選ばれた勇者は保育士になりました

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第58話  デルサート王国

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 ステラ王国の国王からの手紙を受け取ったデルサート王国の国王ハッサム3世は、そこに書かれてある言葉に大いに喜んだ。
「とても嬉しそうですわね、国王様」
 第1妃が、手紙を呼んで喜んでいる国王に声を掛けた。
「え!? い…いや、それは…」
「ステラ王国からのお手紙とお聞きしました。今度のお祭りに関する事でしょうか?」
 少しキツイ感じの口調で話す第1妃は、うろたえる国王から手紙を奪い取った。
「あ! お前!!」
「いいではありませんか。ステラ王国の国王夫妻とは長いお付き合いなんですの。わたくしが読んでも差し支えないと思いますわ」
 奪い取った手紙を一読した妃は、そこに書かれてある事を十分に理解し、にっこりと微笑みながら手紙を国王に返した。
 そして、
「よそ様の王子様のご婚約者に、くれぐれも手を出さないように!」
と強く忠告した。
 実際に会ってから決めようと思っていたが、王子の婚約者だからさぞや美しい人だろうと、勝手に想像していた国王は、妃に言われた事が図星となり、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。

 デルサート王国の国王ハッサム3世は、美しい物は必ず手に入れる性格。
 8人の妃がいるが、その半分は元々は大臣の妻だった。夜会などで見かけた時、美しい大臣の妻を金と役職で買い取り、後宮へと迎え入れた。妾は旅芸人だったり、商人の娘だったり、妃の使用人だったり、身分を持たない美しい娘たちを自分だけのものにするため、国民の税金を使い買い取っている。
 国民たちは一生懸命働いて稼いだ金を、湯水のように使う国王に怒りを感じているが、決して暴動には発展しない。暴動を起こすとどうなるのか、過去に一度酷い体験したことがある国民たちは、それを知らない世代の人でも、親から言い伝えられている為、王族に対して手を出さないのだ。


 ステラ王国から第三王子とその婚約者が来ることはアリーシャ王子の耳のも入った。
「はっ! また親父の奴隷になりに来るのかよ! 身の程知らずだな!!」
 アリーシャ王子はナイフを果物に突き刺し、そのまま頬張った。が、頬張った途端、口に入れた果物の欠片を床に吐き出し、ナイフが刺さったままの果物を床に叩きつけた。
 近くに仕える使用人たちは、いつもの光景なのに決まってオロオロしだす。
「なんたこの果物は! 不味い!! これを持ってきたのは誰だ!?」
「だ…大臣からの差し入れでございます」
「すぐにクビにしろ!! 俺様を殺す気か!?」
 王子は近くにあった食器を使用人に向かって投げつけた。部屋中に食器が割れる音が響き渡る。
 いつものヒステリックが始まり、使用人たちは部屋から飛び出して行った。
 息も絶え絶えに怒るだけ怒ったアリーシャ王子は、そのまま大きなクッションに身を投げた。

 怒りたくて怒っている訳ではない。
 いかに自分が強いのか、どれだけ偉いのか見せつけるために怒鳴り散らしている。
 まだ子供の自分には怒ることで、その偉大さを見せつけなければならない。

 アリーシャ王子はこの王宮で生き残るための術をすでに身に着けている。これも母親が第7妃という、位が低いためだ。
 ハッサム3世には8人の妃がおり、それぞれ子供は2~3人いる。だが、すべて女の子だ。第1妃のところは14歳、8歳、3歳と三人もいるのに、王位継承を持たない女だけ。他の妃もすべて女で、なんと妾との間に生まれた子供もすべて女だった。唯一、王位継承権を持つ男の子を産んだのは第7妃のアリーシャ王子の母親だけ。
 だが、母親は元は妾の一人だった。宮殿に出入りする商人の娘で、国王ハッサム3世に気に入られた。妾として後宮に招かれたが、生まれた子供が男の子だったが為に、未来の国王の生母として妃に位が上がった。
 妃は大臣の妻だったり、身分のある女性しかなれず、妾が妃になるなど前代未聞。周りから強く反対されたが、歴史ある王家を絶やす事が出来ず、正妃である第1妃より遠い第7妃となった。第8妃は、未来の国王の生母が一番下の位では可哀想だということで、無理やり貴族の娘を妃とした。
 妃と言っても、もとは商人の娘から妾になった身分もない、後ろ盾もいない娘。宮殿内に味方はおらず、アリーシャ王子が3歳の時、療養という名目で田舎に身を隠した。それからは一度も会っていない。
 母がおらず、後ろ盾もいない王子にとって、自分には力がある、権力がある事を見せつけなければならない。
 その為には人を叱り、人に罵声を浴びさせる。

 そう、周りの大人たちがやっているように……。


 クッションに顔を埋めて、気持ちを落ち着かせていると、小さな音だがガチャガチャという食器同士が当たる音が聞こえてきた。
 アリーシャ王子の教育係として雇われている褐色の肌の少女ネフェルティがいつの間にか来ていた。
 ネフェルティは黙々と片づけ、床を拭き、王子が投げつけた小物を元の場所に戻し続けた。
 その様子を王子は目で追っていた。

 すべてが元に片付き、ネフェルティは部屋の入り口で膝を着き、両手を床に付けて深々と頭を下げた。そして、そのまま出て行こうとした。
「おい! 待てよ!」
 その声にネフェルティはもう一度床に膝を着き、深く頭を下げた。
「扉を締めろ。お前はここに来い」
 言われた通りに扉を閉め、アリーシャ王子のいる近くまでやってきたネフェルティ。
 王子は一段高い所にいるが、ネフェルティはその段を上がってくることはなく、やはり床に膝を着いて深く頭を下げた。
「なんで叱らねーんだよ!」
「……」
「この間もそうだったよな? 前の教育係は俺様が食器を壊せば叱ってきたぞ。部屋を汚せばガミガミ煩かったぞ。なんでお前は叱らないんだ!?」
「……」
「答えろ!!」
 手にしたクッションを彼女に向かって投げつけた。
 クッションは力なくネフェルティの前に落ちた。
「もう嫌なんだよ! 親父も! お前も! 宮殿にいる奴ら全員! なんで俺様の本当の気持ちを分かってくれないんだよ!!」
「…わたくしは、王子様のお気持ちを理解しようと、懸命に務めております」
「わかってねーよ!」
 またクッションを手にしたアリーシャ王子に、ネフェルティは顔を上げ、キリッとした目つきでその緑色の瞳を王子に向けた。
「でしたら王子様。失礼を覚悟で申し上げます」
 いつも見ない表情にアリーシャ王子はうろたえた。
「お…おう。なんでも言え」
「何故、王子様は意地を張っているんですか? 何故、王子様は強がるのですか?」
「なんだと!?」
「わたくしには王子様が意地を張っているとしか思えません。ワザと暴言を吐いて、偉そうに見せているようにわたくしには見えます。何故、素直にならないのですか?」
「……」
「わたくしはいつまでも王子様の味方です。王子様が素直にご自分のお気持ちを伝えてくださることが、わたくしの願いでございます」
「……お前……」
 ネフェルティの緑色の瞳は、ジッと王子を見つめた。しっかりと目を見てきたのは、今回が初めてだった。
「王子様、どうかわたくしだけには心を開いてください。わたくしは王子様を信頼しております。ですので王子様もわたくしを信用してください。お願いいたします」
 再び床に両手を着き、深く頭を下げるネフェルティ。

 信頼はしている。
 他の人と違い、自分の気持ちを上手くくみ取って行動してくれている。
 だが、他の人と違う態度を取るわけにはいかない。全員と同じ態度を取らなくてはいけない。

 そう思うのは、アリーシャ王子の母親にあった。
 まだ小さかったアリーシャ王子は母親は本当に体を壊して療養していると思っていた。だが、母と分かれて一年後、お喋りな大臣たちが話しているのを聞いてしまった。
「商人の娘なのに、国王の生母になるなんて恥知らずだ」
「第一夫人のお気持ちも考えないなんて」
「だから毒を盛られたのか!?」
「シっ!! 大声を出すな」
「わ…悪い」
「一度に与えると暗殺を疑われる。だから食事に少量ずつ入れ、体調が徐々に崩れていくように仕向けた」
「それで、今の容体は?」
「寝たきりだそうだ。前の面影などない」
「じゃあ、王子が国王になる頃には…」
「そこまでは持たないだろ」
 母は母を恨む人によって毒を盛られた。
 ただの療養ではない。もう助かる見込みもないと言う。
 この会話を聞いた日から、王子は性格が変わった。誰にでも怒鳴り散らし、気に入らない事があれば癇癪を起こす。そうすることで周りは王子を恐れ、頭を下げてくる。こうしなければ自分の身も危ない。そう思ったから無理にヒステリックを起こす。

 それをネフェルティは見破っていた。
 彼女は半年ほど前に教育係に任命された。それまでの経歴は全く分からず、どこの娘かもわからない。ただ、いつも床に座り両手をついて頭を下げる行動をする事から使用人だと言うことが分かる。この国では身分のない者は、身分のある者に対して、このような姿勢を取る。
「だけど…」
 アリーシャ王子は、時々漂う高貴な雰囲気を感じる時がある。
 さっきもそうだ。ジッと見つめてきた瞳は高貴な感じがした。異母姉妹とは全く違う気品さを感じるネフェルティには、どういうわけか惹かれてしまう。



 王子の部屋を後にしたネフェルティは、使用人の部屋に戻る途中で第1夫人に声を掛けられた。ネフェルティは床に膝を着き頭を深く下げた。
「あの子の様子は?」
「今は落ち着いておられます」
「ネフェルティ、嫌ならあの子の側を離れてもいいのですよ。このままでいいのですか?」
「わたくしはこれからも王子様のお側におります。例え王子様がお妃さまを娶られても」
「本当にいいのですか?」
「それがわたくしの運命でございます」
「ネフェルティ…」
 第1妃の声が震えていた。
 驚いたネフェルティが顔を上げると、第1妃は口元を手で押さえ、必死に流れ落ちる涙を止めようとしていた。
 この国では珍しい白い肌に金髪の髪、琥珀色の瞳を持つ第1妃の涙が、真珠のように輝いて見えた。
「本当にごめんなさい。本当のあなたはこのような事をする身分でもないのに…」
「いいえ、お妃さま。わたくしは今の生活に満足しております。こうして食に困らず、住む場所にも困らず、更に王子様の側に居られて、これ以上の幸せはございません」
「いつか時が来たら、本当の事を陛下にお話します。もう少しの辛抱です」
「ありがたきお言葉です」
 第1妃は、自ら床に膝を着きネフェルティの両手を優しく握りしめた。
「お妃さま!?」
 突然のことで、ネフェルティは驚いた。この国では主が使用人に対して、目線を同じにしたり、手を握ることは一切しない。異国から嫁いできた第1妃だが、もう長い間この国に住んでいるので、これがルール違反だということは理解しているはずだ。
「どうか、王子を宜しくお願いします」
 自分が産んだ子供でもないのに、第1妃はアリーシャ王子のことを気に掛けている。
 実は第1妃も、アリーシャ王子の母第7妃が、快く思わない大臣たちに命を狙われている事を知っていたのだ。

 第1妃は元々は海を越えたジャルパツ王国の姫君。この国に嫁いできた時、白い肌と黄金に輝く金髪が原因で大臣はもちろん、国王の母親(今は故人)に事あるごとに難癖をつけ、きつく当たられていた。故郷であるジャルパツ王国から持ってきた衣類を焼かれたこともある。食事に悪戯されたこともある。逆に三日間、何も食事が用意されていない事もあった。
 この国の宮殿では、国王が主催する宴以外、食事は部屋で一人で食べるのが掟。第1妃の仕える使用人たちも国王の母親に逆らう事が出来ず、いつも言いなりだった。
 辛い毎日を送っていた時、1人の少女が助けてくれた。褐色の肌に緑色の大きな瞳を持つその少女は薬草に詳しく、第1妃の傷を治したり、食事に盛られた毒物の解毒剤などを調合して何度も何度も助けた。
 国王の母親が亡くなり、国王との間に第一子を授かった頃、この少女はデルサート王国の北側に領地を持つ貴族の元へと嫁いだ。国王の次に権力を持つこの貴族は、少女を大切にし、1人の女の子を授かった。
 だが、薬草に詳しかったが為に、第7妃に毒を盛ったと言う濡れ衣の罪を被せられ、一年前に一族全員が処刑された。少女の娘だけ遠方に出かけていた為、命はとりとめた。

 この生き残った娘がネフェルティだ。
 第1妃は彼女が宮廷医師の元で働いていることに気付き、初めて親友が亡くなったことを知った。親友を助けられなかったせめてもの償いに、宮殿で高い役職『王子の教育係』に任命した。それが半年前のことだ。
 アリーシャ王子が生まれた時、第1妃は仲のいい第7妃に、花嫁候補としてネフェルティを推薦したことがある。第7妃も承諾しており、王子が10歳を迎えた時に紹介する予定だった。ところが予定外のことが起き、さらに王子の態度が変わってしまい、この話はいつの間にか白紙になってしまった。
 小さい頃から王子の妃候補として育てられたが、それは叶わなくなった。それでもネフェルティは王子に仕えたいと教育係を引き受け、今に至る。


 数日後、ステラ王国から国の代表を祭りに参加させる返事が来た。国王のお気に入りで、その料理人が作る料理は今、王都で大流行しているとのこと。見たこともない食べ物に驚く事間違いない!と書かれてあった。

 デルサート王国で毎年春の訪れの前に料理人が腕を競う祭りが行われるようになったのは、ここ五年のことだ。国内の料理自慢が集結し、優勝者を決めるのだが、ただの祭りではない。優勝者には王子付きの料理人に任命されるのだ。
 その理由は、五年前から王子は「誰かが作った物」を口にしなくなった。大臣から生母に毒を盛ったという話を盗み聞きしてから料理人や配膳係を信用しなくなったのだ。口にするのは加工されていない果物や、目の前で焼かれた肉や魚のみ。栄養のある物を食べようとしないので、9歳にしては背は低く、腕も足も細い。酷い時は肋骨が浮き出でしまうこともあるようだ。
 デルサート王国は砂漠に囲まれた都市が多く、年中気温が高い。その為、男は肌を露出した服を着用しており、アリーシャ王子の体の細さは目につく。なんとしてでも料理を食べてもらおうと、料理自慢を集めて王子の料理人に任命するが、王子の我儘や暴言、ヒステリックに耐えられくなり、長くても半年、短い時は一日で辞めていってしまう。
 今は宮殿の料理人が他の王女たちと同じ料理を提供しているが、一ヶ月に一回、食べてもらえばいいほうだ。



 そんな情報を仕入れたヴァーグは「う~~ん」と悩んでいた。
 情報をもたらしたエテ王子は、シャンヴル王子から頼まれたハーブの活用方法と同時に、デルサート王国で行われる祭りの事も話、国代表としてケインを派遣させることも話した。ケインは承諾したが、一番の問題は何を作るか…だった。
「目の前で作る物は食べるんですよね? じゃあ、たい焼きとかたこ焼きは?」
 ケインが最も得意とする料理を提案した。だがヴァーグは首を縦に振らなかった。
「ケイン、デルサート王国は日中の最高気温が、この国よりも10度も上なのよ。いくら宮殿の中が会場でも、灼熱の中でたい焼きを焼きたい?」
 王都やこの村の最高気温はどんなに高くても25度ぐらいだ。暑くもなく湿気もないため過ごしやすい気候となっている。その代わり冬は氷点下まで下がることがある。
「栄養がある物を一度に食べれて、尚且つ見栄えのある物……か……」
「ポールが提案したお子様ランチは?」
「それもいい案ね」
 ポールは来月から喫茶店に移る為、同時に再開する保育所の食事メニューも考えてくれた。そこで生み出されたのが、子供が好きなメニューを一つの皿に盛り込んだお子様ランチだった。毎回同じメニューでは飽きるし、栄養面でも偏るので、どんなメニューにしようか考え中のようだ。
「ただね、お子様ランチにすると、色々作らないといけないからかなり大変よ?」
「そこは大丈夫だ。クリスが助手を務める。今回はケインを俺付きの料理人、クリスをケインの助手として祭りに参加させることにした」
「え? なんで?」
「俺付きの料理人にしておけば、万が一お前が優勝しても、向こうに取られることはない。それにクリスには向こうの王子との縁談が持ち上がっている。王女として参加すればもれなくクリスは向こうに留まることになる」
「それは嫌ですね」
 ケインの言う「嫌」が、料理人として向こうに引き抜かれることなのか、それともクリスティーヌ王女が王子に取られることなのか、本人にしか分からなかった。少なくとも後者の気持ちの方が大きいだろう。
「その王子様の好きな物って何なの?」
「わからない。ここ最近は果物しか食べていないらしい。まあ、王子の母君の事を考えると、誰かが作った物を食べることを拒む気持ちはわかるけどな」
「お母様が料理に毒を盛られた…んでしたっけ?」
「ああ。目の前で作る物は口にするけど、どこかで作ってきた物は絶対に口にしない」
「そりゃ、疑いたくもなりますよ」
「お毒見係はいないの?」
「万が一、毒が入っていたら貴重な働き手を失うことになるから、そういう係はいないってさ。食事も一人で食べるのが掟らしい」
「じゃあ、お鍋系はダメね。暑いから受け入れられないと思うけど」
「やっぱりお子様ランチを改良させたもの?」
「それが一番かな? 機材は持ち込みできますか?」
「ああ、大丈夫だ。食材は向こうで用意してくれる。…と言うよりも、向こうで用意した食材しか使えない。調味料もあるかどうか…」
「向こうの料理って、どんな料理なんですか?」
「肉は焼くだけ。味付けはほぼないらしい。魚は焼くか鍋で煮る。野菜はほぼそのままらしい」
 それって、料理なの? ヴァーグはこの世界に来たばかりの時を思い出した。最初に訪れた教会での食事は、これが料理?という物ばかりだった。話を聞く限り、それに近い感じだろう。ただ調味料が揃っているのかが問題だ。
「まあ、頑張ってみる事だね」
 ヴァーグは参加しないのでほぼ他人事のよう。メニューは考えるが、食材が分からないと何も手が付けられない。

 それと違って、シャンヴル王子の依頼は楽だった。ハーブを使ったメニューは豊富にある。食べ物、飲み物に拘らず、香水にも使えるし、ガラスの筒に入れてシエルの鱗を溶かした水を注げばインテリアにもなる。上手く加工すればアクセサリーにも使える。
「ただ、あそこには酒場があって、酒を飲む客もいる。出来れば酒類もほしい」
 エテ王子の言葉に、ヴァーグは頭を抱えた。
 そう、何故ならヴァーグは19歳で前の世界を旅立っている。前にいた世界では20歳未満はお酒を飲んではいけないと言う決まりがある。よく目にするビールやワインは分かるが、ハーブを使った酒メニューは全く分からないのだ。更にこの世界にある酒の種類も分からない。
 何かいい案はないかな…と、愛用のパソコンで検索を掛けると、いくつかのハーブを使った酒の作り方が出てきた。
「ラム酒……オレンジリキュール……カシス………ジン、ジンジャーエール、ウォッカ……う~~ん……」
 ブツブツと酒の種類を口にするヴァーグは、同時に女神から買える物リストも眺めていたが、リストには載っていなかった。
 スキル【物書き】を使えば、欲しい物は簡単に生み出せるし、女神に頼めばすぐに手に入る。だが、手に入ったところで、それらをずっと買い続けているとお金がかかる。出費を抑えるためにはこの世界にある物を使わないと意味がない。
「エテさん、その酒場にはどんな種類のお酒が置いてあるの?」
「俺は行った事ないからわからないよ」
「その酒場にお酒を卸している業者が分かればいいんだけど…」
「業者ならわかるよ。王宮に出入りしているワイン業者が同じだから」
「本当!? 紹介してくれる?」
「ただな……」
「「ただ??」」
「その業者、ケインたちを敵対しているんだよ。去年の新年祭の時、中央広場で一緒に店を出していた業者なんだが、売り上げが落ちたとかで文句言ってるんだ。まあ、貴族しか買えない高いワインしか売っていない店だから、市民たちの足が遠のくのは当たり前だがな」
「協力してくれるわけないか…」
「一応、聞いてみる。欲しい種類を書いてくれ」
 エテ王子は王宮にワインを卸してくれる業者も、やり方を変えればいいに…と何度も思っている。貴族でも手が出にくい高額なワインを勧めることが多い。新年祭の時もケインやヴァーグの店の隣で、一般市民に高額のワインを勧めていた。試飲できるわけでもなく、どんな味かわからないのに高いワインなど買えるわけがない。自分で自分の経営を悪化させていることに気付いていないようだ。
「……あれ? そういえばさ、メアリー叔母さんって、王都の酒場で働いていなかったけ?」
 ふとケインが思い出した。
「そういえばそんな事聞いた事が…」
「俺、叔母さんを呼んでくる」
 ケインは椅子から立ち上がると、一階のロビーへと走り去った。

 しばらくしてメアリーを連れたケインが戻ってきた。
 王都の酒場で働いていた事があるメアリーは、ヴァーグが欲しい酒の種類を聞いて、
「ええ、ありましたよ」
と、すんなりと答えた。
「あの酒場は店主の奥さんの実家がお酒を造っていて、そこから仕入れていたんです。最初は配送などの関係で王都にあるワインの卸業者から仕入れていたんですが、高額なお酒しか勧めなくて、しかも味が美味しくなかったんです。お店の信頼を保つためには高くてもいいお酒を仕入れた方がいいってことで、女将さんの実家から仕入れることにしたんです」
「その酒場って、まだ営業してますか?」
「はい。この間の新年祭でご主人と女将さんがいらっしゃってました。お酒に合う料理を教えてほしいわ~なんて話していたんです」
「紹介していただけませんか!?」
「え…ええ、わたしは構いませんが……」
 意外な所から仕入れ先の情報を得たヴァーグは「よっしゃ!」とガッツポーズをした。
「あ……そういえば……」
 何かを思い出したかのように、メアリーは宙を見つめた。
「エテ様は、そのワイン業者の事について、何かご存知でしょうか?」
「何かあったんですか?」
「去年の新年祭で、中央広場に出店していたお店……えっと……花屋とワインのお店とパン屋さん……だったかしら。その3店と服屋、宝石店の店主たちが、ある貴族のお屋敷に頻繁に出入りしていたんです。最初はお得意さんなのかなって思ったんですが、その貴族のお屋敷から帰ってきた日は、必ずわたしの働く酒場で大盤振る舞いをしていました。お店に来ていたお客様全員のお会計をされたり、店の在庫のお酒を全部飲まれたり…。それである日、服屋の店主が宝石のついた指輪をいくつかテーブルの上に広げて、『いくらになると思う?』『屋敷が買えるんじゃないか?』って話していたんです。とてもその店主たちが買える代物ではないと一目でわかったので、どこかで盗んできたのではないかと思うんです。案の定、そのすぐ後に貴族のお屋敷に出入りしている姿が目撃され、また酒場で大盤振る舞いしたんです」
「それは確かにおかしいですね。他にも何か言っていましたか?」
「たしか……『第一王女様は無理だ。狙うなら第二王女様だ』…と」
「セリーヌ姉上? 因みにその者たちが出入りしていた貴族の屋敷は?」
「お名前は存じ上げませんが、中央広場から南へ3つ目の大通りを左に曲がったお屋敷です」
 メアリーの口から貴族の屋敷の場所を聞いた途端、エテ王子はガタっと音を立てて椅子から立ち上がった。
「エテさん?」
 心配したヴァーグが声を掛けると、エテ王子は呟く様にその貴族の名前を口にした。
「ダルジャス公爵…」
「公爵?」
「親父の侍女長の屋敷だ」
「え!?」
「ヴァーグ殿、王宮に戻らせていただきます! デルサート王国に行くときは改めて連絡します!」
 バタバタと走り去るエテ王子は、乗ってきたヴァンに飛び乗って王都へと向かった。
 走り去るエテ王子を黙って見送ることしかできなかったヴァーグたちは、いつまでもレストランの入り口を見つめていた。


          <つづく>

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