選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

文字の大きさ
33 / 69

第30話  『妖精の里』

しおりを挟む
 それが起きたのは突然だった。
「どうなっているの?」
 村人が【ある異変】に気付き、ヴァーグとケインを呼びに来た。
 【ある異変】が起きた『春の草原』にやってきたヴァーグとケインは、一年中花が咲き乱れ、暖かい風が吹き続ける草原ではなく、一面枯れ果てた荒れ地を目にした。
 色とりどりの草原がそこにはあったのに、辺り一面に広がる茶色い景色に、ヴァーグやケインだけではなく、騒ぎを聞きつけて駆けつけた村人たちも、変わり果てた光景に言葉をなくした。
「昨日までは花が咲いていました。ですが、今日の朝、こちらに来てみると、このようにすべて枯れてしまったんです」
 第一発見者は、ゲンの鍛冶場で働く青年だった。
「一晩で枯れたってことね」
「何が原因でしょうか?」
「水不足や土地の栄養が足りない…訳ではないわね。もしそうだったら、一気に枯れないもの」
「ヴァーグさん、どうしますか?」
「調査してみるわ」
 ヴァーグは「ここは私とケインに任せて」と集まった村人に伝えて、その場から村人たちを返した。

 ケインの肩には妖精のスミレが座っていた。スミレは変わり果てた草原を見て、顔が真っ青になり、ガタガタと肩を震わせていた。
「スミレ、大丈夫か? 気分が悪いのなら戻っていいぞ」
 ケインの声にスミレは首を横に激しく振った。
「ここにはわたしの仲間がいたはず! 助けなくちゃ!!」
「無理するなよ!」
「わかってます!!」
 ケインの肩から飛び去ったスミレは、草原の奥へと飛び去った。スミレはケインと契約してから、よくこの草原に遊びに来ていた。『春の草原』にはスミレと同じ妖精たちが多く住んでおり、仲良く遊んでいた。その仲間たちの姿が見当たらない事が心配になり、どこかに隠れているであろう仲間を探すことにしたのだ。
「ヴァーグさん、何が原因だと思いますか?」
 スミレを見送ったケインは、地面にしゃがみ込んでいるヴァーグに声を掛けた。
 ヴァーグはパソコンを開き、地面から枯れた花を摘んでは何かを打ち込んでいた。
「塩害が原因かなって思ったんだけど、海から強い風が吹いた形跡はないし、もし塩害だったら村の田畑にも影響があるのに、それが見られなかったから違うみたいね」
「エンガイ?」
「海から吹く強い風に乗って、海の塩分が陸地まで運ばれて作物を枯らしてしまうことよ。でも、この『春の草原』だけっていうのが、納得しないのよね。誰かが故意的に枯らそうとしているのなら、それは複数犯でないとこの広さはできないし、自然現象だとしても、ここだけっていうのもおかしい」
「甦らせることはできますか?」
「すぐには無理よ。花が枯れた原因が何にあるのか調べないと、新しく植えたとしてもまた枯れちゃうわ」
「王立研究院に助けを求めますか?」
「一応手紙は出しておくわ。でも、この原因は人的な物じゃない気がする」
「どういうことですか?」
「ケインのお父さんが言っていた事、覚えてる? 土地には精霊が住んでいるって」
「あ、うん…」
「もしかしたら、この土地の精霊に何か危険が及んだんじゃないのかな? 冬が来ても、花が咲き暖かい風が吹くってことは、ここには外の世界とは全く違う『何らかの力』が働いていると思うの。人が作り出したとも思えないし、『秋の森』のように一つの季節を年中続けさせるには、目に見えない力があるとしか思えないのよね」
「じゃあ、スミレの後を追わなくちゃ。行きましょう、ヴァーグさん」
 ケインはスミレが飛び去った方角へ走りだそうとした。
 だが、ヴァーグはケインを止めた。
「待って、ケイン。スミレが向かった場所は、人間が立ち入れない場所かもしれないわ。今は彼女の帰りを待った方がいい」
「だけど!」
「心配なのはわかる。でも、人間が立ち入ってはいけない場所に足を踏み入れたら、もっと精霊の機嫌を損ねてしまうわ。ここはスミレに任せましょう」
「…わかった…」
 ケインは枯れ果てた大地が続く『春の草原』の彼方を見つめた。
 いつもなら暖かな心地の良い風が吹くのに、今、ケインが体に受けているのは冷たい風だった。


 スミレが戻ってきたのは、陽も沈んだ頃だった。
「いつも一緒に遊んでいる仲間は、草原の奥にある『妖精の里』に避難していました。仲間の話によると、『妖精の里』を守る春の精霊の力が衰えているそうです。その影響が『春の草原』にも及んでいるとのことでした」
 報告を終えたスミレは、ケインが淹れてくれたハーブティーを一口飲んだ。
「春の精霊の力が衰えた原因は分かっているの?」
「それは教えてくれませんでした。わたしは『妖精の里』の住民ではなく、しかも人間と契約を結んでいると言うことで、里には入れなかったんです。里の外で仲間から聞いたのですが、他の妖精たちは、わたしに対して冷たい態度を取るんです。仲間も他の妖精を気にして、よそよそしくなっちゃって…」
 スミレの話を聞いていたヴァーグは、何かが引っ掛かるのか、時折「う~ん…」と唸っていた。
 それに気づかないケインは、今にも泣きだしそうなスミレの頭を軽く撫で続けていた。

 ヴァーグが気になったのは、スミレの口から出た「仲間」という単語。
 一緒に遊ぶ仲なら「友達」と言うはず。それなのに「仲間」と呼んでいる。
 妖精の世界ではそう呼ぶのかもしれないが、それでも違和感しかない。

 スミレが「仲間」と呼ぶ事に違和感を感じるが、今は彼女しか情報収集ができない。ヴァーグは彼女に『妖精の里』の調査を頼むことにした。
「スミレ、一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「はい、なんでしょうか」
「『妖精の里』に通って、情報を集めてほしいの。頼めるかしら?」
「でも、わたしには何も話してくれませんよ」
「どんな小さなことでもいいの。何かが欲しいっていう頼み事でもいいの。私たち人間は立ち入れない区域だと思うから、スミレにしか頼めないわ」
「でも…」
 なかなか返事をしないスミレを見て、『妖精の里』の住民たちが彼女に対してどういう態度を取っているのか予想つく。
「スミレ、俺からも頼むよ」
 ケインはスミレに小さく頭を下げた。
 すると、
「わかりました! ご主人様の為に頑張ります!!」
と、ヴァーグの時とは違い、元気よく返事をするスミレ。
 どうやら契約主のケインの話なら聞き入れてくれるようだ。
「ヴァーグさん、すみません。スミレには俺から叱っておきます」
 態度が全く違うことにケインがヴァーグに謝ってきた。
「別に構わないわ。アクアも同じような物だもの。契約主を慕っている証拠よ」
「本当にすみません」
「ケインは謝らなくていいの。その代わり、ちゃんとスミレをフォローするのよ。彼女を助けられるのは主であるケインだけなんだから」
「わかりました」
 初めて会った時には想像つかないぐらい、スミレは熱血のようだ。その熱血が空回りしなければいいのだが…。


 スミレは毎日のように『妖精の里』へ出かけては、どんな小さな情報でも手に入れようと、いつも遊んでいた仲間たちに話を聞き出そうとした。だが、相手も人間と契約しているスミレと接触する事を警戒しだし、会えない日もあったが、それでも毎日通い続けた。
 日が沈むと、疲労困憊で戻ってくるスミレに、ヴァーグは毎日大量の菫の花を用意した。
「今日は温泉に浮かべて見たの。どう?」
 温泉で使っている木の桶にお湯を汲み、菫の花を浮かべられた光景を見て、スミレは興奮のあまり勢いよく飛び込んだ。
 飛び込んだ拍子に四方へと飛び散ったお湯は、側で見ていたヴァーグの顔に見事ヒットした。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
 顔にお湯がかかってもニコニコと嬉しそうに笑みを絶やさないヴァーグを見て、スミレは全力で謝り続けた。
「気にしなくていいよ。喜んでもらえて嬉しい」
「本当にごめんなさい! あまりにも嬉しくて…」
「飛び込みたくなる気持ち、よくわかるわ。それに、エミーさんが作ってくれた水着も似合っているね」
 スミレはヴァーグから「これを着てみて!!」と勧められた薄紫色のビキニタイプの水着を改めて見た。エミーはよくマリーとミリーが持っている着せ替え人形の洋服を作っているらしく、スミレの為に今も何着か作ってくれている。温泉に入ったことがないスミレの為に、水着まで作る器用な手先を持っているようだ。
「あの、ヴァーグさん…」
「何?」
「どうして契約をしていないのに、こんなに優しくしてくれるんですか? わたし、人間とは契約しないと仲良くなれないと思っていました」
「う~~ん……その答えは難しいな~…」
「難しい?」
「ええ。私は皆と同じように接しているだけよ。『どうして?』とか『なんで?』と聞かれても、どうやって答えていいのか分からないわ」
「ヴァーグさんは村の皆に慕われていますね。どうしたらそんなに慕われるんですか?」
「特に何もやっていないわよ。普通に接して、普通に過ごしているだけ」
「……」
「『妖精の里』で何かあったようね。私でよければ話を聞くわよ」
 俯いてしまったスミレの頭に、ヴァーグは手を添えた。
 菫の花が浮かんでいるお湯に小さな波紋が二つ現れた。スミレは今まで我慢していた涙を次から次へとこぼし続けていた。
「わたし…わたし……仲間に悪魔の手先って呼ばれたの。人間は里の妖精を殺す悪魔だ。その悪魔と契約を結んでいるのなら悪魔の手先に違いない。こいつを追い出さないと里が滅ぶって…」
「それは今日の話?」
「うん」
「そう言ってきたのは、いつも遊んでいた仲間なの?」
「うん。一番仲がいい子は『そんなこと言わないで』って庇ってくれたけど、他の子たちが急に冷たく接するようになっちゃって、それで今日…」
「なるほどね。その一番仲のいい子は、スミレが里に行くといつも出迎えてくれるの?」
「そう。いつも里の入り口で待っててくれるの。明日も会う約束をしたんだけど、私が行ったら、あの子が周りから孤立しちゃんじゃないかって思うと、行かない方がいいのかもしれない」
「そうだね、行かない方がいいわ」
「……やっぱり行かない方がいいよね……」
「あ、もう二度と行かない方がいいって言ったわけではないからね。ちょっと時間を置こうってことだからね」
「時間を置く?」
「2~3日、行かない日を作った方がいいってことよ。今日、そんなことがあって、明日も里に行ってしまうと大きな騒動になるかもしれないからね」
「……うん……」
「明日は私のお手伝いをしてくれないかな?」
「お手伝い?」
「スミレなら絶対に喜ぶと思うわ。ほらほら、肩まで浸からないと温まらないよ。これから寒くなっていくんだから、冬を乗り越える前に風邪ひいたら大変よ」
 ヴァーグはお湯から出ていたスミレの肩にお湯を掛けた。
 素直に肩まで浸かるスミレは、小さな声で「ありがとう、ヴァーグさん」と彼女にお礼を言った。何に対してお礼を言ったのか自分でもわからないが、言わずにはいられなかった。


 翌日、ヴァーグがやってきたのは、ケインの実家だった。
 ヴァーグはケインの実家が所有する畑の一部を借りて、花やハーブを育てている。最初は一人でこじんまりとやっていたが、ケインの祖母のアンが小さな植木鉢や使い古した食器を使って寄せ植えを作り始めた所、村の老人会で人気になり、趣味として始める人が増えた。ただ作るだけでなく、今では花屋を営むケインの同級生ビリーの店で、季節に合った寄せ植えを販売してもらっている。観光に訪れた人が好んで買っていくそうだ。
 アンは自分では花を育てる体力がないからと、育った花で寄せ植えをしていたが、次第に育てる事にも興味を持ち、時間が出来ればクワを持って畑に出ている。
 今日もいい天気の空の下、アンはクワを手に畑に出ていた。
「祖母ちゃん、手伝いに来たよ!」
 挨拶しながらかけてきたケインを見て、アンは小さく手を振った。
「いらっしゃい、ケイン。今日は仕事はいいのかい?」
「午前中だけレストランは休みなんだ。耕すのなら代わりにやるよ」
「そうかい? じゃあ、ここから端までお願いしようかね」
「お任せあれ!!」
 アンからクワを受け取ったケインは、腕まくりをして畑を耕し始めた。
 ケインも最初は畑仕事に興味はなかった。小さい頃に嫌というほど両親の手伝いをしていたケインは、父親から料理人になっていいと許可を得た時、畑仕事から解放されると喜んだ。だが、ヴァーグから、「料理人なら野菜の声を聞かなくてはいけない」と言われ、1人でカブを育てた所、思いのほか楽しかった。自分で育てたカブを使って作った料理はとても美味しかった。それからという物、ケインは何も用事がないと両親の手伝いをするようになり、レストランで新作を作るときは自分で収穫した野菜を使うようになった。
 ヴァーグはラインハルトにも同じように野菜を育てることを提案し、ラインハルトはプランターで【いかに色鮮やかな太い甘いニンジンを作れるか】に挑戦している。
 元気よく畑を耕すケインを、目を細めて見ていたアンに、ヴァーグが近づいた。
「アンお祖母ちゃん、こんにちは」
「ヴァーグちゃんも来てくれたのかい?」
「ええ。そろそろ見頃かな…って思って」
「今朝、様子を見てきたけど、綺麗に咲いていたよ。また老人会で使わせてもらってもいいかね?」
「もちろんです。ご要望はいつでもお受けします」
「今度の老人会で聞いてみるね」
「お願いします。じゃあ、花を見てきますね。ケインは……放っておいてもいいですか?」
 全力で畑を耕すケインは、誰も止めることはできないだろう。それが例え祖母のアンでも…。
 ヴァーグはケインをアンに任せて、畑のさらに奥へと歩みを進めた。

 しばらくすると、前方に太陽の光を反射する建物が見えてきた。
 全面を透明な壁に覆われ、屋根は三角形に形をしている。その屋根もすべて透明で、外の太陽の光がどこからも入る構造をしていた。
 その建物に驚くスミレだったが、中に入って更に驚いた。
「すごーーーーーい…」
 スミレがそういうのも無理もない。建物の中は外の気温よりも高く、春にしか咲かない花が何種類も咲いていたのだ。そしてその花の周りを蝶や蜜蜂たちが飛び回っていた。この建物の中だけ、『春の草原』を再現したかのように、色とりどりの花が咲き乱れていた。
「驚いた?」
「はい!! すごいですね、ここ! 『春の草原』みたい!!」
 外の畑とは違い、統一感なく植えられた花は、自然に近い形だった。地面も土ではなく天然芝が植えられている場所があったり、ピンク色の小さな花で敷き詰められている場所や白い花と緑の葉で覆われた所もある。そして一角には小さいが池が作られており、ここで飼われているのかカモがガーガーと鳴いていた。
「ここは一年中春を再現できる建物なの。学校から雨が降っても遠足ができる場所が欲しいって頼まれて作ったのよ。自然に近づけるため苦労したわ」
「人間って、春も作ることができるんですね!」
「技術があればね」
「ヴァーグさんって、魔法使いなんですか!?」
「そうなりたい事もあったけど、ただの人間よ。さてと、アンお祖母ちゃんが綺麗に咲いていたって言っていたけど、本当はどうなのかな?」
 ヴァーグは池のほとりに植えられた大きな大きな木に歩み寄った。
 その木を見上げたヴァーグは目を細め、「綺麗…」と一言呟くと言葉を失った。
 不思議に思ったスミレはヴァーグが見上げた視線の先に自分の視線も移した。
 見上げたスミレは、目に映った光景に驚いた。そこには透明な屋根から見える青い空に映える薄ピンク色の塊が浮かんでいたのだ。雲かと思ったが、それは雲ではなく小さな小さな花の塊だった。
「これ、花なんですか?」
 スミレは薄ピンク色の塊を見上げているヴァーグに訊ねた。
「『桜』っていう花よ。ここに来る前に立ち寄った村で苗木を買ったの。私が前にいた場所では当たり前に咲いていたけど、8年ぶりに見る桜は格別ね」
「……」
 桜を見上げるスミレは、ポカーンと口を開けたまま見上げていた。初めて見た花なのだろうか。
 そんなスミレを見て、ヴァーグはもっと驚いてもらおうと壁に設置されたエアコンの電源を入れた。牛舎に設置したエアコンと同じ物で、自然の風を再現したエアコンから風が吹くと、桜の花を揺らし始めた。
 そよ風が吹くたびに花が揺れ、まるで踊っているように見えた。
 と、思ったら突然強い風が吹き抜けた。
 思わず目を閉じたスミレに、
「目を開けてみて。すごく綺麗よ」
と、ヴァーグは今の光景を見るように促した。
 恐る恐る目を開けると、そこには辺り一面に舞い散る桜の花びらが、風に乗って舞い踊っていた。
 初めて見る光景に、スミレはただただ驚くばかりだった。
「桜吹雪、再現できてよかった。これが見たかったの」
 ヴァーグにとってみれば、前の世界では当たり前の光景。だが、この世界には桜の花がなかった。遠い国では見ることができると聞いたことはあったが、村に行商に来る人は見たことがないと口を揃えて言っていた。
 この村に来る前に立ち寄った村で、一本だけ枯れそうな苗を見つけた時、これは運命だと思った。思わず大金をはたいて買ってしまったが、栽培方法は誰も知らなかった。独学で栽培方法を学び、ああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら丁寧に育て、この桜は一度花を付けたら、半永久的に咲き続ける事を知り、何が何でも咲かせようと頑張った。
 途中でビニールハウスを建て、学校から雨が降っても遠足ができる場所が欲しいという要望もあったことで、このビニールハウスの中を草原にしてしまえ!と『春の草原』を再現した。

 舞い散る桜の花びらを捕まえようと飛び回るスミレに笑顔が戻っていた。
「元気出たみたいね、スミレ」
 ヴァーグの声に気付いたスミレは、思わず彼女の顔を見た。
「立ち直れそう?」
「ヴァーグさん、わたしの為に…?」
「元気がないスミレは、本当のスミレじゃないもの。少しでも元気になれたら嬉しいな」
「……ありがとう、ヴァーグさん」
「どういたしまして。さてと、桜吹雪も見れたし、本来の目的に移りますか」
 ヴァーグはウエストポーチから、その大きさに似合わないパソコンを取り出し、桜の木の下に置かれた白い丸いテーブルの上に置いた。そして同じウエストポーチからクワとシャベルを取り出した。
 パソコンを立ち上げたヴァーグは、画面にこのビニールハウスの内部の図面を映し出し、指で画面をなぞり始めた。
「何をするんですか?」
 スミレも一緒になって画面を覗き込んだ。
「ここに小川を作ろうと思っているの」
「小川?」
「このビニールハウスのすぐ横に川が流れているのね。その川の水を取り入れて、水遊びができる小川を作ろうかなって。子供たちの遊び場にもなるからね」
「そんなことできるんですか!?」
「水を汲み入れる装置と、排出する装置は設置しているから、後は川の流れを作るだけなんだけど……ひたすらクワで掘り続けないといけないのよね」
 ビニールハウスの広さはサッカーコートほどの大きさがある。その広い敷地の端から池を経由して反対側まで川を作らなくてはならない。直線距離にして120mだが、直線の川ではなく曲がりくねった川を作りたいと考えているヴァーグ。総距離は200mを超えるだろう。
 いつもならパソコンを使ってマウスをクリックするだけで作れたが、パソコンの建設画面を使うと、川が直線で曲がり角が90°と、いかにも人口で作りましたという見た目になってしまう。作るなら自然の川がいい!!と考えたヴァーグは自分で川筋を作ることを思いついたのだ。
(本当はお金がないから作れないだけなんだけど…)
 度重なる出費で貯金の底をついている事も関係しているようだ。

 ヴァーグはクワで川を作る場所に筋をつけていった。
 その間、スミレはヴァーグの作業を邪魔するかのようにまとわりつくカモや蝶の相手をして、彼女の作業をはかどらせていた。ヴァーグがスミレに頼んだ「お手伝い」は作業の邪魔をするカモたちの相手をしてもらうことだった。
 黙々と川を作るヴァーグを見守るように、池を泳ぐカモの背中に乗って見ていたスミレは、池の淵に咲くある花に目が行った。
「この花…」
 スミレが目にした花は、『妖精の里』でいつも出迎えてくれる仲のいい妖精が、いつも髪に飾っていた花だった。
 初めて『春の草原』に足を踏み入れた時、最初に出会ったのがその妖精だった。人間を嫌う妖精がいる中、その妖精だけは人間と契約をしているスミレと受け入れてくれた。『妖精の里』で他の妖精たちがひどい事を言っても、その妖精だけは庇ってくれた。
 ヴァーグは2~3日行かない方がいいと言っていた。だが、会うたびにやつれていく里の妖精たちを見て、このまま放っておけない。何とかした助けなくちゃ!と思うようになった。スミレはたまたまケインに助けられた。ケインに助けられなかったら、今も荒れ地を彷徨っていたかもしれない。なんとかして助けたい。そう決心したスミレは、明日、陽が昇ったら『妖精の里』に行こうと決めた。


                   <つづく>
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...