選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第49話  新年まで残り5日です

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 新しい年まで残り5日となった日、保育所ではある催しが行われていた。
「では、今からケーキを作りたいと思います!」
 保育所に響くヴァーグの声に、子供たちの歓声が上がった。

 今日は村の子供たちが親と一緒にケーキのデコレーションを体験できる。
 ヴァーグが前にいた世界では、新しい年の5日前は【クリスマス】というイベントがある。元々は外国のお祭りだったが、ヴァーグが住んでいた日本では仲のいい人たちとパーティーを開く。そのパーティーの主役ともいえるのがケーキだ。

 参加した子供たちは保育所を利用したことがある子供たちに加え、観光で訪れた子供たちもいる。火を使うことはないが、『親子で作りましょう』という謳い文句の為、家族で参加している子供たちばかりだ。
 その中に王都にいるシスター・マルガリーテの姿もある。シスター・マルガリーテは孤児院で働いており、親のいない子供たちも参加させたいと願い出た。ヴァーグは快く引き受け、この保育所を泊まる場所として提供し、王都から10人近い子供たちがやってきた。
 親がいない事に悲しい思いをさせないかと心配したが、マリーやミリー、デイジー、ナンシーたちが親代わりとして参加してくれたり、ケーキのデコレーションに興味がある子育てが終わった女性たちも多く参加してくれたことで、王都から来た子供たちも淋しい思いはしなかった。

 今回は一つのテーブルで2~3組の親子が一つのケーキを作る事になった。
「では、各テーブルにスポンジと呼ばれるケーキの土台を配ります。突いたりしないでね」
 ヴァーグの声を合図に、ケイン、ラインハルト、ジャンが各テーブルに土台となるスポンジを配った。
 デイジーとナンシーのテーブルには見たことがない青年が配った。
「あら? 初めて見る顔だけど、新しい従業員?」
 デイジーはスポンジを配る青年に訊ねた。
「ポールと言います。エミー様の嫁ぎ先のミゼル侯爵家の料理人をしています」
「エミーお姉さんの?」
「ケイン殿のご好意で、こちらで修業することになりました。宜しくお願いします」
「そうなんだ! わたしはケインの幼馴染のデイジー。こっちはナンシー。よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします」
 ポールは笑顔で挨拶をした。

 王妃主催のお茶会から戻ってきたケインから、ミゼル侯爵家の料理人を留学させたいと相談を受けたヴァーグは反対しなかった。ケインからその人の料理に腕前を聞いていたのもあるが、エミーが侯爵家に嫁いだ時、こちらの料理を作れる人がいた方が彼女も安心するという心遣いからだ。
 かなり大人しい人だと聞いており、ヴァーグから料理長に留学(という名の修行)を許可した手紙を出すと、すぐに本人が村にやってきた。
「色々と教えてください!!」
 自ら頭を下げたポールを、ヴァーグは期間限定の従業員として雇う事にした。
 侯爵家で働いていただけあって、野菜の皮むきや洗い物はとても上手かった。ただ、自分から行動を起こそうとしないのが問題だ。
(人にはそれぞれ個性あるし…)
 ヴァーグは特に気にしていなかった。こちらからやってほしい事を頼むと素直にやってくれるし、過去にマックスが与えた仕事の中から、自分から動ける仕事を見つけたことがあったので、長い目で見る事にした。

 各テーブルにスポンジが配られるのを確認すると、ヴァーグは軽く手をパンパンと叩いた。
 その音に全員が注目した。
「それでは、今から飾りつけをしたいと思いますが……お手本みたいよね?」
 ヴァーグの問いかけに子供たちが「見たーーい!!」と声を揃えた。
「じゃあ、先生にお手本を見せてもらいましょう。それじゃあ……ラインハルト君!」
「え!? オ…オレ!?」
 まさか自分が指名されるとは思わなかったラインハルトは、驚いた顔を見せた。
 そこはケインだろ?と言ったり言わなかったり……。
「ケーキ作りは村一番の腕前だものね。ちゃんと説明しながらお手本見せるのよ」
「そんな技術ないですよ!」
「大丈夫、大丈夫! いつもポール君に教えているようにやればいいだけだから」
「そんな簡単に言わなくても…」
 ポールに教えているときは同い年という事もあって、何も考えずに教えている。だが、今は子供たちに教えなくてはならない。どんな言葉で教えればいいのか、専門用語を使っていいのだろうか、悩みは沢山ある。
 だが、目の前に集まる子供たちの目がキラキラと輝いており、今か今かと待ち構えている姿を見ると、なぜか不安も迷いも無くなった。
「じゃ…じゃあ、簡単に説明しながら作っていきます。まず、このスポンジを水平…えっと…台と平行になるように真ん中で切ります」
 ラインハルトが言葉を選びながら説明を始めると、子供たちは釘付けになった。大人たちは必死にメモを取っている。
 半分に切ったスポンジの一つに、白い生クリームを塗りその上にスライスしたイチゴを綺麗に並べる。並べたイチゴの上からまた生クリームを薄く塗り、切り分けたスポンジを重ねた。余った生クリームを天辺に乗せ、ヘラで平らに伸ばしていく。天辺を塗り終わると今度は側面を塗っていく。
 スポンジを置いてある台が回転するので、回りながら綺麗に塗られていく側面に、子供たちから「おぉーー!!」という歓声が上がる。
 ラインハルトは照れながらも順調に進めていく。
 最後の仕上げにケーキの天辺に生クリームで飾りを作り、等間隔にイチゴを乗せて、ラインハルトは手にしていた道具を置いた。
「出来上がりです」
 その言葉に子供たちは拍手喝采だ。大人たちも拍手をしている。
 初めて人前で作る所を披露したラインハルトは、照れながらも拍手に応えた。それと同時に何とも言えない達成感を得た。
「じゃ、今度は皆の番よ。さっきの手順をよく思い出して、刃物を使うときはお父さんやお母さんにやって貰ってね」
「はぁ~い!!」
「分からない事があったら、近くにいる先生に質問してね」
 「では開始!」ヴァーグの声で子供たちは一斉に自分のテーブルへと向かった。


 各テーブルでは子供たちを中心にケーキのデコレーションが始まった。
 やはりスポンジを切る作業が大人でも上手くいかず、ケインやラインハルト、ジャンたちが手伝った。三人が手伝ったのはそこだけで、後は子供たちが慣れない手つきで仕上げていった。
 自分の子供たちが、進んで作業をしたり、自分よりも小さい子供たちの面倒を見たりと、普段見る事のない姿に親たちが驚いていた。
「親が知らない間に成長しているんですよ」
 以前、保育所に来る親にヴァーグがよく言っていた言葉。
 保育所が出来るまでは、家庭内や同じ年頃の子供としか接する機会がなく、学校に通う年になると環境に馴染めない子が多かった。だが、今年、保育所が出来たことで今まで交流がなかった人や、村人たちとの交流が増え、村全体が活気づいてきたように感じる。
 子供たちも外で遊ぶことも増え、家の手伝いも進んでするようになった。学校に行く子供たちは毎日楽しそうに登校している。今日はこんなことがあった、あんなことをしたと楽しそうに話す子供たちの変化は親たちが一番身近に感じていた。


 また、外から来る観光客も増え、村を出ていった若者たちも徐々に戻り始めている。
 その中に村を出ていったサリナスの娘夫婦もいた。
 サリナスの娘は学校を卒業してすぐに都会の生活に憧れて村を出た。その後、一年に一度、手紙が来るだけで顔を会わせることはなかったが、手紙で結婚した事、子供が生まれたことは知っていた。まだ自分の宿を経営していた時は少ないお金を送っていてが、温泉宿で働くようになってからは、安定した収入が入り、送金も多くし、保存のきく食べ物などを贈るようになった。
 母の生活の変わりように驚き、一度だけ村に戻ってきたことがあるサリナスの娘は、村が変わったことに驚いた。自分がいた頃は魅力を感じなかった。お洒落をしたい、美味しい物を食べたい、豪華な家に住みたいと言う理想を求めて村を出て、都会へと移り住んだが、現実は上手くいかなかった。同じように田舎から出てきた今の夫と知り合い、細々と暮らしていた。そこに送られてきた母からの贈り物に村の変化を感じ帰郷した。
 母のサリナスと再会した時、サリナスは娘を冷たく突っぱねた。
「都会の生活がいいんだろ? 村には魅力を感じないんだろ?」
 そう冷たく言うサリナスに娘は戸惑った。
 母の言うことは確かだ。都会に憧れて喧嘩までして村を出た。魅力を感じなかった村が劇的に変わったから戻ってくるなど都合のいいことだ。
 2~3日、村に滞在して、サリナスと話をしようとしたが、人気宿の従業員をしている母とはなかなか話が出来なかった。母が忙しそうに働く姿は初めて見る。あんなに生き生きと働く母を見て、自分の為に定期的に仕送りをしてくれる事が申し訳なく思った。
 結局、一度もゆっくりと話すことがなく村を出ようとしたその日、サリナスが見送りに来てくれた。
「言っておくけど、あんたが嫌だって言っても、仕送りは続けるからね」
 そう言うサリナスの目には涙が溜まっていた。
「本当は仕送りなんかしたくないんだよ。あんたの住んでいる所はここから遠すぎる。荷物を送るにも金がかかるんだよ。どうせなら歩いて2~3分の所にいてくれると助かる」
「……それって……」
「あんたさえ良ければ戻っておいで。ヴァーグさん…宿のオーナーに話したら、住み込みの従業員としてなら一緒に暮らしていいって言ってくれた。わたしは自分の宿を手放してしまったから、今はヴァーグさんが経営する温泉宿に住み込みって形で働いているんだ。来年の春にはエミーさんが王都に嫁いでしまうから働き手がなくなる。その代わりにあんたが働いてくれるのなら助かるよ」
「でも、子供が…」
 サリナスの娘の子供は4人いる。7歳(男)を筆頭に5歳(男)と4歳(男)と1歳(女)の子供がいる以上、働くことはできない。
「この村には格安の保育所がある。なに、子供4人ぐらい、わたしが払ってやるよ。あんたに仕送りをする料金より安いからね」
 涙の残る顔でニカッっと笑うサリナスは、娘が小さい頃によく見ていた大好きな母の笑顔だった。

 そのすぐあと、娘一家は村に移住してきた。
 サリナスの娘ファナはエミーの後継者として働くことになった。最初は母と一緒に受付を担当することになった。エミーがいる間は受付担当だが、後々はレストランのホールも手伝うことになる。
 ファナの夫ユージンは都会で料理見習いをしていたそうだ。だが才能がなく、日雇いの仕事をしていた。それでも料理人への道は諦めていないという事を聞き、レストランの厨房で雇うことになった。
 子供たちは一番上は学校に通うことになった。人見知りの激しい引っ込み思案の子だが、マリーやミリーが上手く付き合ってくれているようで、学校でも友達が出来たと嬉しそうに話す事が増えた。
 他の子供たちは保育所に預けることになったが、同じように保育所に通う子供たちと楽しい毎日を過ごしている。

 ファナ一家もケーキ作りに参加している。ユージンは初めて作るケーキに悪戦苦闘しているが、料理人を目指していただけあって手つきは上手い。器用に道具を使って仕上げていく様子を、子供たちは「おぉー!」と歓声を挙げながら眺めていた。今回参加したグループの中で一番いい出来だろう。



 ケーキ作りが終わり、作ったケーキを食べる時間となった。
 レストランの従業員たちは参加者のテーブルに飲み物を配り、ケイン、ラインハルト、ジャンの三人はテーブルを回ってケーキを切り分ける作業に取り掛かった。
「お祖母ちゃん! こっちのテーブルに来て!」
「一緒に食べよう!!」
 他のテーブルの手伝いをしていたサリナスを、ファナの子供たちが自分たちのテーブルに連れてきた。
「お父さんが作ったんだよ!」
「お祖母ちゃんの為に作ったんだよ!!」
 テーブルの上に置かれたケーキを見て、サリナスは思わずユージンの顔を見た。
 なんとケーキには「お誕生日おめでとう」とチョコレートで書かれてあった。
「ファナから聞きました。今日、お誕生日なんですよね」
「お母さん、お誕生日おめでとう」
「「「おめでとう、お祖母ちゃん!!!」」」
 思いもよらないサプライズに、サリナスの目からは大量の涙がこぼれた。
「ファナ、覚えていてくれたんだね」
「お母さんの誕生日を忘れるはずないよ。毎年お祝いしたかったけど、受け取って貰えないかと思って送れなかった。でも、今年はお母さんに渡す勇気が出来たの。受け取ってくれるよね?」
「もちろんだよ。ありがとう」
「お祖母ちゃん、座って!」
「食べよ! 食べよ!!」
 子供たちが椅子に座るようにサリナスを急かした。
 夫が病で亡くなり、娘も家を出て、温泉宿の従業員たちと楽しい毎日を過ごしていたが、やはり家族で一緒に食卓を囲むのが一番いい。
 最高の誕生日を迎えたサリナスは、春になると温泉宿から、村の一角に建てた新しい住居へと引っ越し、新たな生活を始めることになる。


 各テーブルで楽しそうな声をあげながらケーキを頬張る光景を見ていたヴァーグは、次なる計画を考えた。
 それは来年から本格的に始動する保育所の運営。
 今までは村の子供たちだけを預かっていたし、完全登録制にしていた。事前に申し出れば預かり、急な申し出にも手の空いている村の女性たちが喜んで引き受けてくれた。だが、いつまでも村の女性に頼むわけにはいかない。保育所に常時、待機できる人を見つけなくてはならない。
「誰か適任者、いないかな…?」
 一人はすでに決まっている。それはケインだ。だが、ケインは国王から貰った土地の開発や、人手が足りない時のレストランの厨房に駆り出される。常時いることは出来ない。
 王都にいるエテ王子とコロリスがこの村に移住出来たら頼もうと考えていたが、王族として結婚式を挙げる為、いくつものの儀式をしないといけないらしく、エテ王子も引継ぎがある為、短くても一年ほど時間が欲しいと言われた。
 そうなると、新しい人を見つけなくてはならない。

「ヴァーグ様」
 シスター・マルガリーテが声をかけてきた。
「今日はお招きありがとうございます。親と一緒という話を聞いて躊躇っていましたが、デイジーさんやナンシーさんが親代わりになってくださって、本当にありがとうございます」
「いえ、楽しんでいただけて何よりです」
「なにかお悩みでもありますか?」
「え?」
「ふとした瞬間に困惑なお顔をされていましたので」
「あ……これは……」
「何かお役に立てることがありましたら仰ってくださいね」
「ありがとうございます」
 もうすぐ40近くになるシスター・マルガリーテは、年を聞かなければ自分と同じ年ではないかと見間違うほど若々しい。秘訣を聞くと『女神さまのお蔭です』とそれだけしか言わない。
 神に仕える者は皆若く見えるのかな? そんな疑問も生まれる。
「そういえは、来年の春から新しい神父様はお見えになられるとお伺いしました」
「はい。サルバティ神父様がこちらに赴任いたします」
「まぁ!! あのサルバティ神父様が!? とても光栄な事ですわ! この村はますます女神さまの加護をお受けになりますわ!」
 普段は大人しいシスター・マルガリーテが興奮した。それほど偉大な神父だと言うことが分かる。
(私にはただの美食家にしか見えないんだけどな…)
 初めて会った時から食に関して煩い人としか認識していないヴァーグは、サルバティ神父がどのような神父か何も知らない。
「そうそう、サルバティ神父様のお付きのお嬢さん……えっと……なんと仰ったかしら? 緑色の髪のお嬢さんと金髪のお嬢さん」
「サラちゃんとランちゃんですか?」
「そうそう! そんなお名前だったわ。あの子たちにもお会いになりましたか?」
「はい。初めてこの国に来たとき、大変お世話になりました。あの子たちに料理を教えたのはわたしなんです」
「まぁ、なんという巡り合わせなんでしょう。あの子たちは小さい頃、王都の孤児院にいましたの。親に捨てられて、しばらくは孤児院にいたのですが、女神様の啓示を受け、ある教会に移ったんです」
「女神様の啓示?」
「【運命の人に巡り合う。その人の力になりなさい】という啓示だったそうです。あの子たちは特殊な力を持っていましたので、孤児院でも問題児扱いされていました。親もきっと、特殊な力を怖がって孤児院に捨てたのでしょう」
「特殊な力って……」
「あの子たちは第三世界で存在していた【道具に付加効果を付ける】力を持っているのです。緑の髪のお嬢さんはエメラルドに体力を回復させる力を付ける事が出来、金髪のお嬢さんはダイヤモンドに結界…受ける攻撃を無力化させる力を付けることができるのです」
「……それって……」
 ヴァーグは、今自分が身に着けているアクセサリーを思い出した。
 あの教会から旅立つ日、ランとサラからはエメラルドのイヤリングを貰い、シスターたちからは祈りを込めたロザリオを貰った。よく見たらロザリオはダイヤモンドで作られている。ロザリオは装備するとあらゆる攻撃を防ぐことができ、エメラルドのイヤリングは体力を回復する効果があると言われているが、シスター・マルガリーテの言葉が本当なら、この二つはサラとランが付加効果を付けた事になる。
(だからレアリティがSSだったのか…)
 当時、冒険者レベル1にも関わらず武器は神父から貰った【女神の短剣(SSR+)】、装備品は共にSSのイヤリングとロザリオだった。序盤からこんな高いレアリティのアイテムが手に入っていいのだろうかと思ったが、それだけの付加効果を付けることができる人から貰うのだから当たり前だ。
 まだサラとランの事はパソコンで調べていない。詳しく調べれば彼女たちの能力もわかるはずだ。
「あの子たちの他にも、特殊な能力をもった人は国内はもちろん国外にいます。主に第三世界に存在していた能力なので、戦いに必要な能力として国が保護することもありますが、今は戦いという事がありませんので、保護することも少なくなりました。なので、特殊な能力を持った人は虐げられる存在となりつつあります」
「マルガリーテ様は第三世界について詳しいのですか?」
「わたくしの両親がその研究をしていました。今はもう2人ともいませんが、一時期、王立研究院に勤めていました。亡くなる直前、1人の女の子を保護していましたが、今は王立研究院を離れていると聞いています。無事で過ごされているのか心配です」
「その女の子はどんな能力を持っていたのですか?」
「人の未来を見る能力を持っていました。近い未来から遠い未来まで見る事が出来て、第三世界では同じ能力を持った女性は巫女として国王に仕えていたそうです。第三世界では長引く戦いの結末を見る事が多くて、多くの方が精神的に悩んでいたそうですわ」
「見たくもない未来を見てしまいますからね…」
「今、王都の孤児院にも数名、特殊な能力を持った子供がいます。花を咲かせる能力を持つ子、雨を降らせる力を持つ子、触った物を凍らせてしまう力を持つ子……このような子供たちは親が不気味がって育てることを拒否します。少しでもそういう子を救いたく、わたくしは孤児院で働いていますが、孤児院に寄付してくださる貴族様たちは、そういう子供がいるのなら寄付は辞めると仰る方たちも出てきて、経営が上手くいかないのです」
「そうなんですか…」
「同じ人間なのに……」
 特殊能力を持つ人が虐げられている事をヴァーグは知らなかった。むしろ異世界に飛び込んできたのだから、特殊な能力を持っているのは当たり前だと思っていた。なのにこの世界は前にいた世界と何の変わりもない。電気がないのは仕方ないとしても、魔法も存在しないし、固有名詞の呼び名は全く同じだ。
 異世界が舞台の小説や漫画を呼んでいたヴァーグにとって、異世界=物の名前が違うというのは鉄板だった。
 実際は野菜の名前も、花の名前も、調理器具(元からあった物)の名前も、前の世界と同じ呼び名で通る。今、劇場の建設に関わっているが、舞台用語も全く同じだ。

 これは……世界を作ったと言う【創世の女神】に関係があるような気がする。
 以前、ジーヴルが女神の話をしてくれた。今は第四世界の女神の時代で、この第四世界の女神は、この世界を作った創世の女神と同じ人物だとされ、【異世界から召喚された人】ではないかと推測されている。
 もし、歴代の女神がヴァーグと同じ世界から来た、同じ国の人間だとすれば、この世界に根付いている『日本語』に納得できる。


 だけど、女神が何千年も生きている事に大きな疑問が生まれる。
 同じ世界の同じ『日本』からやってきたのであれば、年代が全く合わないのだ。簡単に考えて、1人の女神が1000年間君臨していたとして、今は四人目の女神。軽く3000年は過ぎている。3000年前の『日本』といったら縄文時代から弥生時代に移行する頃だ。やっと人類が定住生活を始めた頃の人間が異世界に来て世界を作れるはずがない。


 もしかして、時間の流れが違うのか……。


 それもあり得ない。
 女神が作ってくれた某大手検索エンジンと全く同じ機能は、自分がこの世界に来た頃から8年も時間が流れている。カレンダーは間違いなく自分が前の世界を去ってから8年後の日付だった。



 だとすると、今の世界になってから前の世界の時間と同じ流れになっている…とか。
 第三女神の時代までは前の世界との時間の流れが全く違い、それこそゲームの世界のように時間の流れが早かった。
 そう考えれば、『日本』からやってきた人物が世界を作り、『日本語』を定着させ、次にやってきた女神たちも同じ『日本』からやってきて、さらに『日本語』を発展させ、日本にある日常道具も開発していった。
 科学者や技術者でなければ、これだけ多くの道具(家電製品も過去にあったような文献が残っている)は作れないが、ある物を使えば簡単に作ることができる。


 【スキル 『物書き』】
   パソコンを使って文章を書くと、その書いた通りの出来事が起きる



 第二の世界の知識の女神は人間を作ったという。スキルを使えば簡単だ。
 第三の世界の戦いの女神は武器を作ったと言う。これもスキルを使えば簡単だ。

 この世界に電気を使う家電製品は普及していない。家電製品が普及すると次第にパソコンも登場するだろう。
 だが、パソコンは女神にとって女神として君臨するための大切な道具。周りとは違う存在であり続けたい女神たちは、パソコンの誕生を恐れて家電製品を封印した。
 そして絶対的君主として君臨し続け、女神の地位を追いやられると同時に、女神が使っていた物は忘れ去られていった。残ったのはこの世界の人たちが生活に必要な日常道具のみ。
 食文化も、第三女神の時代までは『日本』と同じ物が食べられていただろう。だが、特殊な機械と特殊な材料が必要だと考えると衰退していった理由もわかる。それでも食材だけは残り、どのように使うのかは一部の料理人にしか伝わらなかった。


 これらを考えると、歴代の女神はヴァーグと同じ世界の『日本』という国から来たことが考えられる。しかもパソコンやゲームが普及したごく最近。


「女神さまは何をしたいのだろう……?」
 『自分が作る世界』を楽しみなさいと言っていた女神は、なぜこの世界を作り、三人の『日本人』を送り込んだのだろうか……。



                 <つづく>
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