選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第29話  自立

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 秋も深まり、時折吹く冷たい風に乗って白い粉雪が舞い始めるころ、マリアがどうしてもヴァーグに見せたい物があると彼女をある場所に案内した。
 その場所はマリアの実家が管理する領地の一つ。主に国外に輸出し、騎士団の遠征用の保存食として納品しているコメを栽培していた。ほとんどのコメは刈り取られており、目的地に着くまでの水田は作物が何もない状態だった。
 だが、マリアが案内したのは、まだ青々と茂った稲が生息する場所だった。他の稲と何の変わりもない同じ苗から育てた稲だと言う。
「ここだけ特別な土地なんです。ここに植えた稲は、最後まで成熟しません」
「え? じゃあ、一年中、こんなに青々としているんですか?」
「いいえ、ある日突然、成熟するんです。一瞬で」
「一瞬で!?」
「それが今日なんです。もうすぐ絶景にお目に掛かれますよ」
 マリアは青々と茂った水田の奥を見つめた。彼女が見つめている方向には『秋の森』がある。一年中秋の季節を保つ『秋の森』は、この場所からも赤く染まった木々を遠くに見る事が出来た。
「もうすぐです」
 マリアはそう呟いた。

 すると『秋の森』の方角から強い風が吹き込んだ。
 まるで駅を通過する新幹線から発せられるような強い風を受けたヴァーグは、思わず腕で顔を覆った。

 が、次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにした。
 なんと、青々と茂った稲が強い風が吹き渡る度に黄金色に変わっていったのだ。奥から徐々に黄金色に変わっていく稲を、ヴァーグは目を見開いて見続けた。

「どうですか、ヴァーグさん。凄い光景でしょ?」
 マリアは見慣れているのか、驚くヴァーグに冷静に声を掛けた。
「魔法でも使っているの?」
「一種の魔法かもしれません。この土地だけは、秋の終わりに『秋の森』から強い風が吹かないと成熟しないんです。父が言うにはずっとずっと前からそうだったそうです。何代か前の国王様が見つけられて、それ以来、わたくしたちの家系が管理しています」
「この稲はこれからどうするの?」
「一部は王室に献上し、残りは国外に輸出します。通常のお米の数十倍の価格がするんです」
「数十倍!!??」
「でも、どの国に輸出しても、結局使い道が分からないので、最近は騎士団に無償で納品することが多いです。王室でもどう調理していいのかわからず、結局、騎士団に集まってしまうんです。今は各騎士団の隊長や部隊長のお屋敷に納品されています」
 だからリチャードの屋敷にあんなに沢山あったのか…。ヴァーグはリチャードの屋敷にあった大量のお米がどこから仕入れているのかやっとわかった。確かにコメは使い道が決まっており、その調理方法をちゃんと理解していないと美味しいご飯は炊くことはできない。
「先日、国王様と謁見した時、この土地の事を話しました。国王様もここのお米を楽しみにしているのですが、宮廷料理人にお米を扱える人がいなくて、ここ十数年、お米を口にしていないそうです。それで、王室に献上しても騎士団に流れてしまうので、もう王室は手放すことにしたそうです。わたくしたちは王室から頼まれて管理していましたので、個人で管理しても収益になりませんから、管理者を他の方に譲ることを決めました」
「譲るって、誰に?」
 マリアはヴァーグの方へ向き直って、突然頭を下げた。
「わたくしたちサリュジ家は、管理をヴァーグさんにお譲りすることに決めました」
「わ…わたし!? 無理無理無理!!! 管理なんでできないよ!!」
「ですが、ヴァーグさんでしたら、このお米を使って料理を作ってくださいますし、無駄なく使ってくださると思うのですが…」
「無理無理! 村でも畑を持っていないのよ。管理なんで無理よ」
「いままでここで働いていた方たちもそのまま使ってくださってもいいんですよ?」
「そう言われても…」
「エルシラン伯爵に取られるぐらいなら、ヴァーグさんに譲った方がいいと考えたんです。父と母と話し合いました。今回のジャンの事を直接王妃様がお話してくださったようで、父も母もやっとわたくしの話を聞いてくださるようになりました。エルシラン伯爵が縁談を持ち込んだのは、この土地が欲しかったからなんです。あの人に渡してしまったら、きっと、この風景は二度と見る事が出来ません。この風景を守りたいのです。お願いします」
 再び頭を下げるマリア。
 ヴァーグは「どうしようか…」と困惑している様子だった。
「ちょっと待っててくれる?」
 何かを思いついたヴァーグは、マリアに背を向けるようにしゃがみ込むと、ウエストポーチからパソコンを取り出すと、猛スピードでキーボードを叩いた。
 ヴァーグは女神へあるお願いをしたのだ。その女神からの返事が来ると、ヴァーグは安心した顔でパソコンを閉じた。
「マリアさん、この土地はあなたが持ちべきだわ」
「え? で…でも…」
「この土地の近くに何も使っていない土地はない?」
「ケインさんが国王様から授かった土地がありますが……」
「じゃあ大丈夫ね。この土地の近くに、お米を貯蔵できる施設と、加工…精米できたり、お米を使った簡単な食べ物を作る工場を建てる事にしたわ。その施設を使って、ここのお米を製品として販売するの。手軽に食べれるように加工したら、誰でも手にすることができるでしょ?」
「確かにそうですが…」
「で、その施設の管理や製品の販売を行う会社を立ち上げるの。もちろん、今、ここで働いている人たちもその会社に入って貰って、もっと人を雇用するの。王都では職にありつけない人もいるんでしょ? そういう人を雇うの。あ、もちろん宿泊できる施設も作るわ。稲を育てる人、加工する人、販売する人、国外へ売る人、そう言う人を雇って、会社を運営すれば、この土地を誰にも渡すことはできないわ。だって、会社がこの土地の持ち主になるんだもの」
「それはいい考えです。それで、その会社の代表者は…?」
「もちろん、マリアさんよ!」
「え……エエエェェェエエエエ!?」
「この土地の特徴も、ここで働く人の事も一番理解しているのはマリアさんよ。なにも関わったことがないわたしより、マリアさんが適任だと思うの」
「……でも……」
「大丈夫、わたしも手伝うから。一緒にこの土地を守りましょ」
 ヴァーグはマリアの手をギュッと握った。
 にっこりと微笑むヴァーグの顔を見て、マリアはなんだか出来るような気がしてきた。いままでまともに働くことはなかったが、ここで頑張れば両親も自分を認めてくれるのではないかと思った。未だにジャンとの仲を認めてくれない両親に、自分が頑張って会社を成功させたら、聞き入れてくれるかもしれない。
 マリアの両親はマリアとジャンの仲を認めないと言っているが、本当は箱入り娘同然のマリアに、一般市民の暮らしはできないだろうと思っているから、認めていないだけである。学校には通っていたが、その後職に就くこともなく、貴族の娘の生活をしてきた。そんな娘が一般市民に交じって生活などできないと、それが心配だったのだ。
 その為、兄と仲のいいエルシラン伯爵との縁談を進めていた。貴族同士の結婚なら困ることなないだろうと、そう思っていたが、王妃からジャンの事を聞いて思いを改めた。息子もそうだが、第一王女の周りにいる人たちはどうも評判が悪い。はたしてそんな人に娘を嫁がせていいのだろうか。マリアの失踪が両親の心を動かしたのは間違いない。


 マリアがヴァーグの力を借りて会社を立ち上げる話は、ヴァーグを通してジャンの耳に入った。
 いつもの夕飯で、マリアから貰ったコメを使っておにぎりを作ったヴァーグは、今日見た一瞬で稲の色が変わる光景を興奮気味に話した。
 すると、温泉に入りに来たケインの父ルイスが、
「あの土地は精霊が住んでいるんだ」
と話に参加してきた。ルイスは妻のドロシーと一緒に夕ご飯をごちそうになっていた。
「精霊? 妖精とは違うのか?」
 息子のケインが訊ねた。
「精霊はその土地の守り神の様なものだ。妖精はその精霊が支配する土地に住む神を守る者と思ってくれればいい」
「親父、詳しいね」
「私の祖父…ケインの曽祖父が精霊と契約していたことがある」
「マジで!?」
「祖父が契約していたのは全く違う精霊だけどな。祖父が亡くなってから、その精霊は一度も見ていない」
「ルイスさんもその精霊に会ったことあるんですか?」
「ああ。祖父が生きていた頃は、よく遊びに来ていた。どこかの土地か森の精霊だった記憶がある。何分、昔過ぎて忘れてしまった」
 意外な過去を話すルイスに、弟のマックスは「そうだったか?」と真逆の反応をしていた。マックスは過去の記憶が曖昧のようだ。無理もない。祖父が亡くなった時、マックスはまだ5歳になるかならないかだった。小さい頃の記憶が曖昧になるのは頷ける。
「だけど、ケインを見ていると祖父さんを思い出すよ」
 ルイスはケインの容姿を、覚えている限りの祖父の姿と重ねた。
「祖父さんもケインと同じ銀髪で青い目をしていた。料理は全くできなかったが、弓の名手で国王付きの護衛をやらないかとスカウトされたそうだ。だけど堅苦しい生活が嫌いだった祖父さんは断ったらしい」
「ケインの家は昔から王室と関わりがあったの?」
「いや、祖父さんだけだ。だから、今、ケインが王室と関わりを持っていることに驚いている」
「俺は関わってないよ。ヴァーグさんが作る料理が国王に気に入られただけだし、俺よりもマリーとミリーの方が深く関わっているじゃないか。第四王女の親友なんだろ? 俺よりも凄いじゃないか」
「でも、マリーたちは国王様と会ったことないよ」
「ミリーも会ったことないよ」
「「ケインお兄ちゃんは三回も会ってるよ」」
 双子の一寸の狂いもないユニゾンがレストランに響いた。
 たしかにこの中で、直接国王と会って話しているのはケインだけだ。
「ただの偶然が重なっただけだよ」
 そういうケイン。本当に偶然が重なっただけの事。一回目はオークションでドラゴンの鱗を売りに行ったとき、二回目は新年祭でたい焼きを焼いていたら、国王がやってきた。三回目は王宮に連れ去られたヴァーグを追っかけていただけなのに、何故か国王に直に会うことになった。
 四回目はないだろうな~…と思っているケインだが、そうはいかないのが彼の人生だ。


 マリアを代表とする会社が翌日には建物が完成していた。
 昨日までは何もなかった空き地に、円柱の建物と、コメを精米して加工する沢山の機械を取り入れた大きな建物が一夜にして建ったことに、マリアは驚いた。
「これがヴァーグさんの魔法なんですよ」
 ヴァーグと共に見学に来たケインは、大きな建物の前でポカーンと口を開けて立ち尽くしているマリアに声を掛けた。
「どんな魔法を使ったんですか?」
「俺も知りませんよ。彼女だけの魔法ですから」
「もしかしてヴァーグさんは魔法使いですか!?」
「さあ? 本人は何も喋らないから、どんな人かは分かりません」
 誰もが驚く技術を持っているヴァーグ。どこで、どうやって手に入れたのか、それを彼女が語る日がくるかは、誰にも分らない。実際、8年も一緒にいるケインですら分からないのだから。
「マリアさん、ちょっといいですか?」
 ヴァーグは円柱の建物の前にマリアを呼んだ。
「ここは、収穫したお米を貯蔵できる場所です。中は広く作ってあるので、自由に使ってください。お米が保管できる気温に設定しているので、いつも同じ品質で出荷できると思います」
「自由に…って、どうやって使えば…」
「う~…ん…例えば……収穫してきたお米をここに運んで、精米する前の状態で出荷するのなら、ここで作業した方がいいかもしれませんね。隣の建物には精米できる機械を入れましたので、精米後の出荷は向こうで行った方が混入は免れます。今はとりあえず、お米の出荷だけで様子を見ませんか? 一度にあれこれ手を出すと、どこかで躓きそうで、なんか怖いんですよね」
「ヴァーグさんのモットーでもありますよね。一度に多くの事に手を出さないって」
「ある人が言っていたのよね。階段は一歩一歩上がっていかないと、踏み外した時に一気に落ちていくって。一つ成功したら次へ、それが成功したら次へって段階を踏んでいかないと、会社が潰れた時が怖いからね」
「わたくしに代表が務まるでしょうか?」
「大丈夫。最初は誰だって0から始めるのよ。ケインだって0から料理を初めて、ここまで成長したの。マリアさんの今の目標は、0の経験値を1にすることから」
「0の経験値を1にする……」
「とりあえず……同じ会社で働く仲間にご挨拶することから始めた方がいいかしら?」
 ヴァーグはマリアに後ろを見てと告げた。
 マリアが振り向くと、そこには、今迄コメを作って出荷してくれていた『使用人』たちが、同じ制服を着て集まっていた。この制服はヴァーグからの贈り物。会社を立ち上げたお祝いのようだ。
「皆さん」
「お嬢様、これからもどうか宜しくお願いします」
 『使用人』たちはマリアに向かって頭を下げた。
「こちらこそ宜しくお願いします!!」
 マリアも同じように…いや、『使用人』たちよりも深く頭を下げた。
 その光景を見たヴァーグは「大丈夫。うまくいくよ」と小さな声で呟いた。

 ヴァーグはマリアにこれからの事をアドバイスした。
 まず、『使用人』から『従業員』に呼び方を改める事。会社で働くことになるので『使用人』はおかしいとの考えだそうだ。
 そして仕事はシフトを組むこと。コメは生き物。一年間ずっと世話をしなくてはいけないが、それでは従業員の体が持たない。シフトを組んで休みを作れば、1つの作物に一人が長時間着くことはなくなる。また、用事などで働けない日に変わりがいれば仕事が劣ることはない。
 最後に毎月、働いた時間だけの給料を支払うこと。最初は一か月の給料を全員同じにしようとしたが、それだと働く日数が少ない人と多い人が同じ給料を貰うことになる。そうなると揉め事が起きる可能性がある。それを回避するため、時間で固定の給料を決め、働いた分だけ支払うことを考えた。いわゆる【時給】制度を取り入れたのだ。そして一人が一日で働いていいのは最長8時間まで。休みも必ず週二日は取るようにと決めた。
 この世界には細かく区切られた『時間』というものがない。ヴァーグは施設内に時を知らせる装置を作った。朝の始業時間、お昼休憩の始まりの時間、休憩が終わる時間、終業時間になると、施設内に鐘の音が鳴り響く。音もそれぞれ変えているため、シフトはこの鐘の音を元に組まれ、自分がどれだけ働いたかは、施設入り口の従業員通用口に置かれた紙に記入することになった。
「いずれちゃんとした出勤簿を作るから、今はこれで我慢してね」
 ヴァーグはもっと明確に、不正が出来ないようにすることを約束した。
 また、ヴァーグがいた世界では当たり前にあった【有給】制度の導入、病気や怪我をした時、医者にかかる費用を半分負担する制度、女性には出産や育児で休職する時の保障を決めた。
「これは実験的に行うだけだから、突然変わることも覚えていてね」
 試験的に行う制度の為、しばらくは様子見だと付け加えた。もし、この制度が上手く言ったら。これから作られるであろう会社に勧めたいようだ。


 マリアの会社は『リーソ』と名付けられた。
 秋が過ぎると春先まで生産の方は休みになるため、収穫したコメの出荷だけを行うことにした。元々、近隣諸国から注文があったこともあり、出だしは好調だった。
 だが、注文は限られており、すぐに出荷が止まってしまい、大量の在庫が残ってしまった。

 そこでヴァーグは、貯蔵施設の隣に作った施設を使うことにした。ここにはコメを精米する機械と、なんとコメを炊く機械が導入されていた。
「お米って、炊き方を間違えると美味しくないでしょ? だから、ここで炊いたご飯を販売したら売れると思うの。で、ただ炊いて売ると日持ちしないから、特別な機械を導入してみました!」
 ヴァーグが自信満々に紹介したのは、コメを炊き上げた後、長い間保存できる容器に炊きあがったご飯を入れ、空気を抜いて封をする工程が一度に出来る機械だった。
 ヴァーグがいた世界では当たり前にあったレンジで温めて食べるご飯。この機械を女神に導入できないか頼んだところ、レンジで温めるご飯を販売している某有名なメーカーが導入している機械を作ってくれた。かなり値は張ったが(ヴァーグ如く貯金が尽きたらしい)、これから軌道に乗ることを予測して思い切って買ったとの事。
 この世界にレンジはないが、お湯で温めて食べることもできるので、試しに数量限定で販売してみた。
 すると、いままで扱いが難しかったコメが簡単に食べられると評判を呼び、あっという間に完売してしまった。これは売れる! そう思ったマリアは、販売する数量を増やし、機械をフル回転させて生産力をあげた。仕事の量は増えるが、従業員たちの働く時間と休みは必ず守った。
 前までは日が昇れば働き始め、日が沈んだら仕事が終わる。昼食は取れる日もあれば、仕事が忙しくて取れない日もある。誰かが休めば他の人が自分と休んだ人の仕事を同時にやらなければならなかった。作物が育たなければ給料はなかった。そんな昔のやり方とは違い、今は前と比べて働きやすくなったと従業員たちは口を揃えて喜んでいた。
 新年を迎えるころには、従業員も増え、施設の周りに家が建ち始めた。

「ヴァーグさん、ここまで成功するって予測していたんですか?」
 ケインは新年祭に向けて新作を考えていたヴァーグに訊ねた。
「予測できたわ」
 きっぱりと断言するヴァーグ。
「なんで!?」
「一番最初にマリアさん、従業員に頭を下げて挨拶したでしょ? あれを見た瞬間、マリアさんは必ず成功するって思ったの」
「それだけで?」
「上に立って指導する人は、頭を下げる勇気を持った人でないと務まらないからね。もし、マリアさんが従業員に頭を下げて挨拶をしなかったら、従業員たちは『所詮貴族か』って思って、ここまで彼女に従わなかったわ」
「それであのセリフを言ったんですね」
 ケインは従業員となった元使用人たちとの最初に挨拶で、ヴァーグが呟いた言葉を思い出した。
「大丈夫。うまくいくよ」
 この言葉は、マリアの行動1つで未来を予測してたと言うこと。
 ケインは改めてヴァーグの未来を予測する力に尊敬の眼差しを向ける。この人に着いて行けば、必ず成功するとも思った。


 マリアの会社設立と共に、コロリスが代表を務める新しい劇団も着実に出来上がってきた。
 村の外れに、かつてあった劇場の跡地がある。ここに新しい劇場を作りたいと村長に申し出た所、村長は思い切り首を縦に振った。観光客が増えてきたにもかかわらず、この村には娯楽施設がない。娯楽施設があれば、もっともっとこの村は賑わうだろうと、村長は新しい娯楽施設の開発を大いに喜んだ。
「劇場を作るにもお金がない…」
 マリアの会社関連で貯金が尽きたヴァーグは、どうやって劇場を作ろうか悩んだ。
 そんなヴァーグに助け舟を出したのが、ゲンを始めとする職人たちだった。
「金はいつでもいい。わしたちが劇場の一つや二つ、建ててやるわい!!」
 ゲンの知り合いには大工もいる。弟子も多く持つ棟梁らしく、ゲンが声を掛けたら喜んで引き受けてくれた。
 劇場の設計図はヴァーグが用意した。前の世界で訪れたことがある劇場を参考に図面を描き、これが欲しい、あれが欲しいと欲望のままに書き上げた設計図を、改めて見たヴァーグは
「うわぁ~~~……宝塚の大劇場になっちゃった……」
と、前の世界で追っかけをするほど大好きだった女性だけの劇団が所有する劇場に似ている事に気付いた。
「……ま、いっか! どうせ異世界だし~~」
 前の世界になんの影響もない事も幸いし、ヴァーグは訂正することなくそのまま着工に踏み出した。
 劇場を作るにあたり、一番の困難は電気だった。前の世界では当たり前にあった電気が、この世界にはない。王立研究所が開発した辺りを明るくする照明は、見た目は前の世界と変わりはなかったが、動力は研究所から譲り受けた雷の結晶を利用している。この結晶を使うと、長時間は照らすことができ、時間が経てば消える。だが、着けたり消したりすることができない。
 国立歌劇団の劇場はどうやっているか…コロリスに聞いたところ、布を照明に被せて点滅などを表現しているらしい。
「もっと楽にしたいな…」
 将来的にはプログラミングしてスイッチ一つで操作できるようにしたいことも考えている。
 だが、今のこの世界の技術では無理に等しい。大量に雷の結晶が手に入れば大きな発電機を作れるかもしれないが、その結晶の生産が出来ない為、それも難しい。
「とりあえず、今のやり方でやっていくか」
 どこかで我慢しなければならない事もある。我慢することで、後に大きな喜びが来ることを信じて、今できる最善を尽くすことにした。


 そして劇団を立ち上げることで、コロリスはどうしても新しい劇団に呼びたい人たちがいた。
 その事を父であるクオランティ子爵に話すと、いい顔はしなかった。
「お父様、ダメですか?」
 コロリスはもう一度クオランティ子爵に頼んだ。
 隣に座る子爵夫人は、腕を組んで難しい顔をしている夫の顔を、ハラハラした様子で見守っていた。
「これだけはわたし一人で決めることはできない。国王様の許可が必要だ」
「そうですか…」
「誤解しないでほしい。わたしは反対しているのではない。むしろ大賛成だ。だが、今回の新しい劇団の設立は国王様も協力してくれている。やはり国の頂点に立つ人の許可も必要だと思う」
「コロリス、明日、王妃様にそれとなく相談してみましょうか? 王妃様から国王様にお願いされた方がいいのではないかしら?」
 夫人は自分が持てる最大の権力を使おうとした。
 だが、コロリスは首を横に振った。
「これはわたしに与えられた試練だと思っています。幸いなことに劇場はまだ完成していませんし、団員の募集もこれからです。劇団に入るための専門学校も作ると聞いていますので、まだまだ時間はあります。わたしから国王様にお話してみます」
「辛くなったらいつでも頼って来いよ」
「ありがとうございます、お父様」
 自分独りで困難に立ち向かおうとするコロリスを、両親は手を貸したい気持ちでいっぱいだったが、彼女が言う様にこれは試練の一つかもしれない。子供はいつか自立するもの。自立する子供を見守るのが親の役目だと、両親は十分に理解していた。

 だが、国王との謁見は色々な伝手を使って取り次がなくてはならない。いくらエテ王子の婚約者と言っても、直接国王に謁見を申し出るのには勇気がいる。
 どうやって謁見を取り次ごうか…コロリスは大きな溜息を吐いた。
「お義姉様、どうかなさいましたか?」
 大きな溜息に気付いたクリスティーヌ王女が心配で声をかけてきた。
 今日はクリスティーヌ王女が新作のお菓子を作ったので、2人だけのお茶会を開いていた。
「いいえ、なんでもありませんわ」
「でも、お元気がないようです。もしかしてお兄様と上手くいっていないのですか?」
「そんなことはありません。ただ…」
「ただ…?」
 コロリスはクリスティーヌ王女に話していいのか迷った。彼女に話せばすぐにでも国王との謁見を取り次いでくれるだろう。だが、いずれは王室から離れるエテ王子の為にも、何時までも王族に頼るのはどうかと思った。
 再び大きな溜息を吐くコロリスを目の前に、クリスティーヌ王女はますます不安になっていった。
 そこに、
「お邪魔してもいいかい?」
と、エテ王子がやってきた。
「お兄様」
「どうかしたのか?」
「それがお義姉様の様子がおかしいのです。お兄様、お義姉様をいじめていませんか?」
「いじめてないって! なんでそうなるんだよ」
「女性とのお付き合いがなかったお兄様ですもの。きっと知らない間にお義姉様を傷つけているんですわ」
「兄2人と一緒にするな。コロリス、何か悩み事か?」
「いえ、何でもございませんわ」
 そう言いながらも、やはりすっきりとしない顔を見せるコロリスに、エテ王子もクリスティーヌ王女も不思議そうに首を傾げた。

 コロリスの様子がおかしい事に疑問を抱いたエテ王子は、クオランティ子爵にそれとなく聞き出した。
「そうですか…。その事で悩んでいたのですね」
 話をすべて聞いたエテ王子は、コロリスが抱えていた悩みを聞いて安心した。てっきり、クリスティーヌ王女がいうように、自分が知らないうちに傷つけてしまったのではとエテ王子も悩んでいたのだ。
「王子、どうかわたしから聞いた事は内緒にしてください。あの子は一人でやり遂げたいようなんです」
「わかりました。明日、国王から呼び出されているので、同席できないか確認します」
「娘がご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「迷惑とは思っていませんよ。僕も国王に掛け合ってみます」
「何から何まで申し訳ございません」
 何ども頭を下げるクオランティ子爵に、エテ王子は「大丈夫ですから」と何度も慰めた。
 翌日、エテ王子は国王から「緊急事態だから来い!」と呼び出されている。国王から呼び出されること事態珍しい事なのに、そこに「緊急事態」と付けてくることに、どうせくだらない話だろうと思っている。そのくだらない話をかき消すのにいい機会だ…とも思っていた。



 エテ王子が国王からくだらない話を聞いている頃、ケインの村ではある出来事に直面していた。
 なぜこうなったのか、誰もわからなかった…。

                <つづく>

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