54 / 69
第51話 恋の行方
しおりを挟む
王都で新年祭が行われている頃、北の国境近くに領地を持つある伯爵家の別荘に、二つの人影があった。
夏の間だけ、避暑地として使われているこの別荘は、エリオの実家の持ち物。冬は雪に閉ざされ、近くの村人たちも都会へ出稼ぎに出てしまう為、この辺りに人影は全くない。
別荘を管理する老夫婦も、雪に覆われた道を歩くことが困難で、一週間に一度しか別荘に来ない。
元々、夏の間だけ使用人を雇っているので、別荘はまさに無人そのもの。
その別荘には今、エリオが1人の女性と新年を迎えている。
管理する老夫婦には、しばらくは自分がここに居るから、何もしなくていいと、大量の食材と10枚の金貨を渡して、別荘に近づかないようにと忠告した。もちろん、ここに居ることも口止めして。
エリオと一緒にいる女性は、レモンイエローの髪と赤い眼を持つ美しい人だ。
新年が明ける前から別荘に来て準備をしていたエリオは、新年になる数時間前にやってきたこの女性を、熱い抱擁で出迎えた。
「やっと会えた。ずっと待ち遠しかった」
エリオは女性を力強く抱きしめた。
女性も嫌がることなく、彼の背中に手を回した。
しばらく抱き合っていたが、女性が小さなくしゃみをすると、エリオはクスッと笑った。
「ごめん、ごめん。さ、奥で温まろう。しばらくは誰も来ない」
女性の額に軽くキスをすると、エリオは彼女の肩を抱いて屋敷の二階へと上がっていった。
階段を登りきったところで、エリオはもう一度女性の目を見た。女性の目はじっと彼を見ている。
「愛してる、ルーチェ」
エリオの言葉に、女性は彼の胸に顔を埋め、小さい声で「わたしも」と答えた。
2人は闇の中へと姿を消した。
王都の新年祭から姿を消した第二王子のシャンヴル王子は、王都の南にある小さな村に来ていた。
「シャンヴル様~、一緒に飲みませんか?」
村にある小さな酒場の前では、魅力的な肉体を持つ女性たちが男たちを誘っている。
この村には国が唯一認めた娼館がある。今の国王ではなく、第三の世界に国を収めていた初代に近い国王が、自分の愛人を住まわせるために建てたのが始まりで、その国王亡き後、行き場を失った愛人たちが戦いに疲れた兵士たちを癒す目的へと代わり、今は娯楽として体を売りにする女性たちが多く所属する。
国が認めたと言っても、国からの援助があったり、国が経営している訳ではなく、ただ単に歴代国王の遺産として誰も手を付けていないだけである。昔からこの村を収めていた歴代国王の側近の末裔が今でも経営を続けており、王都の王侯貴族たちも密かに通う場所だ。
酒場は娼館を経営する貴族の持ち物でここに来るのは娼館に用がある人だけ。村人たちはいかがわしい場所として近寄ることはない。過去に村から撤退させる為の一揆を起こしたが、歴代国王が残した物であり、経営者が王族に近い身分の末裔だったことで、一揆は騎士団によって鎮圧された。それ以来、村人たちは寄りつこうとしない。
娼館や酒場のある敷地と村の境界線には木の柵が作られ、村人たちは柵の前は通るが、中を見ようとはしない。完全に別世界だと思っている。
その娼館にシャンヴル王子は定期的に通っている。彼を王子と知っているのは誰もおらず、ただの金持ち貴族の息子として通っている。
娼館一の売れっ子マルタは、一人で飲んでいたシャンヴル王子に近づき、彼の膝の上に座った。
「あ~! マルタ、抜け駆け~!」
「ずるい~!!」
周りの女たちから羨ましそうな声が上がった。
シャンヴル王子は今まで来た客の中で、一番お金を落としてくれる上客。彼を狙っている女は沢山いるが、いつもマルタが相手をしている。
マルタが膝の上に持っているにも拘らず、シャンヴル王子はグラスを片手にある一点だけを見つめていた。
「何を見ているんですか?」
マルタが彼の顔の覗き込むと、王子は視線を外してグラスの中身を飲み干した。
「今日はどなたにします? 新しい子も入ったんですよ」
マルタは一番の売れっ子と同時に、経営者のお気に入りでもあり、娼婦たちのリーダーをしている。来客の好みを聞き出し、それに似合った女を選んであげている。経営者(既婚)の愛人という噂もあるが、彼女は親にこの娼館に売られ、自分の力でのし上がってきた逞しい女性だ。
首に絡められたマルタの腕を取り、王子は彼女の手のひらに口づけを落とす。
その行動にマラリの女たちからは悲鳴に近い声が上がる。
「今夜はあの子がいい」
シャンヴル王子は、酒場のカウンターの中にいる1人の少女を指した。
他の娼婦たちとは違い、その少女はただのウエイトレスだ。この村の牧場主の娘だが、その牧場の経営が悪いらしく、冬の間だけこの酒場のウエイトレスとして働いている。…という体だが、実はこの少女を担保に親が多額の借金をしており、借金返済が終わるまで酒場のウエイトレスとして働き、万が一、また借金をするようならこの少女を娼婦にするという誓約書が交わされているのだ。
「あの子はダメですよ。ただのウエイトレスですわ」
「君たちと一緒ではないのか?」
「違いますわ。彼女は親の借金代わりに、冬の間だけここで働いています。親の借金が返済されれば元の生活に戻りますの。ただし、親がこれ以上借金をしなければ……ですけどね」
「どういう意味?」
「彼女の親、去年の春に大損したんですわ。なんでも王都の西側にある村で、王室にも認められている野菜があるとかで、大金を叩いてその野菜の種を買ったんですって。ところがその種は野菜どころか、ただの雑草。種を売ってくれた商人は悪徳商人だったんですの。全財産を叩いて購入した種が雑草だったものだから、両親がオーナーに借金を申し込んだのですわ。損した分のお金は渡すが、逃げ出さないように担保となるものを作らなくてはならない。牧場を担保にしても雑草だらけだからオーナーもいらない。そこであの子を担保としてお金を借りたんです。娼婦にしない代わりに追加の借金は認めない。期日以内に借金を返せば娘は無傷で返すって、そう約束して、農業が出来ない冬の間だけここで働いているんですよ」
「その期日はいつ?」
「さぁ? 詳しい期日は知りませんわ。でも、あの子がわたしたちの仲間になるのは時間の問題よ」
「どうして?」
「あの子の両親、借りたお金で牧場を作り直そうとしたんだけど、悪徳商人が売った雑草の種は強力で、刈っても刈っても生えてきちゃうんですって。この間、大切な牛や羊を売ってましたもの。あの牧場は再起不能。あと何日持つかしら」
クスクスと笑いながら話すマルタの話に、周りにいた女たちもクスクスと笑い出した。
「早く仲間になればいいのにね」
「その方が楽なのに」
女たちからも少女を同情する言葉はなかった。
ただの村娘なのに何故か惹かれる。
娼婦とは違う魅力を感じ、近くにいる媚びを売る貴族の娘とも違う。
彼女の事が気になって仕方がないシャンヴル王子は、数日間、彼女の事ばかり見ていた。
新年祭も終わり、片づけをしている中央広場に、ダイスが王子たちを迎えに来た。
「え~? もう少しマリーちゃんとミリーちゃんといたい~!」
駄々をこねるルイーズ王女に「それはいけません」とダイスが強く言い放った。
「ここで我儘を言いますと、リチャード殿の結婚式に出席できませんぞ」
「え? どういうこと?」
「陛下はリチャード殿とエミー嬢の村での結婚式に、エテ様、クリスティーヌ様、ルイーズ様を、陛下と王妃様の代わりとして出席するようにお決めになりました」
「本当!? あの村に行ってもいいの!?」
「はい。もし、宿に空きがあるようでしたら、2~3日お泊りになられてもいいとの伝言を受けています」
「やった~~~!!!!!」
思いもよらない事に、ルイーズ王女は跳びはねながら喜んだ。
もちろん近くで聞いていたマリーとミリーも喜んでいる。
「あの親父が村に行くことを譲るなんて、ありえるか?」
「楽しみにしていらしたはずでは?」
つい先日まで村に行くことを楽しみにしていた国王と王妃が、あっさりと代役を立てる事にエテ王子もコロリスも疑問に思った。
そんな疑問を持つ2人に応えることなく、ダイスはヴァーグの前に進み出た。
「ヴァーグ様、陛下からのご伝言をお伝えします。王宮料理人を二人ほど、そちらに修行にだしてもよろしいか…と陛下が申しております」
「修行に? わたしは構いませんが…」
「まだ若い二人を派遣いたしますので、どうぞよろしくお願いします」
「は…はぁ……」
国王が王宮料理人を修行に出したい理由はよくわかる。カレーのおかわりを四回、おでんを二回、おにぎりを大量に食べていたのだ。この料理を王宮でも食べれるようにしたいのだろう。
こうなると王宮とリチャードの屋敷にも、レストランで使っている調理器具を早急に作らなければならない。
そう思いながらゲンをチラリと見ると、ゲンは満面な笑みを浮かべながら、うんうんと頷いている。彼の中では王宮の調理場と、リチャードの屋敷の厨房を作り変えることは想定内のようだ。
(早く電気の素を探し出さなくちゃ)
まだこの世界に普及していないオーブンや冷蔵庫を作るためにも、結晶探しを進めなくてはな…とヴァーグはやらなければならない事をもう一度整理することにした。
「あ、そういえば…」
エテ王子が何かを思い出したようだ。
「リヴァージュ従兄さんが、話したい事があるって言ってた」
「リヴァージュ?」
「俺の従兄。ボルツール公国の当主の息子。申し訳ないんですが、ヴァーグ殿。明日、リチャードの屋敷で会ってもらえないだろうか」
「大切なお話ですか?」
「らしいです。出来ればケインもいてほしいって言われました」
「俺も?」
まだ会ったこともない人物から話があるというのは不思議な事だ。
だが、ボルツール公国という国名に覚えがある。たしかこの国には電気を発する動物がいると、以前エテ王子から聞いている。もしかしたら電気の素となる何かが見つかったのかもしれない。
とりあえず、村人たちには先に帰ってもらい、ヴァーグとケインだけ王都に残ることにした。帰りの要員としてオルシアを残すことになったのだが、それにアクアが大反対した。
「アクアも王都に残りたいの?」
ヴァーグの問いかけに泣きながら大きく頷いている。
「でも、帰りはケインも乗せないといけないのよ。大丈夫?」
その質問に、アクアはケインを見た。
ケインとアクアは犬猿の仲だ。いくらご主人であるヴァーグの頼みでも、ライバルと認定しているケインを乗せることに抵抗を感じる。
「アクア、今回は諦めなさい」
「そうよ、アクア。ヴァーグさんはちゃんと村に帰ってくるのだから、帰ってきたら思いっきり甘えなさい」
オルシアとシエルが説得すると、アクアは渋々頷いた。
「ありがとう、アクア。暖かくなったら一緒にお散歩に出かけましょうね」
アクアは「キュ!!」と元気に返事をすると、ヴァーグに頬ずりをした。
そしてケインにいつものように勝ち誇った顔を見せたのだが、当のケインはこちらを見ていなかった。クリスティーヌ王女と楽しそうに話をしていたのだ。
今まではヴァーグを巡っての恋のライバルだと認定していたのに、そのケインがすでに興味を無くしている。ヴァーグを独り占めできる喜びもあるが、なんとなく空しい気持ちにもなった。
そのケインはクリスティーヌ王女とお菓子の事で話が盛り上がっており、彼女の事を「クリス」と呼んでいる事にダイスが気付いた。
「おやおや」
ダイスは王妃にご報告しなければ…と、顔をニヤつかせていた。
「お前、いつから俺の側近を辞めたんだ?」
ケインとクリスティーヌ王女を見ていたダイスの後ろから、エテ王子が耳元で囁いた。
「お…王子!?」
「お前はまだ俺の側近だよな? なんで伯母上の側近をしているんだ? 芸術祭ぐらいからだよな? 俺の側を離れたのは」
「わ…わたくしはいつまでも王子の側近でございます」
「じゃあ、なんで伯母上の密偵なんかしているんだ? 今日だって親父の側近を寄越せばいいのに、なんでお前が親父の伝言を伝えに来たんだ?」
「そ…それは……」
「親父になんか言われた?」
「そのような事は…」
「伯母上の企み?」
「滅相もございません! 王妃様は王子とコロリス様の邪魔をするなとすべての者たちに申しております」
「は? なんで?」
「王子はいずれ王室を離れる身。いつまでも王宮内での生活に浸っていると、今後の生活に支障が出るので、なるべくお2人から声がかからない限りは、手出ししないようにと指示を受けております」
(あ、だからか…)ここ最近、自分に仕えている侍女たちも姿を見せなくなった。離宮に住まいを移したことが関係していたと思っていたが、王妃の指示だったようだ。
「待てよ」
エテ王子はふと思った。今、ダイスを始めとする側近や侍女たちは、自分が声を掛けない限り仕事がない状態だ。ダイスのように王妃に鞍替え出来ていれば今後の生活も安泰だろう。侍女や使用人の中にはまだ若い人もいる。その人たちはちゃんと次の仕事を見つけたのだろうか?
「ヴァーグさん、俺も相談したい事があるんですが、明日、聞いてもらえますか?」
「わたしにできる事ですか?」
「あなたにしかできない事です」
王子自ら「あなたにしかできない事」と言われ、ヴァーグは強いプレッシャーを感じた。王族でも解決できない事を果たして自分で解決できるのだろうか…。
翌日、リチャードの屋敷を訪れたヴァーグとケインは、ミゼル侯爵の熱烈な歓迎を受けた。
「ケイン殿!! お持ちしてましたぞ!!」
前回のお茶会以降、ミゼル侯爵はケインが大のお気に入りになった。今回の新年祭も休暇を延長し、中央広場で料理を堪能していたそうだ。あまりにも静かにしていたので、いた事すら気づかなかった。
「お久しぶりです、公爵」
「昨日は美味しい料理をありがとう。是非、我が家の料理人に伝授してほしい!」
「もうしばらくお待ちください。今、ポールさんが修行に来ていますので、エミー姉さんが嫁いでくるころには美味しい料理が食べられると思います」
「おお! そうか!! 楽しみにしておるぞ!!」
ガハハ…と豪快な笑いと共にケインの背中をバシバシと叩くミゼル侯爵。本当にケインのことが気に入ったようだ。
用事が終わったら、また料理を頼むと言い残して、ミゼル侯爵は屋敷を出ていった。今から王宮で一日遅れの国王主催の新年会が開かれるとのこと。侯爵夫人も呼ばれている。
侯爵家の執事に案内されたのは、中庭だった。
すでにエテ王子も来ており、リオと初めて見る青い髪の青年もいた。
「おはよう、ケイン。侯爵に捕まったか?」
エテ王子は軽く手を挙げながら挨拶してきた。
「ええ、そこで捕まりました。また食事を頼まれました」
「今から王宮で新年会に出席するのに、帰ってきてからも召し上がる気か?」
「簡単な食事を用意しておきます。でも、エテさんは出席しなくていいんですか?」
「俺は断った。親父も新年会を開かないって言っていたのに、大臣たちが勝手に決めたから開かざるを得ない状態だ。俺やクリス、ルイーズは昨日の疲れがあるから欠席するって言ってある」
「大丈夫なんですか?」
「出席してもつまらん。どうせ新年会と称した親父への媚び売りだ。兄たちも出席していないのなら、俺たちも出る必要がないと欠席を申し出た」
一年の始まりを王族一同が揃わなくていいのか?と、ヴァーグは疑問に思った。
前にいた世界では、皇室の方が国民に向けて新年の挨拶をするのは当たり前の光景だ。今回、国王は中央広場にずっといた。広場に来た国民たちは国王と新年の挨拶を交わしていたが、大臣や広場に来ることを拒んだ貴族たちは、まったく挨拶できなかったらしい。「だったら、広場に来なさい」と国王が言っても、何故か拒み続けていたようだ。
「ステラ王国の大臣たちは頑固者が多いですからね」
青い髪の青年がティーカップ片手に言葉を発した。
「そのうち、国が乗っ取られるんじゃないのか?って、親父もビクビクしている」
「それもありえますね。それこそ第三の世界で頂点に君臨した『戦いの女神』のように」
「『戦いの女神』って、大帝国の国王に仕えていた『知識の女神』と争っていたんだっけ?」
「ええ、そうですよ。『知識の女神』はサウザンクロス帝国の当時の皇帝に巫女として仕えていました。不思議な力を持つ『知識の女神』が国を発展させ、皇帝も『知識の女神』を頼りに政をしていました。ところがある日、『知識の女神』と同じ力を持っていると名乗る女性が現れまして、皇帝の存在を快く思っていなかった大臣の養女となり、皇帝と争うようになったそうです。最後は『知識の女神』と同じ不思議な力を持っていた女性が『戦いの女神』と呼ばれるようになり、新しく即位した皇帝の正妃になったのですが、年を取らないその姿に恐れた皇室が正妃を追放。再び『戦いの女神』として憎む皇室を滅ばすために立ち上がったと、我が国の文献に残っています」
「へぇ~」
青い髪のエテ王子と、同じく青い髪の青年の話は興味をそそられるが、何よりもヴァーグは青い髪の青年が気になって仕方がなかった。
ポカーンとした表情で突っ立っているヴァーグとケインに気付いたリオが、エテ王子の脇腹を突いた。
「王子」
その声に、初めてエテ王子はヴァーグたちの表情を見た。
「ああ、ごめんごめん。紹介するよ。俺の従兄で、ボルツール公国の当主の息子のリヴァージュだ」
「はじめまして、リヴァージュです。エテがいつもお世話になっています」
「い…従兄?」
「俺の生母の双子の兄が、リヴァージュ従兄さんの父親。唯一の血縁関係者」
「父が体調を崩して伏せていますので、新年のご挨拶に代理で来ています。エテから雷が落ちる湖の調査を承っていたので、その報告に参りました」
「雷が落ちる湖……?」
ヴァーグがその言葉に反応した。
「我がボルツール公国には、夏の始まりの前にある動物が雷を落とす湖があるんです。その湖の底に何かないか、エテから調査してほしいと頼まれましたので、父自ら湖に潜り調査してくれました。お蔭で熱を出して寝込んでいますが…」
「それで、何か見つかったんですか?」
「ええ。湖の底にはこちらがありました」
リヴァージュはテーブルの上に置かれた、白い布に包まれた物体を指さした。
震える手でヴァーグがその布を剥がすと、そこには全長30cmほどの白い塊が姿を現した。表面はざらざらしており、試しに触ってみるとボロボロと崩れた。
「これは…塩の結晶?」
「雷が落ちる湖は、内陸部にあるにもかかわらず、海と同じ成分の水が貯まっていますから、塩の塊があってもなんの不思議もありません。実際、この塩はボルツール公国の名産となっていますから」
「塩湖があるんですか!?」
「エンコ…とは?」
「塩が採れる湖の事です。海以外に塩の産地があったなんて!!」
ヴァーグの目がキラキラと輝いていた。塩は主に女神から買うことが多いヴァーグは、国の近くで塩が採れることに大喜びだ。しかも目の前にある塩の塊だけでもレストランで一ヶ月は持つ。これが格安で手に入れば支出は抑えられる!
もはやヴァーグにはこの塊がお宝に見えて仕方がない。
「たしかにこちらは塩の塊ですが、こちらを割ると…」
リヴァージュはリオにハンマーを借りて、その黒い石の様な塊を叩き割った。
すると、白い塊の中から、キラキラと金色に輝く欠片が飛び出してきた。その欠片はパチパチと弾けているようにも見える。
「【雷の結晶】!?」
今度はリオが反応した。
「この欠片がどのような物かは、わたしは知りませんが、湖の一番深い所で見つかりました。塩の採取は湖岸沿いで行われますので、内部にこのような物がある事は公国の歴史にも記されていません」
「ちょっと失礼します!」
リオはテーブルに飛び散った欠片を手に取り、太陽にかざしたり、色々な角度から眺め、ハンマーで欠片を割ったりと色々と調べた。
「リオ、どうなんだ?」
「確かに【雷の結晶】に間違いないのですが、質はよくありません。塩の塊自体は特に問題はないのですが、結晶そのものの質が劣っています」
「保管の問題?」
「それだけが原因ではありません。きっと湖の水質が関係しているのだと思います。ヴァーグ殿、【炎の結晶】と【水の結晶】にはどのような水を使いましたか?」
「どんな……って、オルシアの鱗から湧き上がった水を、シエルの鱗を使って品質を保ってますけど…」
「それです! それが原因です!!」
「へ?」
「オルシア? シエル?」
初めて聞く名前にリヴァージュは首を傾げた。
「俺が契約を結んでいるドラゴンの夫婦です。オルシアは雄、シエルは雌です」
「ドラゴンの鱗……だと!? ヴァーグ殿といいましたね!? どうか我が国を救っていただきたい!!」
リヴァージュはヴァーグの手を取って頭を下げてきた。
何が何だか分からない状況のヴァーグは「は…はぁ……」と曖昧な返事をすることしかできなかった。
<つづく>
夏の間だけ、避暑地として使われているこの別荘は、エリオの実家の持ち物。冬は雪に閉ざされ、近くの村人たちも都会へ出稼ぎに出てしまう為、この辺りに人影は全くない。
別荘を管理する老夫婦も、雪に覆われた道を歩くことが困難で、一週間に一度しか別荘に来ない。
元々、夏の間だけ使用人を雇っているので、別荘はまさに無人そのもの。
その別荘には今、エリオが1人の女性と新年を迎えている。
管理する老夫婦には、しばらくは自分がここに居るから、何もしなくていいと、大量の食材と10枚の金貨を渡して、別荘に近づかないようにと忠告した。もちろん、ここに居ることも口止めして。
エリオと一緒にいる女性は、レモンイエローの髪と赤い眼を持つ美しい人だ。
新年が明ける前から別荘に来て準備をしていたエリオは、新年になる数時間前にやってきたこの女性を、熱い抱擁で出迎えた。
「やっと会えた。ずっと待ち遠しかった」
エリオは女性を力強く抱きしめた。
女性も嫌がることなく、彼の背中に手を回した。
しばらく抱き合っていたが、女性が小さなくしゃみをすると、エリオはクスッと笑った。
「ごめん、ごめん。さ、奥で温まろう。しばらくは誰も来ない」
女性の額に軽くキスをすると、エリオは彼女の肩を抱いて屋敷の二階へと上がっていった。
階段を登りきったところで、エリオはもう一度女性の目を見た。女性の目はじっと彼を見ている。
「愛してる、ルーチェ」
エリオの言葉に、女性は彼の胸に顔を埋め、小さい声で「わたしも」と答えた。
2人は闇の中へと姿を消した。
王都の新年祭から姿を消した第二王子のシャンヴル王子は、王都の南にある小さな村に来ていた。
「シャンヴル様~、一緒に飲みませんか?」
村にある小さな酒場の前では、魅力的な肉体を持つ女性たちが男たちを誘っている。
この村には国が唯一認めた娼館がある。今の国王ではなく、第三の世界に国を収めていた初代に近い国王が、自分の愛人を住まわせるために建てたのが始まりで、その国王亡き後、行き場を失った愛人たちが戦いに疲れた兵士たちを癒す目的へと代わり、今は娯楽として体を売りにする女性たちが多く所属する。
国が認めたと言っても、国からの援助があったり、国が経営している訳ではなく、ただ単に歴代国王の遺産として誰も手を付けていないだけである。昔からこの村を収めていた歴代国王の側近の末裔が今でも経営を続けており、王都の王侯貴族たちも密かに通う場所だ。
酒場は娼館を経営する貴族の持ち物でここに来るのは娼館に用がある人だけ。村人たちはいかがわしい場所として近寄ることはない。過去に村から撤退させる為の一揆を起こしたが、歴代国王が残した物であり、経営者が王族に近い身分の末裔だったことで、一揆は騎士団によって鎮圧された。それ以来、村人たちは寄りつこうとしない。
娼館や酒場のある敷地と村の境界線には木の柵が作られ、村人たちは柵の前は通るが、中を見ようとはしない。完全に別世界だと思っている。
その娼館にシャンヴル王子は定期的に通っている。彼を王子と知っているのは誰もおらず、ただの金持ち貴族の息子として通っている。
娼館一の売れっ子マルタは、一人で飲んでいたシャンヴル王子に近づき、彼の膝の上に座った。
「あ~! マルタ、抜け駆け~!」
「ずるい~!!」
周りの女たちから羨ましそうな声が上がった。
シャンヴル王子は今まで来た客の中で、一番お金を落としてくれる上客。彼を狙っている女は沢山いるが、いつもマルタが相手をしている。
マルタが膝の上に持っているにも拘らず、シャンヴル王子はグラスを片手にある一点だけを見つめていた。
「何を見ているんですか?」
マルタが彼の顔の覗き込むと、王子は視線を外してグラスの中身を飲み干した。
「今日はどなたにします? 新しい子も入ったんですよ」
マルタは一番の売れっ子と同時に、経営者のお気に入りでもあり、娼婦たちのリーダーをしている。来客の好みを聞き出し、それに似合った女を選んであげている。経営者(既婚)の愛人という噂もあるが、彼女は親にこの娼館に売られ、自分の力でのし上がってきた逞しい女性だ。
首に絡められたマルタの腕を取り、王子は彼女の手のひらに口づけを落とす。
その行動にマラリの女たちからは悲鳴に近い声が上がる。
「今夜はあの子がいい」
シャンヴル王子は、酒場のカウンターの中にいる1人の少女を指した。
他の娼婦たちとは違い、その少女はただのウエイトレスだ。この村の牧場主の娘だが、その牧場の経営が悪いらしく、冬の間だけこの酒場のウエイトレスとして働いている。…という体だが、実はこの少女を担保に親が多額の借金をしており、借金返済が終わるまで酒場のウエイトレスとして働き、万が一、また借金をするようならこの少女を娼婦にするという誓約書が交わされているのだ。
「あの子はダメですよ。ただのウエイトレスですわ」
「君たちと一緒ではないのか?」
「違いますわ。彼女は親の借金代わりに、冬の間だけここで働いています。親の借金が返済されれば元の生活に戻りますの。ただし、親がこれ以上借金をしなければ……ですけどね」
「どういう意味?」
「彼女の親、去年の春に大損したんですわ。なんでも王都の西側にある村で、王室にも認められている野菜があるとかで、大金を叩いてその野菜の種を買ったんですって。ところがその種は野菜どころか、ただの雑草。種を売ってくれた商人は悪徳商人だったんですの。全財産を叩いて購入した種が雑草だったものだから、両親がオーナーに借金を申し込んだのですわ。損した分のお金は渡すが、逃げ出さないように担保となるものを作らなくてはならない。牧場を担保にしても雑草だらけだからオーナーもいらない。そこであの子を担保としてお金を借りたんです。娼婦にしない代わりに追加の借金は認めない。期日以内に借金を返せば娘は無傷で返すって、そう約束して、農業が出来ない冬の間だけここで働いているんですよ」
「その期日はいつ?」
「さぁ? 詳しい期日は知りませんわ。でも、あの子がわたしたちの仲間になるのは時間の問題よ」
「どうして?」
「あの子の両親、借りたお金で牧場を作り直そうとしたんだけど、悪徳商人が売った雑草の種は強力で、刈っても刈っても生えてきちゃうんですって。この間、大切な牛や羊を売ってましたもの。あの牧場は再起不能。あと何日持つかしら」
クスクスと笑いながら話すマルタの話に、周りにいた女たちもクスクスと笑い出した。
「早く仲間になればいいのにね」
「その方が楽なのに」
女たちからも少女を同情する言葉はなかった。
ただの村娘なのに何故か惹かれる。
娼婦とは違う魅力を感じ、近くにいる媚びを売る貴族の娘とも違う。
彼女の事が気になって仕方がないシャンヴル王子は、数日間、彼女の事ばかり見ていた。
新年祭も終わり、片づけをしている中央広場に、ダイスが王子たちを迎えに来た。
「え~? もう少しマリーちゃんとミリーちゃんといたい~!」
駄々をこねるルイーズ王女に「それはいけません」とダイスが強く言い放った。
「ここで我儘を言いますと、リチャード殿の結婚式に出席できませんぞ」
「え? どういうこと?」
「陛下はリチャード殿とエミー嬢の村での結婚式に、エテ様、クリスティーヌ様、ルイーズ様を、陛下と王妃様の代わりとして出席するようにお決めになりました」
「本当!? あの村に行ってもいいの!?」
「はい。もし、宿に空きがあるようでしたら、2~3日お泊りになられてもいいとの伝言を受けています」
「やった~~~!!!!!」
思いもよらない事に、ルイーズ王女は跳びはねながら喜んだ。
もちろん近くで聞いていたマリーとミリーも喜んでいる。
「あの親父が村に行くことを譲るなんて、ありえるか?」
「楽しみにしていらしたはずでは?」
つい先日まで村に行くことを楽しみにしていた国王と王妃が、あっさりと代役を立てる事にエテ王子もコロリスも疑問に思った。
そんな疑問を持つ2人に応えることなく、ダイスはヴァーグの前に進み出た。
「ヴァーグ様、陛下からのご伝言をお伝えします。王宮料理人を二人ほど、そちらに修行にだしてもよろしいか…と陛下が申しております」
「修行に? わたしは構いませんが…」
「まだ若い二人を派遣いたしますので、どうぞよろしくお願いします」
「は…はぁ……」
国王が王宮料理人を修行に出したい理由はよくわかる。カレーのおかわりを四回、おでんを二回、おにぎりを大量に食べていたのだ。この料理を王宮でも食べれるようにしたいのだろう。
こうなると王宮とリチャードの屋敷にも、レストランで使っている調理器具を早急に作らなければならない。
そう思いながらゲンをチラリと見ると、ゲンは満面な笑みを浮かべながら、うんうんと頷いている。彼の中では王宮の調理場と、リチャードの屋敷の厨房を作り変えることは想定内のようだ。
(早く電気の素を探し出さなくちゃ)
まだこの世界に普及していないオーブンや冷蔵庫を作るためにも、結晶探しを進めなくてはな…とヴァーグはやらなければならない事をもう一度整理することにした。
「あ、そういえば…」
エテ王子が何かを思い出したようだ。
「リヴァージュ従兄さんが、話したい事があるって言ってた」
「リヴァージュ?」
「俺の従兄。ボルツール公国の当主の息子。申し訳ないんですが、ヴァーグ殿。明日、リチャードの屋敷で会ってもらえないだろうか」
「大切なお話ですか?」
「らしいです。出来ればケインもいてほしいって言われました」
「俺も?」
まだ会ったこともない人物から話があるというのは不思議な事だ。
だが、ボルツール公国という国名に覚えがある。たしかこの国には電気を発する動物がいると、以前エテ王子から聞いている。もしかしたら電気の素となる何かが見つかったのかもしれない。
とりあえず、村人たちには先に帰ってもらい、ヴァーグとケインだけ王都に残ることにした。帰りの要員としてオルシアを残すことになったのだが、それにアクアが大反対した。
「アクアも王都に残りたいの?」
ヴァーグの問いかけに泣きながら大きく頷いている。
「でも、帰りはケインも乗せないといけないのよ。大丈夫?」
その質問に、アクアはケインを見た。
ケインとアクアは犬猿の仲だ。いくらご主人であるヴァーグの頼みでも、ライバルと認定しているケインを乗せることに抵抗を感じる。
「アクア、今回は諦めなさい」
「そうよ、アクア。ヴァーグさんはちゃんと村に帰ってくるのだから、帰ってきたら思いっきり甘えなさい」
オルシアとシエルが説得すると、アクアは渋々頷いた。
「ありがとう、アクア。暖かくなったら一緒にお散歩に出かけましょうね」
アクアは「キュ!!」と元気に返事をすると、ヴァーグに頬ずりをした。
そしてケインにいつものように勝ち誇った顔を見せたのだが、当のケインはこちらを見ていなかった。クリスティーヌ王女と楽しそうに話をしていたのだ。
今まではヴァーグを巡っての恋のライバルだと認定していたのに、そのケインがすでに興味を無くしている。ヴァーグを独り占めできる喜びもあるが、なんとなく空しい気持ちにもなった。
そのケインはクリスティーヌ王女とお菓子の事で話が盛り上がっており、彼女の事を「クリス」と呼んでいる事にダイスが気付いた。
「おやおや」
ダイスは王妃にご報告しなければ…と、顔をニヤつかせていた。
「お前、いつから俺の側近を辞めたんだ?」
ケインとクリスティーヌ王女を見ていたダイスの後ろから、エテ王子が耳元で囁いた。
「お…王子!?」
「お前はまだ俺の側近だよな? なんで伯母上の側近をしているんだ? 芸術祭ぐらいからだよな? 俺の側を離れたのは」
「わ…わたくしはいつまでも王子の側近でございます」
「じゃあ、なんで伯母上の密偵なんかしているんだ? 今日だって親父の側近を寄越せばいいのに、なんでお前が親父の伝言を伝えに来たんだ?」
「そ…それは……」
「親父になんか言われた?」
「そのような事は…」
「伯母上の企み?」
「滅相もございません! 王妃様は王子とコロリス様の邪魔をするなとすべての者たちに申しております」
「は? なんで?」
「王子はいずれ王室を離れる身。いつまでも王宮内での生活に浸っていると、今後の生活に支障が出るので、なるべくお2人から声がかからない限りは、手出ししないようにと指示を受けております」
(あ、だからか…)ここ最近、自分に仕えている侍女たちも姿を見せなくなった。離宮に住まいを移したことが関係していたと思っていたが、王妃の指示だったようだ。
「待てよ」
エテ王子はふと思った。今、ダイスを始めとする側近や侍女たちは、自分が声を掛けない限り仕事がない状態だ。ダイスのように王妃に鞍替え出来ていれば今後の生活も安泰だろう。侍女や使用人の中にはまだ若い人もいる。その人たちはちゃんと次の仕事を見つけたのだろうか?
「ヴァーグさん、俺も相談したい事があるんですが、明日、聞いてもらえますか?」
「わたしにできる事ですか?」
「あなたにしかできない事です」
王子自ら「あなたにしかできない事」と言われ、ヴァーグは強いプレッシャーを感じた。王族でも解決できない事を果たして自分で解決できるのだろうか…。
翌日、リチャードの屋敷を訪れたヴァーグとケインは、ミゼル侯爵の熱烈な歓迎を受けた。
「ケイン殿!! お持ちしてましたぞ!!」
前回のお茶会以降、ミゼル侯爵はケインが大のお気に入りになった。今回の新年祭も休暇を延長し、中央広場で料理を堪能していたそうだ。あまりにも静かにしていたので、いた事すら気づかなかった。
「お久しぶりです、公爵」
「昨日は美味しい料理をありがとう。是非、我が家の料理人に伝授してほしい!」
「もうしばらくお待ちください。今、ポールさんが修行に来ていますので、エミー姉さんが嫁いでくるころには美味しい料理が食べられると思います」
「おお! そうか!! 楽しみにしておるぞ!!」
ガハハ…と豪快な笑いと共にケインの背中をバシバシと叩くミゼル侯爵。本当にケインのことが気に入ったようだ。
用事が終わったら、また料理を頼むと言い残して、ミゼル侯爵は屋敷を出ていった。今から王宮で一日遅れの国王主催の新年会が開かれるとのこと。侯爵夫人も呼ばれている。
侯爵家の執事に案内されたのは、中庭だった。
すでにエテ王子も来ており、リオと初めて見る青い髪の青年もいた。
「おはよう、ケイン。侯爵に捕まったか?」
エテ王子は軽く手を挙げながら挨拶してきた。
「ええ、そこで捕まりました。また食事を頼まれました」
「今から王宮で新年会に出席するのに、帰ってきてからも召し上がる気か?」
「簡単な食事を用意しておきます。でも、エテさんは出席しなくていいんですか?」
「俺は断った。親父も新年会を開かないって言っていたのに、大臣たちが勝手に決めたから開かざるを得ない状態だ。俺やクリス、ルイーズは昨日の疲れがあるから欠席するって言ってある」
「大丈夫なんですか?」
「出席してもつまらん。どうせ新年会と称した親父への媚び売りだ。兄たちも出席していないのなら、俺たちも出る必要がないと欠席を申し出た」
一年の始まりを王族一同が揃わなくていいのか?と、ヴァーグは疑問に思った。
前にいた世界では、皇室の方が国民に向けて新年の挨拶をするのは当たり前の光景だ。今回、国王は中央広場にずっといた。広場に来た国民たちは国王と新年の挨拶を交わしていたが、大臣や広場に来ることを拒んだ貴族たちは、まったく挨拶できなかったらしい。「だったら、広場に来なさい」と国王が言っても、何故か拒み続けていたようだ。
「ステラ王国の大臣たちは頑固者が多いですからね」
青い髪の青年がティーカップ片手に言葉を発した。
「そのうち、国が乗っ取られるんじゃないのか?って、親父もビクビクしている」
「それもありえますね。それこそ第三の世界で頂点に君臨した『戦いの女神』のように」
「『戦いの女神』って、大帝国の国王に仕えていた『知識の女神』と争っていたんだっけ?」
「ええ、そうですよ。『知識の女神』はサウザンクロス帝国の当時の皇帝に巫女として仕えていました。不思議な力を持つ『知識の女神』が国を発展させ、皇帝も『知識の女神』を頼りに政をしていました。ところがある日、『知識の女神』と同じ力を持っていると名乗る女性が現れまして、皇帝の存在を快く思っていなかった大臣の養女となり、皇帝と争うようになったそうです。最後は『知識の女神』と同じ不思議な力を持っていた女性が『戦いの女神』と呼ばれるようになり、新しく即位した皇帝の正妃になったのですが、年を取らないその姿に恐れた皇室が正妃を追放。再び『戦いの女神』として憎む皇室を滅ばすために立ち上がったと、我が国の文献に残っています」
「へぇ~」
青い髪のエテ王子と、同じく青い髪の青年の話は興味をそそられるが、何よりもヴァーグは青い髪の青年が気になって仕方がなかった。
ポカーンとした表情で突っ立っているヴァーグとケインに気付いたリオが、エテ王子の脇腹を突いた。
「王子」
その声に、初めてエテ王子はヴァーグたちの表情を見た。
「ああ、ごめんごめん。紹介するよ。俺の従兄で、ボルツール公国の当主の息子のリヴァージュだ」
「はじめまして、リヴァージュです。エテがいつもお世話になっています」
「い…従兄?」
「俺の生母の双子の兄が、リヴァージュ従兄さんの父親。唯一の血縁関係者」
「父が体調を崩して伏せていますので、新年のご挨拶に代理で来ています。エテから雷が落ちる湖の調査を承っていたので、その報告に参りました」
「雷が落ちる湖……?」
ヴァーグがその言葉に反応した。
「我がボルツール公国には、夏の始まりの前にある動物が雷を落とす湖があるんです。その湖の底に何かないか、エテから調査してほしいと頼まれましたので、父自ら湖に潜り調査してくれました。お蔭で熱を出して寝込んでいますが…」
「それで、何か見つかったんですか?」
「ええ。湖の底にはこちらがありました」
リヴァージュはテーブルの上に置かれた、白い布に包まれた物体を指さした。
震える手でヴァーグがその布を剥がすと、そこには全長30cmほどの白い塊が姿を現した。表面はざらざらしており、試しに触ってみるとボロボロと崩れた。
「これは…塩の結晶?」
「雷が落ちる湖は、内陸部にあるにもかかわらず、海と同じ成分の水が貯まっていますから、塩の塊があってもなんの不思議もありません。実際、この塩はボルツール公国の名産となっていますから」
「塩湖があるんですか!?」
「エンコ…とは?」
「塩が採れる湖の事です。海以外に塩の産地があったなんて!!」
ヴァーグの目がキラキラと輝いていた。塩は主に女神から買うことが多いヴァーグは、国の近くで塩が採れることに大喜びだ。しかも目の前にある塩の塊だけでもレストランで一ヶ月は持つ。これが格安で手に入れば支出は抑えられる!
もはやヴァーグにはこの塊がお宝に見えて仕方がない。
「たしかにこちらは塩の塊ですが、こちらを割ると…」
リヴァージュはリオにハンマーを借りて、その黒い石の様な塊を叩き割った。
すると、白い塊の中から、キラキラと金色に輝く欠片が飛び出してきた。その欠片はパチパチと弾けているようにも見える。
「【雷の結晶】!?」
今度はリオが反応した。
「この欠片がどのような物かは、わたしは知りませんが、湖の一番深い所で見つかりました。塩の採取は湖岸沿いで行われますので、内部にこのような物がある事は公国の歴史にも記されていません」
「ちょっと失礼します!」
リオはテーブルに飛び散った欠片を手に取り、太陽にかざしたり、色々な角度から眺め、ハンマーで欠片を割ったりと色々と調べた。
「リオ、どうなんだ?」
「確かに【雷の結晶】に間違いないのですが、質はよくありません。塩の塊自体は特に問題はないのですが、結晶そのものの質が劣っています」
「保管の問題?」
「それだけが原因ではありません。きっと湖の水質が関係しているのだと思います。ヴァーグ殿、【炎の結晶】と【水の結晶】にはどのような水を使いましたか?」
「どんな……って、オルシアの鱗から湧き上がった水を、シエルの鱗を使って品質を保ってますけど…」
「それです! それが原因です!!」
「へ?」
「オルシア? シエル?」
初めて聞く名前にリヴァージュは首を傾げた。
「俺が契約を結んでいるドラゴンの夫婦です。オルシアは雄、シエルは雌です」
「ドラゴンの鱗……だと!? ヴァーグ殿といいましたね!? どうか我が国を救っていただきたい!!」
リヴァージュはヴァーグの手を取って頭を下げてきた。
何が何だか分からない状況のヴァーグは「は…はぁ……」と曖昧な返事をすることしかできなかった。
<つづく>
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる