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第4話  王都へ出稼ぎに行こう!

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 村にできた温泉は、ますます人気が上がっていった。
 何とかしてもっと沢山の人が入れるようにできないか、女性やケインに頼む人が増えた。それもそのはず。行商で村を訪れた商人が、王都や他の村に温泉の素晴らしさを熱弁したらしく、観光客が増えたのである。
 村に一つしかない宿屋は連日キャンセル待ち。宿を増やしたくても、村としての観光収入が無く、個人で宿を建て営業しなくてはならない。また、景観を気にする村長たちは新しい建物を建てる事を拒んでいる。女性の店を改築する時は、事前に女性が「こういう風に作ります」と申請してくれたため、特別に許可した。

「ケイン、どうにかならないかね?」
 村で唯一の宿屋の女将さんは、観光で訪れたお客を温泉に案内する時、決まってケインに相談する。
「俺に言われても…」
 女性の力がないとどうすることもできないケインは苦笑いするしかできなかった。
「新しく宿を作るとなると、村長が許してくれないでしょ? これだけ沢山のお客さんが来るんだから、景観とか気にしないでどんどん作ればいいのに」
「そうもいかないと思いますよ、おばさん」
「あら、どうしてだい?」
「俺もここのオーナー(女性の事)に、新しく宿を作ったらどうですか?って相談したことがあるんです。そしたらオーナーは何て返したと思います? 『新しい宿を作っても、そこで働く人がいないとすぐに潰れる。宿経営を心得た人が頂点に立たないと、高額な宿代に設定したり、予約の時、間違えて一つの部屋に二組の予約を入れてしまうこともある。トラブルが起きると取り返しがつかなくなるよ』って言ったんですよ」
「まあ、確かに一理あるわね。この間の水の悪徳商人じゃないけど、ちょっとしたことで評判は落ちちゃうからね」
「俺も村が賑やかになるのはいいんですけどね」
 ここ最近…特に女性は店を始めてから、村を訪れる人が増えた。
 だが、村を訪れる人の目的は女性の店だけ。それ以外に観光を楽しむところはない。店に買い物をするために来るのでほとんどが日帰り。村に滞在するのは行商ぐらいだった。
 ところが、人間が入れる温泉が作られた。温泉を利用する人が滞在を希望するようになり、観光客が押し寄せてきた。

 新しい宿を作るのに、実は建物以外に大きな問題があった。
 それは労働人口が少ないということ。
 村は農業と牧場が主な産業。そこで働く人の中に若い人はいない。若者たちは学校を卒業すると村を出て行ってしまう。ケインのように村に残る若者はほぼいない。
 そんなに大きな村でもなく、村のほとんどが畑や牧草地で占めており、人が住む場所は村の入り口ぐらい。
 学校も6歳から15歳までの子供が通うが、全体で20人いるかいないか。
 労働人口の年齢が高い中、宿を新しく作っても体力が持たない等の理由で仕事を辞める人が出ることは予想つく。

「宿屋のおばさん、日に日にやつれていくんですよ。なんとかなりませんか?」
 温泉の営業終了後、ケインは女性に改めて相談した。
「いくつか案はあるんだけど、お金がね…」
「いい案あるんですか!?」
「この店の両隣は、長い間空き家になっているでしょ? そこを買い取って宿泊施設を作ればなんとかなると思うわ。そのことで、昼間、村長さんとお話してきたの。両隣の空き家を買い取って、この店と同じ外見なら建ててもいいって許可は得たけど、建て替えるお金がないのよ。温泉は計画にない建設だったのよね」
 本当は他の事に使うために溜めていた貯金を温泉につぎ込んだ女性は、愛用のパソコンの画面を見ながら大きな溜息を吐いた。いつも計画的に行動する女性には珍しい事だ。
「また王都にオークションしに行きますか?」
「オルシアたちを犠牲にできない」
「じゃあ、王都に出稼ぎに行きますか? 新しい年を迎えるお祭りが行われるので、そこで何か売れば多少はお金が入りますよ」
「お祭り?」
「はい。毎年行われてます。お店…って言っても出店みたいなものなんですが、許可さえ取れば物を売ることができます」
「その許可って、どうやって取るの?」
「村長から国王様に出店の申請をするんです。今からなら間に合うと思いますよ」
「それはいい案ね! 明日、村長さんに頼んでみるわ」
 そう言いながら、女性はマウスをカチカチと指で弾いた。なにやら調理道具を注文したようだ。


 翌日、村長の家を訪ねると、ある人物が来客中だった。
「いいところに来てくれた。今、呼びに行こうと思っていたところだ」
 村長は訊ねてきた女性とケインに、先に来客していた客人を紹介してきた。
 村長を訪ねてきた人物は軍服を着ていた。胸に沢山の勲章を着けている所を見ると、かなり上の位のようだ。
「初めまして。わたしは王宮で警備担当をしていますリチャード・ミゼルと申します」
 長い金髪を一つに縛り、澄んだ青い目を持つ30代そこそこの青年は、女性とケインに頭を下げながら自己紹介をしてきた。どう見ても2人より身分は上だ。それなのに頭を下げてくる彼を、女性もケインも不思議そうに見ていた。
「今日はこちらの村長に、招待状をお持ちしました。ですがこの招待状に相応しい人がいるということで、紹介をお願いしていたところです」
 そう言いながら、リチャードは王家の紋章が刻印された一通の封筒を差し出してきた。
「お…王家の紋章?」
 受け取ったケインは王家の紋章を間近に見て、封筒を持つ手が震えた。以前のオークションの時は王立研究院からの手紙は貰ったことはあったが、王家からは言葉だけで文章を貰ったことがなかった。
 女性はドラゴン調査の時に一度見ているので、さほど驚いた様子はなかった。
「新しい年を迎える祭りが開催されることはご存知ですよね? その祭りにこの村の名産を売る店の出店を国王自らがご希望されています。ドラゴン調査からだいぶ時間が経ちますが、この村の噂は途切れることなく王都に聞こえてきます。国王はもちろん王都に住む人も、この村の名産を楽しみにしています。どうか新年の祭りに出店していただかないでしょうか」
 女性にとってはいいタイミングに飛び込んできたお誘いだ。元々、村長を訪ねたのも、王都で行われる祭りに出店する許可を申請して貰いたいからだ。それが向こうから飛び込んできた。
「喜んでお受けします」
「ああ、よかったです。断られたらどうしようかと思いました」
「その心配はありません。元々、お祭りに出店したいと思っていたところでしたので。それで、出店に当たり何か条件はありますか? 例えば王都に持ち込んではいかない物など」
「それは特にありません。機材、材料、それから店員に関しては事前申請していただければ何の問題もありません」
「店員は人でなければいけませんか?」
「どういうことでしょう?」
「我が村で保護したドラゴンを連れていきたいのですが、それは可能でしょうか?」
「ド…ドラゴン…ですか?」
「我が店のマスコットみたいな物です。私たちの移動手段でもありますので、できれば許可をお願いしたいです」
「わかりました。一度王都に戻り、確認して参ります」
 何もかもがトントン拍子に進んでいくことに、女性はニコニコ顔だったが、ケインだけは着いていくことができなかった。
 こんなにすんなりと進んで大丈夫なのか?
 何か陰謀でもあるんじゃないのか?と不安になってくるケインだった。


 その後、リチャードはドラゴンを王都に連れてくる許可を国王から貰ってきてくれた。どうやら国王自身が実物のドラゴンを見てみたいと即許可を出したらしい。

 祭りへの出店が認められると、女性は新しいメニュー作りに取り掛かった。
 先日注文した物が届いたので女性は閉店後にその注文した物を使って、試作を作ることにした。

 ケインは見たことがない道具に、目を開いて食い入るように見つめていた。
 女性が注文したのは二種類の黒い鉄板。そのうちの一つは、中央で二つに折りたためる事ができ、開くと両側に魚の模様に掘られた溝が4つずつ着いていた。
「これ、なんですか?」
 どうやって使うかもわからないケインは女性に質問した。
「出来てからのお楽しみ」
 女性はあらかじめ用意してあった麦を粉にした小麦粉と呼ばれる白い粉に、生地が膨らむ魔法の粉を入れ、卵、ミルク、砂糖、塩、少量の油を加えよくかき混ぜ液体へと変化させた。そのかき混ぜた液体を魚の模様に掘られた鉄板の溝全てに流し込んだ。鉄板は横に長いコンロの上に置かれ、下から強い火で炙られている。
 ケインには何が仕上がるかわからない。ただ、手際よく鉄板の溝に液体を流し込んでいく女性の手元から目が離せなかった。
 しばらくすると、溝の周りが固まり始めた。それを確認した女性は、8個並ぶ生地のうち、左側4つに黄色いクリーム状の物を生地の中央に乗せた。そして「せーの!」と掛け声を掛けながら勢いよく鉄板を2つに折り曲げた。
 半分の大きさになった鉄板を長いコンロの隅に置くと、空いたスペースにまた同じ魚の溝が彫られた鉄板を置き、生地を流し込み、周りが固まってきたら黄色いクリームを乗せ、鉄板を2つに折り曲げた。
 その動作を後二回繰り返し、長いコンロには二つに折られた鉄板が4つ並んでいる。
 その4つの鉄板をリズムよくひっくり返し、またひっくり返しを繰り返し、時折中を確かめながら仕上げていった。
「こんな感じかな?」
 鉄板から魚の形をしたふわふわした物を、女性はお皿に移した。
 まだ湯気が出ているその物体からは、香ばしい美味しそうな匂いがしていた。
「食べていいわよ。熱いから気を付けてね」
 女性がその物体を一つ紙に包んでケインの前に差し出した。
 ケインはそれを受け取った。手にした瞬間はとても熱かった。だが漂ういい匂いに我慢できず、思い切って一口かじりついた。
「あちぃ!!」
 熱いから気を付けてと言われていたのに、冷まさずに口に頬張ったケインはその熱さに耐えられずのたうち回った。だが、熱さと戦いながらなんとか飲み込むと一瞬動きが止まった。
「…あれ?」
 何か気になることがあったのか、もう一口頬張った。
 ケーキと同じ材料なのに、ケーキよりモチモチしている。鉄板を二つに折り曲げたときに出来たであろう繋ぎ目の薄いところはカリカリしている。そして黄色いクリームはくどくもなく、酸っぱくもなく、生地とマッチしていた。
 ケインは夢中で食べ続けた。あっという間に食べ終わると、「もう一つ食べたい」と催促し、二個目を口にした。二個目も夢中で食べ続けた。
「どう? 美味しい?」
 次の新しいメニューの試作の準備を始めていた女性は、夢中で食べるケインを微笑みながら見ていた。
「すげー美味しいよ! これ、何!?」
「たい焼きっていうお菓子よ。鯛って言う名前が付いた魚がいて、その形をしているからたい焼き。本当は小豆で作る餡子を使いたかったんだけど、私、餡子が嫌いだから、代理でカスタードクリームを入れてみたの」
「これ、祭りで売るんですか?」
「ええ。これなら作り置きもできるし、作り方も簡単でしょ? ケインも作れるようになってほしいわ」
「え!? 俺が作ってもいいの!?」
「私はこっちを作るから」
 そう言いながら女性が用意したのは、同じ黒い鉄板でも一枚の鉄板だった。が、表面には球体を半分にした窪みがついていた。
 その鉄板を、四角いコンロの上にセットすると、女性はまた小麦粉を取り出した。
 小麦粉に、生地が膨らむ魔法の粉を入れ、そこに煮物という料理に使う茶色い粒状の物を入れた。そしてよくかき混ぜて粉をサラサラにした所に、水を少しずつ加えながら液体にしていく。水を入れ終わったら、溶いた卵を加え更に混ぜ合わせる。
 半円の窪みがついた鉄板が温まったのを確認して窪みに油を馴染ませ液体を窪みに流し込んだ。
 ジュー!っと音を立てながら液体を流し込み終わると、赤く茹で上げ、一口サイズに切り刻んだタコという海の生き物を窪み一つ一つに入れ、その上から細かく切り刻んだ赤い物ー紅ショウガというーと、細かく切り刻んだネギ、黄土色のカリカリとした小さい玉状の物ー天かすと言うらしいーを撒き散らした。
 しばらくして、女性は先が尖った細長い銀色の針のような物を、窪みの淵に沿って回しいれた。
 次の瞬間、女性はリズミカルに銀色の針で、生地をひっくり返し始めた。
 リズミカルにクルクルとひっくり返るそれはどんどん丸くなっていった。
 完全に丸い球体になると、女性はその球体を皿に移し、茶色い液体ーソースというーをかけ、緑色の粉ー青のりというーをかけ、最後に茶色くて薄いヒラヒラした物ー鰹節というらしいーを乗せた。
 湯気が出ている球体の上に乗った鰹節がユラユラと踊っている。
「これも熱いから気を付けて食べてね。最初は半分に割った方がいいわよ」
 女性から竹で作られた串を受け取ったケインは、女性が言う様に丸い球体を一つ半分に割ってみた。
 半分に割ると、中はトロ~リとしており、表面よりも多くの湯気が出ていた。
 本当に食べれるのか?
 不安半分、期待半分でケインは半分に割ったそれを口に入れた。
「……なにこれ!! 上手い!!!」
 余程美味しかったのだろう。ケインは次から次へと口の中に放り込んでいった。
 外はカリカリしているのに、中はトロリとしている。口の中に入れればコクのある味がして、紅ショウガと呼ばれる細かく刻んだ赤い物が微妙に辛いが、かえってそれが味を変えてくれる。
 熱いのはお構いなくのケインは途中で熱さに悶絶しながらも、完食してしまった。
「どう? たこ焼きっていう食べ物よ」
「すげーよ!! 同じ粉からできているのに、全然違う!」
「私が前にいた場所では、当たり前のように食べていたのよ。これだったらお祭りでも注目を集めると思うんだけど、どうかしら?」
「いいよ! 絶対売れる!」
 余った材料でもう一度たこ焼きを作り始めた女性は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「…あ、でも……」
 急にケインの声のトーンが落ちた。
「どうしたの?」
「これ、2人でできるかな? オルシアを連れて行っていいって言われても、さすがに販売はできないよな?」
「それもそうね」
「今から臨時で従業員雇う?」
「誰か適任者いる?」
 質問を質問で返されたケインは、話を逸らそうとたい焼きに手を伸ばした。
 その時、
「あ!!!」
 ケインにある人物の顔が浮かんだ。


 この国の新年は朝日と共に始まる。
 まだ日が昇る前、女性とケインはオルシアとアクアに乗って王都にやってきた。シエルは村に残って温泉の守り番をしている。
 王都へと入る入り口にリチャードが立って出迎えてくれた。
「いらっしゃい、待っていたよ」
 軍服ではなくラフな普段着を着ていた為、最初は誰だか分らなかったが、特徴である長い金髪ですぐにリチャードだと気づいた。
「おはようございます、リチャードさん」
「おはよう。本当にドラゴンに乗ってくるんだね」
「私たちの交通手段ですから。準備もあるので、早速案内していただけますか?」
「ああ。君たちの店は広場の中央に用意した。しかし、こちらで何も用意しなかったが大丈夫なのかね?」
「はい、こちらで用意しましたので大丈夫です」
 リチャードはドラゴンの背中に乗ってきた2人を見た。2人は肩から小さなカバンを掛けているだけで、他の荷物は見当たらなった。ドラゴンの背中にも荷物はなく、先に運び込まれているのかと思ったが、昨日の見回りではそれらしい荷物は何もなかった。
 何を販売するんだろう…。
 まったく想像がつかないリチャードは疑問を感じていた。

 王宮の正面に位置する中央広場には4軒の出店が出店していた。
 その一つが女性とケインの店である。
「ここは国王が招待された人しか出店できない。朝日が昇ると国王ご一家が宮殿のバルコニーに姿を見せる。そこで祭りの開会が宣言され、新年の祭りが始まる。お昼頃になると国王一家がこちらにいらっしゃり、お買い物される。国王ご一家がいらっしゃらない時間は一般の客への販売となるんだが……え?」
 店に背を向けながら軽く説明していたリチャードが振り返ると、今まで何もなかった場所に大量の機材が並んでいた。横の長いコンロや、厚みあるコンロ、何に使うのかわからない機械に、見た目が固そうな大きな筒…。ほんの一瞬で大量の機材を並べ始める女性とケインを見て、リチャードは顎が外れそうになった。
 女性とケインは肩から掛けていた小さいカバンから機材を出していたのである。前にオルシアが「アイテムボックス」と呼んでいたこのカバンには、無限に物が入る。それを利用して大量の機材と材用を詰め込んできたのだ。

 今回、女性たちが売るのは、ケインが作るたい焼きと、女性が作るたこ焼き、それから村の名産であるコーヒー、緑茶、紅茶、温泉で人気を得たイチゴミルクと、子供たちに人気があるリンゴジュース。。アルコール類は他の店が出すだろうと予測し持ってこなかった。他に保存がきくクッキーを大量にに持ってきた。
 緑茶と紅茶は茶葉を水を通しやすい袋状の布に入れ、2リットル入る水筒の中にお湯と共に入れ、注文を受けてから陶器のコップに移し替える。コップは持ち帰り可能である。
 コーヒーに関しては、ボタン一つで暖かいコーヒーがコップに注がれる機械を女性が買い、それを使用することになった。
 イチゴミルクとリンゴジュースは、店で売っているように200ml入る瓶に入れて、冷却保存できるケースに入れて、注文が入ったらそこから出して、瓶ごと売るようにする。
 クッキーは空いているスペースに置いた。
 たい焼きは折りたたんだ状態の鉄板が2つ乗る長いコンロを使い、作り終えた物は保温機能がついたケースの上段に入れる。
 たこ焼きは一回で28個作れる大きい物を2つ使い、店で持ち帰り用に使っている透明な入れ物に紙を轢いて、そこに6個乗せて販売する。たこ焼きはたい焼きが入ったケースの下段にストックを作り置きすることになった。

 しかし、これだけの作業を2人で行うのは大変な事だ。
 そこでケインは王都に住んでいる助っ人を呼んだ。
「ケイン!」
 もうすぐ日が昇る頃、広場にある一家がやってきた。
 ケインの叔父にあたるマックスと妻のメアリー、そして長女のエミー(23)、長男のラインハルト(17)、二女のマリー(10)、三女のミリー(10)が姿を見せた。ケインが頼んだ助っ人は王都に住む叔父一家の事だった。
「叔父さん、お久しぶりです。急にお願いしてすみません」
「気にするな。春からはこちらがお世話になるんだ。お互い様だろ。それで我々は何を手伝えばいいんだい?」
「えっと…」
 誰がどこを手伝うか決めていなかった事に、急にうろたえ始めた。
 女性に目で合図するが、女性は試し焼きで忙しそうだった。
「ケインが決めていいわよ」
 たこ焼きの試し焼きをしていた女性が手を動かしながら答えた。
 よく見ると、リチャードがリズミカルに動く彼女の手に釘付けになっていた。
「いいんですか?」
「ケインが動きやすいようにして大丈夫よ」
「わかりました!」
 ケインはすぐに配置を決めた。
 マックスはたこ焼きの最後の仕上げを手伝う様にお願いした。女性が作り終えたたこ焼きを透明の容器に入れるので、マックスはソースや青のり、鰹節を掛けてもらい竹串を容器に添える簡単な作業だった。
 メアリーとマリー、ミリーには飲み物の販売をしてもらうことになった。コーヒーや紅茶、緑茶は熱いお湯を使うのでメアリーが担当し、マリーとミリーは冷たい飲み物の販売をすることになった。販売場所は女性が作るたこ焼きの隣なので、トラブルが起きても対処できる。
 ラインハルトとエミーには出来上がったたい焼きとたこ焼きの販売をそれぞれお願いした。販売場所はたい焼きとたこ焼きを作る間に設けられたスペースを使う。
「ケインお兄ちゃん」
 一通り説明を終えると。双子のマリーとミリーがケインの上着の裾を同時に引っ張ってきた。
「どうした、マリー、ミリー」
「マリー、これ食べてみたい」
「ミリーも食べたい」
「え?」
「こら、マリー、ミリー、はしたないわよ」
 長女のエミーが双子をたしなめた。
 すると、先に試し焼きをしていたたい焼きを持った女性が、双子の前にしゃがみ込んだ。
「これ、売り物にならないから食べてくれるかな?」
「「いいの!?」」
「ええ。味を知らないと売るときに困るもんね。しっかりと味を覚えて頑張って売ってね」
「「うん!!」」
 双子ならではのユニゾンで返事を返した2人は嬉しそうにたい焼きを頬張った。
 初めて食べる触感に双子は全く同じ顔で驚き、2人で「「美味しいね~」」とユニゾンで感想を言いあっていた。
 女性はマックス達にも、今回売る商品の試食をしてもらった。
「リチャードさんもいかがですか?」
 自分は蚊帳の外だろうな~と見守っていたリチャードは、嬉しそうにたい焼きとたこ焼きを頬張った。

 その後、ストックをある程度作るため、女性もケインも制作に没頭した。
 初めて見る食べ物の作り方に、マックス達は釘付けのなっていた。
 双子はオルシアとアクアと仲良くなっており、背中に乗ったりして遊んでいた。


 そして今年最初の朝日が昇った。

 日が昇ると、王宮のバルコニーに国王一家が現れた。
 国王や王妃、3人の王子と4人の王女はこの日の為に作られた新しい服に身を包んでいたが、1人の王子と2人の王女は周りと比べて豪華さはなかった。最も第一王女のドレスが国王よりも王妃よりも豪華だったので、そちらに自然と目が行ってしまう。

 国王が開会宣言すると言っていたが、広場からバルコニーまで距離があるため迄、言葉での宣言ではなく、国王が片手を上げると、王宮の中にある庭園から空に向かって花火のような物が打ち上げられる。
 これが開会宣言で、花火の音が鳴り響くと祭りが始まる。

 花火の音と共に中央広場に祭りを楽しむ人たちが押し寄せてきた。中央広場は国王お墨付きの店しか出店できない。他の店は商店街や他の広場で出店している。
 今年、国王に選ばれたのは4つの店。
 王宮を背に広場の一番右に構えるのは花屋。王宮に出入りしている花屋で、花束だけではなく小さな花瓶を使ってインテリアを作っている。2番目の王女のお気に入りで、3人の王子も気になる女性に花を贈るときに利用している。
 花屋の左隣に店を構えるのは王宮御用達のパン屋。一般市民には滅多に口に入らない柔らかいパンがお祭り限定で販売される。
 パン屋の隣は主に飲み物を販売している。王宮でも買い付けがあるワインを取り扱っている店で、こちらも滅多に一般市民が買えるような物ではない。

 そして、広場で一番人気を集めていたのは……

「こちらがたい焼きです。熱いので気を付けてくださいね」
「たこ焼きは串を使って食べてください。熱いですから気を付けてください」
 王都のカフェでウェイターをしているラインハルトと、雑貨屋で働いているエミーの接客は完璧だった。
 多めにストックを作って置いたのに、あっという間に売り切れてしまうほど、保温機能が付いたケースの中は品物がない状態が続いた。
 女性もケインも焦る気持ちはあったが、お客から
「急がなくていい。それよりも作っているところをもっと見せてくれ」
「見ているだけでも楽しいよ」
と、急かされることはなかった。
 初めて見る食べ物に、初めて見る作り方。作り方を見ているだけで、どんな味なんだろう、どんな触感なんだろうなど、想像を膨らませているお客はワクワク感が抑えられずにいた。

 広場には冷たい風が吹き込んでいて、列に並ぶお客はコートの合わせをしっかりと締め、体を擦りながら買うのを待っていた。
 それを見た女性はマリーとミリーを呼んであるお願いをした。
「できるかしら?」
 女性の問いかけに
「「うん!! 頑張る!!」」
と御馴染みのユニゾンを響かせた。

 女性はアイテムボックスであるカバンから、店で使っている小さめのトレイを取り出し、その上に小さな紙で出来たコップを並べた。
 そのトレイを2つ用意し、マリーのトレイのコップには温かい紅茶を、ミリーにトレイのコップには温かい緑茶を注いだ。
「それじゃあ、よろしくね」
「「はぁ~い!!」」
 元気よく返事をする双子は、それぞれ列に並んでいるお客の所へと向かった。
 女性が2人に頼んだのは、行列に並んでいるお客への紅茶と緑茶の試飲だった。寒い中並んでいるお客へサービスだ。
「あの、よろしかったんですか?」
 並んでいるお客に無料でお茶を配ることに、メアリーは不安になった。試飲と言っても売り物を配っている。それでは売り上げが落ちるのではないか…そんな心配がある。
「大丈夫ですよ。ちゃんと計算して配っていますから。それにああやって配って飲んでもらった後、気に入ってくれれば買ってくれますよね。味もわからず買うより、一度試しに飲んでどんな味かわかってから買った方がお客様も納得しますから」
 私より若いのにしっかりしているのね…メアリーは娘とそんなに変わらない年頃なにに、しっかりしている女性を感心な眼差しで見ていた。
 すると女性は、メアリーに小さい紙のコップにイチゴミルクとリンゴジュースを入れて、子供たちに配るようにお願いした。
「ジュースも!?」
「売るためには、まず買い手の心を掴まなくっちゃ」
 商売をするにも色々と考えないといけないのね…ますます女性に興味が沸いてくるメアリーだった。

 店が繁盛している間、オルシアは子供たちと遊んでいた。ドラゴンは怖い生き物だというイメージがあったが、オルシアは子供たちに危害を加えることなく、背中に乗せたり、時には空と飛んだりして子供たちの人気を得ていた。
 アクアは女性の手伝いをしたいということで、慣れない手つきで紅茶や緑茶の補充を手伝ったり、双子と一緒に試飲を配る手伝いをしていた。


 お昼を過ぎても行列は途切れなかった。
「そろそろ国王ご一家が見えられるんだが…」
 軍服に着替えたリチャードは国王一家が見えられる頃なのに、列が途切れない事を心配していた。
 他の3店は徐々に人の姿がなくなり、何時でも国王ご一家が見えられてもいい状態だが、女性とケインの店だけはいつまで経っても人は引かない状態だ。それどころか列はますます伸びていく。

 しばらくして国王一家が姿を見せた。
 長い行列に国王は驚いていた。
「こんなに繁盛しているのか?」
「国王様がいらっしゃることを告げたのですが、列は途切れることなくますます増えていくばかりです」
 警備の長をしているリチャードは、部下たちに広場から人を追い払う様に命じようとした。
 だが、王妃がそれを止めた。
「皆さんが楽しみにしています。陛下、ここはわたくし達も並んでみませんか?」
「そうだな。これだけの人が並んでいるんだ。余程素晴らしい物なんだろう」
 国王も王妃も自分たちが国で一番上にいる事を利用しようとしなかった。素直に列の最後尾に並ぼうとした時、
「お父様、わたくしが並びますから、お父様は他のお店をご覧になられたらいかがですか?」
と、三番目の王女が提案してきた。
「姉様が並ぶのならわたしも並びます」
 四番目の王女も並びことを口にした。
「女二人だけにするのも危ないから、僕も残ります」
 2人の護衛として三番目の王子も残る事を告げた。
「いいのかね?」
「ええ。並んでいる間も楽しそうですもの。お父様、他のお店の店主とお話してきてください」
 並ぶことにワクワクしている三番目と四番目の王女は、まだ動こうとしない国王夫妻の背中を押して、他の店に行かせた。

 列に残ったのは、三番目の王子エテ(23)、三番目の王女クリスティーヌ(14)、四番目の王女ルイーズ(9)の三人のみ。他の王族と違って、一般市民とそんなに変わらない服装に、広場に集まる人たちは王族と行くことに気付いていない。
 しばらく列に並んでいると、マリーとミリーが試飲を持って三人の前にやっていた。
「寒いので温かい飲み物をどうぞ」
 マリーはエテ王子の前にトレイを差し出した。
「これは何だい?」
「マリーが持っているのは紅茶っていう飲み物で、ミリーが持っているのは緑茶っていう飲み物です」
「紅茶? クリス(クリスティーヌの愛称)、ルイーズ、飲んでみるかい?」
 紙コップを一つ手にすると、エテ王子は2人の前に差し出した。
 だが、2人の目はエテ王子の背後に見えるピンク色の飲み物に釘付けだった。
 それに気づいたのはミリーだった。ミリーは母親のメアリーの所へ走っていくと、イチゴミルクを二つ頂戴と言って、小さな紙コップに注いでもらい、急いで王子たちの所へ戻ってきた。
「はい、どうぞ。イチゴミルクっていう飲み物だよ」
 ミリーはクリスティーヌ王女とルイーズ王女の前に紙コップを差し出した。
「どんな味なの?」
「すっごく甘くて、すっごく美味しいの! 飲んでみて!」
 熱く語るミリーに促され、2人の王女はピンク色の飲み物を口に含んだ。

 一口飲んだ途端、クリスティーヌ王女もルイーズ王女も目も見開いて驚いていた。
 今までの飲んだことがあるフルーツジュースは、果汁その物を磨り潰しただけで苦みがある物もあった。だが口にしたイチゴミルクはイチゴの風味に加え、ミルクのコクも加わっていて飲みやすい。何よりも後味が良く、もっと飲みたいという衝動に駆られる。
「兄様、これ、買いたい! いいでしょ、兄様!」
 一口で気に入ったルイーズ王女はエテ王子にねだった。今、お金を管理しているのはエテ王子のようである。
「いくつ欲しいの?」
「10個! 10個欲しい!」
「わかった。今、持ってくるね」
 ミリーは母親の所に走っていくと、列に並んでいるお客が買いたい事を伝えた。

 一度に10本の買ってくれるお客が現れたことにメアリーは嬉しそうに袋に詰めようとしたが、イチゴミルクは割れやすい瓶に入っている。紙袋に入れると重みで破れ瓶が割れないかと心配になった。
 そこで女性は竹で編んだ籠に入れることを提案した。元々クッキーを入れていた籠たが持ち手もあり、底も平らで頑丈な籠は10本の瓶を入れても安定感があった。
 ミリーが自分で持って行くと張り切っているが、瓶10本は思っていたより重い。
「アクア、手伝ってあげて」
 女性が頼むと、アクアは「キュっ!」と短く返事をしてメアリーから籠を受け取った。

 ミリーが持ってくると思ったら、ドラゴンが籠を持ってやってきたことに、エテ王子が一番驚いていた。
「ド…ドラゴン?」
 話でドラゴンがいる事は聞いていたが、実際に目にするとその勇ましさに圧倒される。
「お買い上げありがとうございます。こちらがイチゴミルク10本です」
 メアリーはアクアから一度籠を受け取り、エテ王子たちの前に差し出した。
 ハッと我に返ったエテ王子はお金を払うと籠を受け取った。
「あ…あの、このドラゴンは本物ですか?」
「はい。こちらのお店を経営されているオーナー様と契約を結んでいるそうです。とても人懐っこく、お手伝いもしてくれるんですよ」
「本当にいるんだ…」
 本物のドラゴンを前に、エテ王子は呆然と立ち尽くしていた。
 その時、頭上を大きな影が横切った。
 子供たちを背中に乗せたオルシアが、空中散歩から戻ってきたようだ。
「あれもオーナーのドラゴン?」
「いえ、あのドラゴンは私の甥が契約しているドラゴンです。村にもう一匹いるそうで、甥にとても懐いているそうですよ」
「人間とドラゴンが共存するなんて…」
 ドラゴンは凶暴な生き物、人間を殺す怖い生き物と教えられているエテ王子には信じられない光景だった。
「兄様、私も乗りたい」
 ルイーズ王女が突然言ってきた。
「はぁ?」
「私も乗れますか?」
「え…ええ。順番さえ守っていただけるのなら…」
「いいでしょ、兄様!」
「まぁ…別にかまわないけど……」
「私の娘たちがご案内します。マリー、ミリー、お手伝いは休憩よ。一緒に遊んできなさい」
「「はい!!」」
 元気よく返事をした双子は、同時にルイーズ王女に手を差し出した。
「「一緒に行こ!!」」
「う…うん!」
 双子の手を両方取ったルイーズ王女は、双子に挟まれながらオルシアの所へと駆けだしていった。
「すみません。妹が迷惑をかけてしまって」
「いえいえ、気にしないでください。では、私はこれで」
 小さく頭を下げて、メアリーは売り場に戻っていった。


 中央広場に出店している店は国王一家と面識がある。国王と王妃は三つの店の店主と話をし、2人の王子は花屋から一歩も動かなかった。二番目の王女は国王夫妻と一緒に三つの店を周っている。
 そして一番目の王女はというと…
「こんな人混みの中にいるなんて耐えられませんわ! 王宮に帰らせていただきます!!」
と癇癪(かんしゃく)を起こし、取り巻き達と王宮に戻ってしまった。
「お姉様の我儘には困りましたわ」
 二番目の王女セリーヌは、怒りながら帰っていく姉の姿を見て溜息を吐いた。
「私の部下が護衛に着きましたので安心してください」
 リチャードは数人の部下に後を追う様に命じたようだ。
 一番目の王女の我儘は今に始まったことではない。いずれ天罰が下るだろうと思っている人もいるぐらいだ。
「さて、そろそろあの店に行きたいのだが…」
 国王はまだ行列が出来ている店を見てどうしたもんかな…と悩んでいた。
 しかし、よくよく見たら列に並んでくれているエテ王子とクリスティーヌ王女の番が近づいてきていた。
 いまだ!
 国王は気持ちを抑えられず、何故かスキップしながらエテ王子たちの所へと向かった。
「まぁ、陛下ったら」
「お父様、余程楽しみにしていたんですね」
 王妃とセリーヌ王女は微笑みながらスキップする国王の後ろ姿を見送っていた。
 リチャードだけ「人前です。人が見ています」と国王を注意していたが、国王はその声すら無視していた。

 店の前までやってきた国王は、ある人物に目が行った。
「おや、そなたは…」
 たい焼きを焼くケインを見た国王は、この間ドラゴン調査の報告に来た青年だと言うことに気付いた。青みがかった銀髪が忘れられなかったのだ。
 じーっと誰かに見られている事に気付いたケインが、ふと顔を上げると、目の前によく知った顔があった。
「こ…国王陛下!?」
 ケインは思わず大声を出してしまった。
 その声に気付いた列に並んでいた人たちが一斉に国王を見た。そこにいるのは国王だとわかると、すぐに頭を下げた。店を囲むように集まっていた買い物客たちが一斉に頭を下げたので、事情を知らない周りを歩いていた人たちが何かあったのかと集まってきた。
「ああ、楽にしてくれ。どうだね、祭りは楽しんで…いる余裕はないようだな」
「開会宣言から休みなしで作り続けています」
「これだけの行列が出来ているんだ。さぞかし珍しい物なんだろうな」
「い…今、作ります。急いで作りますので」
 国王の登場に動揺したケインは、生地が入った入れ物を落としそうになった。隣にいたエミーがフォローしてくれたので大惨事にはならなかったが、それでもケインの動揺は収まらなかった。
「作る所を見ても構わないかね?」
「は…はい!!」
 国王の御前で作ることになるとは思わなかったケインは、落ち着くために大きく深呼吸をした。
 隣で見ているラインハルトとエミーまでも緊張している。女性だけは黙々とたこ焼きを作り続けていた。

 ケインがたい焼きを作り始めると、国王は最初は少し距離を置いて見ていたが、カスタードクリームを乗せる段階で一歩ずつ歩み寄り、鉄板を折りたたむところになると、すぐ目の前にまで近づいてきていた。
 子供のようにキラキラした目で見つめる国王。王妃や王女たちは後ろから微笑んで見ているだけ。
 たい焼きを作り終えると、それを紙に包んでケインが直接国王に渡した。
「これはなんだね?」
「たい焼きという食べ物です。熱いので気を付けてください」
 熱いので気を付けるようにと忠告を受けたにもかかわらず、国王は一口食べて、その熱さに悶絶した。だが、熱さになれると、その美味しさに感動しながらあっという間に完食した。
「いくつか包みますので、どうぞお持ち帰りください」
「いやいや、ちゃんとお金は払うぞ。こんなに美味しい物は初めて食べた。代金を払う価値はある」
 国王はリチャードに代金を払う様に命じた。そしていくつかまとめて買う様にも頼んでいた。
「それから、一つお願いがあるのだが…」
「なんでしょうか?」
「そなたのドラゴンを見せてほしいのだが…」
「構いませんが…あ、でも俺…いえ、私はここを離れることができないので…」
「今は何処にいる!?」
「空を飛んでいます。もうすぐ戻ってきますので、お待ちいただければ会えます」
「では待たせてもらうぞ!」
 「ドラゴン♪ ドラゴン♪」と陽気に歌を歌いながら、国王はドラゴンが戻ってくるのを待つことにした。

 国民の前ではにこやかに微笑むことはあるが、子供のようにはしゃぐことがない国王の姿を見て、広場の集まっていた人たちは驚いていた。
「あの国王が子供みたいになるなんて、どんな魔法がかかったいるんだ」
「見ろ。ここの商品を買った人から笑みが絶えない」
「きっと魔法が掛けられているんだ」
 広場にいる人たちの口からこんな言葉が漏れてきた。
 その言葉は噂として王都に広がっていき、日が沈む祭りの終了まで列は途切れることがなかった。


 日が沈み、片づけをしている女性やケインたちに、リチャードが声をかけてきた。
「今日はありがとうな」
 任務を終えたのか、リチャードは私服に着替えていた。
「こちらこそ招待していただきありがとうございました。お蔭で目標だった宿泊施設が建てられます」
「宿泊施設?」
「はい。温泉を作ってから宿泊を希望するお客様が増えてきたので、施設を作ろうと思っていたのですが、お金がなくて…」
「その施設は温泉についているのかね?」
「その予定です。完成したらお知らせしますね」
「国王が行きたいって言ったら受け入れてくれる?」
「考えておきます」
「こちらから団体客を送ってもいいか?」
「考えておきます」
「それから…」
 女性とリチャードの話は、徐々にビジネスの話へと発展していった。
 こうなると思った…女性はリチャードの発言が予測できていたのか、すべての質問に笑顔で「考えておきます」という言葉で返していた。

 ケインはマックス達と片づけていた。
 その中でラインハルトがあるお願いとしてきた。
「店で働きたい?」
 ラインハルトは春に村に移住したら、女性が経営する店で働きたいと願い出たのだ。
「頼む! 今日、ここで販売してみて気づいたんだ。オレがやりたいのはこういうのだって。お前から頼んでくれ!」
「頼むのなら自分で頼めよ」
 何でもかんでも他人を頼る所は、昔と変わってないよな…ケインは何も成長していないラインハルトに呆れていた。しかも、「オレがやりたのはこういうのた」と言われてもそれが何なのかわからない。
「一応言っておくよ」
「本当か!? ありがとう!」
 すでに採用が決まったかのように、ラインハルトはケインの手を握りブンブンと音がなるほど振り続けた。


 村に帰るオルシアの背中の上で、ケインはラインハルトのことを女性に話した。アクアは疲れてしまったのか、自分で飛ぶことが出来ず、オルシアの尻尾に抱きついて寝ていた。
「働きたいのなら働いてもいいけど……」
 意外にも女性は反対しなかった。今日のラインハルトの動きを見て、雇ってもいいと思ったんだろう。
「彼はお客様と接する仕事をしていたの?」
「カフェでウェイターをしていたんだってさ。エミー姉さんは雑貨屋で働いていたし、マックス叔父さんは色々な仕事を巡っていた。メアリー叔母さんは酒場で働いている」
「じゃあ、接客は慣れているんだ」
 女性は何か思いついたのか小さな声で「これならいけるかな?」と呟いた。
 あまりにも小さな声だったのでケインには聞こえていないようだ。


 王都での出稼ぎで、村に新たな宿泊施設が建てられることになった。
 だが、オープンは春先になるらしい。
 春先に移住してくる一家を待ってのオープンとなる。


                    <つづく>
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