインは自分だけが食べられるように女性に頼み込んだが、女性は、
「それだと、あなたは皆から恨まれることになるわよ。自分が嬉しい事は他人にも教えなくちゃ。自分が嬉しい事を他人に教えたら、必ずあなたには何百倍にも嬉しい事が返ってくるわよ」
と、笑いながら言い返してきた。
ケインは女性の言うことが解らなかった。
楽しい事、嬉しい事は自分だけに留めておいた方が、気持ちいいのに。
他人に教えるなんて勿体ない。
女性はケインがじゃんけん大会で勝ち取った古びたお店で、商売を始めた。
「僕だけの楽しみだったのに!」
ふくれっ面を見せるケインは、厨房でクッキーという食べ物を作る女性の手元を眺めていた。
「楽しみは皆で分かち合わなくちゃ」
ボールに中で生地を作る女性はニコニコ笑いながら作業を進めていた。
すると、女性はオレンジ色のドロドロした物体をボールの中に入れ、さらに捏ね上げていいた。
「それ、何?」
「内緒よ」
「え~~? 教えてよ!」
「出来てからのお楽しみ」と女性はウインクを飛ばしてきた。
女性が作るお菓子はどれも美味しい。店に来るお客も何かも足を運んでくれる。
でも、最近、小さい子供を持つ母親がよく足を運ぶようになった。女性に何やら頼む姿を見かける。
女性は、花の形や星の形にくり抜いた生地を黒い板の上に並べた。
「その黒い板はなに?」
「鉄板よ」
「テッパン?」
「クッキーを作るのに大切な道具なの」
そう言いながら、女性は鉄板と呼ばれる黒い板を、四角い箱の中に入れた。
「それは何?」
「オーブンよ。前にいた場所から持ってきたの」
「持ってきたって、どうやって!?」
ケインは女性が村に来た時の事を思い出した。女性は肩に掛けた小さなカバンと、小さな箱型のカバンしか持っていなかった。カバンには入らないとすぐにわかる大きさのオーブンという四角い箱は、どこにしまっていたんだ!?
ケインは改めて厨房内を見渡してみた。
何に使うかわからない道具がたくさんある。お菓子を作るのだから、それに使う道具だということは分かるが、大きさからして、女性が持っていたカバンに入る大きさではない。前に住んでいた場所から送ったのでは?と考えることできるが、毎日店に来ているケインは荷物を受け取る所を見たことがない。
それに、厨房から売り場に繋がるカウンターの上には薄い箱が置いてある。その薄い箱は二つに折りたたむことができた。女性に一度だけ見せてもらったことあるが、自分の知らない文字が書き込まれてあり、女性が手のひらに収まる丸い物を動かすと、文字が書かれた場所が上に動いた。それどころか、カチカチと丸い物を指ではじくと、絵が出てきたり、さっきとは違う文字が出てきた。
この人の持っているものは、都会では皆が持っているのかな?
都会への憧れはあるが、周りから「学校行くだけで道に迷うんだから辞めとけ」と強く言われるケインにとって、この村を出るのも一苦労。
なのに、何故か女性のこの店には迷いなく来ることができる。周りは同じような外見の建物ばかり。
どうして迷わず来れるんだろう?
ケインは女性が、何か魔法のようなものを使って、自分を導いてるんじゃないかと、不思議でたまらなかった。
そのうち、辺りに香ばしいいい匂いがしてきた。
「さてと、そろそろ来るかな?」
女性は窓の外を見た。
ケインは釣られて窓の外を見ると、一組の親子がこちらに向かって歩いてきた。
ケインには見覚えのある顔だった。その親子は同じ学校に通うクラスメイトのデイジーと、その母親だった。
「なんでデイジーが!?」
「今からお茶会をするのよ。新しいお菓子を作るから招待したの。さ、ケイン、準備を手伝って」
「え~~?」
「クッキー、食べたくないの?」
「うっ……」
クッキーを食べることを楽しみにしていたケインは、渋々、準備を手伝った。
「クッキーの為…クッキーの為…クッキーの為…」
そうブツブツという呟くケインの顔からは嫌々手伝っている様子は見えなかった。
むしろ楽しそうにしている。
お茶会に招いたデイジー親子はケインがいることに驚いていた。
「なんでケインがいるの!?」
ケインの事があまり好きになれないデイジーの口から不満そうな声が漏れた。
「彼はお手伝いをしてくれているのよ。それに、ケインにも関係ある事だから」
「でも…」
「さ、お茶にしましょ。今日は新作を作ってみたの。味の感想を聞かせてほしいわ」
テーブルに用意されていたのは、どれも見たことがない物ばかりだった。
目の前に置かれたカップには、いい香りがする澄んだ茶色っぽい色の液体が入っていいた。
「それは紅茶っていう飲み物よ。もし飲みにくかったらこのミルクを入れてみてね」
女性は銀色の小さい入れ物に入ったミルクを差し出してきた。
「今回はクッキーとカップケーキ、それからクリームをふんだんに使ったキューブケーキを作ってみたの。どれも新作で、まだお店に出していない物よ。さ、召し上がれ」
女性の声を合図に、ケインは楽しみにしていたクッキーを一口かじった。
まだ焼きたてと言うこともあって、ほんのりと温かいクッキーは、サクッとした触感に、ほんのりと甘い味が虜になる。ケインは次から次へとクッキーに手を伸ばした。
デイジーはクリームで綺麗に覆われ四角いケーキにフォークを入れた。弾力のある、それでもスッとフォークが入るスポンジは微かにオレンジ色をしていた。
どんな味がするんだろう…デイジーはドキドキしながら一口頬張った。
その後、フォークの動きが止まらなくなったデイジーを見る限り、お気に召したようだ。
ケインもデイジーも無我夢中で食べ続けた。
そんな2人を女性は微笑みながら見つめていた。
「あ…あの…」
会話がない空間に、デイジーの母親が躊躇いながら声をかけた。
「あ、ごめんなさい。あまりにも美味しそうに食べてくれるから嬉しくって」
「食べられる物が少ないから、ご飯もあまり食べな子なのに、こんなにたくさん食べる姿は初めて見ました。どんな魔法をつかったんですか?」
「何もしていませんよ。ただ、彼女に入り口を作ってあげただけです」
「入り口?」
「ええ。ケイン、デイジー、新作のお菓子はどうかしら?」
ガツガツと食べ続ける2人は、紅茶を一気に飲み干すと、同時に
「美味しかったです!」
と元気に返事を返した。
その言葉に、女性は満足した顔を見せた。
「デイジー、実はね、あなたのお母さんから相談されていたの」
「相談?」
「好き嫌いが激しすぎてご飯を食べてくれないって」
「そ…それは…」
「デイジーは、何かを食べると、体が痒くなったり、息ができなくなったりしない?」
「それはないわ。食べようと思えば食べられるけど、味が美味しくなかったり、触感っていうのかな? 口に入れたとき、なんか変な感じがして、食べたくないの」
「ケインもそうかしら?」
「う…うん」
「確かに嫌いな物は食べたくないよね。でもね、ケインやデイジーぐらいの年は、好き嫌いは言ってられないわよ。これから大人になる準備をする大切な時期だからね」
「「大人になる準備?」」
ケインもデイジーも同時に聞き返した。
「ええ。ケインは誰かを守れる体を作らないといけないし、デイジーは子供を産む体を作らないと、大人になった時に苦労することになるの。男は誰かと結婚したらその家族を守らないといけない。家族を守るには誰かと戦うことじゃない。しっかりとした体で、病気にもならず、怪我をしても治す力がないと働けないものね。働かないとお金は入らないし、お金が入らないと食べる物も着る物も食べる物も手に入らないでしょ?」
「たしかに…」
「女は結婚すれば子供が生まれる。でも、病気ばっかりしている人は、自分の命と引き換えに赤ちゃんを産むのよ。赤ちゃんに会えずに自分は死んでしまう。そんなことにデイジーは耐えられるかしら?」
「そんなの嫌! わたしが死んじゃうなんて…」
「そうならないように、今から健康な体を作らなくちゃ。健康な体を作るにはまず野菜を食べなくちゃね」
「でも……美味しくない物を食べるのは…」
「ね、ケイン?」と、デイジーはケインに話を振った。
ケインもデイジーと同じ思いなのか、なかなか「はい、わかりました」と言えなかった。
そんな2人の様子に、女性はクスクスと笑い出した。
「ケイン、デイジー、今日食べた新作は美味しかった?」
「う…うん、美味しかった」
なんでそんな事を聞くんだろう? ケインもデイジーも不思議そうに首を傾げた。
「今日の新作、飲み物以外すべてにニンジンが使ってあるのよ」
「「え!? うそ!?」」
「本当よ。ケインは作る所を見ていたから、オレンジ色のドロドロした物を入れていたのは覚えてる?」
「あれ、ニンジンなの!?」
「ええ。ニンジンを磨り潰して、形を変えたものなの。クッキーの生地に練り込んであるし、カップケーキの生地にも入れてあるの」
「じゃ…じゃあ、このケーキは!?」
「スポンジに入っているわよ」
「ニンジンの味はしなかった…」
「野菜そのままだと、味や触感で苦手意識持ってしまうけど、こうして形を変えれば食べられる事があるの。お菓子に使うのはごく一部の例え。ちょっと料理方法を変えるだけで、苦手な物が食べられるようになるの。ケイン、デイジー、これから美味く野菜が食べられる料理もたくさん作るから、一緒に苦手なことを解決していきましょ。ね?」
女性はケインとデイジーにニッコリと微笑みかけた。
「自分が嬉しい事は他人にも教えなくちゃ。自分が嬉しい事を他人に教えたら、必ずあなたには何百倍にも嬉しい事が返ってくるわよ」」
女性が言った言葉が、なんとなくわかった。
ケインは考えた。
どうしたら自分が嬉しい事を他人に教えることができるんだろう?と。
「村人全員を対象にしなくても、誰か一人に絞ったらどうかしら?」
女性はそうアドバイスをした。
ケインはそのアドバイスを受け、女性を対象にすることにした。
「だって、女性一人だと、なにかと物騒だよ。僕が守ってあげる! 重い荷物も持ってあげる!」
「それじゃあ、しっかりと健康な体を手に入れなくちゃね。そんなひょろっとした体だと、重い物も持てないし、泥棒が入ってきてもすぐにやられちゃうわよ」
「頑張るもん!!」
そう意気込むケインは、その日を境に逞しい体を手に入れようとトレーニングを始めた。
もちろん女性が提案する丈夫な体作りの為の料理も、文句を言わずに食べた。
「残さず食べてくれて嬉しい」
そう微笑む女性に、ケインは心がキュンっとなった。
な…なんで、こんなに心臓がドキドキするんだ?
密かに恋心が芽生え始めるケイン。
初めて好きになった女の子の時とは違う感じがするこの胸のときめき。
女性の笑顔が見たい。
それがケインにとって【自分が嬉しい事】
女性が笑顔を見せてくれるならなんでもする。その気持ちがケインを大きく変化させた。
ケインは女性の行動を間近で見て、次第に畑仕事や調理など覚えた。
特に頭角を現したのは調理だった。包丁など握ったことがないケインだが、女性が丁寧の教えるとすぐに覚え、次の日には少し覚束ない手つきだが、女性の手を借りることなく一人で作り上げる事が出来た。
「才能あるのかな?」
すぐに覚えるケインに、女性は時間が空いているのなら店を手伝わないか…と勧めた。手伝いと言っても来店したお客への接客が主で厨房に立つことはなかった。
それでも楽しそうに接客し、重たい荷物も進んで運んでくれるようになり、いつの間にか逞しい体つきになってきた。
次第に厨房も手伝う様になり、学校を卒業する頃には店で売る商品を一通り作れるようになっていた。
ケインが最も得意としたのはお菓子作り。クッキーに関しては女性が製作を任せているほど得意分野となっていた。本人はまだまだだと言う。
女性はケインを通して村人たちに食生活の大切さを伝えた。
それと同時にケインの実家の畑改革も続け、より品質の良い美味しい野菜を作るようになり、畑の一部を借りて女性も作物を育て、それを使って新しいメニューを開発していった。
珍しい食べ物に村人たちは毎日のように店に通い、行商などで訪れた商人たちが珍しい食べ物を買い、他の村に広めてくれた。その甲斐あってか、村の外からも買いに来る客が現れ、女性の店は繁盛していった。
そして時は流れ、女性がこの村に来て7年。
ケインの運命を大きく変える出会いが訪れた。
<つづく>
普通の農家の家に生まれ、普通の学校で学び、普通の友達と楽しく過ごし、村の中で行われるお祭りでたまたまじゃんけんに勝って、買い手がつかなかったお店だった古びた建物を手にするだけの、どこにでもいる男だった。
唯一、他と違っていたのは、その見た目だけ。
村では珍しい青みがかった銀髪に、透き通った青い目をしている。
「北に同じ容姿の王様がいる。その隠し子じゃないのか?」
などと村人たちは疑うが、彼の曽祖父もまったく同じ容姿で、曽祖父は小さい頃からこの村に住んでいた。その曽祖父が生きていた頃、北の国の国王は黒髪に緑色の目をしていた為、その国の王族とは何の関係もない。
ただ、村人たちが噂する今の北の国の国王は、その時の気分で髪の色を変えているため、たまたまこの国に来た時の容姿が青みがかった銀髪だっただけ。今は赤く染めている。
なにかと話題に上がる彼だったが、それ以上の目立った事はなかった。
どちらかというと、少し運動が苦手で、両親が農家を営んでいるのに嫌いな野菜が多く、学校に行くまでに道に迷うこと数十回(家から学校までほぼ一直線)、好きな女の子と初めてのデートに行く日に高熱を出して、女の子に振られるなど、可哀想に思うことの方が多い。
そんな彼ーケインが大きく変わる出来事が起きた。
村に一人の女性がやってきた。旅を続けていたが、しばらくゆっくりしたいと滞在を願い出た。
「それだったら、我が家に来るといい」
女性に住む場所を提供したのが、ケインの父親。
当時8歳だったケインは、10以上も離れている女性を迎え入れることに反対したが、お世話になるお礼にと作ってくれたケーキという食べ物を一口食べた途端、すぐに虜になった。
この村には、お菓子という食べ物はなかった。そういうものは大都会にしか売っておらず、また村にそれを作れる人がいなかったのだ。
ケインは自分だけが食べられるように女性に頼み込んだが、女性は、
「それだと、あなたは皆から恨まれることになるわよ。自分が嬉しい事は他人にも教えなくちゃ。自分が嬉しい事を他人に教えたら、必ずあなたには何百倍にも嬉しい事が返ってくるわよ」
と、笑いながら言い返してきた。
ケインは女性の言うことが解らなかった。
楽しい事、嬉しい事は自分だけに留めておいた方が、気持ちいいのに。
他人に教えるなんて勿体ない。
女性はケインがじゃんけん大会で勝ち取った古びたお店で、商売を始めた。
「僕だけの楽しみだったのに!」
ふくれっ面を見せるケインは、厨房でクッキーという食べ物を作る女性の手元を眺めていた。
「楽しみは皆で分かち合わなくちゃ」
ボールに中で生地を作る女性はニコニコ笑いながら作業を進めていた。
すると、女性はオレンジ色のドロドロした物体をボールの中に入れ、さらに捏ね上げていいた。
「それ、何?」
「内緒よ」
「え~~? 教えてよ!」
「出来てからのお楽しみ」と女性はウインクを飛ばしてきた。
女性が作るお菓子はどれも美味しい。店に来るお客も何かも足を運んでくれる。
でも、最近、小さい子供を持つ母親がよく足を運ぶようになった。女性に何やら頼む姿を見かける。
女性は、花の形や星の形にくり抜いた生地を黒い板の上に並べた。
「その黒い板はなに?」
「鉄板よ」
「テッパン?」
「クッキーを作るのに大切な道具なの」
そう言いながら、女性は鉄板と呼ばれる黒い板を、四角い箱の中に入れた。
「それは何?」
「オーブンよ。前にいた場所から持ってきたの」
「持ってきたって、どうやって!?」
ケインは女性が村に来た時の事を思い出した。女性は肩に掛けた小さなカバンと、小さな箱型のカバンしか持っていなかった。カバンには入らないとすぐにわかる大きさのオーブンという四角い箱は、どこにしまっていたんだ!?
ケインは改めて厨房内を見渡してみた。
何に使うかわからない道具がたくさんある。お菓子を作るのだから、それに使う道具だということは分かるが、大きさからして、女性が持っていたカバンに入る大きさではない。前に住んでいた場所から送ったのでは?と考えることできるが、毎日店に来ているケインは荷物を受け取る所を見たことがない。
それに、厨房から売り場に繋がるカウンターの上には薄い箱が置いてある。その薄い箱は二つに折りたたむことができた。女性に一度だけ見せてもらったことあるが、自分の知らない文字が書き込まれてあり、女性が手のひらに収まる丸い物を動かすと、文字が書かれた場所が上に動いた。それどころか、カチカチと丸い物を指ではじくと、絵が出てきたり、さっきとは違う文字が出てきた。
この人の持っているものは、都会では皆が持っているのかな?
都会への憧れはあるが、周りから「学校行くだけで道に迷うんだから辞めとけ」と強く言われるケインにとって、この村を出るのも一苦労。
なのに、何故か女性のこの店には迷いなく来ることができる。周りは同じような外見の建物ばかり。
どうして迷わず来れるんだろう?
ケインは女性が、何か魔法のようなものを使って、自分を導いてるんじゃないかと、不思議でたまらなかった。
そのうち、辺りに香ばしいいい匂いがしてきた。
「さてと、そろそろ来るかな?」
女性は窓の外を見た。
ケインは釣られて窓の外を見ると、一組の親子がこちらに向かって歩いてきた。
ケインには見覚えのある顔だった。その親子は同じ学校に通うクラスメイトのデイジーと、その母親だった。
「なんでデイジーが!?」
「今からお茶会をするのよ。新しいお菓子を作るから招待したの。さ、ケイン、準備を手伝って」
「え~~?」
「クッキー、食べたくないの?」
「うっ……」
クッキーを食べることを楽しみにしていたケインは、渋々、準備を手伝った。
「クッキーの為…クッキーの為…クッキーの為…」
そうブツブツという呟くケインの顔からは嫌々手伝っている様子は見えなかった。
むしろ楽しそうにしている。
お茶会に招いたデイジー親子はケインがいることに驚いていた。
「なんでケインがいるの!?」
ケインの事があまり好きになれないデイジーの口から不満そうな声が漏れた。
「彼はお手伝いをしてくれているのよ。それに、ケインにも関係ある事だから」
「でも…」
「さ、お茶にしましょ。今日は新作を作ってみたの。味の感想を聞かせてほしいわ」
テーブルに用意されていたのは、どれも見たことがない物ばかりだった。
目の前に置かれたカップには、いい香りがする澄んだ茶色っぽい色の液体が入っていいた。
「それは紅茶っていう飲み物よ。もし飲みにくかったらこのミルクを入れてみてね」
女性は銀色の小さい入れ物に入ったミルクを差し出してきた。
「今回はクッキーとカップケーキ、それからクリームをふんだんに使ったキューブケーキを作ってみたの。どれも新作で、まだお店に出していない物よ。さ、召し上がれ」
女性の声を合図に、ケインは楽しみにしていたクッキーを一口かじった。
まだ焼きたてと言うこともあって、ほんのりと温かいクッキーは、サクッとした触感に、ほんのりと甘い味が虜になる。ケインは次から次へとクッキーに手を伸ばした。
デイジーはクリームで綺麗に覆われ四角いケーキにフォークを入れた。弾力のある、それでもスッとフォークが入るスポンジは微かにオレンジ色をしていた。
どんな味がするんだろう…デイジーはドキドキしながら一口頬張った。
その後、フォークの動きが止まらなくなったデイジーを見る限り、お気に召したようだ。
ケインもデイジーも無我夢中で食べ続けた。
そんな2人を女性は微笑みながら見つめていた。
「あ…あの…」
会話がない空間に、デイジーの母親が躊躇いながら声をかけた。
「あ、ごめんなさい。あまりにも美味しそうに食べてくれるから嬉しくって」
「食べられる物が少ないから、ご飯もあまり食べな子なのに、こんなにたくさん食べる姿は初めて見ました。どんな魔法をつかったんですか?」
「何もしていませんよ。ただ、彼女に入り口を作ってあげただけです」
「入り口?」
「ええ。ケイン、デイジー、新作のお菓子はどうかしら?」
ガツガツと食べ続ける2人は、紅茶を一気に飲み干すと、同時に
「美味しかったです!」
と元気に返事を返した。
その言葉に、女性は満足した顔を見せた。
「デイジー、実はね、あなたのお母さんから相談されていたの」
「相談?」
「好き嫌いが激しすぎてご飯を食べてくれないって」
「そ…それは…」
「デイジーは、何かを食べると、体が痒くなったり、息ができなくなったりしない?」
「それはないわ。食べようと思えば食べられるけど、味が美味しくなかったり、触感っていうのかな? 口に入れたとき、なんか変な感じがして、食べたくないの」
「ケインもそうかしら?」
「う…うん」
「確かに嫌いな物は食べたくないよね。でもね、ケインやデイジーぐらいの年は、好き嫌いは言ってられないわよ。これから大人になる準備をする大切な時期だからね」
「「大人になる準備?」」
ケインもデイジーも同時に聞き返した。
「ええ。ケインは誰かを守れる体を作らないといけないし、デイジーは子供を産む体を作らないと、大人になった時に苦労することになるの。男は誰かと結婚したらその家族を守らないといけない。家族を守るには誰かと戦うことじゃない。しっかりとした体で、病気にもならず、怪我をしても治す力がないと働けないものね。働かないとお金は入らないし、お金が入らないと食べる物も着る物も食べる物も手に入らないでしょ?」
「たしかに…」
「女は結婚すれば子供が生まれる。でも、病気ばっかりしている人は、自分の命と引き換えに赤ちゃんを産むのよ。赤ちゃんに会えずに自分は死んでしまう。そんなことにデイジーは耐えられるかしら?」
「そんなの嫌! わたしが死んじゃうなんて…」
「そうならないように、今から健康な体を作らなくちゃ。健康な体を作るにはまず野菜を食べなくちゃね」
「でも……美味しくない物を食べるのは…」
「ね、ケイン?」と、デイジーはケインに話を振った。
ケインもデイジーと同じ思いなのか、なかなか「はい、わかりました」と言えなかった。
そんな2人の様子に、女性はクスクスと笑い出した。
「ケイン、デイジー、今日食べた新作は美味しかった?」
「う…うん、美味しかった」
なんでそんな事を聞くんだろう? ケインもデイジーも不思議そうに首を傾げた。
「今日の新作、飲み物以外すべてにニンジンが使ってあるのよ」
「「え!? うそ!?」」
「本当よ。ケインは作る所を見ていたから、オレンジ色のドロドロした物を入れていたのは覚えてる?」
「あれ、ニンジンなの!?」
「ええ。ニンジンを磨り潰して、形を変えたものなの。クッキーの生地に練り込んであるし、カップケーキの生地にも入れてあるの」
「じゃ…じゃあ、このケーキは!?」
「スポンジに入っているわよ」
「ニンジンの味はしなかった…」
「野菜そのままだと、味や触感で苦手意識持ってしまうけど、こうして形を変えれば食べられる事があるの。お菓子に使うのはごく一部の例え。ちょっと料理方法を変えるだけで、苦手な物が食べられるようになるの。ケイン、デイジー、これから美味く野菜が食べられる料理もたくさん作るから、一緒に苦手なことを解決していきましょ。ね?」
女性はケインとデイジーにニッコリと微笑みかけた。
「自分が嬉しい事は他人にも教えなくちゃ。自分が嬉しい事を他人に教えたら、必ずあなたには何百倍にも嬉しい事が返ってくるわよ」」
女性が言った言葉が、なんとなくわかった。
ケインは考えた。
どうしたら自分が嬉しい事を他人に教えることができるんだろう?と。
「村人全員を対象にしなくても、誰か一人に絞ったらどうかしら?」
女性はそうアドバイスをした。
ケインはそのアドバイスを受け、女性を対象にすることにした。
「だって、女性一人だと、なにかと物騒だよ。僕が守ってあげる! 重い荷物も持ってあげる!」
「それじゃあ、しっかりと健康な体を手に入れなくちゃね。そんなひょろっとした体だと、重い物も持てないし、泥棒が入ってきてもすぐにやられちゃうわよ」
「頑張るもん!!」
そう意気込むケインは、その日を境に逞しい体を手に入れようとトレーニングを始めた。
もちろん女性が提案する丈夫な体作りの為の料理も、文句を言わずに食べた。
「残さず食べてくれて嬉しい」
そう微笑む女性に、ケインは心がキュンっとなった。
な…なんで、こんなに心臓がドキドキするんだ?
密かに恋心が芽生え始めるケイン。
初めて好きになった女の子の時とは違う感じがするこの胸のときめき。
女性の笑顔が見たい。
それがケインにとって【自分が嬉しい事】
女性が笑顔を見せてくれるならなんでもする。その気持ちがケインを大きく変化させた。
ケインは女性の行動を間近で見て、次第に畑仕事や調理など覚えた。
特に頭角を現したのは調理だった。包丁など握ったことがないケインだが、女性が丁寧の教えるとすぐに覚え、次の日には少し覚束ない手つきだが、女性の手を借りることなく一人で作り上げる事が出来た。
「才能あるのかな?」
すぐに覚えるケインに、女性は時間が空いているのなら店を手伝わないか…と勧めた。手伝いと言っても来店したお客への接客が主で厨房に立つことはなかった。
それでも楽しそうに接客し、重たい荷物も進んで運んでくれるようになり、いつの間にか逞しい体つきになってきた。
次第に厨房も手伝う様になり、学校を卒業する頃には店で売る商品を一通り作れるようになっていた。
ケインが最も得意としたのはお菓子作り。クッキーに関しては女性が製作を任せているほど得意分野となっていた。本人はまだまだだと言う。
女性はケインを通して村人たちに食生活の大切さを伝えた。
それと同時にケインの実家の畑改革も続け、より品質の良い美味しい野菜を作るようになり、畑の一部を借りて女性も作物を育て、それを使って新しいメニューを開発していった。
珍しい食べ物に村人たちは毎日のように店に通い、行商などで訪れた商人たちが珍しい食べ物を買い、他の村に広めてくれた。その甲斐あってか、村の外からも買いに来る客が現れ、女性の店は繁盛していった。
そして時は流れ、女性がこの村に来て7年。
ケインの運命を大きく変える出会いが訪れた。
<つづく>
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる