選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第6話  春は恋の始まりの季節です。

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 二日後、リチャードは一人のシスターとどこかで見たことがある青年と少女2人と共に村を訪れた。
 青い髪の青年と亜麻色の髪の少女、そしてオレンジ色の髪の少女の3人を見たメアリーは新年の祭りの事を思い出した。
「新年のお祭りの時にお会いしましたよね?」
「覚えていてくれたのですか?」
 沢山の人と対応しているはずなのに、覚えていてくれたことに青い髪の青年は驚いていた。
「ええ。イチゴミルクを10本買ってくださったのは、あなた方だけでしたから。娘もそちらのお嬢さんと一緒に遊んだことが余程楽しかったのか、また会いたいってよく言っていますよ」
「マリーちゃんとミリーちゃんもここに居るんですか?」
「ええ。もうすぐ学校から戻ってきますよ」
「私、外で待ってる!!!」
 少しでも早く会いたいオレンジ色の髪の少女は、建物の外へと飛び出して行った。

 リチャードと一緒にやってきたのは、新年の祭りで買い物をしてくれたエテ王子、クリスティーヌ王女、ルイーズ王女の3人だった。リチャードが休暇を利用して温泉宿に行くことを聞きつけた3人が無理やり着いてきたのだ。
 だが、リチャードの手紙には『知り合い』とだけ書かれているので、宿の従業員たちはこの3人が王子・王女である事は知らない。

 王子・王女たちと一緒に来たシスターが、エミーの紹介したい人だった。
「初めまして、グラン教会でシスターをしていますマルガリーテと申します。ミリーからお話は伺っております。お役に立てると嬉しいのですが…」
「どんなことでも構いません。ぜひお話を聞かせてください」
 女性はシスター・マルガリーテを2階のレストランへ案内した。そこでゆっくりと話を聞くようだ。

 今日は予約客が一組しかないので、エミーは市場へ買い物に行ってくるとメアリーに告げた。雑貨屋で働いていたこともあり、客室のインテリアはエミーが担当している。どうやら注文していたオーダーメイドの雑貨が出来上がったらしく、受け取りついでに足りない物の買い物に行ってくれるらしい。
「わたしもお供してもよろしいですか?」
 買い物にいくエミーに、クリスティーヌ王女も着いていきたいようだ。
「ええ、いいですよ。リチャードさんたちもご一緒にいかがですか?」
「お供させていただきます。女性だけでは心配ですから」
 キリッとした表情で返すリチャード。職業の癖が出ているのだろう。
 そんなリチャードにエミーはキョトンとした顔を見せたが、次の瞬間クスクスと笑い出した。
「この村はそんなに心配することはありませんよ。皆さん優しい方ばかりですから」
 クスクスと笑われたリチャードは顔を赤くして俯いてしまった。笑われたことに恥ずかしさを感じていた。
 そんな彼を、エテ王子が肩をポンポンと叩いて慰めた。

 エミー達が市場へと出かけたのと入れ違いに双子が駆け込んできた。
「「お母さん! ルイーズちゃんが来てくれた!!」」
 見事なハモリの双子たちの声が1階に響き渡った。
「お帰りなさい。今日から3日間お泊りするのよ」
「「本当!? じゃあ、ルイーズちゃんと遊んでもいいの!?」
「ええ。ただし、夕飯までには戻ってくるのよ」
「「はーーーーい!!」」
 双子は背負っていたリュックを同時にメアリーに渡すと、そのまま外に飛び出して行った。
 新年の祭りの時、少しの間しか遊べなかったのに、すぐに仲良くなった3人は再会と3日間も遊べる事に喜びを感じた。


 市場へと出かけたミリーたちは、二手に分かれて買い物を楽しんでいた。
 ミリーと一緒に回っているクリスティーヌ王女は、物珍しい果物や、見たこともないアクセサリーに目が奪われ、楽しそうに見て回っている。
「これは何ですか?」
 白い布で輪っか状に作られ、アクセントとして青い花のモチーフが付いた髪飾りを手に、クリスティーヌ王女は店の女性に訊ねていた。興味津々なんだろう。声が弾んでいる。
「それは髪をまとめて縛るものだよ。ちょっと貸してごらん」
 店の人はクリスティーヌ王女からそれを受け取ると、彼女の髪を簡単にまとめ白い布で作られた髪飾りで縛った。亜麻色の髪に着けられた髪飾りは、いいアクセントとなっており、より彼女の清楚さを増していた。
「似合うね! その髪にとても似合うよ! お嬢さんは観光で来たのかい?」
「はい。3日間ですがお邪魔しています」
「そうかい、そうかい。それはプレゼントするよ。ここに来た記念だ」
「え!? ちゃんとお金払います!」
「いいって、いいって! この村に来てくれて嬉しいんだよ。他に気に入った物があったら買ってくれればいい」
「そんな…」
 強引に貰ってくれと言う店の人に、クリスティーヌ王女は申し訳なかった。
 エミーは「せっかくだから貰ったら?」と勧めてくれるが、乗り気にならない。
 ふと目を上げると、髪を結ぶリボンが沢山売られていた。
「あの、このリボンはおいくらですか?」
「これかい? これは一本100エジル(1エジル=1円)だよ。何色にするんだい?」
「白を2本…いえ、6本いただけませんか?」
「はいよ! 今なら名前を刺繍で縫ってあげるよ。どうする?」
「おいくらですか?」
「サービスだよ。糸の色を選んでくれるかい? あと、名前も教えてくれると助かるよ」
「エミーさん、双子ちゃんの名前を教えてもらえませんか?」
「え!? 妹たちの名前!?」
 てっきり自分用に買うのかと思ったエミーは、突然双子の妹の名前を聞かれて驚いた。
「私の妹、双子ちゃんと会えることを楽しみにしていたんです。3日間しか一緒に居られなので、何か記念になる物を渡したいんです」
「おやおや、しっかりとしたお嬢さんだね。双子ちゃんというと、マリーちゃんとミリーちゃんのことかね? あの子たちの事ならよく知っているよ。お遣いでこの市場に来てくれるからね。お嬢さんの妹ちゃんは何て名前なんだい?」
「ルイーズです。あ、糸はオレンジ色でいいですか? あの子の髪と同じ色なんです」
「わかった。じゃあ、マリーちゃんとミリーちゃんも髪の色と同じでいいかい?」
「はい。宜しくお願いします」
 依頼を受けた店の人は、すぐに作業に取り掛かった。
 白いリボンにルイーズ王女の髪の色であるオレンジ、マリーの髪の色であるピンク、ミリーの髪の色である水色の糸で、あっという間に名前が刺繍されていった。

 店の人の作業を見ているエミーとクリスティーヌ王女の様子を、リチャードは離れた場所から見ていた。どうもリチャードの様子がおかしい。どちらかの熱い視線を送っている。
「どちらを見ているんですか、リチャード殿」
 2人のうちどちらかに熱い視線を送るリチャードの後ろからエテ王子が声を掛けた。
 完全に自分の世界に入り込んでいたリチャードは突然聞こえてきた声に心臓が飛び出るほど驚いた。
「うわぁ!? 突然声を掛けないでくださいよ」
「さっきから掛けていたけど、声。聞いていなのはリチャード殿だけですよ。で、どちらが気になるんですか?」
「なななな何のことかね?」
「バレバレですって」
「だけど、彼女の事はよく知らないし、どうやって話していいのかもわからないんだ」
「部下にはテキパキと指示を出すのに、恋愛には奥手なんですね」
「女に触れ合える機会がないだけだ! お前と一緒にするな!」
(学生時代は女に囲まれていたくせに…)彼の学生時代を知っているエテ王子には納得できない言葉だった。

 実はリチャードとエテ王子は同級生。30そこそこに見えるリチャードと23歳のエテ王子が同級生?と不思議に思うが、エテ王子は10歳の時、王宮で行われる教師との一対一の勉強が退屈になり、外の学校に通いたいと国王に申し出た。王子が外の学校に通うことは今までにない事。しかも義務と言われる学業は済んでた為、今さら義務の学業を勉強しても通う意味がない。そこでエテ王子は軍の育成学校に入りたいと願い出て、そのとき8歳年上のリチャードと出会ったのである。
 初めて会った時、たった10歳の子供が軍の育成学校に入ることに納得できなかったリチャードは、何回もエテ王子に勝負を挑み、すべて負けている。馬術も、剣術も、射的も、筆記テストでさえ勝つことはなかった。育成学校を卒業し、王宮警備への入隊が決まったリチャードはトントン拍子に出世し、今では小隊の隊長にまで上り詰めた。
 エテ王子は卒業後、王宮に呼び戻されたが、リチャードが傍に居るため退屈しない日々を送っている。(リチャードは時間があればエテ王子に勝負を挑んでいるらしい。そして今でも勝つことはないらしい)

 その軍の育成学校は男子のみが入学できる。ではなぜ、学生時代のリチャードが異性にモテていたのか…。
 軍の育成学校に併設されていたのが、女子だけが入学できる王宮使用人育成の学校だったのだ。専門授業とは別に一般教育などを学ぶときは合同で行っていた関係で、女子と同じ校舎で学ぶことができる。
 それに、当時から長い金髪が目を引き、背も高い事もあり、女子からの人気が高かった。
 だが、当の本人は卒業するまでエテ王子との勝負に学生生活を掛けていたので、女子に興味を持つことはなかった。今も王宮警備の仕事とエテ王子の勝負に夢中になり、女性に興味が沸かないようだ。

 そのリチャードがエミーかクリスティーヌ王女のどちらかに熱い視線を送っている。
 女性と付き合ったことがない彼のこの思いは、無事に伝わるのだろうか?


 再び自分の世界に入り込んでしまったリチャードを放って、エテ王子は他の場所に移動しようとした。
 その場から離れようと、後ろを振り向いたとき、
「きゃっ!」
と言う女性の短い悲鳴と、何かが当たる衝撃を受けた。
 驚いたエテ王子が声のした方を見ると、赤い髪を二つに縛った少女が地面に座り込んでいた。額の辺りを擦っている所を見ると、振り向いた自分にぶつかってしまったらしい。
 赤い髪の少女は紙袋に入ったリンゴを抱え、足元にはいくつか転がっていた。
「ご…ごめん! 怪我はない? 大丈夫?」
「こちらこそごめんなさい。よそ見して…て…」
 自分に向かって手を差し伸べている青い髪の青年を見上げた少女は、その顔を見て動きを止めてしまった。
 顔をあげた少女を見たエテ王子も、何故か動きを止め、じっと彼女の顔を見つめていた。

 2人の周りに花が咲き乱れている。
 どこからか鐘の音が聞こえてきた。
 2人の周りだけ時が止まってしまったようだ。

「おっと、ごめんよ」
 近くを通りかかった買い物客の男性の声で、2人は我に返った。
 エテ王子は座り込む少女の腕をつかんで立ち上がらせた。
「あ…あの、本当にごめん」
「気にしないでください。私が前を見ていなかっただけなので」
「でも、俺が急に振り向かなかったらぶつからなかったよね?」
「市場ではよくある事なので気にしないでください。では、先を急ぎますので失礼します」
 小さく頭を下げて少女はエテ王子の前から立ち去った。
「あ…!」
 エテ王子は少女を追いかけようとしたが、少女はすでに人混みの中に消えて行ってしまった。

 エテ王子は少女の顔を見て、初めて心が躍った。
 今まで沢山の異性と出会ってきたが、こんな心臓がドキドキいっているのは初めてだった。
 彼女にもう一度会いたい。
 彼女ともう一度話したい。
 エテ王子は人混みの中に消えていった少女を追いかけた。



 その日の夕方、レストランには上機嫌のリチャードと、暗く沈んでいるエテ王子の姿があった。
「お兄様はどうかされたのですか?」
 暗く沈むエテ王子を心配するクリスティーヌ王女。
 あの後、市場で出会った少女を探したが見つけることができなかった。
「リチャード様、気持ち悪いぐらいに機嫌がいい」
 テンションの高いリチャードを軽蔑な眼差しで見るルイーズ王女。
 たった半日しか経っていないのに、この変わり様は異常に感じられる。
「姉様、姉様は明日は何処に行くの?」
「明日は、この村に旅一座が来ているそうなので、エミーさんと一緒に観に行く予定よ。ルイーズはどうするの?」
「マリーちゃんとミリーちゃんと一緒に、学校に行ってくるの。明日はこの村の子供じゃなくても、学校に行ってもいいんだって」
「そうなんですか?」
 クリスティーヌ王女は料理の支給をしていたエミーに訊ねた。
 エミーはデザートのプリンという卵とミルク、砂糖だけで作ったお菓子をテーブルに出しながら、笑顔を見せた。
「ええ。明日は学校に通っている子供とその親御さん、まだ学校に通えない子供たちとピクニックに行くんです。ピクニックって言っても、学校のすぐ隣に大きな野原があるので、そこで遊んだり、ご飯を食べたりするだけなんですけどね」
「迷惑ではありませんか?」
「とんでもないです。むしろ妹たちが楽しそうで、こちらがお礼を言いたいぐらいです」
 ルイーズ王女とマリー・ミリーの双子は、ますます仲良くなっている。
 この村に双子と同じ年頃の子供は男の子しかいないので、同性の同じ年頃の友達が出来て嬉しいのだろう。
 また、ルイーズ王女も、同じ年頃の同性が近くにいない。侍女たちは全員年上で、周りで一番近いのがクリスティーヌ王女だ。
 お互いに周りに同じ年頃の同性がおらず、一番近い同性が姉という共通点が、三人の絆をより強くしているのかもしれない。


 翌日ー。
「「お母さん、行ってきま~す!!」」
 お揃いのリュックを背負ったマリー・ミリーの双子は、元気よく飛び出して行った。
「姉様、行ってきます!!」
 ルイーズ王女もメアリーが買ってくれた双子とお揃いのリュックを背負って元気よく飛び出して行った。
 三人は今朝、クリスティーヌ王女から例の白いリボンを貰った。それぞれに自分の名前が刺繍されたお揃いのリボンを見て、三人は大喜びだった。双子はメアリーに頭の高い位置で二つに縛ってもらい、そのリボンで結んでもらった。
 その様子を羨ましそうに見ていたルイーズ王女に、サリナスが、
「同じようにやってあげましょうか?」
と声をかけてくれた。何の偶然か、双子もルイーズ王女も髪の長さは同じ。今まで王宮の大事な行事の時しか髪を結ってもらった事がなかったルイーズ王女は笑顔で「うん!」と頷いた。
 サリナスには娘が一人いるが、すでに成人しており、今は都会に暮らしている。こうして幼い女の子の髪を結うのは久しぶりだが、技術は衰えていなかった。
 宿を飛び出して行くお揃いの髪型、お揃いのリュックを背負った三人は、三つ子に見える。
 三人を見送ったメアリーとサリナスは、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「ルイーズちゃんって、ちょっと大人びた感じがするけど、我慢していたみたいね」
 髪を結っている間、鏡を見ながら目をキラキラと輝かせていた姿が、この村に来て初めて見せる子供っぽかったことに、サリナスは無理して背伸びしているのかな?と気付いていた。
「すみません。また妹がお世話になってしまって」
 クリスティーヌ王女はサリナスに向かって謝ってきた。
「気にしなくていいんだよ。わたしも久々に髪を結って楽しかったよ。子供も大きくなっちゃって、孫もいないから、こんな機会は滅多にないからね」
「妹は子供っぽい事に反発していたんです。周りが大人ばかりなので、自分も大人にならなくちゃって気持ちがあって、無理に背伸びしていることは私も気づいていました」
「よほど厳しい家庭なんだろうね。また息苦しくなったらいつでもおいで。私たちは大歓迎するから」
 「ね? メアリー?」と隣のいたメアリーのに振ると、メアリーも笑顔で頷いた。
 王宮の中しか知らないクリスティーヌ王女は、外にはこんな暖かい場所もあるんだ…と感動していた。

 しばらくして、エミー、エテ王子、リチャード、そしてケインが姿を見せた。
「おや、ケインも出かけるのかい?」
 いつもの仕事着を着ていないケインを見て、サリナスは不思議そうに首を傾げた。
「レストランは2人で大丈夫だから、遊んできていいよって言われた」
「まあ、息抜きも大切だからね。今日はご予約のお客様も少ないし、いつも温泉に来る常連も旅行に出かけているから、そんなに混まないと思うよ」
「特訓したかったのに…」
 ラインハルトがワンツーマンで女性から色々と教えてもらうことに、ケインは嫉妬していた。今まで自分だけに教えてくれていた事を、他の人に教えることが気にくわないようだ。
「いつまでも子供じゃダメよ。ちゃんとお客様をご案内しなさい」
「へ~い」
 あまり乗り気でないケインは、エミーに背中を押されて宿から出て行った。
 その後を着いていくクリスティーヌ王女とリチャードは笑っていたが、エテ王子だけは昨日と同じテンションだった。余程昨日の少女の事が気になるのだろう。


 レストランでは、ラインハルトが女性からある料理を教わっていた。
「何を作るんですか?」
「出来てからのお楽しみ」
 女性は何かを教える時、決まってこう言う。先に教えてしまうと楽しみがなくなるし、何より材料を見て、何ができるんだろう?という想像力を鍛えてほしかった。
 女性が用意したのは、ミルク、リンゴジュース、イチゴミルク、オレンジジュース、ブドウジュースの飲み物ばかりだった。他は見たことがないさらさらとした粉だけ。
「これだけですか!?」
「そうよ。後はお湯だけかな?」
 そう言いながら女性が作業台の上に置いたのは、深さがある四角い銀色の冷たい感じがする入れ物。普段は魚や肉に小麦粉や卵、パン粉をまぶして油で揚げたフライという食べ物の油切りをするために使うもの。それ以外に使ったことはない。
 女性はボウルと呼ぶ球体を半分に切ったような、中が空洞になっている深みのある入れ物に、お湯を入れ、そこにさらさらした粉を入れた。そしてすぐにかき混ぜた。
 次に四角い銀色の入れ物ーバットと言うらしいーそれぞれに、飲み物を入れ物の半分まで流しいれ、そこにお湯で溶かした粉が入った液体を加え、軽くかき混ぜた。バットの三分の一まで入れた液体は、飲み物の色は変わらず、ただの飲み物そのものだった。
「これを冷やして出来上がり」
「え!? これだけ!?」
「お昼ごろには出来上がっているはずよ」
「こんなに簡単にできる料理もあるんですね」
「奥が深いからね。じゃあ、出来上がるまで何か作りたいのもある?」
「なんでもいいんですか!?」
「ええ」
「じゃ…じゃあ、たこ焼き! たこ焼き作ってみたいです!」
「たこ焼き? そういえばこの村では販売したことなかったわね。試しに販売してみようかな……あ、応用であれができるかも」
「応用? あれ?」
「今日は時間あるし、色々と作ってみようか。じゃ、用意するね」
 女性は作業台の上を片付けると、たこ焼きを作る機械を出してきた。そして用意した材料はたこ焼きで使う小麦粉、煮物で使う茶色い粉、タコ、紅しょうが、ねぎ、天かすの他に、ミルク、砂糖、なせがチョコレートという甘くて茶色い四角い食べ物と、チーズ、カスタードクリームなども用意した。
 ラインハルトは何故それを?と不思議そうに見ていた。
「材料は違うけど、作り方はほぼ同じだから、同時進行で進めていくね」
 そういうと、女性は二つのボウルを用意し、片方に小麦粉と生地が膨らむ魔法の粉を入れ、もう一つには小麦粉、砂糖、魔法の粉を入れた。それぞれよくかき混ぜ、たこ焼きの生地には水を少しずつ入れ液体にしていき、卵を加えた。砂糖を入れた方にはミルクを入れ卵を加える。たこ焼きの生地はほぼ液体なのに対し、もう一つの生地はどちらかといえばホットケーキというお菓子の生地に近い。
 熱したたこ焼き器に油を馴染ませ、たこ焼きの生地を一気に流し込む。窪みにタコを入れ、上から紅しょうが、ネギ、天かすを振りかけ、周りが固まってきたら細い針のような物でひっくり返す。
「一度にひっくり返すと失敗しちゃうから、一度垂直に立てて、更に固まってきたら全体をひっくり返すと綺麗な形になるよ」
 女性の指導を仰ぎ、ラインハルトは四苦八苦しながら一回目のたこ焼きを作り終えた。初めて作ったにしては綺麗な球体になっている。
「上手に出来たね。呑み込みが早いよ。まだケインにも作り方を教えていないんだよ」
「本当ですか!?」
「ラインハルト君がやってみたいって言ってくれなかったら、たぶん誰にも教えなかったと思う。メニューに加えるときはラインハルト君に頼もうかな?」
「いいんですか?」
「特技にしてもいいぐらいだよ。じゃあ、今日のお昼の賄はたこ焼きだね」
 ラインハルトは嬉しかった。同時に今まで興味を持たず、他人がやっていることは、いつか自分もできるようになっていると思っていた頃の自分を叱ってやりたかった。自分からやる意思を見せれば、すぐにでも手に入る。同じ店で働いていた友達が出世したように、自分から行動すれば道は開けることに、ラインハルトはやっと気づいた。
「それじゃあ、応用編に行こうかな」
 女性は空いていたもう一つのたこ焼き器に油を馴染ませると、砂糖とミルクが入った生地を窪みに流し込んだ。たこ焼きのようにさらさらな液体でないので手こずっているが、女性は「あれを使おう」とケーキのデコレーションに使う絞り袋を取り出し、生地をその中に入れた。クリームを絞るように窪みに生地を入れ、その生地の中央に四角いチョコレートを入れた。後はたこ焼きと同じように固まってきたらクルクルと回しながら形を整える。
 出来上がった物を皿に乗せると、女性は「食べてみて」とラインハルトに差し出してきた。
 見た目は丸いホットケーキ。匂いも食べた感触もホットケーキだ。
「どう?」
「美味しいです。一口サイズのホットケーキみたいです」
「このまま食べても美味しいけど、ショートケーキとかチーズケーキを頼まれたお客様にお出しする時、お皿に乗せたらインパクトない?」
「…あ!」
「今はお皿にフルーツソースで絵を描いているでしょ? でも毎回同じだと常連さんは飽きちゃうし、ラインハルト君も新しい物を毎日考えないといけないよね? でも、ケーキと一緒にこれを乗せて、ちょっとソースで飾り付けたら、見た目が変わると思うの。それに、これは中身が分からない。食べてみるまでのお楽しみって、なんかワクワクしない?」
「します! します! それに、常連さんも毎回違う中身だったら、宝箱を開ける感覚で楽しめると思います!」
「小さいお子様にも喜んでもらえるね。中身は何があうか、色々と試してみようか?」
「はい!!」
 ラインハルトは笑顔で返事をした。
 最初はただ働いているだけだった彼。今は料理をすることに楽しさを見出していた。

 興味を持つきっかけは些細な事。その些細な事をどれだけ深く興味を持ってもらうかは教える側の力が重要になってくる。

 女性は過去に自分が体験してきたことを思い出しながら、ラインハルトの指導をしていた。
 自分には、こうやって真剣に取り組んでくれる指導者はいなかった。
 女性の過去には、今の自分のような指導者はいなかった。いてくれたらまた変わっていたのかな? 戻れない過去に女性は悔いはないが、同じような人間を作りたくないという思いがある。

 だから、この世界に飛ばされたんだ。
 この世界には自分の居場所がある。それだけで嬉しい。

 女性の過去はきっと今を生きる彼女の生きる糧となっている事だろう。



 旅一座が滞在していたのは、村の外れにある広い空き地だった。
 昔、ここには大きな劇場があった。だが、人口が減り、舞台に立つ人もいなくなり、老朽化が進み、10年以上前に取り壊されてしまった。新しく作るにも舞台に立つ人がいないので、そのまま空き地になっていた。
 旅一座は40人ほどのグループで、村から村、町から町へと渡り歩きながら公演を続けている。
 演目は多種多様で、動物を使ったパフォーマンスから演劇あり、歌あり、踊りありの団員と呼ばれる一座に所属している人の特技を生かした演目となっている。
 その日によって演目は変わるらしく、今日はお昼まで動物を使ったパフォーマンスが行われ、お昼過ぎからは演劇が上演されるらしい。

 大きなトラを女性が鞭1つで操り、芸をさせる演目では、大きな口を開けて観客を威嚇しているトラに観客は悲鳴を上げていたが、女性の鞭1つで大人しくなるトラを見ては歓声を上げていた。
 小さな子犬が玉乗りをしたり、小さい猿が綱渡りをしたりと、観客は楽しんでいたが、約一名、楽しんでいる様子がない人がいた。

 それはエテ王子である。
 昨日出会った少女が忘れられないエテ王子は、目の前で繰り広げられる演目に興味はわかず、上の空だった。
 見ていてもつまらない…。
 エテ王子は演目に夢中になって見ているケインたちに気付かれないように席を立った。

 仮設の劇場から出てきたエテ王子はもう一度市場へと向かおうとした。
 その時、
「この衣装、始まる前までに直しなさいよ」
「本当、何やっても役立たずなんだから」
「舞台に立てないのなら、裏方をやるのが常識でしょ?」
と、数人の声が聞こえてきた。
 声のした方を見ると、三人の女性が、1人の少女を取り囲んでいた。
 少女は女性たちから投げつけられた大量の衣装を拾い上げながら「わかりました」と小さな声で答えた。
 その小さな声が癪にさわったのか、女性のうちの一人が少女を思い切り突き飛ばした。
「あ~ら、ごめんなさ~い」
 女性たちはケラケラ笑いながらその場を去っていった。
 突き飛ばされた少女は涙をこらえながら、地面に散らばった衣装を拾い上げた。

 その光景を見たエテ王子は、知らず知らずのうちにその少女に歩み寄っていた。足元に転がってきたブローチを拾うと少女に声を掛けた。
「あの、これ…」
 エテ王子の声に少女は急いで涙を拭くと、声のした方へ振り向いた。
「ありがとうございま……」
 振り向いた少女は、そこに立っていた一人の青年の顔を見た途端、言葉を失った。
 エテ王子も、振り向いた少女の顔を見て、動きを止めてしまった。

 エテ王子が見ているのは、昨日、市場でぶつかった赤い髪の少女だった。
 少女が見ているのは、昨日、市場で出会った青い髪の青年だった。

 またしても2人の時間は止まってしまった。



 エテ王子が席を立ったことも気づかず、ケイン達は演目を楽しんでいた。
 次の演目に移るとき、リチャードがケインの脇腹を突いてきた。
「なあ、ケイン。聞きたい事があるんだがいいか?」
「なんですか?」
「その…あの…」
 なかなか話をしたがらないリチャード。よく見ると彼はケインの向こう側に座っているエミーとクリスティーヌ王女をチラチラと見ていた。
「はっきり話してくださいよ」
「……ここでは話しづらい。場所を変えよう」
 リチャードはケインの腕をつかむと、強引に席と立たせた。
「どうかされましたか?」
 クリスティーヌ王女が声をかけると、
「すぐに戻ります!」
と一言謝って2人でどこかへと出て行ってしまった。
 何があったんだろう? エミーもクリスティーヌ王女も不思議そうに見つめていた。

 劇場の外に出たリチャードはケインの腕をやっと離した。
「一体何なんですか!?」
 ケインはリチャードに大声を出した。
 リチャードはその体に似合わずモジモジとしている。
「その……エミー嬢にはすでに決まった人はいるのかね?」
「……はぁ? エミー姉さん?」
「もし、すでに決まった人がいるのなら、私は諦める。でも、もし、決まった人がいなければ、私にもチャンスがあるはずだ」
 なにやらブツブツと独り言を言うリチャードに、ケインはピンっと来た。
「もしかしてリチャード殿、エミー姉さんの事が好きなんですか?」
「悪いか!」
「別に悪くないけど……エミー姉さん、王都で暮らしていたんですよ。まだ二ヶ月も一緒に暮らしていない俺が知っていたら怖いですよ」
「いや…でも……だけど…」
 はっきりと言葉を発しないリチャードにケインはイライラしてきた。大の大人がなにウジウジしてんだよと一喝してやりたい気分だった。


 その時、劇場の裏手側から悲鳴が上がった。
 と、同時に大勢の人たちがこちらに逃げ出してきた。
「何があったんですか!?」
 瞬時に軍人の顔に戻ったリチャードが、逃げまとう人から事情を聴こうとしていた。どうやら逃げまとっているのは一座の団員のようだ。観客は一人もいない。
 なんとか一人に事情を聴くことができたリチャードは、ケインに団員の誘導を任せて劇場の裏手に向かった。

 逃げてきた人の話だと、一座で飼っている一匹の動物が、何かに反応して我を忘れて暴れているらしい。
 劇場の裏手では、さっきまでトラを鞭一本で操っていた女性が、その暴れている動物に向かって、懸命に鞭を振り下ろして怒りを収めようとしていた。
「静かにしなさい! 檻に戻りなさい!」
 女性が鞭を使って動物の命じているが、その動物は女性を威嚇するだけで、怒りが収まらなかった。
 鞭を振り上げる女性にも苛立ちが見え始めた。
 もう一度鞭を振り上げようとした時、突然女性の腕を掴む人が現れた。
「それ以上、刺激を与えてはいけない」
 女性の腕を掴んだのはエテ王子だった。彼の隣には赤い髪の少女の姿もあった。
「一体何があったんですか?」
「それが……」
 女性は少し離れた所にいる三人の女性を見た。その三人は先ほど、赤い髪の女性を突き飛ばしたあの女性たちだった。
「わ…わたしは何もしていないわ! 勝手に暴れたのよ!」
「そうよ、そうよ! ただ前を歩いていたら急に襲い掛かってきたのよ!」
 自分たちは悪くないと言っているが、少なくとも彼女たちに原因があるようだ。その動物の視線が女性たちに向かれていた。
「グリフォン! どうしたの? 何があったの!?」
 赤い髪の少女は威嚇を続ける動物に語り掛けた。だがその動物は少女の声も聞こえていない。
「グリフォン?」
「あの子、ここに来る途中で怪我をしていたところを、私が見つけたんです。昨日、怪我も癒えて団長さんたちが芸を仕込むって決めていたんですが…」
「ちょっと待って。本当にグリフォン?」
「はい」
 少女の説明に、エテ王子はもう一度その動物を見た。
 威嚇を続けるその動物は、鷲の顔と翼をもち、ライオンの下半身をしていた。まさしく書物に乗っているグリフォンそのものだ。
「ドラゴンに続いてグリフォンまで存在するのかよ…」
 王宮の教師からは実在しない生き物だと教えられていた。それなのに今、目の前に存在している。もしかしたら、実在しないと言われている動物はその姿を見せないだけで、本当は隠れて暮らしているのかもしれない。まだ見ぬ架空の生き物にエテ王子は期待を膨らませていた。

 威嚇を続けるグリフォンは、視線の先を女性たちから変えていなかった。
 このままでは危害を加えてしまう。
 エテ王子は、どうにかして抑えなくては…そう思ったとき、彼の目に演劇で使う小道具の拳銃が目に入ってきた。
「これをお借りしてもいいですか?」
 小道具の拳銃を手にしたエテ王子は、鞭を持っている女子に許可を申し出た。
「は…はい。それは小道具なので使えませんが…」
「大丈夫です」
 そう言いながら、エテ王子は上着のポケットから丸いガラス球を何個が取り出すと、緑色に輝くガラス球をいくつか拳銃の銃口から中に押し込んだ。
 そして少女に「危険だから後ろに下がっていて」と告げると、威嚇するグリフォンに歩み寄った。

 エテ王子が歩み寄ってもグリフォンの視線は変わらなかった。
 なんとかしてこちらに視線を向けなくては…。
 エテ王子は銃口をグリフォンの足元に向け、そして引き金を引いた。銃口から飛び出した緑色のガラス玉は勢いよくグリフォンの足元へ向かい、そこで爆ぜた。すると、爆ぜたガラス球から植物の蔓が飛び出し、グリフォンの足に纏わりついた。
 突然動きを封じられたグリフォンは視線をエテ王子に移し、蔓が巻き付いた足を動かそうともがいた。
 エテ王子は動きが止まったグリフォンに向かって、再び引き金を引いた。連続で飛び出すガラス玉はグリフォンの体のあちこちに当たり、体全体を蔓で覆った。
「強力な火を使います! 全員離れて!!」
 エテ王子は大声で叫ぶと、今度は赤く輝くガラス球を銃口から中に押し込み、その銃口をグリフォンに向けた。
「待って! あの子を傷つけないで!」
 少女は必死にエテ王子のやろうとしている事を止めようとした。
 だが、エテ王子は心配する少女に優しく微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。傷は一切付けません。危ないので下がっていてください」
 エテ王子に促され、少女は素直に彼から離れた。

 蔓が絡まりもがき続けるグリフォンに向かって、エテ王子は引き金を引いた。
 すると緑色のガラス玉とは異なり、銃口から勢いよく火柱が飛び出し、グリフォンの体全てを炎で覆い尽くした。
 しばらく炎に包まれていたグリフォンの体から次第に炎は消え、体に巻き付いていた蔓も消えていた。
 グリフォンはその場に倒れ込んだ。
 エテ王子は警戒しながらグリフォンに近づくと、軽く顔を撫でた。
 火傷は負っていない。他に怪我もない。ただ気を失っているだけだった。
「もう大丈夫だ」
 エテ王子のその声が聞こえたのか、少女が「グリフォン!」と叫びながら駆け寄った。
 少女の声を聞いてグリフォンがゆっくりと目を開けた。その眼は琥珀色の澄んだ瞳で、少女の顔をじっと見つめていた。
 するとグリフォンの体が急に緑色の光に包まれた。
「あれは契約の儀式」
 団員たちを安全な場所に誘導し終えたケインが駆けつけた。
 するとケインの頭の中に声が響いてきた。
「僕は彼女ともっと仲良くなりたい。彼女を守りたい」
と。
 グリフォンは少女との契約を望んでいる。そのことに気付いたケインは、少女に向かって大声をあげた。
「そのグリフォン、そこにいる女の子と契約を望んでいます! 今からやり方を教えるので、その通りにやってください!!」
 ケインの声に、少女はもう一度グリフォンを見た。
 グリフォンは小さく頷いた。
「まず、彼に付ける名前を決めてください! 名前が決まったら『グリフォンを〇〇と名付ける』と唱えてください!」
 ケインはやり方を叫びながら、エテ王子たちの所へと走ってきた。
 少女は少し考えた後、グリフォンに向かって名前を呼んだ。
「グリフォンを【ヴァン】と名付けます」
 少女が名前を呼ぶと、グリフォンの体が強い緑色に包まれた。
 すると、またケインの頭の中に声が響いた。
「僕、ヴァンは、何時如何なる時も主コロリスに仕えることを誓います」
 そう宣言すると体を包んでいた緑の光が集まりだし、その光はグリフォンと少女ーコロリスの間に緑色の球体となって浮かび上がった。
「右手を差し出してください」
 ケインに促され、コロリスは恐る恐る右腕を前に差し出した。
 すると、緑色の球体が、差し出した右腕に向かって移動し、右手首を緑色に包み込んだ。
 一瞬、強い光が放たれ、目を閉じたコロリスが、恐る恐る目を開くと右手首に緑色の編み込まれた紐のようなものが巻き付いていた。そしてその編み込まれた紐をよく見てみると「ヴァン」という名前が黒い紐で織り込まれていた。
「無事に契約が終わりました。これでグリフォンはあなたの命令に従います」
「私の命令に?」
「契約を交わした主の言うことしか聞かないんですよ。俺も二匹のドラゴンと契約を結んでいるんです」
 ほら!っとケインは右手を掲げた。そこには水色の同じような編み込まれた紐が二本巻き付いていた。
「命令って言っても、どうすれば…」
「彼はコロリスさんともっと仲良くなりたいようですよ。友達みたいに付き合えばいいんじゃないでしょうか?」
「友達…」
 コロリスがグリフォンーヴァンに視線を移すと、ヴァンは嬉しそうに彼女に頬ずりしてきた。
「私、この子を大切にします。ありがとうございます」
 ヴァンの顔を撫でながらコロリスは小さく頭を下げた。
 だが、コロリスはふと思った。
「あ…あの、どうして私の名前がわかったんですか?」
「え?」
「それもそうだ。俺だってまだ名前聞いていないんだぞ! 何で知っている!?」
 自分よりも先にコロリスの名前を知っていることに、エテ王子はケインの肩を掴んで前後に激しく揺さぶった。
「な…なんで…で、契約の時、グリフォンが名乗っていたんですよ」
「はぁ!? そんなもの、俺には聞こえなかったぞ」
「この子、人間の言葉をしゃべるんですか?」
「…え?」
 ケインは改めてグリフォンを見た。グリフォンのヴァンは不思議そうに首をかしげていた。

 そういえばオルシアとシエルの言葉は分かるのに、アクアの言葉は一切わからなかった。女性はオルシアもシエルもアクアの言葉が分かる。いや、オルシアたちと契約する前からケインはオルシアとは会話をしていた。
 でも、ヴァンの言葉は契約の前と契約の時しか聞こえなかった。
 これは一体…。

 ケインはある事に気付いた。
「あ…あの、ヴァンに一つ聞いてもいい? ヴァンってまだ子供?」
 ケインの言葉を理解したのか、ヴァンは大きく頷いた。
「…そういうことか…」
 納得したケインはホッと胸をなでおろした。
 どうやら長く生きている動物とは話が出来るようだ。子供のアクアとヴァンの声が聞こえないのは、生きている年数が関係しているらしい。
 ではなぜ、契約の時に声が聞こえたのか…。
 帰ったら女性に聞いみよう。
 自分に何か特別な能力があるかもしれないと期待しているケインだった。


 劇場の裏で起こった出来事は団員しか知らなかった。観客は何も知らずに演目を楽しんでいた。
 そういえばリチャードは何処に行ったのだろうか?
 リチャードはちゃんと現場にいた。騒動の中、駆けつけたのだが、エテ王子の攻撃が今まで見たことがない攻撃だった為、衝撃のあまりその場に立ち尽くしていたのである。
 もしかしてエテ王子は手を抜いて勝負しているのではないか?
 さすが10歳で育成学校に入学してくるだけの事はある。その実力は小さい頃にすでに開花されていたのかもしれない。
 リチャードは王都に戻ったら手加減なしで勝負を挑もうと思った。だが、今迄、一度も勝ったことがないリチャードに勝ち目はあるのだろうか…?



 その日の夕飯は、ラインハルトが作りすぎたたこ焼きがテーブルを埋め尽くしていた。
 お昼の賄で食べようと思っていたら、レストランにやってきた若いママさんたちが香ばしい美味しい匂いに釣られ、すべて食べ尽してしまったため、営業終了後にラインハルトが張り切って作りすぎてしまったようだ。
 また、お昼前に作っていた飲み物を使った料理は、冷蔵庫と呼ばれる、冷却設備が施されている長方形の箱の中で、液体から個体に姿を変えて冷え固まっていた。
「固まってる!!」
 冷蔵庫に入れる前は液体だったのに、取り出したバットに中身は固まっていることに、ラインハルトは目を見開いて驚いていた。
「これはゼリーっていう食べ物よ。これから気温が暑くなっていくでしょ? 食欲が落ちたときに食べれるように試しに作ってみたの」
 「はい」と女性はリンゴジュースで作ったゼリーをスプーンですくって、ラインハルトの前に差し出した。
 受け取った彼は、口の中に入れて味を確かめた。

 不思議な食感だ。
 ツルンとしていて、噛まなくても飲み込める。
 味もしつこくなく、苦みもない。何より味が変わっていない。

「本当は小さなカップに入れて、そのまま出すんだけど、今回バットで作った理由は、これがやりたかったの」
 そう言いながら、女性はバットに入ったゼリーすべてに正方形の形に切り込みを入れた。そしていつもはレストランでアイスを入れて出す透明なガラスの器に、均等になるようにすべての味のゼリーを盛り付けていった。
 正方形に切られたゼリーは、ガラスの器の中で色が被らないように2~3段に積み重ね、見た目も華やかな、涼しい盛り付けになった。
「全部一口サイズだから、これならいろんな味が楽しめるでしょ?」
「…す…すげーーーー。宝石が積み重なっているみたい」
「これは時間が掛かるから、従業員が増えるまでは一種類の提供になっちゃうけど、特別なお客様にはお出ししてもいいかな?」
「お客様が自分で盛り付けることはできないんですか?」
「お客様が?」
「例えばなんですが、小さい器に一つの味で二個か三個乗せて、四種類ぐらい用意するんです。で、お客様自身でこのガラスの器に盛り付けたら、自分のデザートが出来ますよね? それって、特別なお客様じゃなくても特別なデザートになると思うんです。それに、このゼリーって凍らせることはできないんですか? 凍らせることが出来たら、もっとバリエーションが増えると思うんです」
 いつになく熱く語るラインハルトを見て、女性は驚いた顔をしていた。
「あ、ごめんなさい。やっぱり無理ですよね」
 驚いた顔が否定されていると思ったラインハルトは、そこで言葉を止めた。
 だが、女性は否定などしていなかった。
「そんなアイデアが浮かぶなんて、ラインハルト君、凄い! それ、いいね! あらかじめ小分けしたゼリーをトレイに乗せるだけだもん。簡単にできるよ! 日替わり…は作るのが大変だから、週替わりで味を変えたら色々楽しめるね!」
「ほ…本当ですか?」
「よし! ゼリー専用の冷蔵・冷凍庫を買っちゃうね! 来週から試しにやってみようよ!」
 珍しく女性が興奮していた。それだけラインハルトのアイデアは斬新だったのだ。
 自分の意見が採用されたことで、ラインハルトはまた自信をつけた。ラインハルトは「はい!」と笑顔で返事をした。


 たこ焼きと色とりどりのゼリーが並ぶ夕飯は従業員とリチャード一行と一緒に食べた。双子とルイーズ王女の賑やかな会話から始まり、劇場で起きた事件など、話は尽きなかった。
 その席でリチャードがエミーに好意を持っていることだけは語られなかった。なぜならケインが何か話そうとすると、隣に座っていたリチャードに足を踏まれ続けたからだ。ケインはリチャードが帰ったらエミーにばらしてやろうと誓った。

 夕食後、ケインは女性に話を聞こうと思って、彼女の部屋を訪ねたが、すでに先客がいた。
 エテ王子が持っているガラス玉に興味を持った女性が実物を見せてほしいと頼み込んだのである。
「これって、誰でも使えるんですか?」
 昼間の現場にいたケインは興味津々にガラス球を手に取った。
「これは王立研究院が作った物です。どういう原理で作ったかはわからないのですが、かなり昔から研究院にはあったようです」
「それをどうしてあなたが使っているんですか? 軍で使えばいいのに」
 ケインの言葉に、エテ王子は苦笑いを浮かべた。
 さすがに王子という身分を隠している。ここで「いずれ国王の座に就く身分で、継承権を持っている中で唯一、軍の育成学校に通っていたから」とは言えなかった。
「あなたが一番魔法力が強いみたいね」
 女性がポツリと呟いた。女性は愛用にパソコンの画面の眺めていた。
「「魔法力?」」
 ケインとエテ王子が同時に聞き返した。
「このガラス玉は魔法の力に反応しているみたい。エテさんはかなりの魔力を持っているようだけど、自覚はある?」
「魔法の力って、そんなのは空想の世界の話だろ?」
「火を出したり、水を操ったり、そんなことはできませんよ」
「でしょうね。今の時代、魔法は存在しない物になっている。でも、大昔、この国は魔法が使える人が沢山いたわ。でも、文明の発達によって使わなくなってきた。火は火起こしできる装置を使えばすぐに火は起こせるし、水は川を引き込む工事をすればすぐに手に入る。工事をすれば災害もある程度防げる。そうした開発が魔法というものを忘れさせてしまったの。でも、人には少なからず魔力は残っている。その魔力を湧き上がらせる手助けをするのが、このガラス玉みたいね」
 まだ王立研究院ですら理解していないガラス玉の解明を、女性はスラスラと話し始めた。これにはエテ王子が一番驚いている。
「エテさんは戦闘能力が高いみたいね。手にした武器に魔力を貯えて、このガラス球を通して魔法攻撃を使えるようにしているみたい。特に、誰かを守りたいっていう気持ちがあるときは、特別スキルが発動するみたいね」
 女性の言葉は半分以上が意味不明だった。ケインは頭の中がこんがらがっていた。
 エテ王子は女性の「誰かを守りたいっていう気持ち」という言葉に、強く反応し、顔を赤くしていた。
 その様子に女性は「おや?」と思い、マウスをカチカチと動かした。画面に出てきたある言葉に、女性はニンマリとした顔でエテ王子を見た。
「気になる子でもできたのかしら?」
「そそそそそそそんなことは…!!」
「ま、頑張りなさいね。応援しているから」
 ニヤニヤした顔で、女性はエテ王子の肩をポンポンと叩いた。
 エテ王子は顔を真っ赤にしながら否定し続けているが、次第にボロが出、朝方まで女性とケインから質問攻めにあい続けていた。


                     <つづく>

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