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第50話 今年も新年祭を迎えました
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新年が空ける一日前、ヴァーグ達は王都へとやってきた。明日、開催される新年祭の準備をするためだ。
今回、中央広場に出店するのはデイジーの会社、ビリーの花屋、ゲンたち職人たちの店、そしてヴァーグたちの店と変わり映えはしない。
中身を変えてきたのだ。
デイジーの店は今回もナンシーの両親が協力して、近隣諸国の民族衣装を着ることができるようになった。それをデイジーが記念撮影をする。もちろん婚礼衣装も用意されている。
ビリーの花屋はゲンの所で働くガラス細工の職人と一緒に、スノードームやガラスの器と花を使ったインテリアを製作することになった。使用する花はケインが契約を結んでいる妖精たちが大量に用意してくれた。(妖精たちは村で大人しくお留守番)スノードームで使用するガラスは村で多めに作ってきているが、ヴァーグから蓋のついた透明な瓶でも作れることを教えてもらい、四角い瓶や円柱の瓶など色々と集め、お客もお金を払えば自分で作ることができるようにした。金額は子供でも払えるように、一番小さい瓶で200エジル。
職人たちは相変わらず家具やインテリアを販売する。芸術祭の時に販売した物の修理も受けられるようにし、アフターサービスも売りの一つとするようだ。
今回もマックスは足湯を担当している。かなり寒くなってきたので、今回はソフトクリームの販売はないが、足湯の浴槽を2倍に広げたことで、接客に専念することになった。
ドラゴンのオルシア親子は子供たちの相手をする。コロリスが契約を結んでいるグリフォンのヴァンも協力してくれることになり、想像上での存在だった生き物は人気を得るだろう。
そしてヴァーグたちの店は、今回は食事メインとなった。前回同様、飲み物とサンドイッチの軽食に加え、大釜で炊いたご飯をおにぎりにして販売することになった。おにぎりを作るのはポールとユージンの2人。ポールはリチャードに頼んで騎士団で使っている大釜を借りてくれた。それだけではなく、騎士団の調理担当も数人手配してくれたのだ。
デザートもいくつかは用意してある。一口サイズのチョコタルト、3cm四方のサイコロ状のイチゴと生クリームのケーキ、クレープという小麦粉の粉から作った平べったく焼いた物に、クリームやフルーツを包み込んで、5cmほどの正方形に形を整えラッピングした物、前回の芸術祭で人気だった一口サイズのドーナツも販売し、これまた芸術祭と同じようにお客に物を取ってもらう形にした。
食事はカレーライス、おでん、豚肉と野菜の味噌汁、肉まんなど、体が温まる料理が主だ。ラインハルトとジャンが中心となって、助っ人で来てくれた騎士団の料理担当と一緒に販売することになった。
今回はたい焼きとたこ焼きは売らない。その代わりケインはお好み焼きを販売することになった。平べったい大きな鉄板に何枚も焼けるように一つを小さくし、具材も沢庵、ネギ、紅ショウガだけにして、販売価格も一枚100エジルに抑えた。前に作った時は厚いお好み焼きにしたが、今回は薄く伸ばして三つに折りたたんだ形にした。
「だって、これがわたしの故郷のお好み焼きなんだもん」
ヴァーグにとっては懐かしい郷土料理。お好み焼きと言ったら【これ】が当たり前だと思っていた。
なぜ薄く焼いた小さいサイズにしたのか…。それは他の物も沢山食べてもらいたいという配慮だ。
肉まんも小さくし、おにぎりも小さい。初めての商品で大きくしても、気に入らなければゴミになってしまう。ゴミを減らす為に考えたのだ。
今回も広場には沢山のゴミ箱がある。女神が特別に作ってくれたものだ。このゴミ箱に入れられたゴミは、自動的に女神のいる空間に転送され、そこで処分してくれるそうだ。
沢山のお菓子と、カレーライス、おでん、肉まんを受け取った女神は、今頃上機嫌でモニターを見ながら食べている事だろう。
翌日、朝日が昇ると同時に王宮の裏手から花火が上がった。
本来なら国王一家が王宮のバルコニーに出てから開催の合図が上がるのだが、今年は国王一家はバルコニーに姿を見せなかった。
なぜなら……
「ケイン殿!! 新しい料理をわしにくれないか!?」
中央広場の一番乗りが国王だったからだ。
そして臨時の保育所に第三王子が、飲み物売り場に第四王女が、お好み焼きの売り場に第三王女が手伝いとしているからでもある。
「陛下、新年のご挨拶を忘れていますよ」
一目散に走り出す国王の後ろから王妃が大きな声で注意した。
その声に急ブレーキを掛けた国王の前に、中央広場に出店する関係者全員が並んだ。
大人数が一斉にならず光景は圧巻だ。急な出来事に国王がうろたえていると、ゲンが前に出てきて頭を深く下げた。
「国王陛下、新年おめでとうございます」
ゲンがそう挨拶をすると、並んだ全員が声を揃えて「おめでとうございます」と挨拶をした。
中央広場に出店した今までの販売員は、このように挨拶をしたことがなかった。初めての光景に国王は戸惑っている。
そんな国王の横に王妃と第二王女がやってきて、同時に頭を下げた。
「おめでとうございます」
王妃と第二王女の声にハッとした国王も、慌てて頭を下げた。
「陛下はそのような事をなさらなくて結構です。この国の国王なんですから」
「あ…ああ、そうじゃったな」
「では、陛下には今一度、開会宣言をお願いいたします」
「そうじゃな。では、ただいまを持って新年祭を開催する。皆の者、大いに楽しむがいい!」
そう宣言すると、並んだ販売関係者の位置から、パンパンという乾いた音が鳴り響いた。
その音に驚いた国王と第二王女が目を瞑ると、広場の開場を待ちわびていた観客から大歓声が上がった。
恐る恐る目を開けた国王と第二王女が目にしたのは、広場全体に舞い散る無数の色々な種類の花びらだった。販売関係者が一斉にクラッカーの紐を引っ張ったようだ。
以前、同じ光景を見たことがある王妃は特に驚いた様子はなかったが、第二王女は初めて見る光景に大喜びだ。
今回、第一王女、第一王子、第二王子は広場に来ていない。
「あんな大勢の中に行かなくてはいけないなんて、わたくしは絶えられませんわ!」
と癇癪を起こす第一王女。
「ちょっと行きたいところがあるから…」
と付き人を付けずにどこかへと走り去った第一王子。
「夕方までには戻ります!!」
と、これまたどこかへと走り去った第二王子。
それぞれ個人で行動しているので、国王も王妃も強制はしなかった。
「ここにこれば美味しい物を食べられたのに。勿体ないですわね、王妃様」
第二王女のセリーヌはドーナツを片手に、嬉しそうに王妃とテーブルに座って談笑している。
王妃も初めて食べる肉まんが気に入ったのか、「勿体ないわね」と言いながらも肉まんを頬張っている。
同じテーブルでは国王がカレーライスとおでん、お好み焼きを一口食べては「旨い!」と連呼し、周りを警備している側近たちの喉が鳴り続けている。
「あなたたちも交代しながら食べなさい」
王妃の言葉にぱぁーっと顔を明るくした側近たちは、じゃんけんで勝った者が先に店へと走った。
戻ってきた側近たちの手には大量の料理があり、じゃんけんに負けた人の分まで買ってきたようだ。側近たちは国王たちが座るテーブルを取り囲むようにテーブルを配置し直し、嬉しそうに食べながら警備を続けた。
国王一家が美味しそうに食べているのが宣伝となり、ヴァーグ達の店は客が途絶えなかった。
ルイーズ王女はマリーとミリーと一緒に客の誘導をしてくれている。
「ねえ、マリーちゃん、ミリーちゃん、おにぎりって美味しいの?」
ご飯を見たことがないルイーズ王女は、ポールとユージンが出際よく握るおにぎりが気になって仕方ないようだ。
「うん、おいしいよ」
「ミリーはね、中にお魚が入っているのが好き!」
「マリーも!!」
「食べてみたいな……」
双子たちに美味しいと言われ、食べてみたい衝動に駆られるが、今は接客の最中。ブンブンと頭を振って気を間際らそうとした。
そこにヴァーグがやってきた。
「少し休憩する?」
「まだ始めたばかりだからいいです」
「あら、いいの? クリス様にお聞きしたけど、朝ご飯食べて来なかったんでしょ? お腹空いているんじゃないの?」
「そ…それは……」
タイミングよくルイーズ王女のお腹がグーっとなった。
「エルザさん、お客様の誘導をお願いできますか? 子供たちは食事休憩を取ってきます」
「わかりました。マリーちゃん、ミリーちゃん、何食べる?」
「マリーはおにぎり! お魚の!!」
「ミリーも! ミリーも!!」
「はい、わかりました。ルイーズ様はいかがしますか?」
「じゃ…じゃあ、同じの……」
「はい。少し待っててね」
エルザはルイーズ王女の事を知っている。それでもごく普通に接してくれる。
彼女だけではなく、他のメンバーも王族たちを一販売員として接してくれている。これは昨日の夜、ヴァーグから皆に忠告があったからだ。なるべく普通に接してほしいと。
エルザは植物で編み込まれた籠の中に、何種類かのおにぎりとサンドイッチを積めて双子に渡した。
「ラインハルト君の所でお味噌汁を6つ貰ってね」
「はーい」
「6つ?」
3人だけなのになぜ倍の数を言ったのだろうか?
その答えはラインハルトが教えてくれた。
「託児所にエテ様たちがいるから届けてくれるかい?」
「はーい!」
残り3つは臨時の保育所(託児所)にいるエテ王子、コロリス、ファナの3人の分だった。
お好み焼きを焼くケインは、助手としてついてくれたクリスティーヌ王女と販売を続けた。
「疲れない?」
ケインが隣から声を掛けると、
「全然! まだまだ大丈夫です!」
と明るい笑顔で返事をした。
最初、ケインと一緒に販売することをクリスティーヌ王女は躊躇った。去年のお茶会以降、顔を合わせていないが、それでもケインの事を考える日々が増え、どう接していいのか分からなかった。
だけど、「今日も宜しく」と普通に挨拶してきた彼に、自然と不安は消え去っていった。
少しでも多く一緒にいる時間を過ごしたいクリスティーヌ王女は、ケインの足手まといにならないように意気込んで販売作業に取り掛かった。
「これは何というお料理なんですか?」
お客から質問され、クリスティーヌ王女はすぐに答えられなかった。
助け舟を出したのはケインだった。
「お好み焼きっていう食べ物ですよ。小麦粉を水で溶いて、卵、ネギ、沢庵という大根を乾燥させた物と紅ショウガっていう生姜の根っこを梅とお酢に付け込んだ物を混ぜて焼いているだけです」
「そんなに簡単に作れるの?」
「はい。家庭にフライパンがあれば簡単に作れます」
「じゃあ、あのおでんっていうのは?」
別のお客が質問してきた。
「魚や昆布の出汁に、大根やジャガイモ、こんにゃく、ゆで卵を入れて煮込んだ物です。その横のカレーは野菜と肉を煮込んでカレー粉という粉を加えた料理ですよ」
「へぇ~、聞いていると簡単に作れそうだね」
「ただ煮込むだけですからね。カレーの具材で、カレー粉の代わりにミルクを入れるとシチューという違った料理になりますよ」
「そうなのか? 材料が一緒なのに?」
「味付けを変えるだけで全く違う料理になるんです。因みに奥で売っているおにぎりと味噌汁は相性が抜群なので、是非食べてみてください。先ほど、国王様がおかわりされていました」
「何? 陛下がおかわりするほど旨いのか? それは是が非でも食べなくては!!」
ケインの口から「国王様」という単語が出た途端、並んでいたお客は急いで隣のブースへと仲間を走らせた。
少しお客がはけたな…と一休みしていたラインハルトとジャンは急にお客が殺到し、飲もうとしていたお茶を放り投げて販売を開始した。
「ありがとうございます、ケインさん」
「気にしなくていいよ。いつもの事だから」
「でも、販売する以上、お料理の事について詳しくないといけませんね」
「まぁ、村人以外は初めて食べる物だからな。中身だけでも知っていれば大丈夫だよ。しばらくは村の中だけでの販売になると思うからね」
「どうしてですか?」
「俺は王都に広げてもいいと思うんだけど、ヴァーグさんが言うには『村でしか食べる事が出来ない限定品』って言えば、それだけ価値が上がるんだって。いずれは国内全域に広げていきたいって思っているらしいんだけど、しばらくは限定品にするらしいよ」
価値が上がることだけを考えて限定にしているようには見えないが、ヴァーグには何か考えがあるんじゃないか?とケインは思っている。
たしかにケインが思っている事は嘘ではない。フライパンを使って作れるお好み焼きなどはすぐに広げてもいいが、おでんに使う出汁や、ご飯を炊く炊飯器など、一般家庭はもちろん、レストランや食堂などにも普及していない材料や機材が完成する前に、これらの料理を広めても、美味しく作る事が出来ない事をヴァーグは懸念していた。
その為、機材や調味料などが大量生産でき、一般家庭にも手が出しやすい値段にまで下がるまで、村だけで販売することを決めたのだ。
「陛下、お客様をお連れしました」
王宮に残っていたダイスが、1人の青年を連れて広場までやってきた。
今日一日、王宮は閉鎖されている。理由は王宮の主が中央広場から戻ってこないから。
新年の挨拶に来た近隣諸国の王侯貴族たちは、王宮に残っている大臣が対応したり、事前に国王と会う約束をしている人はダイスが連れてくることになっている。
今、ダイスが連れてきたのはボルツール公国のリヴァージュだった。
「おお、君はボルツール公爵のご子息だったな」
「ご無沙汰しております、陛下。新年おめでとうございます」
「ああ、おめでとう。確か父君が来ると聞いていたのじゃが、父君はどうされた? 大臣に捕まっているのか?」
「いえ、父は体調を崩してまして、代理でわたしがお伺いしました」
「体調を崩しているって、なにか大きな病なのかね?」
「そうではないのですが、ちょっと、寒中水泳をやり過ぎまして……」
「へ?」
「母もそれに付き合っていましたので、2人で寝込んでいます」
リヴァージュのいう【寒中水泳】とは、エテ王子から頼まれている雷が落ちる湖の調査の事だ。側近たちがどんなに止めても湖に出かけてしまい、つい二日前、とうとう熱を出してしまった。
「可愛い甥っ子の頼みなんだよ~」
と、熱にうなされながら、夢の中でも水の中を泳いでいるようだ。
「ボルツール公爵は面白い方じゃな」
「わたしは恥ずかしく思います」
「して、父君はわしにどんな用事があったのかね?」
「エテ王子からボルツール公国の湖の調査を頼まれていまして、そのご報告に上がりました。ですが、今日は楽しい祭りですので、ご報告は日を改めさせていただきます」
「エテは何を頼んだのじゃ?」
「王立研究院との大切な調査だとお伺いしております。それで、その肝心の王子はどこに…?」
「あそこで子供たちの相手をしておる。エテだけじゃない。クリスもルイーズも手伝いで広場で走り回っている」
「……王族が……ですか?」
「本人たちがやりたいと言っている事に、わしたちが口を出す事ではない。それに、エテは近い将来、王室を離れる。今から手に職を持っていても何の不自由もなかろう」
「はぁ…」
新年祭に出店する一般市民の手伝いに、王族が名乗り出る事は近隣諸国でも聞いたことがない。他の国の王族なら断る事案だ。それがエテ王子が自ら名乗り出ている。
リヴァージュは最初は驚いたが、考えてみれば自分の父親も大臣や側近たちに反対されているのに、自分から動く人だ。父と同じ血を受け継ぐ者なら、何の驚きもない事を感じた。
「君もどうだね? ここの料理は最高だぞ」
国王は串に刺さったおでんのこんにゃくをリヴァージュに差し出した。
「それはなんですか?」
「【おでん】というものだ。魚や海藻の出汁で煮込んだ物らしい。とても美味しいぞ」
「【肉まん】もとても美味しかったですわ。今回は体が温まる料理ばかりなので、体もポカポカして、寒さを感じませんの」
「新しい料理ですね。父が楽しみにしていました」
「ヴァーグ殿に頼んで作り方を聞いて、父君たちに振る舞ってやってはどうだ? きっと喜ぶぞ」
「買い物がてら聞いてみます。まずはエテ王子をからかってきますね。失礼します」
小さく頭を下げると、リヴァージュは白いテントの方へと歩みを進めた。
役目を終えたダイスは王宮へと戻っていった。ちゃっかりとお好み焼きと肉まん、おにぎりを買い込んで。
去っていくリヴァージュの後ろ姿を見送ったセリーヌ王女は、その方向にある人物を見つけた。
嬉しそうにその人物に声を掛けようとしたが、その人物のすぐ側に他の人がいることに気付いた。
「……」
その人物ー背に高い青年の隣には、小柄な少女が彼と腕を組んで歩いていた。彼には妹はいないと聞いている。だとすると、親しげに腕を組んでいる少女は恋人となる。青年と少女は花屋の前で何かを注文している様子だった。
その光景を見ていられなくなったセリーヌ王女は、不自然に視線を外し、自分の足元に視線を落とした。
「どうかなさいましたか?」
様子がおかしいセリーヌ王女に王妃が声を掛けた。
「あ…いえ……」
「陛下が、まだ召し上がると仰るのですが、一緒に買いに行きますか?」
「は…はい。お供します」
椅子から立ち上がったセリーヌ王女は、もう一度花屋の方を見た。
花屋の前にいる青年は、ビリーが作ってくれた小さなブーケを隣にいる少女に渡していた。その笑顔は自分も見たことがない表情。あの笑顔は隣にいる少女だけに向けられたものだとすぐに理解できた。
青年は王宮に出入りしている仕立て屋。いつもセリーヌ王女のドレスを作ってくれている。年も近い事もあって、話が弾み、王女は密かに青年の事を慕っていた。だが、自分は王女、相手は身分もない商人。どうあがいても一緒になることはできない。
(失恋……決定かな?)
いずれ青年の口から何かを告げられるだろう。その前に今の光景を見れた事は、受けるダメージが軽減できる。
しばらくは恋はしないだろう、そう悟ったセリーヌ王女だった。
お好み焼きの販売を手伝うクリスティーヌ王女は、そういえば今日は一度も婿候補たちに会っていない事に気付いた。
ウイリアムは使者を通じて「身分のある、しかも次期国王となるわたしが、下町になど出かけるわけがない。夜の王宮での舞踏会を楽しみにしている」と伝えてきた。
レヴィアンは新年所には毎年、一族で過ごす事になっている。「昔からの伝統を崩すわけにはいかない」といつのも冷たい口調で一週間以上前に断りを入れていた。
エリオはどうしても行かなければならないところがあるとかで、数日前から屋敷にも戻っていないそうだ。
この三人は全員が全員、クリスティーヌ王女が新年祭のお誘いをしていないにもかかわらず、向こうから一方的に断ってきた。
特に今年は王宮での舞踏会が中止になった事すら知らないウイリアムは、友達を屋敷に招いて新年のパーティーをしている。そこにクリスティーヌ王女を誘うという事はしなかった。
レヴィアンも婿候補に選ばれたのなら一族の新年会にクリスティーヌ王女を招けばいいのに、「まだ一族の仲間入りをしていない」という理由で招待を断わった。(クリスティーヌ王女は一度も出席したいとは言っていない)
はぁ…と大きな溜息を吐いたクリスティーヌ王女の目の前に、白いマグカップが差し出された。中にはクリスティーヌ王女の好物であるイチゴミルクが入っていた。
驚いて見上げると、ケインが立っていた。
「疲れた?」
「あ、いえ…」
「さっき、陛下が四回目のおかわりをしていったよ」
「すみません…」
父がこれほどまでに気に入るとは思わず、クリスティーヌ王女は何故が恥ずかしくなった。
「別にいいよ。ちゃんとお金払ってくれているし、陛下が買ってくれると宣伝にもなるから」
「明日から王宮料理人にリクエストが入りますね。料理長たちは再現できるかしら?」
「う~ん…どうだろう? カレーを初めて作った時も、ヴァーグさんが悩みに悩んで作っていたし、今回のおでんや肉まんも頭悩ませながら、何度か作り直していたからな」
「そう簡単には再現できない…ということでしょうか?」
「かもね。俺も同じ味に再現できる自信はない。レシピはある?って聞いたら、感覚で作っているから調味料は適当に入れているって言ってた。これからレシピ作成の為に細かく作るみたい」
「……わたくしも、間近で見学できたら……」
レシピ通りに作ることはできるが、料理を作る過程は実際に見ないとわからない事がある。タマネギがしんなりするまで炒めるとか、素材を軽く茹でるとか、どんな状態にしなければならないのか、実際に目にしないと分からない。だからだろうか。王宮料理人たちは難しい工程の料理を作ろうとしない。
「この後、陛下に王宮料理人を留学させないかって提案する予定」
「リュウガク……ですか?」
「何人かレストランの修行に来て、料理を完璧に覚えて帰ってくれたら、陛下も喜ぶだろ? いずれは学校を作って料理人を目指す人を教える場所を作る予定。その前に教える人を育てないといけないんだけどね」
「あ……あの、そのレストランで修行する資格は、王族はダメですか?」
「え? 別に身分は関係ないよ。本当に料理を学びたいって言う気持ちがあれば、俺は大歓迎だ」
「もし……もし、わたくしが行きたいっと言ったら、受け入れてくれますか?」
「もちろんだよ」
すぐに返っていた返事にクリスティーヌ王女は顔を明るくした。
「ただし!」
ケインは念を押すように言葉を続けた。
「陛下の許可を得る事。まあ、あの陛下なら喜んで送りだしてくれるな」
「そうかもしれませんね」
クスクスと笑うクリスティーヌ王女に釣られて、ケインも笑い出した。
その時、
「すみませ~ん。このお好み焼きっていうのをくださ~い」
と、新しい来客が声を掛けた。
「あ、は~い! 今行きます!!」
ケインはその場を走り去り、やってきた客の相手をした。
その後ろでクリスティーヌ王女は「よし!」と気合を入れた。村に修行に行くことを決めたようだ。
だが、彼女には大きな壁がある。国王や王妃は快く送り出してくれるだろう。問題は母親だ。あの母親をどう説得するかが一番の難関だ。婿候補たちから逃れるためには、一日も早く母親と話し合わなくてはならない。
果たして、この話を聞き入れてもらえるだろうか…。
<つづく>
今回、中央広場に出店するのはデイジーの会社、ビリーの花屋、ゲンたち職人たちの店、そしてヴァーグたちの店と変わり映えはしない。
中身を変えてきたのだ。
デイジーの店は今回もナンシーの両親が協力して、近隣諸国の民族衣装を着ることができるようになった。それをデイジーが記念撮影をする。もちろん婚礼衣装も用意されている。
ビリーの花屋はゲンの所で働くガラス細工の職人と一緒に、スノードームやガラスの器と花を使ったインテリアを製作することになった。使用する花はケインが契約を結んでいる妖精たちが大量に用意してくれた。(妖精たちは村で大人しくお留守番)スノードームで使用するガラスは村で多めに作ってきているが、ヴァーグから蓋のついた透明な瓶でも作れることを教えてもらい、四角い瓶や円柱の瓶など色々と集め、お客もお金を払えば自分で作ることができるようにした。金額は子供でも払えるように、一番小さい瓶で200エジル。
職人たちは相変わらず家具やインテリアを販売する。芸術祭の時に販売した物の修理も受けられるようにし、アフターサービスも売りの一つとするようだ。
今回もマックスは足湯を担当している。かなり寒くなってきたので、今回はソフトクリームの販売はないが、足湯の浴槽を2倍に広げたことで、接客に専念することになった。
ドラゴンのオルシア親子は子供たちの相手をする。コロリスが契約を結んでいるグリフォンのヴァンも協力してくれることになり、想像上での存在だった生き物は人気を得るだろう。
そしてヴァーグたちの店は、今回は食事メインとなった。前回同様、飲み物とサンドイッチの軽食に加え、大釜で炊いたご飯をおにぎりにして販売することになった。おにぎりを作るのはポールとユージンの2人。ポールはリチャードに頼んで騎士団で使っている大釜を借りてくれた。それだけではなく、騎士団の調理担当も数人手配してくれたのだ。
デザートもいくつかは用意してある。一口サイズのチョコタルト、3cm四方のサイコロ状のイチゴと生クリームのケーキ、クレープという小麦粉の粉から作った平べったく焼いた物に、クリームやフルーツを包み込んで、5cmほどの正方形に形を整えラッピングした物、前回の芸術祭で人気だった一口サイズのドーナツも販売し、これまた芸術祭と同じようにお客に物を取ってもらう形にした。
食事はカレーライス、おでん、豚肉と野菜の味噌汁、肉まんなど、体が温まる料理が主だ。ラインハルトとジャンが中心となって、助っ人で来てくれた騎士団の料理担当と一緒に販売することになった。
今回はたい焼きとたこ焼きは売らない。その代わりケインはお好み焼きを販売することになった。平べったい大きな鉄板に何枚も焼けるように一つを小さくし、具材も沢庵、ネギ、紅ショウガだけにして、販売価格も一枚100エジルに抑えた。前に作った時は厚いお好み焼きにしたが、今回は薄く伸ばして三つに折りたたんだ形にした。
「だって、これがわたしの故郷のお好み焼きなんだもん」
ヴァーグにとっては懐かしい郷土料理。お好み焼きと言ったら【これ】が当たり前だと思っていた。
なぜ薄く焼いた小さいサイズにしたのか…。それは他の物も沢山食べてもらいたいという配慮だ。
肉まんも小さくし、おにぎりも小さい。初めての商品で大きくしても、気に入らなければゴミになってしまう。ゴミを減らす為に考えたのだ。
今回も広場には沢山のゴミ箱がある。女神が特別に作ってくれたものだ。このゴミ箱に入れられたゴミは、自動的に女神のいる空間に転送され、そこで処分してくれるそうだ。
沢山のお菓子と、カレーライス、おでん、肉まんを受け取った女神は、今頃上機嫌でモニターを見ながら食べている事だろう。
翌日、朝日が昇ると同時に王宮の裏手から花火が上がった。
本来なら国王一家が王宮のバルコニーに出てから開催の合図が上がるのだが、今年は国王一家はバルコニーに姿を見せなかった。
なぜなら……
「ケイン殿!! 新しい料理をわしにくれないか!?」
中央広場の一番乗りが国王だったからだ。
そして臨時の保育所に第三王子が、飲み物売り場に第四王女が、お好み焼きの売り場に第三王女が手伝いとしているからでもある。
「陛下、新年のご挨拶を忘れていますよ」
一目散に走り出す国王の後ろから王妃が大きな声で注意した。
その声に急ブレーキを掛けた国王の前に、中央広場に出店する関係者全員が並んだ。
大人数が一斉にならず光景は圧巻だ。急な出来事に国王がうろたえていると、ゲンが前に出てきて頭を深く下げた。
「国王陛下、新年おめでとうございます」
ゲンがそう挨拶をすると、並んだ全員が声を揃えて「おめでとうございます」と挨拶をした。
中央広場に出店した今までの販売員は、このように挨拶をしたことがなかった。初めての光景に国王は戸惑っている。
そんな国王の横に王妃と第二王女がやってきて、同時に頭を下げた。
「おめでとうございます」
王妃と第二王女の声にハッとした国王も、慌てて頭を下げた。
「陛下はそのような事をなさらなくて結構です。この国の国王なんですから」
「あ…ああ、そうじゃったな」
「では、陛下には今一度、開会宣言をお願いいたします」
「そうじゃな。では、ただいまを持って新年祭を開催する。皆の者、大いに楽しむがいい!」
そう宣言すると、並んだ販売関係者の位置から、パンパンという乾いた音が鳴り響いた。
その音に驚いた国王と第二王女が目を瞑ると、広場の開場を待ちわびていた観客から大歓声が上がった。
恐る恐る目を開けた国王と第二王女が目にしたのは、広場全体に舞い散る無数の色々な種類の花びらだった。販売関係者が一斉にクラッカーの紐を引っ張ったようだ。
以前、同じ光景を見たことがある王妃は特に驚いた様子はなかったが、第二王女は初めて見る光景に大喜びだ。
今回、第一王女、第一王子、第二王子は広場に来ていない。
「あんな大勢の中に行かなくてはいけないなんて、わたくしは絶えられませんわ!」
と癇癪を起こす第一王女。
「ちょっと行きたいところがあるから…」
と付き人を付けずにどこかへと走り去った第一王子。
「夕方までには戻ります!!」
と、これまたどこかへと走り去った第二王子。
それぞれ個人で行動しているので、国王も王妃も強制はしなかった。
「ここにこれば美味しい物を食べられたのに。勿体ないですわね、王妃様」
第二王女のセリーヌはドーナツを片手に、嬉しそうに王妃とテーブルに座って談笑している。
王妃も初めて食べる肉まんが気に入ったのか、「勿体ないわね」と言いながらも肉まんを頬張っている。
同じテーブルでは国王がカレーライスとおでん、お好み焼きを一口食べては「旨い!」と連呼し、周りを警備している側近たちの喉が鳴り続けている。
「あなたたちも交代しながら食べなさい」
王妃の言葉にぱぁーっと顔を明るくした側近たちは、じゃんけんで勝った者が先に店へと走った。
戻ってきた側近たちの手には大量の料理があり、じゃんけんに負けた人の分まで買ってきたようだ。側近たちは国王たちが座るテーブルを取り囲むようにテーブルを配置し直し、嬉しそうに食べながら警備を続けた。
国王一家が美味しそうに食べているのが宣伝となり、ヴァーグ達の店は客が途絶えなかった。
ルイーズ王女はマリーとミリーと一緒に客の誘導をしてくれている。
「ねえ、マリーちゃん、ミリーちゃん、おにぎりって美味しいの?」
ご飯を見たことがないルイーズ王女は、ポールとユージンが出際よく握るおにぎりが気になって仕方ないようだ。
「うん、おいしいよ」
「ミリーはね、中にお魚が入っているのが好き!」
「マリーも!!」
「食べてみたいな……」
双子たちに美味しいと言われ、食べてみたい衝動に駆られるが、今は接客の最中。ブンブンと頭を振って気を間際らそうとした。
そこにヴァーグがやってきた。
「少し休憩する?」
「まだ始めたばかりだからいいです」
「あら、いいの? クリス様にお聞きしたけど、朝ご飯食べて来なかったんでしょ? お腹空いているんじゃないの?」
「そ…それは……」
タイミングよくルイーズ王女のお腹がグーっとなった。
「エルザさん、お客様の誘導をお願いできますか? 子供たちは食事休憩を取ってきます」
「わかりました。マリーちゃん、ミリーちゃん、何食べる?」
「マリーはおにぎり! お魚の!!」
「ミリーも! ミリーも!!」
「はい、わかりました。ルイーズ様はいかがしますか?」
「じゃ…じゃあ、同じの……」
「はい。少し待っててね」
エルザはルイーズ王女の事を知っている。それでもごく普通に接してくれる。
彼女だけではなく、他のメンバーも王族たちを一販売員として接してくれている。これは昨日の夜、ヴァーグから皆に忠告があったからだ。なるべく普通に接してほしいと。
エルザは植物で編み込まれた籠の中に、何種類かのおにぎりとサンドイッチを積めて双子に渡した。
「ラインハルト君の所でお味噌汁を6つ貰ってね」
「はーい」
「6つ?」
3人だけなのになぜ倍の数を言ったのだろうか?
その答えはラインハルトが教えてくれた。
「託児所にエテ様たちがいるから届けてくれるかい?」
「はーい!」
残り3つは臨時の保育所(託児所)にいるエテ王子、コロリス、ファナの3人の分だった。
お好み焼きを焼くケインは、助手としてついてくれたクリスティーヌ王女と販売を続けた。
「疲れない?」
ケインが隣から声を掛けると、
「全然! まだまだ大丈夫です!」
と明るい笑顔で返事をした。
最初、ケインと一緒に販売することをクリスティーヌ王女は躊躇った。去年のお茶会以降、顔を合わせていないが、それでもケインの事を考える日々が増え、どう接していいのか分からなかった。
だけど、「今日も宜しく」と普通に挨拶してきた彼に、自然と不安は消え去っていった。
少しでも多く一緒にいる時間を過ごしたいクリスティーヌ王女は、ケインの足手まといにならないように意気込んで販売作業に取り掛かった。
「これは何というお料理なんですか?」
お客から質問され、クリスティーヌ王女はすぐに答えられなかった。
助け舟を出したのはケインだった。
「お好み焼きっていう食べ物ですよ。小麦粉を水で溶いて、卵、ネギ、沢庵という大根を乾燥させた物と紅ショウガっていう生姜の根っこを梅とお酢に付け込んだ物を混ぜて焼いているだけです」
「そんなに簡単に作れるの?」
「はい。家庭にフライパンがあれば簡単に作れます」
「じゃあ、あのおでんっていうのは?」
別のお客が質問してきた。
「魚や昆布の出汁に、大根やジャガイモ、こんにゃく、ゆで卵を入れて煮込んだ物です。その横のカレーは野菜と肉を煮込んでカレー粉という粉を加えた料理ですよ」
「へぇ~、聞いていると簡単に作れそうだね」
「ただ煮込むだけですからね。カレーの具材で、カレー粉の代わりにミルクを入れるとシチューという違った料理になりますよ」
「そうなのか? 材料が一緒なのに?」
「味付けを変えるだけで全く違う料理になるんです。因みに奥で売っているおにぎりと味噌汁は相性が抜群なので、是非食べてみてください。先ほど、国王様がおかわりされていました」
「何? 陛下がおかわりするほど旨いのか? それは是が非でも食べなくては!!」
ケインの口から「国王様」という単語が出た途端、並んでいたお客は急いで隣のブースへと仲間を走らせた。
少しお客がはけたな…と一休みしていたラインハルトとジャンは急にお客が殺到し、飲もうとしていたお茶を放り投げて販売を開始した。
「ありがとうございます、ケインさん」
「気にしなくていいよ。いつもの事だから」
「でも、販売する以上、お料理の事について詳しくないといけませんね」
「まぁ、村人以外は初めて食べる物だからな。中身だけでも知っていれば大丈夫だよ。しばらくは村の中だけでの販売になると思うからね」
「どうしてですか?」
「俺は王都に広げてもいいと思うんだけど、ヴァーグさんが言うには『村でしか食べる事が出来ない限定品』って言えば、それだけ価値が上がるんだって。いずれは国内全域に広げていきたいって思っているらしいんだけど、しばらくは限定品にするらしいよ」
価値が上がることだけを考えて限定にしているようには見えないが、ヴァーグには何か考えがあるんじゃないか?とケインは思っている。
たしかにケインが思っている事は嘘ではない。フライパンを使って作れるお好み焼きなどはすぐに広げてもいいが、おでんに使う出汁や、ご飯を炊く炊飯器など、一般家庭はもちろん、レストランや食堂などにも普及していない材料や機材が完成する前に、これらの料理を広めても、美味しく作る事が出来ない事をヴァーグは懸念していた。
その為、機材や調味料などが大量生産でき、一般家庭にも手が出しやすい値段にまで下がるまで、村だけで販売することを決めたのだ。
「陛下、お客様をお連れしました」
王宮に残っていたダイスが、1人の青年を連れて広場までやってきた。
今日一日、王宮は閉鎖されている。理由は王宮の主が中央広場から戻ってこないから。
新年の挨拶に来た近隣諸国の王侯貴族たちは、王宮に残っている大臣が対応したり、事前に国王と会う約束をしている人はダイスが連れてくることになっている。
今、ダイスが連れてきたのはボルツール公国のリヴァージュだった。
「おお、君はボルツール公爵のご子息だったな」
「ご無沙汰しております、陛下。新年おめでとうございます」
「ああ、おめでとう。確か父君が来ると聞いていたのじゃが、父君はどうされた? 大臣に捕まっているのか?」
「いえ、父は体調を崩してまして、代理でわたしがお伺いしました」
「体調を崩しているって、なにか大きな病なのかね?」
「そうではないのですが、ちょっと、寒中水泳をやり過ぎまして……」
「へ?」
「母もそれに付き合っていましたので、2人で寝込んでいます」
リヴァージュのいう【寒中水泳】とは、エテ王子から頼まれている雷が落ちる湖の調査の事だ。側近たちがどんなに止めても湖に出かけてしまい、つい二日前、とうとう熱を出してしまった。
「可愛い甥っ子の頼みなんだよ~」
と、熱にうなされながら、夢の中でも水の中を泳いでいるようだ。
「ボルツール公爵は面白い方じゃな」
「わたしは恥ずかしく思います」
「して、父君はわしにどんな用事があったのかね?」
「エテ王子からボルツール公国の湖の調査を頼まれていまして、そのご報告に上がりました。ですが、今日は楽しい祭りですので、ご報告は日を改めさせていただきます」
「エテは何を頼んだのじゃ?」
「王立研究院との大切な調査だとお伺いしております。それで、その肝心の王子はどこに…?」
「あそこで子供たちの相手をしておる。エテだけじゃない。クリスもルイーズも手伝いで広場で走り回っている」
「……王族が……ですか?」
「本人たちがやりたいと言っている事に、わしたちが口を出す事ではない。それに、エテは近い将来、王室を離れる。今から手に職を持っていても何の不自由もなかろう」
「はぁ…」
新年祭に出店する一般市民の手伝いに、王族が名乗り出る事は近隣諸国でも聞いたことがない。他の国の王族なら断る事案だ。それがエテ王子が自ら名乗り出ている。
リヴァージュは最初は驚いたが、考えてみれば自分の父親も大臣や側近たちに反対されているのに、自分から動く人だ。父と同じ血を受け継ぐ者なら、何の驚きもない事を感じた。
「君もどうだね? ここの料理は最高だぞ」
国王は串に刺さったおでんのこんにゃくをリヴァージュに差し出した。
「それはなんですか?」
「【おでん】というものだ。魚や海藻の出汁で煮込んだ物らしい。とても美味しいぞ」
「【肉まん】もとても美味しかったですわ。今回は体が温まる料理ばかりなので、体もポカポカして、寒さを感じませんの」
「新しい料理ですね。父が楽しみにしていました」
「ヴァーグ殿に頼んで作り方を聞いて、父君たちに振る舞ってやってはどうだ? きっと喜ぶぞ」
「買い物がてら聞いてみます。まずはエテ王子をからかってきますね。失礼します」
小さく頭を下げると、リヴァージュは白いテントの方へと歩みを進めた。
役目を終えたダイスは王宮へと戻っていった。ちゃっかりとお好み焼きと肉まん、おにぎりを買い込んで。
去っていくリヴァージュの後ろ姿を見送ったセリーヌ王女は、その方向にある人物を見つけた。
嬉しそうにその人物に声を掛けようとしたが、その人物のすぐ側に他の人がいることに気付いた。
「……」
その人物ー背に高い青年の隣には、小柄な少女が彼と腕を組んで歩いていた。彼には妹はいないと聞いている。だとすると、親しげに腕を組んでいる少女は恋人となる。青年と少女は花屋の前で何かを注文している様子だった。
その光景を見ていられなくなったセリーヌ王女は、不自然に視線を外し、自分の足元に視線を落とした。
「どうかなさいましたか?」
様子がおかしいセリーヌ王女に王妃が声を掛けた。
「あ…いえ……」
「陛下が、まだ召し上がると仰るのですが、一緒に買いに行きますか?」
「は…はい。お供します」
椅子から立ち上がったセリーヌ王女は、もう一度花屋の方を見た。
花屋の前にいる青年は、ビリーが作ってくれた小さなブーケを隣にいる少女に渡していた。その笑顔は自分も見たことがない表情。あの笑顔は隣にいる少女だけに向けられたものだとすぐに理解できた。
青年は王宮に出入りしている仕立て屋。いつもセリーヌ王女のドレスを作ってくれている。年も近い事もあって、話が弾み、王女は密かに青年の事を慕っていた。だが、自分は王女、相手は身分もない商人。どうあがいても一緒になることはできない。
(失恋……決定かな?)
いずれ青年の口から何かを告げられるだろう。その前に今の光景を見れた事は、受けるダメージが軽減できる。
しばらくは恋はしないだろう、そう悟ったセリーヌ王女だった。
お好み焼きの販売を手伝うクリスティーヌ王女は、そういえば今日は一度も婿候補たちに会っていない事に気付いた。
ウイリアムは使者を通じて「身分のある、しかも次期国王となるわたしが、下町になど出かけるわけがない。夜の王宮での舞踏会を楽しみにしている」と伝えてきた。
レヴィアンは新年所には毎年、一族で過ごす事になっている。「昔からの伝統を崩すわけにはいかない」といつのも冷たい口調で一週間以上前に断りを入れていた。
エリオはどうしても行かなければならないところがあるとかで、数日前から屋敷にも戻っていないそうだ。
この三人は全員が全員、クリスティーヌ王女が新年祭のお誘いをしていないにもかかわらず、向こうから一方的に断ってきた。
特に今年は王宮での舞踏会が中止になった事すら知らないウイリアムは、友達を屋敷に招いて新年のパーティーをしている。そこにクリスティーヌ王女を誘うという事はしなかった。
レヴィアンも婿候補に選ばれたのなら一族の新年会にクリスティーヌ王女を招けばいいのに、「まだ一族の仲間入りをしていない」という理由で招待を断わった。(クリスティーヌ王女は一度も出席したいとは言っていない)
はぁ…と大きな溜息を吐いたクリスティーヌ王女の目の前に、白いマグカップが差し出された。中にはクリスティーヌ王女の好物であるイチゴミルクが入っていた。
驚いて見上げると、ケインが立っていた。
「疲れた?」
「あ、いえ…」
「さっき、陛下が四回目のおかわりをしていったよ」
「すみません…」
父がこれほどまでに気に入るとは思わず、クリスティーヌ王女は何故が恥ずかしくなった。
「別にいいよ。ちゃんとお金払ってくれているし、陛下が買ってくれると宣伝にもなるから」
「明日から王宮料理人にリクエストが入りますね。料理長たちは再現できるかしら?」
「う~ん…どうだろう? カレーを初めて作った時も、ヴァーグさんが悩みに悩んで作っていたし、今回のおでんや肉まんも頭悩ませながら、何度か作り直していたからな」
「そう簡単には再現できない…ということでしょうか?」
「かもね。俺も同じ味に再現できる自信はない。レシピはある?って聞いたら、感覚で作っているから調味料は適当に入れているって言ってた。これからレシピ作成の為に細かく作るみたい」
「……わたくしも、間近で見学できたら……」
レシピ通りに作ることはできるが、料理を作る過程は実際に見ないとわからない事がある。タマネギがしんなりするまで炒めるとか、素材を軽く茹でるとか、どんな状態にしなければならないのか、実際に目にしないと分からない。だからだろうか。王宮料理人たちは難しい工程の料理を作ろうとしない。
「この後、陛下に王宮料理人を留学させないかって提案する予定」
「リュウガク……ですか?」
「何人かレストランの修行に来て、料理を完璧に覚えて帰ってくれたら、陛下も喜ぶだろ? いずれは学校を作って料理人を目指す人を教える場所を作る予定。その前に教える人を育てないといけないんだけどね」
「あ……あの、そのレストランで修行する資格は、王族はダメですか?」
「え? 別に身分は関係ないよ。本当に料理を学びたいって言う気持ちがあれば、俺は大歓迎だ」
「もし……もし、わたくしが行きたいっと言ったら、受け入れてくれますか?」
「もちろんだよ」
すぐに返っていた返事にクリスティーヌ王女は顔を明るくした。
「ただし!」
ケインは念を押すように言葉を続けた。
「陛下の許可を得る事。まあ、あの陛下なら喜んで送りだしてくれるな」
「そうかもしれませんね」
クスクスと笑うクリスティーヌ王女に釣られて、ケインも笑い出した。
その時、
「すみませ~ん。このお好み焼きっていうのをくださ~い」
と、新しい来客が声を掛けた。
「あ、は~い! 今行きます!!」
ケインはその場を走り去り、やってきた客の相手をした。
その後ろでクリスティーヌ王女は「よし!」と気合を入れた。村に修行に行くことを決めたようだ。
だが、彼女には大きな壁がある。国王や王妃は快く送り出してくれるだろう。問題は母親だ。あの母親をどう説得するかが一番の難関だ。婿候補たちから逃れるためには、一日も早く母親と話し合わなくてはならない。
果たして、この話を聞き入れてもらえるだろうか…。
<つづく>
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