選ばれた勇者は保育士になりました

EAU

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第57話  報告

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 副村長親子は、二度と村に関わらない事を約束し、村と反対側にある西側の砂漠地帯手前にある小さな街への監禁刑となった。王都並びに村、新しく誕生する街に足を踏み入れた途端、命の保障はない。
 親子が監禁される街は、数代前の国王の娘が嫁いだ隣国【デルサート王国】との国境付近にあり、リチャードの父親ミゼル侯爵が所属する国境警備隊が警備にあたる街だ。昔から罪人を監禁する場所としてきた。街はごく普通の国民が暮らし、国境を越えて貿易も盛んに行われている。
 罪人たちは街から数km離れた砂漠の中に牢獄があり、そこに監禁される。辺りを砂漠に囲まれ、唯一のオアシスである小さな湖は牢獄に隣接され、逃げるに逃げられない場所だ。

 元々は歴代の女神が一時的に監禁された場所だ。
 『知識の女神』は『創世の女神』をこの地に追放し、自分の世界を支配した。『創世の女神』は追放されたこの土地に草木を植え、水を張り巡らせ、精霊たちの居場所を作り上げた。
 その後誕生した『戦いの女神』は『知識の女神』をこの地に監禁し、世界を支配し、自らが皇帝の妃に選ばれると、この地を攻撃し跡形もなく消し去った。『戦いの女神』のスキル【消滅】が働き、この土地から緑が消え、砂漠だけが残った。
 命からがらに生き残った『知識の女神』はスキル【生産】を使い、湖を作り近くの街を作った。その街は『知識の女神』によって作り出した人間が住み着き、湖の周りに街を築いたが、『戦いの女神』のスキル【消滅】の威力が大きく、人々は湖から遠ざかっていった。
 見捨てられた湖の隣に『戦いの女神』が石造りの牢獄を築き、そこに罪人たちを監修した。
 ステラ王国が独立し、それに続く様にデルサート王国が建国し、この二国が牢獄を受け継いだ。
 今、この牢獄には数人の罪人が収容されている。最低限の生活が保障され、食事も一日3食出される。一度収監された人は、再びここに戻ってくるために罪を重ねるらしく、今ではステラ王国とデルサート王国の国王の処罰で監禁を言い渡された者しか入ることが許されない。



「いかがいたしましょうか、国王様」
 ダイスがもたらした情報に、国王は頭を抱えた。
 同席した王妃は、同じように同席していたエテ王子に視線を向けた。

 ダイスがもたらした情報は、デルサート王国との国境を警備する騎士団からの緊急事態。
 副村長親子が牢獄に収監された翌日、牢獄が何者かに襲われ、副村長親子が姿を消した…という情報だった。

「とりあえず、警備を強化させる事と、目撃情報を集める事、なにか不審な事があればすぐに報告するようにと伝えてくれ」
「かしこまりました」
 一礼をしたダイスは、部屋から出ていった。
「親父、一度俺も見に行った方がいいか? 王子という身分を隠せば調査できるはず」
「そうしたいのは山々だが、西の国境警備を務める隊長はお前が王子だという事を知っている」
「なんで?」
「お前の同期生だ。軍の育成学校で5番目の成績で卒業したメテオール、覚えているだろ?」
「……ああ、あいつ。あいつなら問題ない。あいつは学校で唯一、俺を王子とは関係なく接してくれた奴だ。すぐに手紙を書く。早い方がいいだろ?」
「そうだな」
「でしたら陛下、あのお仕事もエテにお任せした方がよろしいのではないですか?」
 王妃がこれは名案!と言わんばかりに口を出してきた。
「今度、デルサート王国でお祭りが行われるんです。ぜひ出席してくださいって招待状が届いているんですの。エテ、代わりに出席してくださらないかしら?」
「おいおい、親父に来た招待状だろ? 親父に行かせろよ」
「わしも年でな、長旅には体が堪えるんじゃよ…」
 ゴホゴホと急にせき込む国王。それが芝居だという事はエテ王子は見破っている。
 それもそのはず。暇な時間があれば何時間でもグリフォンのヴァンに乗り続けている事を、エテ王子は知っているのだ。密告者はダイスとヘンリー。
「もうすぐ婚約式でしょ? デルサート王国に結婚のご報告をしに行くにもタイミングがいいと思うの。コロリスさんも連れて行って…ね♪」
「……伯母上、何か企んでいますね?」
「なななななんでもありませんわ!」
 ドモる様子を見る限り、何かを企んでいるのだろう。
 王妃はデルサート王国での祭りから返ってくる頃に、エテ王子とコロリスの婚約式を行うことにしている。その儀式で何かサプライズをするのだろう。
「因みに、何のお祭りですか?」
「お料理の腕前を決めるお祭りだそうよ。そうだわ、クリスも連れて行ったらどうかしら? でも、クリス一人だと何かと心配ね。ケインさんにお願いしてはどうかしら?」
「なんでそこにケインの名前が?」
「お料理と言えばケインさんでしょ? それにクリスの気分転換の為にもケインさんが必要だわ」
「クリスに何かあったのか?」
「あの子の生母が決めた婿候補が、どんなに注意してもクリスに纏わりついているんですの。数日でもその状態から逃してあげなくては、あの子、気が狂ってしまうわ。だからケインさんとの楽しい旅をした方がいいと思うの」
 ルンルン気分で話す王妃は、クリスティーヌ王女とケインの恋のキューピットになろうと必死になっているようだ。
「なあ、王妃よ。その祭りに参加は出来ないのかね?」
「あら、クリスに参加させますの?」
「いいや、ケイン殿に参加してほしいんじゃよ。クリスもまあまあ行ける方だが、ケイン殿の料理の方がインパクトもあるし、向こうにはない料理を披露すれば我が国の知名度も上がるはずじゃ」
「デルサートとの貿易交渉の材料にもなりますね。早速お手紙を出しますわ」
 今の王妃は誰が見てもわかるほどはしゃいでいる。よほどケインとクリスティーヌ王女をくっつけたいようだ。
「当たり前ですわ! あれほど勧めていたエテとコロリスさんは、勝手にくっついちゃうし、他の王女は絶望的ですし、ルイーズはまだ子供。クリスが一番夢を持てるんですもの!」
 王妃とクオランティ子爵夫人の間で密かに行われていたエテ王子とコロリスの縁談は、自分が知らないところで完結してしまった。それが悔しい様だ。

 国王はクリスティーヌ王女を部屋に呼んだ。
 いつもならすぐに部屋に来るのに、いつまで経ってもクリスティーヌ王女は来なかった。何かあったんじゃないだろうか…そう心配していると、全身ボロボロ、髪に葉っぱや花びらをくっつけた本人がやっと来た。
「クリス、何があったんじゃ!?」
「ちょっと、追われてまして……」
「また婿候補ですのね!! あれだけ注意しているのに、陛下の命令すら無視するなんて! 親を呼び出して厳重注意しますわ!!」
 ケインとクリスティーヌ王女の中を邪魔する者は、例え国王でも許せない王妃。この怒りが、クリスティーヌ王女の生母ジュリエッタとの争いに発展しなければいいのだが…。
「まあまあ、落ち着きたまえ、王妃よ。しばらくの間は付きまとうことが無くなるんだから」
「どういうことですか、お父様」
「西隣のデルサート王国は知っておるだろ?」
「はい」
「そこから祭りに来ないかと誘いを受けている。ちょっと西側で騒動が起きたものだから、様子を見に行ってもらうついでにエテに行ってもらうことにした。お前も行かないか?」
「国外の…お祭りですか?」
 クリスティーヌ王女はまだこの国から出たことはない。国王の主な外遊はエテ王子が付き添う為、クリスティーヌ王女が選ばれることはないのだ。
「その祭りが、料理の腕を競う祭りだそうだ。まだ正式な返事は貰っていないが、その祭りに参加してみないか、クリス」
「わたくしがですか!? わたくしには無理です! お料理の腕もそんなに上手くありませんし、王宮内ならともかく国外の方に食べていただくなんて!!」
 クリスティーヌ王女は必死に首を振って抵抗した。
 そのクリスティーヌ王女の髪を整えていた王妃が、彼女の耳元で囁いた。
「この国代表としてケインさんを派遣するつもりですわ」
 王妃の口からケインの名前が出た途端、クリスティーヌ王女の顔がボンっと音を立てて真っ赤に染めあがった。
 突然変わるクリスティーヌ王女に王妃は必死に笑いを堪えていた。
「ケイン殿からの返事はまだだが、彼に国代表として参加してもらい、お前はケイン殿の助手として付き添ってもらいたいのだが……どうじゃろ?」
「助手…ですか?」
「ああ。王女として行きたいのならそれでもいい。わしとしては、料理人の助手としていってほしいんじゃ」
 何か隠し事をしている様子の国王は、王女ではなく一料理人として参加してほしいと強く押した。
 国王の隠し事はエテ王子の前では無意味だ。
「親父、なんか隠しているな?」
「え!? な…なんのことじゃ!?」
「どうせデルサート王国の王子が、クリスに縁談を持ち込んだんだろ?」
「なぜわかる!?」
「俺には最高の密告者がいるからな。親父や王妃の周りの出来事は筒抜けだ」
 エテ王子が言う密告者はダイスの事だろう。王妃の側にいる時間が多くなったダイスは、新しく入った情報をいち早くエテ王子に伝えている。本人如く「王子が王室を離れた時、いち早く王宮の出来事を伝えるための練習にございます」と言っているが、どうもエテ王子には密偵の仕事を楽しんでやっているように見える。
「デルサート王国の王子って、まだ9歳じゃないか。なんでルイーズじゃないんだよ」
「その理由は簡単じゃ。あの王子、年上にしか興味がない。自分より下は本人如く『ガキ』らしい」
「言葉遣いが悪いな」
 父親の事を「親父」と呼んでいるエテ王子もどうかと思うが…。
「甘やかされて育てられているからな。デルサート王国の国王には妃が8人、妾が20人近くいる。子供も沢山いるのだが、その中でクリスに縁談を申し込んできた王子が唯一の男子。次期国王を約束されているからなのか、周りが甘やかしすぎて、我儘に育ってしまったんじゃ」
「姉上といい勝負だな」
 この王宮内にも我儘姫はいるが、さすがに王族という身分をわきまえて言葉遣いは酷くはない。王子と王女という性別が違うこともあるが、それでも噂に聞く我儘っぷりは、この国の第一王女とそんなに変わりないようだ。
「実際に会って、向こうがクリスを気に入ったらどうするんだよ。身元を調べれば王女だってこと、すぐにばれるぞ」
「だからケインさんの助手として参加させるのです。それともあなたの侍女として連れて行きます? あちらの国王様は例え他国の王子付きの侍女であろうと、気に入れば必ず手に入れる方ですのよ」
「王妃も王太子妃時代に、迫られていたな」
「ええ。あの時はジャルパツ王国の方に助けていただきましたわ」
「たしか、ジャルパツ王国の姫(当時12歳)との縁談を持ち掛けて、王妃は助かったんだったよな?」
「その通りですわ。そのお姫様も今は第一夫人として、後宮を仕切っていると伺います」
「だけど、国王の手癖は治らなかった」
「ええ。でなければ妾を20人以上作りませんもの。今は王子の教員係として雇った女性(16歳)に手を付けているそうですわ」
 国王と王妃の口から飛び出すデルサート王国の話は、エテ王子もクリスティーヌ王女もポカーンと口を開けて佇むほど衝撃だった。詳しい事までわかるということは、向こうの王室の誰かと繋がっているのだろう。
(もしかして、親父に流れている女癖の悪い国王って、デルサート王国の国王の事じゃないのか?)
 エテ王子は国内で流れている「国王は女癖が悪い」という噂にいつも疑問を持っていた。たしかに王妃以外に側室はいるが、隠し子はいないし、何よりも国王は王妃一筋だ。側室と時間を取る以外、公務以外はほぼ王妃と一緒にいる。そんな国王が他に愛人を作るわけがない。
 憶測にはすぎないが、国王が側室を迎えた時期と、デルサート王国の国王が妾を後宮に迎え入れた時期が同じ頃で、間違って話が伝わったのではないだろうか。エテ王子は真相を確かめたくても過去の事なので調べられないが。
「ケインさんには使いを出しましょう」
「いや、俺が行く。親父、日程とその祭りの詳細を教えてほしい。クリス、お前はコロリスにこの事を伝えてほしい」
「わかりまし……あ!! お兄様! わたくし、大事な事を忘れていましたわ!」
「な…なに?」
「シャンヴルお兄様に、お父様とのお話が終わったら私室に来てほしいって、伝言を頼まれていました」
「俺に?」
「いえ、わたくしにです。でも、警戒するだろうからお兄様も同席しても構わないって仰ってました。何か相談事があるそうです」
 確かにシャンヴル王子がクリスティーヌ王女に相談事があると言うのはおかしい。いつものプレイボーイ癖が始まったのかと疑うが、クリスティーヌ王女には同年代の女友達はいない。自分の侍女のミシティと仲は良いが、彼女は今不在だ。
 何か企んでいる?
 そう疑うが、今までシャンヴル王子がエテ王子を陥れることは一つもしていない。
 ますます怪しい。


 国王に私室を後にしたエテ王子とクリスティーヌ王女は、その足でシャンヴル王子の部屋へと向かった。
 シャンヴル王子の部屋に向かうまでの間、何故かウイリアムに会うことはなかった。
 その代わり、廊下から中庭を眺めているエリオを見つけた。
「あいつは、お前を追いかけないのか?」
「はい。挨拶はしますが、特に他の方のように追いかける事はありません」
「気に入られようとしていないのかな?」
 エテ王子はエリオが見つめている方角を見た。
 そこには第一王子のリュミエール王子と、王子付きの侍従が歩いていた。
「あ…あの、お兄様。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何?」
「男の方が男の方を好きになる……ってことはありえるんですか?」
「……はぁ!?」
「な…なんでもありません! 忘れてください!!」
 必死に発言を取り消そうと慌てるクリスティーヌ王女は、顔を真っ赤にして俯いていた。
 不思議に思ったエテ王子が、エリオをもう一度見ると、彼の表情は明らかに親友を見る目ではなかった。
「コロリスと同じ目をしている」
 間近で見るコロリスと同じ眼差しを向けるエリオ。
 しかしその相手が分からなかった。彼が見ているのはリュミエール王子と侍従のどちらか。侍従はつい先日、結婚したばかりで、親が勝手に決めた相手にも拘らず、周りも羨むほど仲がいいらしい。
 となると、エリオが向けているのはリュミエール王子となる。
「お…お兄様、そろそろ行きましょ」
 クリスティーヌ王女はエテ王子を急かした。

 男と男の恋愛。
 そんな物、物語の中の話だと思っていた。
 現実に遭遇するとは……。



 シャンヴル王子の私室は、国王の私室を挟んでエテ王子やクリスティーヌ王女の部屋の反対側の棟にある。あまり足を踏み入れない棟なので、廊下を行き来する使用人たちも顔馴染みがない。
 逆に使用人たちは、普段は見かけない2人の姿に驚いていた。
 部屋の前でシャンヴル王子は待っていた。
「もう父上の話は終わったのか?」
「今のところは」
「中に入ってくれ」
 自ら扉を開けたシャンヴル王子は、2人を部屋の中に招き入れた。
「お前たち、俺様がいいって言うまで絶対にうろつくなよ!!」
 そう廊下に集まった人たちに怒鳴り散らすと、勢いよく扉を閉め、鍵を掛けた。

 部屋の中は大きな窓から降り注ぐ光が、黄金に彩られた家具に反射し、その光が天井を輝かせていた。
 部屋の広さはエテ王子の私室と変わらないが、質素な家具を好むエテ王子と違い、シャンヴル王子の部屋は豪華絢爛という言葉が最適だった。
「座ってくれ」
 綺麗な刺繍が施されたクッションが並ぶ二人掛けのソファに座るように促した。
 2人が座ると、シャンヴル王子はお茶の準備を始めたが、その手元は覚束ない。お付きの侍女たちも席をはずしているらしく、どうやってお茶を入れるのか、「え~…と……あれ? 違ったっけ?」と独り言をつぶやきながらガチャガチャと茶器を鳴らしているだけで、何も先に進まなかった。
「クリス、やってやれ」
 あまりのもたつきに苛立ったエテ王子は、クリスティーヌ王女に変わるように伝えた。
 クリスティーヌ王女は嫌な顔一つせず、シャンヴル王子と交代した。
「いつも見ているから出来ると思ったんだけど、無理だった」
「当たり前だ。俺も最近、コロリスから教えてもらったばっかりだ。あれは経験がものを言う」
「侍女たちは簡単にやっていたんだけどな~」
「見るのとやるのは大違いだ。いつまでも周りに頼るな。いざって時に困るぞ」
「お前はいいよな~。もうすぐ王宮を出るんだろ? 全然困らないじゃん。軍に育成学校に入っていたら、俺様も一人で出来たかな?」
「アホか、お前。育成学校が茶の入れ方を教えるわけないだろ。教わるのは自分が生き残るための戦い方だけだ。お前なんかが育成学校に入ったら、二日で辞めるって泣き出すぞ」
「そんなに凄い所なのか?」
「今から入学するか?」
「辞めておく。俺様にはそんな体力も精神力もない」
「だろうな。親父も俺が育成学校に入ることに驚いていた。まさか卒業するとは思わなかったらしく、卒業した時、記念に何かやろうと上機嫌だった」
「で、何を貰ったんだ? 土地か? 女か? 金?」
「お前と一緒にするな。王家の紋章が刻まれたペンダントだ。それをつけていれば、国を自由に出入りできるようにしてもらった。結局、一度も使わなかったが」
「じゃあ、今も持っているのか?」
「コロリスにあげた。それが原因で一騒動あったけどな」
 ローテーブルを挟んで二人掛けのソファに座るエテ王子と、1人掛けのソファに座るシャンヴル王子の会話は、とても兄弟の会話に聞こえない。どちらかというと同級生同士の会話に聞こえる。
 お茶の準備をしながら話を聞いていたクリスティーヌ王女は、王位継承争いで敵対しているのでは?と疑問に思った。
「シャンヴルお兄様、お待たせしました」
 クリスティーヌ王女はシャンヴル王子の前に、透明なコップを置いた。中には黄金色に近い色の液体が入っており、気分が落ち着く香りがしてきた。
「これは? 初めて見るんだけど」
「ミントを使ったハーブティーです。侍女の方が用意されていました」
「なんか食べる物も持ってこればよかったな」
「クッキーでしたらあります。逃走中の食料にしていました」
 そういうと、クリスティーヌ王女は透明な袋に入り、白いリボンで口を縛ってあるクッキーを取り出した。袋の大きさからして、もっと入っていただろうと思われるが、彼女が言う様にウイリアムから逃げる間に、いくつが食べてしまったのだろう。
 それでも6~7枚は入っていたので、カップのソーサーに綺麗に並べた。
 並べられたクッキーは厚みがあり、上部は花の形の窪みが作られ、そこには赤いつやつやした物が流し込まれていた。
「これが……食べ物?」
「まだ試作ですが。真ん中の赤いのは、イチゴと砂糖を煮詰めたジャムです」
「凄いな~。これ、売ったら人気出るね」
「製作者の許可を得てからな」
「え? クリスが考えたんじゃないの?」
「親父のお気に入りの料理人考案だ」
「料理人……じゃあ、食材とか見分けられる?」
「ある程度は見分けられるだろ。あいつには最強の助っ人がついているんだから」
「じゃあじゃあ、これも見分けられる!?」
 シャンヴル王子は突然、テーブルの上に麻袋を逆さまにし、中に入っていた物をばら撒いた。
 中から出てきたのは緑色の葉っぱで、摘んでから日が経っているのか、萎れている物もあるが見分けはつく。
「これは……ハーブですか?」
「よくわからないんだけど、この間の父上の食事会で、デザートの上に乗っていたのを思い出したんだ。これって、食材だよね!?」
「詳しく調べないとわかりませんが、ほぼハーブで間違いないと思います。シャンヴルお兄様、これをどちらで採取されたのですか?」
「あ~…それは……」
 さっきまでの勢いはどこへやら。採取場所を聞かれた途端、視線を外した。
 さすがにクリスティーヌ王女に、国が認めている娼館に出かけているとは言いづらい。エテ王子だけならベラベラと喋っただろう。
「俺にも言えないところか?」
「あ、いや、お前には言えるけど、クリスには刺激が強い…っていうか……軽蔑されるっていうか……」
 エテ王子には言えるということは、国の保護区域でない事がわかった。先日の副村長の裁判の事も耳に入っているはずだから、保護区域で採ってきたとは言わないはずだ。もし、そうだとしても、シャンヴル王子の事だからこのハーブをどこかに捨てるはずだ。
「王都の南にある村?」
 ズバッと言われたシャンヴル王子は、顔を真っ赤にしてエテ王子を見た。
「ななななななんでわかったんだ!?」
「お前、あの店の常連じゃん。俺がコロリスと会う前はよく誘ってきたじゃないか。未だに通っているんだろ? 新年祭の時もそこにいたんだろ? 今年になってから定期的に通っていたんだろ? お気に入りはマルタっていう女性なんだろ?」
「お…仰る通りでございます」
 すべてお見通しのエテ王子に、シャンヴル王子はテーブルに指をつけて頭を深く下げた。
 エテ王子は腕を組んで呆れたように大きな溜息を吐いている。
「あ…あの、お兄様……」
「クリス、お前は何も知らなくていい。男の問題だ」
「でも…」
 クリスティーヌ王女が知りたいのは、シャンヴル王子がよく行く南の村ではなく、2人の兄の関係。第二王子のシャンヴル王子が、第三王子のエテ王子に頭が上がらないその理由の方が興味ある。
「で、このハーブをどこで摘んできた? まさか村に生えている物を勝手に摘んできたんじゃないだろうな?」
「違う違う! 村の西側に牧場を経営する一家が、悪徳商人に騙されて、刈っても刈っても生えてくる雑草の種を買わされたんだ。王都近郊で高値で取引される作物の種だとか言われて全財産をつぎ込んだらしい。だけど生えてきたのは雑草で、牧場を立て直す為にその村の権力者から金を借りたんだけど、全く返す当てもなく、終いには娘さんまで売られちゃって…」
「娘さんを…売る?」
 クリスティーヌ王女の声にハッとしたシャンヴル王子は、両手で口を塞いだ。
「お前さ~」
 ますますエテ王子は呆れていく。
「と…とにかく! 牧場全体がこのハーブ?っていう草ばっかりで、立て直すことができない一家なんだ。この草で彼女たちを助けることはできないだろうか? なんとかしてあの牧場を助けたい」
「珍しいな、お前が人を助けたいだなんて」
「べべべべ別にいいだろ! 俺様はあの村全体を救いたいんだよ!!」
 顔を真っ赤にしながらドモるシャンヴル王子。
 エテ王子には「あ、気になる子が出来たんだな」と瞬時に分かった。彼の真っ赤な顔が怒りの顔ではなく、どこか恥ずかしそうな顔をしていたことと、ただの牧場を救いたいと言っていたのに、村全体を救いたいと言い放った事が、気になる子にいい所を見せてやりたいという、シャンヴル王子の見栄っぱりな性格を分析した。
 昔からシャンヴル王子は、気になる子を振り向かせようと見栄を張ってきたが、そのどれもが空振りに終わっている。
 まあ、いつものお遊びだろうと、軽く考えたエテ王子は「知り合いの料理人に聞いてみる」と答えた。


 自分の私室へと戻る間、クリスティーヌ王女はエテ王子に、シャンヴル王子との関係性を聞き出していた。
「どう見てもシャンヴルお兄様よりも、エテお兄様の方が上に見えますけど?」
「年は俺の方が上だ」
「え!? そうなんですか!? じゃあ、なぜエテお兄様が第三王子なんですか!?」
「俺、王宮で生まれていないから」
「え?」
「俺の母親、俺が生まれる前に親族が全員亡くなって、行く当てもなくなった母を、今の王妃の実家が養子にしてくれて、で、王妃の実家で俺が生まれた。親父の子供であることに間違いないから、親父は認知して王宮で暮らせるようにしてくれた時、俺はもう歩ける年だったんだ。その少し前に生まれたのがシャンヴル」
「じゃあ、お兄様はシャンヴルお兄様よりも先に生まれたけど、王宮にはいらっしゃらなかったから、シャンヴルお兄様が第二王子、お兄様が第三王子なんですね」
「そういうこと」
 意外な事実を聞いたクリスティーヌ王女は、エテ王子には複雑な過去がある事を初めて知った。
「王室には複雑な事が大量にある。どれも首を突っ込んだら自分の命がないから、お前はむやみに首を突っ込まないように」
 エテ王子はクリスティーヌ王女の頭を軽く叩いた。


 そんな2人を廊下の角で見つめている人物がいた。
 家の用事で王宮には来れないと言っていたレヴィアンだ。家の用事が早く終わり、クリスティーヌ王女に会いに王宮にやってきたのだろうか。
 だが、2人を見つめる彼の目は、エテ王子を睨み付けているように見える。
 そして彼の手には【ある物】が握られていた。
 その【ある物】は、片手で握る事が出来、銀色をした長方形の箱だった。



          <つづく>
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