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第43話 再会
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翌日、宿屋に新しいお客がやってきた。
その人物は2人のシスターとやってきた神父だった。
「こちらに『ヴァーグ』と名乗る女性はいらっしゃいますか?」
受付を終えた神父がメアリーに訊ねた。
「ヴァーグさん…ですか?」
「はい。黒い髪と黒い瞳を持つ女性です」
「え…ええ、いらっしゃいます。今はケインの畑に行っていますが…」
「いつ頃、お戻りになりますか?」
「お昼には戻ると思います。もしよろしければ呼びに行きますが…」
「いえ、大丈夫です。もし戻られたら教えてください」
「はい…」
メアリーは長い間、受付の仕事をしているが、ヴァーグの名前を口に出した人は今までにいなかった。初めて見る神父の顔に警戒心を抱いたが、色々な土地を旅していることをヴァーグから聞いていた為、その旅先で出会た人なんだろうと、そう思った。
ケインの実家の畑の一角にあるビニールハウスでは、異様な光景が繰り広げられた。
「………」
その異様な光景を目の当たりにしたケインは、ポカーンと口を開けて立ち尽くしていた。
ケインの目の前では、妖精や小動物たちに囲まれ、今まで見たこともない崩れ切った (*´Д`*) こんな顔のジーヴルがいたからだ。
池で泳ぐカモや、『妖精の里』から着いてきたリス、キツネたちをこれでもか!と撫でまわすシーヴルには、お堅い研究院分院責任者として君臨している面影は何処にもなかった。
「兄は可愛い小動物を見ると人格が変わるんです」
無表情の兄がこうまで変わることにリオは恥ずかしかった。以前、エテ王子に「人は見た目で判断してはいけない」と断言した時、【兄がいい例】と付け加えていた。ごく身近に180度人格が変わる人がいるからこそ断言できたのだろう。
「まあ、人には裏と表がありますから…」
必死にフォローしたいヴァーグだが、小動物たちに囲まれた彼を見て苦笑いを浮かべていた。
本来の目的は、『妖精の里』から譲り受けたクリスタルを生む薔薇。挿し木で繁殖に成功し、完成した小川の辺に小さな薔薇の花壇を作っていた。
「これが春の女王様から頂いた薔薇ですか?」
「正確には、頂いた薔薇を挿し木して繁殖させたものです。この薔薇は特殊な物で、挿し木で増やしても必ず内部にクリスタルを作るんです」
「これが魔法玉の核となるクリスタル…とは決まっていませんが、調べてみましょう」
リオはヴァーグの許可を得て、手近にあった薔薇の花を一輪摘み取った。
用意されたテーブルの上で薔薇の花を一枚一枚丁寧に剥き取ると、中から2cmほどの透明な石が姿を見せた。
「透明な石?」
「何か不具合でも?」
「いえ、文献では植物を操る魔法玉の核となる結晶は緑色なんです。透明な結晶はどの文献にも残っていません」
「じゃあ、新種?」
「それも考えられますが、この薔薇自体が人間が触れることができない場所に生息していたので、過去の文献に残らなかった可能性があります」
「どんな効能があるのかわからないのか…」
ヴァーグは腕を組みながらため息を吐いた。
これは直接『女神様』に聞いた方がいいのかな…と、この様子を見ているであろう自分をこの世界に召還した女神の事を考えた。
「春の女王はなんと仰っていましたか?」
う~んと唸っているヴァーグに、リオが訊ねた。
「『第三世界の戦いの女神が作り出した物』で、『植物を操ることができる道具』だそうです」
答えたのはケインだった。ヴァーグはまだ唸っている。
「『第三世界の戦いの女神が作り出した物』?」
「リオさん、第三世界とか、戦いの女神とか、俺、よくわからないんですけど、教えてもらえませんか?」
「それは兄が詳しいのですが……あの様子では無理ですね」
リオはまだ小動物と戯れるジーヴルを見た。
完全に表情が崩壊し、リスを肩に乗せ、キツネを膝に乗せ、カモに頬ずりを続ける彼は放置するしかない。
「ケインにも分かりやすく説明するには図にした方が解りやすいと思いますので…」
そう言いながら、リオはいつも持ち歩いているカバンから一冊のノートを取り出し、何も書かれていない見開きのページを開いた。そして四人の女神の時代と主な出来事を書きだした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
| ------- |
| |創世の女神| |
| ------- |
| ↑世界の始まり |
| 精霊の誕生 |
| --------- |
| | 知識の女神 | |
| --------- |
| ↑人間の誕生 |
| 諸国の誕生 |
| ------- |
| |戦いの女神| |
| ------- |
| ↑武器の誕生 |
| ステラ王国の誕生 |
| (既存国からの独立) |
| ------- |
| |第四の女神 |
| ------- |
| ↑現在 |
|------------------------------
「この世界は女神が降臨し、その女神が世界を支配すると時代が変わります。創世の女神はかなり昔の事なので文献はあまり残っていません。知識の女神は異世界より召喚された少女だという文献が残っています。この知識の女神は豊富な知識と技術で人間を作り、村を作り、街を作り、そして国を作りました。初めは大きな一つの国だったのですが、それぞれ各街や村の長が自分の国を作るようになり、多くに国が誕生しました。この時、ドラゴンやユニコーンなどが誕生したと文献に残っています」
「大体どれぐらいの期間なんですか?」
「それが、どれぐらいの期間かは書いていないんです。昔は今と違って『一年』の括りが曖昧なんです。国王の在位180年とかもあるので、今と昔とでは一年間の日数が全く違うようです」
「じゃあ、どんな風に『一年』を決めていたんですか?」
「これも色々とありまして…」
専門分野ではないリオはシドロモドロになった。王立研究院で魔法玉の開発を主に行う彼にとって、歴史や考古学に分類する事柄は不得意のようだ。
困り果てたリオに、
「後はわたしは話す」
と、いつもの真面目な顔に戻ったジーヴルが話に加わった。
真面目な顔をしていても、肩にリスを乗せ、キツネを抱きかかえている事に違和感を感じるが…。
「考古学はわたしの専門分野だ。創世の女神の時代ー我々は第一の世界と呼んでいるーは、『一年』という概念がなかった。出来たばかりの世界には今のように四季もなく、昼も夜もなかった。第一の世界がどれぐらいの期間続いていたのかは不明だ。
第二の世界ー知識の女神の時代から『一年』という括りができ始めた。最初は太陽が黒く染まった日から、次の黒く染まるまでを一年としていた」
「太陽が黒く染まる?」
初めて聞く言葉にケインは首を傾げた。
「日食の事かしら?」
ヴァーグはサラッと答えた。
「ニッショク?」
「何年かに一度、昼間なのに太陽が黒くなることがあるでしょ? あれは太陽の前を月が通過するからなの。日が月に食されるから日食」
「その通りです。ヴァーグ殿が仰ったように何年かに一度の起こる現象です。ですが、場所によって起きる期間がバラバラですので、この日食から日食までの間がどれくらいの期間かわかりません。定期的に起きる現象でもないので、『一年』という決まった期間を図るには不都合でした。次に採用されたのは空に輝く星でした。朝方、地平線にひときわ大きく輝く星が昇り、再び同じ朝に地平線から同じ星が昇るまでの間を『一年』としました。ですが、これだと登るはずの日が雨が降っていたり、曇っていたりすると観測できませんので、本来でしたら『一年』の区切りになるはずだった日に雨が降り、それが何年も続き、『一年』と定めた期間が実は3年も4年も経っていたこともあり、これも長くは続きませんでした」
「じゃあ、さっきリオさんが話した国王の在位が180年続いたことがあるっていうのは、そういう自然現象を頼りに区切りをつけていたから、変な期間が誕生したってこと?」
「そうなります。登る星を合図にしたり、月の満ち欠けを合図にしたり、色々と『一年』を計ることはしてきたようですが、どれも長く続きませんでした。中には湖に雷が落ちるタイミングというのもあり、三日ごとに雷が落ちたことが文献に残っていましたので、三日ごとに新しい年を迎えていたようです」
「それが180年の在位…」
昔の人は曖昧に生きていたんだな~…とケインは今の時代でよかったと心から思った。
「最終的には知識の女神が、自分がいた世界で用いた『日が昇って夜になり、また日が昇ったら一日』という基準を作り、さらに7日ごとに休息日を設け、それを4回繰り返したら一ヶ月、その1ヶ月を12回繰り返したら『一年』という基準を用いました。
ところが知識の女神が生み出した植物たちの成長が進むにつれ、春・夏・秋・冬という四つの生まれました。『一年』の基準を計算して、各季節を三ヶ月ごとに区切ったのですが、実際は一年の間に微かなスレが生じていたようで、春なのに冬が続いたり、秋なのに夏が続くことがありました。そこで知識の女神は各季節を支配する女王を生み出し、季節の移り変わりを行う為にそれぞれの季節の前後に七日間の移行期間を設けました。女王同士で話し合い、一年にズレがないようにやりくりしていたそうです」
ふとヴァーグは春の女王と冬の女王の言葉を思い出した。
2人の女王は『第一の月と第二の月が同時に登る頃』、女王同士で会合を開くと話していた。この世界では夜に二つの月が昇り、第二の月と呼ばれる小さな月は約15日前後で満月を繰り返している。二つの月が同時に登るのは、二つとも満月の時で、大体二ヶ月から三ヶ月に一度、同時に登ることがある。それが女王たちの会合の合図になっていた。その会合がこの世界の季節の移行に関する話し合いなのだろう。
「今と同じ『一年』の括りが正式に全世界に伝わったのは、第二の世界の終り頃だと言われています。その頃、第三の女神が誕生しました。第三の女神も、知識の女神と同じく異世界から召喚された少女だったそうです。知識の女神と同じ知識と魔術を持ち、戦う為に必要な道具が誕生しました。今ではどのような物だったのか理解不能な道具も生まれまして、知識の女神に対して敵意を抱いていたように感じる第三の女神の生み出した物は瞬く間に全世界へと広がっていきました。
第三の女神は武力で知識の女神を追い出し、自らがこの世界を支配する主へと上り詰めました。この頃、我がステラ王国は独立しました。戦いは好まず、平和な国を目指したいと言う者たちが集まり、この国が生まれたのです」
「じゃあ、この国の歴史はまだ浅いんですか?」
「浅いと言っても、知識の女神と戦いの女神が交戦していた頃に誕生しましたので、第三の女神が主に君臨する前からあります。知識の女神と戦いの女神の戦いは長い期間行われ、戦いの女神が第三の女神として君臨していた期間は1000年近くありますので、それだけの歴史があります」
「へぇ~~」
学生時代、自分の国に成り立ちなど勉強したことがなかったケインは感心していた。
勉強は得意ではなかったケインでも、すんなりと頭に入ってくる内容は、ジーヴルが専門用語は使わず、わかりやすく話しているからだろう。抱きかかえたキツネの頭を撫でながら話さなければもっと良かったことだが…。
「第三の世界は戦いの女神が君臨したことで、近隣諸国では大きな戦いが続きました。この国も戦いに巻き込まれ、つい100年ほど前まで大きな戦いをしていました。ですが、我々ステラ王国は何処にも味方をすることはなく、戦いに巻き込まれた人たちを救う為に戦い続けました。その時、この国に勇者が生まれました。この勇者は戦いの女神の意図に反した誕生だったらしく、戦いの女神は勇者に追い詰められ、第四の女神によって姿を消しました。
第四の女神は、戦いの女神を処罰した後、この世界はこの世界に生きる人間が作りなさいと告げ、それ以降、姿を見せていません。時折、女神の使者だと名乗る者が現れますが、どれも胡散臭い商売をしており、歴代の女神が持つ豊富な知識と見たこともない魔術を持つ女神の使者は、今まで現れていません」
「その第四の女神も、歴代の女神同様【異世界からやってきた人間】なんですか?」
「いえ、今の第四の女神は創世の女神と同じ人物のようです。最も、創世の女神も異世界からやってきた人間ではないかと伝えられていますが…」
ジーヴルは鋭い目つきでヴァーグを見た。
彼はヴァーグが【異世界から来た人間】ではないかと疑っている。根拠は歴代の女神が使っていた『聞いたことのない言葉』。文献にしか残っておらず、研究院の職員でも使わない言葉をさらりと口にする彼女を疑わずにはいられなかった。
そんなジーヴルの鋭い目つきに気付いたケインは何とかしてヴァーグから興味を逸らせようとした。
その時、自分の足元で何人かの妖精たちが集まっている事に気付いた。背後ではスミレとマーガレットが蝶を追いかけている。それにも気づかないジーヴルの目はヴァーグだけを捕らえていた。
ケインは背後で飛び回っているスミレを捕まえ、ヴァーグとジーヴルの間に突き出した。
「ご主人さま、痛いです~~!!」
ケインの手からなんとしてでも逃げ出そうと暴れるスミレ。
目の前に羽の生えた体長30cmほどの生き物を見せられたジーヴルは目を大きく見開いて、その生き物を凝視した。
そして(〇‐〇ゞ)キリッとしていた顔が瞬時に(*゚∀゚)=3と興奮しだした。
なんだか楽しくなったケインは、スミレを隠したり、また見せたりを繰り返し、ジーヴルのコロコロと代わる表情を楽しんでいた。
目の前に妖精のスミレが現れるたびに(〇‐〇ゞ)キリッ → (*゚∀゚)=3 → (〇‐〇ゞ)キリッ → (*´Д`*) → (〇‐〇ゞ)キリッ → (〃艸〃)ムフッと表情が変わっている事に本人は気づいておらず、ケインのおもちゃと化していた。
側で見ていたリオは「…兄上……」と呆れ顔。
ヴァーグは「動画に収めたい…」と正面で見れる特権に喜んでいた。
妖精たちと戯れるジーヴルの興味はヴァーグから一旦は逸れた。
ケインはオルシアからヴァーグがこの世界の人間ではない事を聞いている。だが、詳しくは聞いていない。ケイン自身が信じられないからだ。
確かにヴァーグは豊富な知識と、見たこともない道具を使い、またどうやって操っているのか分からない不思議な魔術を使っている。これらがこの世界の人間ではない事を簡単に物語っている。
だが、ケインはヴァーグにそれを確かめることはしていない。本人が語ろうとしない事もあるが、すべてを聞き出した時、今までと同じようにヴァーグと接する自信がないのだ。本人が語るまでケイン自身も聞き出すことはしないと決めていた。
ビニールハウスでジーヴルの意外な一面が繰り広げられている頃、温泉宿のレストランでは観光に来た神父と2人のシスターが、ラインハルトとジャンの作る料理を堪能していた。
「ほぉ。これが【たこ焼き】という食べ物ですか。材料はなんですか? どうやって丸くするのですか? この上に乗っている茶色い薄い物は食べられるのですか?」
目の前に出された鰹節が乗った丸い球体のたこ焼きを前に、神父はラインハルトにどのようにして作るのかしつこく質問を繰り返していた。
一方、2人のシスターは白い皿にイチゴやブルーベリーのシロップで描かれた模様が映えるケーキを見て歓声を上げていた。聞けばこのシスター2人は、教会で料理を担当しているとか。8年ぐらい前に出会った一人の女性に料理を教わってからは作る楽しさが芽生え、今は教会の一部を改築し、その時に教えてもらったお菓子を巡礼に来る信者たちに販売しているそうだ。値段もヴァーグがレストランや喫茶店で提供している値段とそんなに変わらないと聞く。
「この店以外でも【お菓子】を売っていたんだ…」
このレストランでしか食べられない物だと思っていた物が、他でも買えることにラインハルトは驚いた。
ヴァーグが開発する料理は、今まで見たこともない物ばかり。去年の新年祭の時に初めてクッキーを食べたが、それと同じ物をシスターの教会でも販売しているらしい。この村で買った信者が教会に持ち込み、試行錯誤を重ねて作ったのかと思ったら、料理を教えてくれた人が作り方を教えてくれたそうだ。
「ヴァーグさん以外にも、珍しい料理が作れる人がいるんだ…」
「あの人だけかと思ってた」
王都でカフェを経営していたジャンですら、見たこともない料理を作るヴァーグ。彼女以外にも同じ料理を作れる人がいる事が信じられなかった。
驚くラインハルトとジャンを、2人のシスターはクスクスと笑いながら見ていた。2人がポカーンとした顔が面白かったのだろうか。
そこへビニールハウスから戻ってきたヴァーグ一行がレストランへやってきた。
市場へ買い物に出かけていたカノンも合流し、賑やかに入ってきた一行は神父たちのテーブルから離れた場所に座った。
「わたしも見たかったわ! ジーヴルの (*´Д`*)こんな顔!!」
市場に出かけたことを悔やむカノンは、もう一度同じ顔をして!と彼に懇願していた。
正常心に戻ったジーヴルはカノンの願いを聞き入れず、黙って椅子に座った。
からかいたくなったケインはビニールハウスからスミレだけでも連れてこればよかったと後悔していた。
「ヴァーグさんが戻ったようですね。呼んできます」
ラインハルトがその場を去ると、ジャンも小さく頭を下げてその場を離れた。
「ヴァーグさん、お客様がお呼びです」
「え? わたし?」
「はい。あちらでお待ちです」
ラインハルトが指す方向を見ると、1人の神父と2人のシスターが座っていた。
(教会関係者?)
ここ最近、教会関係者と言えばシスター・マルガリーテとしか連絡を取らないヴァーグは、神父たちが呼んでいる事に疑問を抱いた。
疑問を抱きながらテーブルに近づくと、2人のシスターが立ち上がり、ヴァーグに向かって深く頭を下げた。
「あ…あの、ヴァーグですけど……」
不安に思いながら自己紹介をすると、2人のシスターが同時に顔を上げた。
「お久しぶりです」
「お元気でしたか?」
「え?」
再会を告げる挨拶に戸惑うヴァーグ。
2人のシスターはにっこりと微笑むと頭に身に着けていたベールを外した。
「……もしかして、ランちゃんとサラちゃん?」
ベールの下から出てきた緑色の髪と金髪に見覚えがあった。
ヴァーグの口から名前が出ると、緑色の髪をしたサラが「思えていてくれて嬉しいです!!」と喜びの声をあげながらヴァーグに飛びついた。
「え? 何でここに?」
「神父様のお供で参りました。わたしたち、来年の春からこちらの村に赴任することが決まりました」
再会の感動をぐっとこらえているランは冷静に話そうとしたが、最後の方は涙交じりの声になってしまった。
そんなランをヴァーグは優しく抱きしめた。
「大きくなったね、ランちゃん」
久しぶりに聞くヴァーグの声にランの涙腺は決壊し、昔に戻ったかのように大きな声で泣きついた。
ランはサラと違って、どちらかと言えば感情を表に出さない方。小さい頃に親に捨てられた過去を持つランは、笑うことや泣くことを忘れてしまっていた。同じ時期に同じように親に捨てられたサラといつも一緒にいたが、教会のシスターたちはランが感情を見せるところを見たことがなかった。
だが、ヴァーグと出会ったことで明るい笑顔を見せるようになり、何よりも料理をしているときに楽しそうな顔をしている。今ではお菓子を買いに来る信者や、親と一緒に来る子供たちに明るい笑顔を見せている。
「サラ、ラン」
2人の後ろから神父の声が聞こえた。
その声に反応したサラとランはヴァーグから離れ、神父に自分たちがいた場所を譲った。
「お久しぶりですね、ヴァーグさん。お変わりありませんか?」
8年前と変わらず整った顔をしており、金髪がキラキラと輝いていた。8年も経っているのに年を重ねた風貌はない。
「お久しぶりです。神父様もお変わりないようですね」
「ええ。わたしは至って元気ですよ。あなたのお陰で教会は賑わいを見せ、第七曜日(*日曜日の事)は忙しいですけどね」
「8年もの間、お伺いできずに申し訳ございません。皆様にお変わりはありませんか?」
「料理担当のシスター・グロリアが二年前に亡くなりました」
「…そうですか…」
「シスター・グロリアはあなたの事を心から感謝していました。最後の最後にこんなに美味しい料理に巡り合え、安心して神様の御許へと行けると、それは安らかな最期でした」
「お会いしたかったです…」
「元々体を壊していましたからね。あなたに教えていただいた料理はサラとランが受け継いでいます。彼女たちはシスター・グロリアが亡くなった翌月にシスターになりました。今では調理場を仕切っていますよ」
「今ではお料理目当てに来られる旅人もいるぐらい好評なんです。この村のレストランと同じ物が食べられるって、皆さん、嬉しそうに食べてくださるんです」
「教会に立ち寄ってくださる旅人や商人が、この村のレストランのレシピを下さって、わたしたち、毎日勉強しているんです」
「成長したサラちゃんとランちゃんの手料理、食べてみたいわ」
「是非!」
「来年の春からこの村に赴任しますので、それまで鍛えておきますね!」
サラとランは嬉しそうに笑顔を見せていた。
一緒に暮らしていた二ヶ月の間、ヴァーグに自分たちの手料理を食べてもらう機会がなく、いつか食べてもらいたい、食べてもらいたいと強く願っていたところに、この村に神父が赴任することが決まった。これは崇拝する女神へ願いが届いたんだと思い、無理を言って神父に同行することを願い出たのだ。
「来年の春…ということは、今の神父様も移動になるのですか?」
「ええ。今の神父は王都の教会本部へ赴任します。この村の発展が王都の本部の耳に入り、この国にあるまだ発展しきれていない村の開発を担う役職に選ばれたのです」
「ご本人からお伺いしていなかったもので…」
「今回、王都から正式に辞令を持ってきましたので、本人から挨拶があると思います」
「そうなんですね…。エミーさんの結婚式までいてくださるといいんですが…」
「結婚式?」
「はい。まだ詳しい日程は決まっていないのですが、来年の春、村の教会で一組の結婚式を行います。この村から王都に嫁ぐ方なので、村総出でお祝いするために今準備中なんです」
「ほぉ…。それは興味深い。よろしい。わたしが直接神父と話してきましょう。式を挙げられる方の同行を願いたいのですがいいでしょうか?」
「あ、それでしたらウエディングプランナーがいますのでお呼びします」
「ウエディングプランナー?」
「結婚式を挙げる新郎新婦のアドバイザーのようなものです。式の準備はプランナーが中心となって行っているんです。今、出かける準備をしますので少々お待ちください」
神父に向かって小さく頭を下げたヴァーグは、厨房へと駆け込んでいった。
その場にいたケインに、今からデイジーの処へお客を案内してくるので、夕食の準備をお願いしたいと頼んだ。
「それは構わないですけど、夕食は何を作るんですか?」
「新しい料理を作ろうと思っているの。ケインはルイスさんから白菜とネギを貰ってきてくれる? ネギは幹が太い物がいいわ」
「わかった」
「それから、倉庫に底の浅い黒いお鍋が沢山あるから、それも用意しておいて」
「いいですけど……何を作るんですか?」
「皆で美味しく食べれる物よ。戻ってきたら下ごしらえするね」
それだけ伝えると、ヴァーグはレストランで待っていた神父と2人のシスターと共に外へと出ていった。
「何を作るんだろう?」
「白菜とネギ?」
側で話を聞いていたラインハルトとジャンは、この二つの食材で何を作ろうとしているのか考えた。だが、葉物野菜と薬味にしか使わないネギの組み合わせで何ができるのか、全く予想がつかなかった。
<つづく>
その人物は2人のシスターとやってきた神父だった。
「こちらに『ヴァーグ』と名乗る女性はいらっしゃいますか?」
受付を終えた神父がメアリーに訊ねた。
「ヴァーグさん…ですか?」
「はい。黒い髪と黒い瞳を持つ女性です」
「え…ええ、いらっしゃいます。今はケインの畑に行っていますが…」
「いつ頃、お戻りになりますか?」
「お昼には戻ると思います。もしよろしければ呼びに行きますが…」
「いえ、大丈夫です。もし戻られたら教えてください」
「はい…」
メアリーは長い間、受付の仕事をしているが、ヴァーグの名前を口に出した人は今までにいなかった。初めて見る神父の顔に警戒心を抱いたが、色々な土地を旅していることをヴァーグから聞いていた為、その旅先で出会た人なんだろうと、そう思った。
ケインの実家の畑の一角にあるビニールハウスでは、異様な光景が繰り広げられた。
「………」
その異様な光景を目の当たりにしたケインは、ポカーンと口を開けて立ち尽くしていた。
ケインの目の前では、妖精や小動物たちに囲まれ、今まで見たこともない崩れ切った (*´Д`*) こんな顔のジーヴルがいたからだ。
池で泳ぐカモや、『妖精の里』から着いてきたリス、キツネたちをこれでもか!と撫でまわすシーヴルには、お堅い研究院分院責任者として君臨している面影は何処にもなかった。
「兄は可愛い小動物を見ると人格が変わるんです」
無表情の兄がこうまで変わることにリオは恥ずかしかった。以前、エテ王子に「人は見た目で判断してはいけない」と断言した時、【兄がいい例】と付け加えていた。ごく身近に180度人格が変わる人がいるからこそ断言できたのだろう。
「まあ、人には裏と表がありますから…」
必死にフォローしたいヴァーグだが、小動物たちに囲まれた彼を見て苦笑いを浮かべていた。
本来の目的は、『妖精の里』から譲り受けたクリスタルを生む薔薇。挿し木で繁殖に成功し、完成した小川の辺に小さな薔薇の花壇を作っていた。
「これが春の女王様から頂いた薔薇ですか?」
「正確には、頂いた薔薇を挿し木して繁殖させたものです。この薔薇は特殊な物で、挿し木で増やしても必ず内部にクリスタルを作るんです」
「これが魔法玉の核となるクリスタル…とは決まっていませんが、調べてみましょう」
リオはヴァーグの許可を得て、手近にあった薔薇の花を一輪摘み取った。
用意されたテーブルの上で薔薇の花を一枚一枚丁寧に剥き取ると、中から2cmほどの透明な石が姿を見せた。
「透明な石?」
「何か不具合でも?」
「いえ、文献では植物を操る魔法玉の核となる結晶は緑色なんです。透明な結晶はどの文献にも残っていません」
「じゃあ、新種?」
「それも考えられますが、この薔薇自体が人間が触れることができない場所に生息していたので、過去の文献に残らなかった可能性があります」
「どんな効能があるのかわからないのか…」
ヴァーグは腕を組みながらため息を吐いた。
これは直接『女神様』に聞いた方がいいのかな…と、この様子を見ているであろう自分をこの世界に召還した女神の事を考えた。
「春の女王はなんと仰っていましたか?」
う~んと唸っているヴァーグに、リオが訊ねた。
「『第三世界の戦いの女神が作り出した物』で、『植物を操ることができる道具』だそうです」
答えたのはケインだった。ヴァーグはまだ唸っている。
「『第三世界の戦いの女神が作り出した物』?」
「リオさん、第三世界とか、戦いの女神とか、俺、よくわからないんですけど、教えてもらえませんか?」
「それは兄が詳しいのですが……あの様子では無理ですね」
リオはまだ小動物と戯れるジーヴルを見た。
完全に表情が崩壊し、リスを肩に乗せ、キツネを膝に乗せ、カモに頬ずりを続ける彼は放置するしかない。
「ケインにも分かりやすく説明するには図にした方が解りやすいと思いますので…」
そう言いながら、リオはいつも持ち歩いているカバンから一冊のノートを取り出し、何も書かれていない見開きのページを開いた。そして四人の女神の時代と主な出来事を書きだした。
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| |創世の女神| |
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| ↑世界の始まり |
| 精霊の誕生 |
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| ↑人間の誕生 |
| 諸国の誕生 |
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| |戦いの女神| |
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| ↑武器の誕生 |
| ステラ王国の誕生 |
| (既存国からの独立) |
| ------- |
| |第四の女神 |
| ------- |
| ↑現在 |
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「この世界は女神が降臨し、その女神が世界を支配すると時代が変わります。創世の女神はかなり昔の事なので文献はあまり残っていません。知識の女神は異世界より召喚された少女だという文献が残っています。この知識の女神は豊富な知識と技術で人間を作り、村を作り、街を作り、そして国を作りました。初めは大きな一つの国だったのですが、それぞれ各街や村の長が自分の国を作るようになり、多くに国が誕生しました。この時、ドラゴンやユニコーンなどが誕生したと文献に残っています」
「大体どれぐらいの期間なんですか?」
「それが、どれぐらいの期間かは書いていないんです。昔は今と違って『一年』の括りが曖昧なんです。国王の在位180年とかもあるので、今と昔とでは一年間の日数が全く違うようです」
「じゃあ、どんな風に『一年』を決めていたんですか?」
「これも色々とありまして…」
専門分野ではないリオはシドロモドロになった。王立研究院で魔法玉の開発を主に行う彼にとって、歴史や考古学に分類する事柄は不得意のようだ。
困り果てたリオに、
「後はわたしは話す」
と、いつもの真面目な顔に戻ったジーヴルが話に加わった。
真面目な顔をしていても、肩にリスを乗せ、キツネを抱きかかえている事に違和感を感じるが…。
「考古学はわたしの専門分野だ。創世の女神の時代ー我々は第一の世界と呼んでいるーは、『一年』という概念がなかった。出来たばかりの世界には今のように四季もなく、昼も夜もなかった。第一の世界がどれぐらいの期間続いていたのかは不明だ。
第二の世界ー知識の女神の時代から『一年』という括りができ始めた。最初は太陽が黒く染まった日から、次の黒く染まるまでを一年としていた」
「太陽が黒く染まる?」
初めて聞く言葉にケインは首を傾げた。
「日食の事かしら?」
ヴァーグはサラッと答えた。
「ニッショク?」
「何年かに一度、昼間なのに太陽が黒くなることがあるでしょ? あれは太陽の前を月が通過するからなの。日が月に食されるから日食」
「その通りです。ヴァーグ殿が仰ったように何年かに一度の起こる現象です。ですが、場所によって起きる期間がバラバラですので、この日食から日食までの間がどれくらいの期間かわかりません。定期的に起きる現象でもないので、『一年』という決まった期間を図るには不都合でした。次に採用されたのは空に輝く星でした。朝方、地平線にひときわ大きく輝く星が昇り、再び同じ朝に地平線から同じ星が昇るまでの間を『一年』としました。ですが、これだと登るはずの日が雨が降っていたり、曇っていたりすると観測できませんので、本来でしたら『一年』の区切りになるはずだった日に雨が降り、それが何年も続き、『一年』と定めた期間が実は3年も4年も経っていたこともあり、これも長くは続きませんでした」
「じゃあ、さっきリオさんが話した国王の在位が180年続いたことがあるっていうのは、そういう自然現象を頼りに区切りをつけていたから、変な期間が誕生したってこと?」
「そうなります。登る星を合図にしたり、月の満ち欠けを合図にしたり、色々と『一年』を計ることはしてきたようですが、どれも長く続きませんでした。中には湖に雷が落ちるタイミングというのもあり、三日ごとに雷が落ちたことが文献に残っていましたので、三日ごとに新しい年を迎えていたようです」
「それが180年の在位…」
昔の人は曖昧に生きていたんだな~…とケインは今の時代でよかったと心から思った。
「最終的には知識の女神が、自分がいた世界で用いた『日が昇って夜になり、また日が昇ったら一日』という基準を作り、さらに7日ごとに休息日を設け、それを4回繰り返したら一ヶ月、その1ヶ月を12回繰り返したら『一年』という基準を用いました。
ところが知識の女神が生み出した植物たちの成長が進むにつれ、春・夏・秋・冬という四つの生まれました。『一年』の基準を計算して、各季節を三ヶ月ごとに区切ったのですが、実際は一年の間に微かなスレが生じていたようで、春なのに冬が続いたり、秋なのに夏が続くことがありました。そこで知識の女神は各季節を支配する女王を生み出し、季節の移り変わりを行う為にそれぞれの季節の前後に七日間の移行期間を設けました。女王同士で話し合い、一年にズレがないようにやりくりしていたそうです」
ふとヴァーグは春の女王と冬の女王の言葉を思い出した。
2人の女王は『第一の月と第二の月が同時に登る頃』、女王同士で会合を開くと話していた。この世界では夜に二つの月が昇り、第二の月と呼ばれる小さな月は約15日前後で満月を繰り返している。二つの月が同時に登るのは、二つとも満月の時で、大体二ヶ月から三ヶ月に一度、同時に登ることがある。それが女王たちの会合の合図になっていた。その会合がこの世界の季節の移行に関する話し合いなのだろう。
「今と同じ『一年』の括りが正式に全世界に伝わったのは、第二の世界の終り頃だと言われています。その頃、第三の女神が誕生しました。第三の女神も、知識の女神と同じく異世界から召喚された少女だったそうです。知識の女神と同じ知識と魔術を持ち、戦う為に必要な道具が誕生しました。今ではどのような物だったのか理解不能な道具も生まれまして、知識の女神に対して敵意を抱いていたように感じる第三の女神の生み出した物は瞬く間に全世界へと広がっていきました。
第三の女神は武力で知識の女神を追い出し、自らがこの世界を支配する主へと上り詰めました。この頃、我がステラ王国は独立しました。戦いは好まず、平和な国を目指したいと言う者たちが集まり、この国が生まれたのです」
「じゃあ、この国の歴史はまだ浅いんですか?」
「浅いと言っても、知識の女神と戦いの女神が交戦していた頃に誕生しましたので、第三の女神が主に君臨する前からあります。知識の女神と戦いの女神の戦いは長い期間行われ、戦いの女神が第三の女神として君臨していた期間は1000年近くありますので、それだけの歴史があります」
「へぇ~~」
学生時代、自分の国に成り立ちなど勉強したことがなかったケインは感心していた。
勉強は得意ではなかったケインでも、すんなりと頭に入ってくる内容は、ジーヴルが専門用語は使わず、わかりやすく話しているからだろう。抱きかかえたキツネの頭を撫でながら話さなければもっと良かったことだが…。
「第三の世界は戦いの女神が君臨したことで、近隣諸国では大きな戦いが続きました。この国も戦いに巻き込まれ、つい100年ほど前まで大きな戦いをしていました。ですが、我々ステラ王国は何処にも味方をすることはなく、戦いに巻き込まれた人たちを救う為に戦い続けました。その時、この国に勇者が生まれました。この勇者は戦いの女神の意図に反した誕生だったらしく、戦いの女神は勇者に追い詰められ、第四の女神によって姿を消しました。
第四の女神は、戦いの女神を処罰した後、この世界はこの世界に生きる人間が作りなさいと告げ、それ以降、姿を見せていません。時折、女神の使者だと名乗る者が現れますが、どれも胡散臭い商売をしており、歴代の女神が持つ豊富な知識と見たこともない魔術を持つ女神の使者は、今まで現れていません」
「その第四の女神も、歴代の女神同様【異世界からやってきた人間】なんですか?」
「いえ、今の第四の女神は創世の女神と同じ人物のようです。最も、創世の女神も異世界からやってきた人間ではないかと伝えられていますが…」
ジーヴルは鋭い目つきでヴァーグを見た。
彼はヴァーグが【異世界から来た人間】ではないかと疑っている。根拠は歴代の女神が使っていた『聞いたことのない言葉』。文献にしか残っておらず、研究院の職員でも使わない言葉をさらりと口にする彼女を疑わずにはいられなかった。
そんなジーヴルの鋭い目つきに気付いたケインは何とかしてヴァーグから興味を逸らせようとした。
その時、自分の足元で何人かの妖精たちが集まっている事に気付いた。背後ではスミレとマーガレットが蝶を追いかけている。それにも気づかないジーヴルの目はヴァーグだけを捕らえていた。
ケインは背後で飛び回っているスミレを捕まえ、ヴァーグとジーヴルの間に突き出した。
「ご主人さま、痛いです~~!!」
ケインの手からなんとしてでも逃げ出そうと暴れるスミレ。
目の前に羽の生えた体長30cmほどの生き物を見せられたジーヴルは目を大きく見開いて、その生き物を凝視した。
そして(〇‐〇ゞ)キリッとしていた顔が瞬時に(*゚∀゚)=3と興奮しだした。
なんだか楽しくなったケインは、スミレを隠したり、また見せたりを繰り返し、ジーヴルのコロコロと代わる表情を楽しんでいた。
目の前に妖精のスミレが現れるたびに(〇‐〇ゞ)キリッ → (*゚∀゚)=3 → (〇‐〇ゞ)キリッ → (*´Д`*) → (〇‐〇ゞ)キリッ → (〃艸〃)ムフッと表情が変わっている事に本人は気づいておらず、ケインのおもちゃと化していた。
側で見ていたリオは「…兄上……」と呆れ顔。
ヴァーグは「動画に収めたい…」と正面で見れる特権に喜んでいた。
妖精たちと戯れるジーヴルの興味はヴァーグから一旦は逸れた。
ケインはオルシアからヴァーグがこの世界の人間ではない事を聞いている。だが、詳しくは聞いていない。ケイン自身が信じられないからだ。
確かにヴァーグは豊富な知識と、見たこともない道具を使い、またどうやって操っているのか分からない不思議な魔術を使っている。これらがこの世界の人間ではない事を簡単に物語っている。
だが、ケインはヴァーグにそれを確かめることはしていない。本人が語ろうとしない事もあるが、すべてを聞き出した時、今までと同じようにヴァーグと接する自信がないのだ。本人が語るまでケイン自身も聞き出すことはしないと決めていた。
ビニールハウスでジーヴルの意外な一面が繰り広げられている頃、温泉宿のレストランでは観光に来た神父と2人のシスターが、ラインハルトとジャンの作る料理を堪能していた。
「ほぉ。これが【たこ焼き】という食べ物ですか。材料はなんですか? どうやって丸くするのですか? この上に乗っている茶色い薄い物は食べられるのですか?」
目の前に出された鰹節が乗った丸い球体のたこ焼きを前に、神父はラインハルトにどのようにして作るのかしつこく質問を繰り返していた。
一方、2人のシスターは白い皿にイチゴやブルーベリーのシロップで描かれた模様が映えるケーキを見て歓声を上げていた。聞けばこのシスター2人は、教会で料理を担当しているとか。8年ぐらい前に出会った一人の女性に料理を教わってからは作る楽しさが芽生え、今は教会の一部を改築し、その時に教えてもらったお菓子を巡礼に来る信者たちに販売しているそうだ。値段もヴァーグがレストランや喫茶店で提供している値段とそんなに変わらないと聞く。
「この店以外でも【お菓子】を売っていたんだ…」
このレストランでしか食べられない物だと思っていた物が、他でも買えることにラインハルトは驚いた。
ヴァーグが開発する料理は、今まで見たこともない物ばかり。去年の新年祭の時に初めてクッキーを食べたが、それと同じ物をシスターの教会でも販売しているらしい。この村で買った信者が教会に持ち込み、試行錯誤を重ねて作ったのかと思ったら、料理を教えてくれた人が作り方を教えてくれたそうだ。
「ヴァーグさん以外にも、珍しい料理が作れる人がいるんだ…」
「あの人だけかと思ってた」
王都でカフェを経営していたジャンですら、見たこともない料理を作るヴァーグ。彼女以外にも同じ料理を作れる人がいる事が信じられなかった。
驚くラインハルトとジャンを、2人のシスターはクスクスと笑いながら見ていた。2人がポカーンとした顔が面白かったのだろうか。
そこへビニールハウスから戻ってきたヴァーグ一行がレストランへやってきた。
市場へ買い物に出かけていたカノンも合流し、賑やかに入ってきた一行は神父たちのテーブルから離れた場所に座った。
「わたしも見たかったわ! ジーヴルの (*´Д`*)こんな顔!!」
市場に出かけたことを悔やむカノンは、もう一度同じ顔をして!と彼に懇願していた。
正常心に戻ったジーヴルはカノンの願いを聞き入れず、黙って椅子に座った。
からかいたくなったケインはビニールハウスからスミレだけでも連れてこればよかったと後悔していた。
「ヴァーグさんが戻ったようですね。呼んできます」
ラインハルトがその場を去ると、ジャンも小さく頭を下げてその場を離れた。
「ヴァーグさん、お客様がお呼びです」
「え? わたし?」
「はい。あちらでお待ちです」
ラインハルトが指す方向を見ると、1人の神父と2人のシスターが座っていた。
(教会関係者?)
ここ最近、教会関係者と言えばシスター・マルガリーテとしか連絡を取らないヴァーグは、神父たちが呼んでいる事に疑問を抱いた。
疑問を抱きながらテーブルに近づくと、2人のシスターが立ち上がり、ヴァーグに向かって深く頭を下げた。
「あ…あの、ヴァーグですけど……」
不安に思いながら自己紹介をすると、2人のシスターが同時に顔を上げた。
「お久しぶりです」
「お元気でしたか?」
「え?」
再会を告げる挨拶に戸惑うヴァーグ。
2人のシスターはにっこりと微笑むと頭に身に着けていたベールを外した。
「……もしかして、ランちゃんとサラちゃん?」
ベールの下から出てきた緑色の髪と金髪に見覚えがあった。
ヴァーグの口から名前が出ると、緑色の髪をしたサラが「思えていてくれて嬉しいです!!」と喜びの声をあげながらヴァーグに飛びついた。
「え? 何でここに?」
「神父様のお供で参りました。わたしたち、来年の春からこちらの村に赴任することが決まりました」
再会の感動をぐっとこらえているランは冷静に話そうとしたが、最後の方は涙交じりの声になってしまった。
そんなランをヴァーグは優しく抱きしめた。
「大きくなったね、ランちゃん」
久しぶりに聞くヴァーグの声にランの涙腺は決壊し、昔に戻ったかのように大きな声で泣きついた。
ランはサラと違って、どちらかと言えば感情を表に出さない方。小さい頃に親に捨てられた過去を持つランは、笑うことや泣くことを忘れてしまっていた。同じ時期に同じように親に捨てられたサラといつも一緒にいたが、教会のシスターたちはランが感情を見せるところを見たことがなかった。
だが、ヴァーグと出会ったことで明るい笑顔を見せるようになり、何よりも料理をしているときに楽しそうな顔をしている。今ではお菓子を買いに来る信者や、親と一緒に来る子供たちに明るい笑顔を見せている。
「サラ、ラン」
2人の後ろから神父の声が聞こえた。
その声に反応したサラとランはヴァーグから離れ、神父に自分たちがいた場所を譲った。
「お久しぶりですね、ヴァーグさん。お変わりありませんか?」
8年前と変わらず整った顔をしており、金髪がキラキラと輝いていた。8年も経っているのに年を重ねた風貌はない。
「お久しぶりです。神父様もお変わりないようですね」
「ええ。わたしは至って元気ですよ。あなたのお陰で教会は賑わいを見せ、第七曜日(*日曜日の事)は忙しいですけどね」
「8年もの間、お伺いできずに申し訳ございません。皆様にお変わりはありませんか?」
「料理担当のシスター・グロリアが二年前に亡くなりました」
「…そうですか…」
「シスター・グロリアはあなたの事を心から感謝していました。最後の最後にこんなに美味しい料理に巡り合え、安心して神様の御許へと行けると、それは安らかな最期でした」
「お会いしたかったです…」
「元々体を壊していましたからね。あなたに教えていただいた料理はサラとランが受け継いでいます。彼女たちはシスター・グロリアが亡くなった翌月にシスターになりました。今では調理場を仕切っていますよ」
「今ではお料理目当てに来られる旅人もいるぐらい好評なんです。この村のレストランと同じ物が食べられるって、皆さん、嬉しそうに食べてくださるんです」
「教会に立ち寄ってくださる旅人や商人が、この村のレストランのレシピを下さって、わたしたち、毎日勉強しているんです」
「成長したサラちゃんとランちゃんの手料理、食べてみたいわ」
「是非!」
「来年の春からこの村に赴任しますので、それまで鍛えておきますね!」
サラとランは嬉しそうに笑顔を見せていた。
一緒に暮らしていた二ヶ月の間、ヴァーグに自分たちの手料理を食べてもらう機会がなく、いつか食べてもらいたい、食べてもらいたいと強く願っていたところに、この村に神父が赴任することが決まった。これは崇拝する女神へ願いが届いたんだと思い、無理を言って神父に同行することを願い出たのだ。
「来年の春…ということは、今の神父様も移動になるのですか?」
「ええ。今の神父は王都の教会本部へ赴任します。この村の発展が王都の本部の耳に入り、この国にあるまだ発展しきれていない村の開発を担う役職に選ばれたのです」
「ご本人からお伺いしていなかったもので…」
「今回、王都から正式に辞令を持ってきましたので、本人から挨拶があると思います」
「そうなんですね…。エミーさんの結婚式までいてくださるといいんですが…」
「結婚式?」
「はい。まだ詳しい日程は決まっていないのですが、来年の春、村の教会で一組の結婚式を行います。この村から王都に嫁ぐ方なので、村総出でお祝いするために今準備中なんです」
「ほぉ…。それは興味深い。よろしい。わたしが直接神父と話してきましょう。式を挙げられる方の同行を願いたいのですがいいでしょうか?」
「あ、それでしたらウエディングプランナーがいますのでお呼びします」
「ウエディングプランナー?」
「結婚式を挙げる新郎新婦のアドバイザーのようなものです。式の準備はプランナーが中心となって行っているんです。今、出かける準備をしますので少々お待ちください」
神父に向かって小さく頭を下げたヴァーグは、厨房へと駆け込んでいった。
その場にいたケインに、今からデイジーの処へお客を案内してくるので、夕食の準備をお願いしたいと頼んだ。
「それは構わないですけど、夕食は何を作るんですか?」
「新しい料理を作ろうと思っているの。ケインはルイスさんから白菜とネギを貰ってきてくれる? ネギは幹が太い物がいいわ」
「わかった」
「それから、倉庫に底の浅い黒いお鍋が沢山あるから、それも用意しておいて」
「いいですけど……何を作るんですか?」
「皆で美味しく食べれる物よ。戻ってきたら下ごしらえするね」
それだけ伝えると、ヴァーグはレストランで待っていた神父と2人のシスターと共に外へと出ていった。
「何を作るんだろう?」
「白菜とネギ?」
側で話を聞いていたラインハルトとジャンは、この二つの食材で何を作ろうとしているのか考えた。だが、葉物野菜と薬味にしか使わないネギの組み合わせで何ができるのか、全く予想がつかなかった。
<つづく>
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