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第56話 お宝の山です!!!
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新年祭以降、週に一度、第二王子のシャンヴル王子は南にある村に頻繁に出かけた。
冬の間は酒場に通い続けていたが、酒場で働く娘とは一度も口を聞く事が出来なかった。
「シャンヴル様、もうすぐ面白い光景がご覧にいただけますわ」
今日も酒場で飲んでいた彼に、マルタが耳打ちしてきた。
「面白い光景?」
「春の風が吹くと、あの子の牧場が一面に緑になりますの。その緑になる原因が、悪徳商人から買い付けた雑草なんですのよ」
「刈っても刈っても生えてくる雑草?」
「ええ。一度ご覧になるとよろしいですわ。春の風が吹くのは3日後と予測します」
マルタはフフフ…と笑いながらシャンヴル王子から離れていった。
マルタの予測通り、3日後に春の風が吹いた。冷たい強い風から、暖かな穏やかな風へと変わったことで、村人たちは一斉に動き出す。
畑を耕す者もいれば、冬の間だけ出稼ぎに出ていた者が戻ってきたりと、静かだった村が活気に満ち溢れ出す。
「マルタ、なんで春の風が吹くことがわかったんだ?」
予言通りになったことが、シャンヴル王子には不思議でたまらない。
今回だけではない。マルタは今までに何回も天気を予測している。雨が降る、雪が降る、強い風が吹く…この村の天気だけではなく、村周辺の天気も当てる為、川が増水するほどの雨が降ることも事前に察知し、酒場や娼館にやってくるお客を何度も救ったことがある。
「わたくし、風が読めますのよ」
「風を…読む?」
「小さい頃からの特技なんです。親は不気味に思っていたんでしょうね。でなければこの娼館に売られませんもの」
「どうやって風を読むんだ?」
「わたくしもよくわからないんですが、天候が変わる3日か4日ほど前に、わたくしの周りだけに風が吹くんです。冷たい風を感じたら雨、暖かな風を感じたら晴れ、体に突き刺さるような痛い風を感じたら雪、足元に水を感じたら大雨…感じ方は色々あるんですが、ほぼ100%の確率で当てられますのよ」
「そんな能力もあるのか…」
「さ、シャンヴル様。あの子の牧場へ行ってみてくださいな。驚くと思いますわ」
マルタはシャンヴル王子の背中を押した。
娘の牧場は村の西側の外れにあるらしい。
村の西側は森が広がり、その森の奥に娘の牧場があった。
新年が明ける前に大切な牛や羊を売ったと聞いており、ここに辿り着くまでの間に見かけた牧場とは異なり、音が何もしなかった。
柵に覆われた牧草地は、確かに緑一面で牛や羊を飼うのには適しているように見える。
だが、マルタが言っていたように牧草地は草で覆われており、整地している様子もない。
シャンヴル王子は雑草に覆われた牧草地を見つめていた。
想像では所々に雑草が生えていると思ったが、奥にある厩舎や居住スペースの建物の前までぎっしりと生えており、他の牧場とは全く違うことが見てわかる。
世の中には悪い事を商売にしている奴もいるんだな…。
王宮の中でぬくぬくと育った王子にとって、このように騙される人がいる現実はショックだった。
王宮内でも騙し騙されることはある。だが、その騙し合いが相手の生活にまで支障が出ることはない。いや、自分が知らないだけで生活に支障が出ているのかもしれない。
ふと足元を見たシャンヴル王子は、そこに生えている雑草を摘み取った。
「……あれ?」
摘み取った雑草を見て、どこかで見たことがあるような気がした。
あれは新年祭が終わった後に国王が主催した食事会の時だ。クリスティーヌ王女が作ったというケーキを食べたことがある。サクサクっとしたクッキーの様な土台に、白く固まったクリームが敷き詰められており、ブルーベリーで作ったというジャムという食べ物がかかっていた。そのケーキの上にこの葉っぱが乗っていたのを思い出したのだ。
よく見ると辺り一面の雑草はすべて同じ葉の形をしている。
奥はよく見えないが、同じ物が植えられているかもしれない。
これは……食材なのでは……?
摘み取った雑草をじっと見つめていると、いつの間にか目の前に人影が立った。
驚いて顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。酒場で働いていた娘だ。
「うちに何か御用ですか?」
少し低い声を出す少女は、紫に透き通った目でシャンヴル王子を睨み付けていた。
「酒場にいらした方ですよね。何か御用ですか?」
少女の低い声にシャンヴル王子は固まってしまった。外見とは違う低い声に怯えている感じだ。
「あ…いや……俺は……」
「あの酒場にいらっしゃるという事は、貴族様ですよね。貴族様がこの牧場にいらっしゃるってことは、この土地を買いに来られたんですか?」
「そうじゃない! 俺は……俺は王都から来た料理人だ! この草が料理に使う材料と似ているから、気になっていたんだ」
「王都の料理人? 王都の方は雑草を食べられるんですか?」
「いや、正式には料理に添える物なんだが……ただ似ているだけで、その食材かどうかは分からない。一度、王都に戻って調べたいのだが、少し分けてもらえないだろうか?」
「こんな雑草、お好きにお持ちください。どうせ採っても採っても次から次へと生えてくるんですから」
少女は明らかに怒っている。
シャンヴル王子は咄嗟に料理人と嘘を付いてしまったが、相手は信じているようだ。怒りの矛先は他にあるのだろう。
「ち…因みに、ここに生えている雑草はこの種類だけ?」
「葉の形が違う物でしたら、他に生えています。お持ちになりますか?」
「もちろん!」
「ではお好きにどうぞ」
一向に愛層のない表情を見せる少女は、牧草地に入る柵の扉を開けた。
酒場で見る少女は、いつもニコニコとしていた。その笑顔が仕事の為に作られた表情だということに、シャンヴル王子はやっと気づいた。自分の周りには無理に愛想を振りまく人が多くいるのに、彼女の偽りの笑顔に気づけなかったことに、何故か悔しい気持ちが沸き起こった。
牧草地には葉の形が違う雑草がいくつかあった。
料理人でもなければ、植物に詳しい訳でもない王子は、王都に戻りクリスティーヌ王女に調べてもらうことにした。料理をする彼女なら、これらをすべて見分けられると思った。
シャンヴル王子は王都に戻る前、酒場に戻りマルタにあの少女の牧場に手を出すなと強く言い放った。近くにいたオーナーが理由を聞き出そうとしたが、何も話してくれなかった。その代わり数十枚の金貨を置いていった。
この金貨が、シャンヴル王子の未来を、少女の未来を大きく変えてしまうことになる…。
村へとやってきたラングリージ伯爵、オーベルシュゼン男爵、シンリーナ子爵の3人は、温泉宿の前で立ち尽くしていた。
噂には聞いていたが、確かに村は質素だ。だが、この温泉宿の周辺だけは王都にも負けないほど華やかな作りになっていた。特に温泉宿の前に伸びる大通りに敷き詰められたレンガ、噴水を伴った水路は高度な技術が使われている事が解る。何よりも絶える事のない大量の水を貯える噴水は、王宮にあってもおかしくない物だ。
宿に入ると、そこも国では見かけない神秘的な内装に目を見張る所が沢山ある。
「ラングリージ伯爵」
ロビーで立ち尽くしていると、二階からリチャードが下りてきた。
「リチャード殿」
「お待ちしておりました。二階のレストランへどうぞ」
「なぜリチャード殿がここにおられる」
「ちょっとした仕事です。仲間も集まっていますので、二階へどうぞ」
リチャードに急かされ、三人の貴族とその息子と娘は、二階へと上がった。
二階のレストランと呼ばれる食事ができるスペースは、閑散としており噂に聞く賑わいはなかった。
「今日は営業をしていないんです。その方が気兼ねなく話し合いができますから」
先頭を歩くリチャードは、レストランのカウンター近くのテーブルへと案内した。
そこには黒髪の女性と、青みがかった銀髪の青年、その青年と同い年ぐらいの2人の少女がテーブルを囲っていた。
「お連れしましたよ」
「ありがとうございます、リチャードさん。こちらへどうぞ」
ヴァーグは来客たちを隣の10人掛けのテーブルに座るように誘った。
伯爵たちが席に着くと、ケインが何の迷いもなくメニューを差し出してきた。
「これは…?」
「お好きな物をどうぞ。リクエストに応えます」
ケインから渡されたメニューには、手書きで絵が描かれていた。その絵の下に商品名が書かれてあるのだが、あまり聞きなれていない言葉に戸惑いが見える。
「あ…あの……」
エテ王子の侍女を担当し、オーベルシュゼン男爵の令嬢ミシティが、おずおずと手を挙げた。
「なんでしょうか?」
「名前はよくわからないのですが、黄色くて柔らかい食べ物で、上に苦いソースが掛かっている物…?はありますか?」
「……ああ、それはプリンですね。プリン単独はないのですが、それを使った物ならあります。ご用意します」
「ありがとうございます」
以前、クリスティーヌ王女から試作を貰ったとき、その柔らかさに驚き、ほんのりと甘い食べ物の虜になったミシティは「プリンっていう名前なのね」といつも持ち歩いているメモ帳に書き記した。
彼女に続く様にラングリージ伯爵の息子ヘンリーは生クリームをパンケーキで蒔いた物、シンリーナ子爵の息子ロメオはサクサクとした土台にクリームを敷き詰め、その上にフルーツを乗せた物をオーダーした。
「ロールケーキとフルーツタルトですね。飲み物は紅茶の方がいいかもしれませんね。他はいかがしますか?」
息子や娘は自分の食べたい物を答えだが、親たちはまったく想像のつかない食べ物に四苦八苦していた。他の伯爵たちは子供たちと違い、クリスティーヌ王女の作ったお菓子を食べたことがない。エテ王子が侍従や侍女たちを集めて労いのお茶会を開く時も出席しないので、今、王宮でどのような食べ物が流行っているのかもわからない。
なかなか注文をしない伯爵たちに、
「この店一番の人気商品をお持ちします。じゃあ、ヴァーグさん、話を進めてください」
「ありがとう、ケイン」
注文を聞き終えたケインが厨房に入っていくと、ヴァーグはリチャードが座る席の隣に立った。
「紹介します。こちらの温泉宿のオーナーをされているヴァーグ殿です」
「皆さま、はじめまして。ヴァーグと申します」
リチャードの紹介に続いてヴァーグが深々と頭を下げると、伯爵たちも頭を軽く下げた。
「エテ王子からお聞きしていると思いますが、先ほど注文を受けた青年ケインが国王様から広大な土地を譲り受けまして、ヴァーグ殿が中心となって開発をしていくことになりました。その開発にあたって、皆さんの力を貸していただきたいのです」
「国王様やエテ様から詳しい事をお伺いしていると思いますが、今日はケインがその土地を案内しますので、今後の事について色々とお話しできたらと思います」
「それからオーベルシュゼン男爵のご令嬢とシンリーナ子爵のご子息ですが、こちらの2人の会社で働いていただくことになります」
リチャードはヴァーグとは反対側に立った2人の少女を紹介した。
「こちらはデイジー嬢とナンシー嬢。まだ若い二人ですが、すでに会社を設立し、昨年の芸術祭、今年の新年祭において、国王様の許可がないと出店できない中央広場にてその会社をお披露目しています」
「『メモリーズ ギフト』代表のデイジーです。思い出を売る会社を経営しています」
「同じくナンシーです。主に会社を利用してくださるお客様に衣装を提供しています」
ヴァーグから教えてもらった挨拶をした2人は深く頭を下げた。
「この2人にはわたしもお世話になっているんです。二ヶ月後、この村で結婚式を挙げるのですが、そのプランニングをすべて彼女たちがしてくれるんです。会場の手配から衣装、料理など、親身になって相談に乗ってくれるんです。ミシティ嬢とロメロ君には、この式場で働いていただきたい」
「わたくしたちが…ですか?」
「結婚式場の仕事は沢山あります。来賓をご案内する係、お料理を運ぶ係、式を挙げられる新郎新婦のお世話係、司会進行を担う係、お衣裳を提案する係、着付けをする係。きっと王宮と同じような感じだと思います。その数あるお仕事の中で自分に合う仕事、または自分がやってみたい仕事に就いてていただければ、わたしたちは大いに助かります」
「あの……新郎新婦のお世話係…というのは、具体的にどのようなお仕事なんでしょうか?」
「このお仕事は、式当日、新郎新婦に付き添って、準備を進めたり、式の進行を手助けするお仕事です」
「では、お料理を運ぶ係りとは?」
「結婚式の後に披露宴を行う場合、その披露宴でお食事を提供します。リチャード様の場合はテーブル席を取り払ってほしいという事ですので、立食パーティーになると思いますが、会場にお料理を運んでもらい、来客に飲み物を配ったりします。テーブルがある場合は、各テーブルにお料理を運び、お客様のご要望にもお聞きします」
「王宮で行われる国王主催のパーティーと同じってことですよ。ミシティ嬢は一度、出席したことがあるので、大体の事は想像つきますよね?」
「え…ええ。ただ、わたくしたちは王侯貴族を相手に給仕をしてまいりました。こちらの結婚式場でも同じことをしても大丈夫なのかと心配で…」
「同じ気持ちでいてほしいと強く願います。結婚式は一生に一度の晴れ舞台です。特に新婦様は、唯一、この日だけお姫様になることが出来る日です。身分など関係なく誰でもお姫様になれる日を、わたしたちスタッフも快く接していきたいのです」
「誰でも…お姫様になれる…!!」
急に目を輝かせるミシティ。デイジーの『誰でもお姫様になれる』という言葉が魔法の言葉のように聞こえた。
彼女はまだ未婚だが、いつかは玉の輿に乗ることを夢見ている。男爵という爵位は爵位の中では下の方。実家は外国との取引で家を大きくし、その功績を認められ商人から男爵になった。屋敷も小さいし、雇っている使用人も他と比べて少ない。公爵や伯爵に比べて豪華な生活が出来るわけでもなく、王子の侍女に選ばれなかったら、華やかな席は一生見ることはできなかっただろう。
「あの、僕は王子の書記として仕えていますので、そのようなお仕事は…」
「ロメロ君には事務担当をしてもらおうと思う」
「じむ?」
「売り上げを計算したり、式の見積もりを出したり、利用してくださった方に手紙を出したり、ご予約状況を把握したり、そういう仕事。今の仕事とそんなに変わらないと思うのだが?」
「たしかに変わりませんが……」
「王子直々に推薦してくれた」
「王子が!?」
ロメロはどちらかというとヘンリーと違い陰に隠れがち。今までの仕事はエテ王子に見られていないと思っていた。それなのにちゃんと見ていてくれたことに目頭が熱くなる。
「ラングリージ伯爵とヘンリー君の仕事は、直接現地で説明します。言葉だけでは説明できない物ですので」
そうリチャードが行ったのと同時ぐらいに、厨房からケインが戻ってきた。両手のトレイには人数分のティーカップが乗せられている。
「ケイン、お茶はわたしが淹れるわ」
ケインからトレイを受け取ると、ヴァーグは席に着いている伯爵たちに紅茶をいれて配った。
デイジーとナンシーは元々自分たちが座っていたテーブルに戻った。
ヴァーグは紅茶を配り終えると、ケインはヘンリーたちから注文品を配り始めた。
「いちご入りのロールケーキです」
ヘンリーの前にはイチゴを中央に添えたロールケーキを置いた。いつも生クリームだけが巻かれた物しか食べたことがないヘンリーは、クリームの中央にイチゴが添えられている事に驚いた。
「フルーツタルトの詰め合わせです」
ロメロの前に置かれたお皿には、三角形に切り揃えられたタルトが三つ乗せられていた。イチゴが敷き詰められた物、ブルーベリーか敷き詰められた物、色々なフルーツが色鮮やかに敷き詰められた三つだ。どれも上にかけられたシロップが輝いていた。
「プリン・ア・ラ・モードです」
ミシティの前に置かれた物が一番華やかだった。ガラスの器の中央に黄色いプルプルとしたプリンが置かれ、茶色いカラメルソースが掛かっている。周りには一口大に切り揃えられた何種類物の果物が散りばめられ、プリンのカラメルソースの上にちょこんと白いクリームが飾れて、更に柄のついたサクランボが乗っていた。
ミシティの目はますます輝いていった。
伯爵たちの前には5cmほどのサイコロに似たスポンジケーキが四つ、一枚の皿の上にひし形に置かれている。生クリームでコーティングされイチゴが乗ったショートケーキ、艶のある茶色い液体でコーティングされたチョコレートケーキ、緑色の粉が振りかけられた抹茶ケーキ、最後の一つはただのスポンジケーキに見える。
「ご説明します。イチゴのケーキ、チョコレートという甘いソースを掛けたチョコレートケーキ、抹茶というお茶の葉を粉にして生地にもクリームにも練り込んでいる抹茶ケーキ、最後は生地にチーズという牛乳から作られる食材を練り込んで焼き上げたチーズケーキです。食べる順番に決まりはありませんので、気になったケーキから召し上がってください」
ケインの説明の間、ヘンリーたちも親の出された皿を凝視していた。
王宮では一つの皿に一つの料理しか載せない。なのに、今目にしているのは一つの皿に四種類のケーキが乗せられている。あれも食べたい、これも食べたいと言う欲望を、一枚で収めているのだ。しかも色が全部違うので芸術作品のように見える。
ミシティは早速メモ帳に書き記した。王都にいるクリスティーヌ王女に教える為にだ。ミシティはクリスティーヌ王女と仲がいい。試作をエテ王子に食べてもらおうと部屋を訪ねるが、いつも留守にしている為、勿体ないから食べてくださいとミシティに渡しているうちに仲良くなった。
ロメロはどうやって王都に持ち帰ろうか頭をフル回転させていた。
「箱に入れて……いや、ある程度小さい箱でないと馬車の揺れで崩れてしまう。それに今はまだ寒いからいいが、夏の熱さに耐えられるだろうか……でも、物を長持ちさせる技術は……」
ブツブツと呟くロメロを、父親のシンリーナ子爵は注意するかと思ったら、
「これを国外で売った場合、利益をこれだけ得ると考えて、原価を抑えるには……いやいや、運送費などを考えても、かなり高値になってしまうのでは…」
と、子爵もこの四つのケーキを売るための計算を始めてしまった。
よく見たらオーベルシュゼン男爵も、娘のミシティのメモ帳を借りて何か計算している。時折、隣に座るシンリーナ子爵とこうしたらどうだ、ああしたらどうだと意見の交換会をしていた。
目の前に広がる異様な光景に、チャールズが一番困っている。
「エテから聞いているけど……結構仕事熱心な人たちだね…」
一度気になることができると、とにかく突き進む彼らは、新しい街を開発する上で大いに役立つに役立つ……はず……。
王宮ではクリスティーヌ王女が婿候補から逃れようと、王宮内を走り回っていた。
今日はレヴィアンは家の用事で王宮に来れない事を知り、ウイリアムから逃れる事だけを最優先に考え、何とかして王族しか立ち入ることができない場所を使って移動を繰り返していた。
「お父様のお部屋に行くにも一苦労だわ」
クリスティーヌ王女は今、王妃から呼び出しを受けている。国王が話したい事があるようで、至急、国王の私室に来るようにと伝言があった。
部屋を出たクリスティーヌ王女が最初に目にしたのは、最初の角で談笑しているウイリアムとその友達の姿。見つかってはならないと、遠回りして向かうことにした。
その道のりは険しく、王宮内にある図書館を横切り、劇場の客席を這いつくばりながら移動し、庭園の生け垣の中を進み、広間で舞踏会などが行われる時しか使わない地下通路を激走し、更には貴族は絶対に足を踏み入れない調理場を突っ切った。
なぜ、これだけ色々な場所を巡らなければならないのか。
その理由は各場所の入り口か出口に、どうやってかぎつけたのかウイリアムが偶然を装ってそこにいるからだ。
図書館では「王女も読書ですか?」と入り口に一番近い机で本を読んでおり、庭園ではお茶を優雅に飲んでいた。劇場では客席を這いつくばって移動する王女の進行先に足を組んで座っており、地下通路の出口では両手を広げて待ち構えていた。
「なんで行き先が解るの!?」
今にも泣きだしそうなクリスティーヌ王女は、かなり大回りして国王の私室に辿り着いた。その頃には彼女の外見はボロボロで、髪に庭園でついた葉っぱや花びらがくっついているほどだった。
やっとたどり着いた国王の私室のドアに手を掛けたその時、
「おい!」
と、彼女の肩を叩く人物が現れた。
心臓が飛び出るほど驚いたクリスティーヌ王女は、声も出せずにその場にしゃがみ込んだ。
「お…おい、大丈夫か?」
声をかけてきたのはシャンヴル王子だった。
ウイリアムでない事にホッとしたクリスティーヌ王女は安心しきった顔を見せた。
「お兄様、驚かせないでください」
「悪い悪い。父上に呼ばれたのか?」
「はい。至急来るようにと言われまして」
「じゃあ……父上に用事が終わったら俺の部屋に来てくれないか? 頼みたい事がある」
「わたくしに……ですか?」
「お前しかできない。もし一人で来るのが不安なら、エテを連れてきてもいい。どうしても調べてほしい事があるんだ」
「……わかりました……」
今まで会うことも稀だったシャンヴル王子が、こうして頼み事をしてくることに警戒心を抱いた。だが、エテ王子も一緒でいいという事は、悪い事を企んでいるとは思えない。シャンヴル王子とエテ王子は年齢が近い事もあって、実は仲がいい。シャンヴル王子の母親は王妃の甥であるエテ王子を敵対視しているが、影に隠れて連絡を取り合い、成人を迎える前までは2人で出かけたりしたこともある。
それに、シャンヴル王子の目が真剣だった。日替わりで見た目を変え、女性という女性の声をかけて関係を持つ『プレイボーイ王子』の異名を持つシャンヴル王子が、真剣な眼差しで頼み事をするなど、今まであり得なかった。
やはり何かある。一度生まれた警戒心は、なかなか消えないものだ。
国王の私室には王妃とエテ王子が、国境警備隊から伝えられた緊急事態に、頭を悩ませていた。
<つづく>
冬の間は酒場に通い続けていたが、酒場で働く娘とは一度も口を聞く事が出来なかった。
「シャンヴル様、もうすぐ面白い光景がご覧にいただけますわ」
今日も酒場で飲んでいた彼に、マルタが耳打ちしてきた。
「面白い光景?」
「春の風が吹くと、あの子の牧場が一面に緑になりますの。その緑になる原因が、悪徳商人から買い付けた雑草なんですのよ」
「刈っても刈っても生えてくる雑草?」
「ええ。一度ご覧になるとよろしいですわ。春の風が吹くのは3日後と予測します」
マルタはフフフ…と笑いながらシャンヴル王子から離れていった。
マルタの予測通り、3日後に春の風が吹いた。冷たい強い風から、暖かな穏やかな風へと変わったことで、村人たちは一斉に動き出す。
畑を耕す者もいれば、冬の間だけ出稼ぎに出ていた者が戻ってきたりと、静かだった村が活気に満ち溢れ出す。
「マルタ、なんで春の風が吹くことがわかったんだ?」
予言通りになったことが、シャンヴル王子には不思議でたまらない。
今回だけではない。マルタは今までに何回も天気を予測している。雨が降る、雪が降る、強い風が吹く…この村の天気だけではなく、村周辺の天気も当てる為、川が増水するほどの雨が降ることも事前に察知し、酒場や娼館にやってくるお客を何度も救ったことがある。
「わたくし、風が読めますのよ」
「風を…読む?」
「小さい頃からの特技なんです。親は不気味に思っていたんでしょうね。でなければこの娼館に売られませんもの」
「どうやって風を読むんだ?」
「わたくしもよくわからないんですが、天候が変わる3日か4日ほど前に、わたくしの周りだけに風が吹くんです。冷たい風を感じたら雨、暖かな風を感じたら晴れ、体に突き刺さるような痛い風を感じたら雪、足元に水を感じたら大雨…感じ方は色々あるんですが、ほぼ100%の確率で当てられますのよ」
「そんな能力もあるのか…」
「さ、シャンヴル様。あの子の牧場へ行ってみてくださいな。驚くと思いますわ」
マルタはシャンヴル王子の背中を押した。
娘の牧場は村の西側の外れにあるらしい。
村の西側は森が広がり、その森の奥に娘の牧場があった。
新年が明ける前に大切な牛や羊を売ったと聞いており、ここに辿り着くまでの間に見かけた牧場とは異なり、音が何もしなかった。
柵に覆われた牧草地は、確かに緑一面で牛や羊を飼うのには適しているように見える。
だが、マルタが言っていたように牧草地は草で覆われており、整地している様子もない。
シャンヴル王子は雑草に覆われた牧草地を見つめていた。
想像では所々に雑草が生えていると思ったが、奥にある厩舎や居住スペースの建物の前までぎっしりと生えており、他の牧場とは全く違うことが見てわかる。
世の中には悪い事を商売にしている奴もいるんだな…。
王宮の中でぬくぬくと育った王子にとって、このように騙される人がいる現実はショックだった。
王宮内でも騙し騙されることはある。だが、その騙し合いが相手の生活にまで支障が出ることはない。いや、自分が知らないだけで生活に支障が出ているのかもしれない。
ふと足元を見たシャンヴル王子は、そこに生えている雑草を摘み取った。
「……あれ?」
摘み取った雑草を見て、どこかで見たことがあるような気がした。
あれは新年祭が終わった後に国王が主催した食事会の時だ。クリスティーヌ王女が作ったというケーキを食べたことがある。サクサクっとしたクッキーの様な土台に、白く固まったクリームが敷き詰められており、ブルーベリーで作ったというジャムという食べ物がかかっていた。そのケーキの上にこの葉っぱが乗っていたのを思い出したのだ。
よく見ると辺り一面の雑草はすべて同じ葉の形をしている。
奥はよく見えないが、同じ物が植えられているかもしれない。
これは……食材なのでは……?
摘み取った雑草をじっと見つめていると、いつの間にか目の前に人影が立った。
驚いて顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。酒場で働いていた娘だ。
「うちに何か御用ですか?」
少し低い声を出す少女は、紫に透き通った目でシャンヴル王子を睨み付けていた。
「酒場にいらした方ですよね。何か御用ですか?」
少女の低い声にシャンヴル王子は固まってしまった。外見とは違う低い声に怯えている感じだ。
「あ…いや……俺は……」
「あの酒場にいらっしゃるという事は、貴族様ですよね。貴族様がこの牧場にいらっしゃるってことは、この土地を買いに来られたんですか?」
「そうじゃない! 俺は……俺は王都から来た料理人だ! この草が料理に使う材料と似ているから、気になっていたんだ」
「王都の料理人? 王都の方は雑草を食べられるんですか?」
「いや、正式には料理に添える物なんだが……ただ似ているだけで、その食材かどうかは分からない。一度、王都に戻って調べたいのだが、少し分けてもらえないだろうか?」
「こんな雑草、お好きにお持ちください。どうせ採っても採っても次から次へと生えてくるんですから」
少女は明らかに怒っている。
シャンヴル王子は咄嗟に料理人と嘘を付いてしまったが、相手は信じているようだ。怒りの矛先は他にあるのだろう。
「ち…因みに、ここに生えている雑草はこの種類だけ?」
「葉の形が違う物でしたら、他に生えています。お持ちになりますか?」
「もちろん!」
「ではお好きにどうぞ」
一向に愛層のない表情を見せる少女は、牧草地に入る柵の扉を開けた。
酒場で見る少女は、いつもニコニコとしていた。その笑顔が仕事の為に作られた表情だということに、シャンヴル王子はやっと気づいた。自分の周りには無理に愛想を振りまく人が多くいるのに、彼女の偽りの笑顔に気づけなかったことに、何故か悔しい気持ちが沸き起こった。
牧草地には葉の形が違う雑草がいくつかあった。
料理人でもなければ、植物に詳しい訳でもない王子は、王都に戻りクリスティーヌ王女に調べてもらうことにした。料理をする彼女なら、これらをすべて見分けられると思った。
シャンヴル王子は王都に戻る前、酒場に戻りマルタにあの少女の牧場に手を出すなと強く言い放った。近くにいたオーナーが理由を聞き出そうとしたが、何も話してくれなかった。その代わり数十枚の金貨を置いていった。
この金貨が、シャンヴル王子の未来を、少女の未来を大きく変えてしまうことになる…。
村へとやってきたラングリージ伯爵、オーベルシュゼン男爵、シンリーナ子爵の3人は、温泉宿の前で立ち尽くしていた。
噂には聞いていたが、確かに村は質素だ。だが、この温泉宿の周辺だけは王都にも負けないほど華やかな作りになっていた。特に温泉宿の前に伸びる大通りに敷き詰められたレンガ、噴水を伴った水路は高度な技術が使われている事が解る。何よりも絶える事のない大量の水を貯える噴水は、王宮にあってもおかしくない物だ。
宿に入ると、そこも国では見かけない神秘的な内装に目を見張る所が沢山ある。
「ラングリージ伯爵」
ロビーで立ち尽くしていると、二階からリチャードが下りてきた。
「リチャード殿」
「お待ちしておりました。二階のレストランへどうぞ」
「なぜリチャード殿がここにおられる」
「ちょっとした仕事です。仲間も集まっていますので、二階へどうぞ」
リチャードに急かされ、三人の貴族とその息子と娘は、二階へと上がった。
二階のレストランと呼ばれる食事ができるスペースは、閑散としており噂に聞く賑わいはなかった。
「今日は営業をしていないんです。その方が気兼ねなく話し合いができますから」
先頭を歩くリチャードは、レストランのカウンター近くのテーブルへと案内した。
そこには黒髪の女性と、青みがかった銀髪の青年、その青年と同い年ぐらいの2人の少女がテーブルを囲っていた。
「お連れしましたよ」
「ありがとうございます、リチャードさん。こちらへどうぞ」
ヴァーグは来客たちを隣の10人掛けのテーブルに座るように誘った。
伯爵たちが席に着くと、ケインが何の迷いもなくメニューを差し出してきた。
「これは…?」
「お好きな物をどうぞ。リクエストに応えます」
ケインから渡されたメニューには、手書きで絵が描かれていた。その絵の下に商品名が書かれてあるのだが、あまり聞きなれていない言葉に戸惑いが見える。
「あ…あの……」
エテ王子の侍女を担当し、オーベルシュゼン男爵の令嬢ミシティが、おずおずと手を挙げた。
「なんでしょうか?」
「名前はよくわからないのですが、黄色くて柔らかい食べ物で、上に苦いソースが掛かっている物…?はありますか?」
「……ああ、それはプリンですね。プリン単独はないのですが、それを使った物ならあります。ご用意します」
「ありがとうございます」
以前、クリスティーヌ王女から試作を貰ったとき、その柔らかさに驚き、ほんのりと甘い食べ物の虜になったミシティは「プリンっていう名前なのね」といつも持ち歩いているメモ帳に書き記した。
彼女に続く様にラングリージ伯爵の息子ヘンリーは生クリームをパンケーキで蒔いた物、シンリーナ子爵の息子ロメオはサクサクとした土台にクリームを敷き詰め、その上にフルーツを乗せた物をオーダーした。
「ロールケーキとフルーツタルトですね。飲み物は紅茶の方がいいかもしれませんね。他はいかがしますか?」
息子や娘は自分の食べたい物を答えだが、親たちはまったく想像のつかない食べ物に四苦八苦していた。他の伯爵たちは子供たちと違い、クリスティーヌ王女の作ったお菓子を食べたことがない。エテ王子が侍従や侍女たちを集めて労いのお茶会を開く時も出席しないので、今、王宮でどのような食べ物が流行っているのかもわからない。
なかなか注文をしない伯爵たちに、
「この店一番の人気商品をお持ちします。じゃあ、ヴァーグさん、話を進めてください」
「ありがとう、ケイン」
注文を聞き終えたケインが厨房に入っていくと、ヴァーグはリチャードが座る席の隣に立った。
「紹介します。こちらの温泉宿のオーナーをされているヴァーグ殿です」
「皆さま、はじめまして。ヴァーグと申します」
リチャードの紹介に続いてヴァーグが深々と頭を下げると、伯爵たちも頭を軽く下げた。
「エテ王子からお聞きしていると思いますが、先ほど注文を受けた青年ケインが国王様から広大な土地を譲り受けまして、ヴァーグ殿が中心となって開発をしていくことになりました。その開発にあたって、皆さんの力を貸していただきたいのです」
「国王様やエテ様から詳しい事をお伺いしていると思いますが、今日はケインがその土地を案内しますので、今後の事について色々とお話しできたらと思います」
「それからオーベルシュゼン男爵のご令嬢とシンリーナ子爵のご子息ですが、こちらの2人の会社で働いていただくことになります」
リチャードはヴァーグとは反対側に立った2人の少女を紹介した。
「こちらはデイジー嬢とナンシー嬢。まだ若い二人ですが、すでに会社を設立し、昨年の芸術祭、今年の新年祭において、国王様の許可がないと出店できない中央広場にてその会社をお披露目しています」
「『メモリーズ ギフト』代表のデイジーです。思い出を売る会社を経営しています」
「同じくナンシーです。主に会社を利用してくださるお客様に衣装を提供しています」
ヴァーグから教えてもらった挨拶をした2人は深く頭を下げた。
「この2人にはわたしもお世話になっているんです。二ヶ月後、この村で結婚式を挙げるのですが、そのプランニングをすべて彼女たちがしてくれるんです。会場の手配から衣装、料理など、親身になって相談に乗ってくれるんです。ミシティ嬢とロメロ君には、この式場で働いていただきたい」
「わたくしたちが…ですか?」
「結婚式場の仕事は沢山あります。来賓をご案内する係、お料理を運ぶ係、式を挙げられる新郎新婦のお世話係、司会進行を担う係、お衣裳を提案する係、着付けをする係。きっと王宮と同じような感じだと思います。その数あるお仕事の中で自分に合う仕事、または自分がやってみたい仕事に就いてていただければ、わたしたちは大いに助かります」
「あの……新郎新婦のお世話係…というのは、具体的にどのようなお仕事なんでしょうか?」
「このお仕事は、式当日、新郎新婦に付き添って、準備を進めたり、式の進行を手助けするお仕事です」
「では、お料理を運ぶ係りとは?」
「結婚式の後に披露宴を行う場合、その披露宴でお食事を提供します。リチャード様の場合はテーブル席を取り払ってほしいという事ですので、立食パーティーになると思いますが、会場にお料理を運んでもらい、来客に飲み物を配ったりします。テーブルがある場合は、各テーブルにお料理を運び、お客様のご要望にもお聞きします」
「王宮で行われる国王主催のパーティーと同じってことですよ。ミシティ嬢は一度、出席したことがあるので、大体の事は想像つきますよね?」
「え…ええ。ただ、わたくしたちは王侯貴族を相手に給仕をしてまいりました。こちらの結婚式場でも同じことをしても大丈夫なのかと心配で…」
「同じ気持ちでいてほしいと強く願います。結婚式は一生に一度の晴れ舞台です。特に新婦様は、唯一、この日だけお姫様になることが出来る日です。身分など関係なく誰でもお姫様になれる日を、わたしたちスタッフも快く接していきたいのです」
「誰でも…お姫様になれる…!!」
急に目を輝かせるミシティ。デイジーの『誰でもお姫様になれる』という言葉が魔法の言葉のように聞こえた。
彼女はまだ未婚だが、いつかは玉の輿に乗ることを夢見ている。男爵という爵位は爵位の中では下の方。実家は外国との取引で家を大きくし、その功績を認められ商人から男爵になった。屋敷も小さいし、雇っている使用人も他と比べて少ない。公爵や伯爵に比べて豪華な生活が出来るわけでもなく、王子の侍女に選ばれなかったら、華やかな席は一生見ることはできなかっただろう。
「あの、僕は王子の書記として仕えていますので、そのようなお仕事は…」
「ロメロ君には事務担当をしてもらおうと思う」
「じむ?」
「売り上げを計算したり、式の見積もりを出したり、利用してくださった方に手紙を出したり、ご予約状況を把握したり、そういう仕事。今の仕事とそんなに変わらないと思うのだが?」
「たしかに変わりませんが……」
「王子直々に推薦してくれた」
「王子が!?」
ロメロはどちらかというとヘンリーと違い陰に隠れがち。今までの仕事はエテ王子に見られていないと思っていた。それなのにちゃんと見ていてくれたことに目頭が熱くなる。
「ラングリージ伯爵とヘンリー君の仕事は、直接現地で説明します。言葉だけでは説明できない物ですので」
そうリチャードが行ったのと同時ぐらいに、厨房からケインが戻ってきた。両手のトレイには人数分のティーカップが乗せられている。
「ケイン、お茶はわたしが淹れるわ」
ケインからトレイを受け取ると、ヴァーグは席に着いている伯爵たちに紅茶をいれて配った。
デイジーとナンシーは元々自分たちが座っていたテーブルに戻った。
ヴァーグは紅茶を配り終えると、ケインはヘンリーたちから注文品を配り始めた。
「いちご入りのロールケーキです」
ヘンリーの前にはイチゴを中央に添えたロールケーキを置いた。いつも生クリームだけが巻かれた物しか食べたことがないヘンリーは、クリームの中央にイチゴが添えられている事に驚いた。
「フルーツタルトの詰め合わせです」
ロメロの前に置かれたお皿には、三角形に切り揃えられたタルトが三つ乗せられていた。イチゴが敷き詰められた物、ブルーベリーか敷き詰められた物、色々なフルーツが色鮮やかに敷き詰められた三つだ。どれも上にかけられたシロップが輝いていた。
「プリン・ア・ラ・モードです」
ミシティの前に置かれた物が一番華やかだった。ガラスの器の中央に黄色いプルプルとしたプリンが置かれ、茶色いカラメルソースが掛かっている。周りには一口大に切り揃えられた何種類物の果物が散りばめられ、プリンのカラメルソースの上にちょこんと白いクリームが飾れて、更に柄のついたサクランボが乗っていた。
ミシティの目はますます輝いていった。
伯爵たちの前には5cmほどのサイコロに似たスポンジケーキが四つ、一枚の皿の上にひし形に置かれている。生クリームでコーティングされイチゴが乗ったショートケーキ、艶のある茶色い液体でコーティングされたチョコレートケーキ、緑色の粉が振りかけられた抹茶ケーキ、最後の一つはただのスポンジケーキに見える。
「ご説明します。イチゴのケーキ、チョコレートという甘いソースを掛けたチョコレートケーキ、抹茶というお茶の葉を粉にして生地にもクリームにも練り込んでいる抹茶ケーキ、最後は生地にチーズという牛乳から作られる食材を練り込んで焼き上げたチーズケーキです。食べる順番に決まりはありませんので、気になったケーキから召し上がってください」
ケインの説明の間、ヘンリーたちも親の出された皿を凝視していた。
王宮では一つの皿に一つの料理しか載せない。なのに、今目にしているのは一つの皿に四種類のケーキが乗せられている。あれも食べたい、これも食べたいと言う欲望を、一枚で収めているのだ。しかも色が全部違うので芸術作品のように見える。
ミシティは早速メモ帳に書き記した。王都にいるクリスティーヌ王女に教える為にだ。ミシティはクリスティーヌ王女と仲がいい。試作をエテ王子に食べてもらおうと部屋を訪ねるが、いつも留守にしている為、勿体ないから食べてくださいとミシティに渡しているうちに仲良くなった。
ロメロはどうやって王都に持ち帰ろうか頭をフル回転させていた。
「箱に入れて……いや、ある程度小さい箱でないと馬車の揺れで崩れてしまう。それに今はまだ寒いからいいが、夏の熱さに耐えられるだろうか……でも、物を長持ちさせる技術は……」
ブツブツと呟くロメロを、父親のシンリーナ子爵は注意するかと思ったら、
「これを国外で売った場合、利益をこれだけ得ると考えて、原価を抑えるには……いやいや、運送費などを考えても、かなり高値になってしまうのでは…」
と、子爵もこの四つのケーキを売るための計算を始めてしまった。
よく見たらオーベルシュゼン男爵も、娘のミシティのメモ帳を借りて何か計算している。時折、隣に座るシンリーナ子爵とこうしたらどうだ、ああしたらどうだと意見の交換会をしていた。
目の前に広がる異様な光景に、チャールズが一番困っている。
「エテから聞いているけど……結構仕事熱心な人たちだね…」
一度気になることができると、とにかく突き進む彼らは、新しい街を開発する上で大いに役立つに役立つ……はず……。
王宮ではクリスティーヌ王女が婿候補から逃れようと、王宮内を走り回っていた。
今日はレヴィアンは家の用事で王宮に来れない事を知り、ウイリアムから逃れる事だけを最優先に考え、何とかして王族しか立ち入ることができない場所を使って移動を繰り返していた。
「お父様のお部屋に行くにも一苦労だわ」
クリスティーヌ王女は今、王妃から呼び出しを受けている。国王が話したい事があるようで、至急、国王の私室に来るようにと伝言があった。
部屋を出たクリスティーヌ王女が最初に目にしたのは、最初の角で談笑しているウイリアムとその友達の姿。見つかってはならないと、遠回りして向かうことにした。
その道のりは険しく、王宮内にある図書館を横切り、劇場の客席を這いつくばりながら移動し、庭園の生け垣の中を進み、広間で舞踏会などが行われる時しか使わない地下通路を激走し、更には貴族は絶対に足を踏み入れない調理場を突っ切った。
なぜ、これだけ色々な場所を巡らなければならないのか。
その理由は各場所の入り口か出口に、どうやってかぎつけたのかウイリアムが偶然を装ってそこにいるからだ。
図書館では「王女も読書ですか?」と入り口に一番近い机で本を読んでおり、庭園ではお茶を優雅に飲んでいた。劇場では客席を這いつくばって移動する王女の進行先に足を組んで座っており、地下通路の出口では両手を広げて待ち構えていた。
「なんで行き先が解るの!?」
今にも泣きだしそうなクリスティーヌ王女は、かなり大回りして国王の私室に辿り着いた。その頃には彼女の外見はボロボロで、髪に庭園でついた葉っぱや花びらがくっついているほどだった。
やっとたどり着いた国王の私室のドアに手を掛けたその時、
「おい!」
と、彼女の肩を叩く人物が現れた。
心臓が飛び出るほど驚いたクリスティーヌ王女は、声も出せずにその場にしゃがみ込んだ。
「お…おい、大丈夫か?」
声をかけてきたのはシャンヴル王子だった。
ウイリアムでない事にホッとしたクリスティーヌ王女は安心しきった顔を見せた。
「お兄様、驚かせないでください」
「悪い悪い。父上に呼ばれたのか?」
「はい。至急来るようにと言われまして」
「じゃあ……父上に用事が終わったら俺の部屋に来てくれないか? 頼みたい事がある」
「わたくしに……ですか?」
「お前しかできない。もし一人で来るのが不安なら、エテを連れてきてもいい。どうしても調べてほしい事があるんだ」
「……わかりました……」
今まで会うことも稀だったシャンヴル王子が、こうして頼み事をしてくることに警戒心を抱いた。だが、エテ王子も一緒でいいという事は、悪い事を企んでいるとは思えない。シャンヴル王子とエテ王子は年齢が近い事もあって、実は仲がいい。シャンヴル王子の母親は王妃の甥であるエテ王子を敵対視しているが、影に隠れて連絡を取り合い、成人を迎える前までは2人で出かけたりしたこともある。
それに、シャンヴル王子の目が真剣だった。日替わりで見た目を変え、女性という女性の声をかけて関係を持つ『プレイボーイ王子』の異名を持つシャンヴル王子が、真剣な眼差しで頼み事をするなど、今まであり得なかった。
やはり何かある。一度生まれた警戒心は、なかなか消えないものだ。
国王の私室には王妃とエテ王子が、国境警備隊から伝えられた緊急事態に、頭を悩ませていた。
<つづく>
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