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第62話 過去を知る者
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ビニールハウスで、表情が崩れきったジーヴルの顔を堪能している頃、リチャードはケインと一緒にオルシアに乗って、国王から与えられた土地の調査をしていた。
今日来たのは、前にスミレを保護した場所の近くだ。
元々、貴族の屋敷が建ち並んでいたとスミレから聞いているが、今はその面影もなく、ただ砂埃が立ち込める荒れた土地になっている。
「過去に大きな火災があったと聞いているが、一体何が原因なんだろう」
過去の文献をいくら探っても、この土地の詳しい情報は出てこなかった。この土地は貴族たちの避暑地になっており、別荘が多く建ち並び活気にあふてていたが、ある日突然炎に包まれ、すべてを焼き尽くした…としか書かれていなかった。
「この辺りは、誰が住んでいたのかも分からないそうだ」
リチャードもお手上げの様子だ。
貴族の別荘が建ち並んでいたのなら、当時の地図や貴族たちの名前が分かる物が残されているはずだ。それなのに詳細が書かれた資料が少ない。この土地に住んでいた貴族たちの知り合いも見つかっていない。
リチャードは父のミゼル侯爵にその事を聞き出そうとしたが、「分からない」という一言しか返事を貰っていない。侯爵だけではなく、親戚や長い歴史を持つ貴族の主に聞いても全く同じ返事が返ってくる。
「リチャードさん、この土地に屋敷があったのはどれぐらい前のことなんですか?」
「先の大戦前後まではあったらしい」
「先の大戦?」
「『戦いの女神』が失脚した大戦だ。お前の先祖が活躍した頃と言えばわかるか?」
「じゃあ、100年近く前の事なんですね」
「わたしの親戚は100年以上も続く貴族だ。知らないという返事がどうも引っかかる」
「たしかリチャードさんって、現国王の祖父の妹の末裔なんですよね? 当時の国王の妹が嫁ぐってなると、それなりに由緒正しい家柄なのでは?」
「その通り。我がミゼル家は先祖をたどれば建国当時から国王に仕えていた軍人だそうだ。そんな長い歴史を持つ家が、たった100年ほど前に起きた出来事を知らないと言うはずがない。同じように長い歴史を持つ家にも聞いてみたが、皆が皆、口を揃えて『分からない』というだけなんだ」
「国王様は?」
「まだお聞きしていない。国有地を貰うとき、陛下から何か聞いていないのか?」
「何も聞いていないんです。特に気にすることではなかったですし、スミレから話を聞くまで知りませんでしたし」
「う~ん……どうしたらいいものか……」
土地を開発するにあたって、いわくつきの土地だった場合、何か起きてからでは遅すぎる。過去に大きな火災が起きている事を考えると、死者も出ている事だろう。そんな土地に住む人などいるのだろうか?
再びオルシアの背中に乗ったケインとリチャードは、スミレを保護した場所へと向かった。
わずかに残る壁だったと思われる土の塊と、完全に枯れてしまった茶色い草が転々と存在する土地は、初めて来た時よりも荒廃が進んでいた。
「唯一昔の地図に残された伯爵家の別荘…か」
手にしていた地図はごく最近複製された物だが、空白が多く、唯一人物らしき名前が書かれてあったのが、この土地だけだった。
「どんな人物だったんですか?」
「名前を探しても見つからなかった。わかるのは『アルリーチ伯爵』という名前だけだ。どんな人で、家族が何人で、どの家と繋がりがあるのかも分からない」
「過去の名簿にもないんですか?」
「それらしき記述はあったのだが、名前が塗りつぶされていた」
「名前を?」
「王室に多額の寄付をしていた貴族名簿に、1か所だけ塗りつぶされた箇所があって、研究院に頼んで解読してもらったら『アルリーチ伯爵』という名前が出てきた。同時に分院で焼けた古地図の複製をしていたら、この名前が出てきた」
「名前を塗りつぶされるなんて、よほど大きな問題を起こしたんでしょうね」
「存在そのものが消されたんだからな。何代か前の国王が巨額の寄付を貴族からせしめようとして、王室と貴族が争った時代ともかけ離れているし、調査しようにも資料が少なすぎる」
「スミレも突然炎に包まれたって言ってましたし、そもそも人間と妖精の交流はないに等しいですからね。地道に調べていくしかないんでしょうか」
「エテにも頼んでみる。コロリス嬢の祖母が研究院に多額の寄付をしていると聞いた事があるから、何かご存知かもしれない。だけど……」
「だけど?」
「コロリス嬢のお祖母様、苦手なんだよな……」
「厳しい方なんですか?」
「厳しいと言えば厳しいし、孫に甘いと言えば甘いけど……コロリス嬢の父であるクオランティ子爵はよく思われていないようだ。エテとの婚約が決まった時も、いい顔をしなかったらしい。まあ、由緒ある伯爵家の息子が家を飛び出して行方をくらましたかと思えば、大恋愛の末、反対を押し切って自分の娘と結婚されたからな。大事な娘を取られたことに怒りを感じているんだろ」
「接しにくい感じですか?」
「お堅い感じだ。昔は王立図書館で働いていたそうだ」
「王立図書館?」
ケインはその単語に「あれ?」と思った。王立図書館といえば、祖母のアンが一時期勤めていた所だ。コロリスの祖母がいくつかは分からないが、もしかしたら被っていた時期があるかもしれない。
と、言っても、王立図書館の職員は数多いと聞く。運よく同じ時期に勤めていても、お互いに面識があるとは限らない。
今調査している場所は、工場地帯にするとヴァーグが話していた。
どうやらヴァーグの頭の中では街の完成図が出来上がっているようで、この土地には食品を加工する工場や、生活用品を製造する工場を中心に作り、その周りに従業員たちが住む住宅地を作る計画のようだ。
まだそんなに急ぐことはないと言われている。
とりあえず、この土地は後回しにすることにした。
オルシアに乗って飛び上がったケインとリチャードは、今建設を進めている学校と病院の進み具合を見に、その場所へと向かった。
誰もいなくなった荒れ地に風が渦を巻く様に一か所に集まりだした。
そしてその風の中に、人間と思わしき影が微かに浮かび上がった。
その影は、去っていくオルシアを眺めているかのように、空を見上げているように見えた……。
珍しくクリスティーヌ王女は、生母のジュリエッタに呼ばれた。
ジュリエッタが彼女を部屋に呼ぶ事は稀で、公の場でしか顔を合わせたことがないため、クリスティーヌ王女は緊張しながら部屋のドアをノックした。
しばらくしてジュリエッタの侍女長が扉を開けて、クリスティーヌ王女を部屋の中に招き入れた。
ジュリエッタの部屋は豪華な装飾で飾られた家具が鎮座しており、国王の側室だけのことはある。
前に一度足を踏み入れた時にはなかった家具も沢山あり、気に入っては数回使っただけですぐに新しい物に変える母の浪費は、クリスティーヌ王女の耳にも入ってきている。
侍女長が案内したのは、さらに奥にある大きな窓のある小部屋だった。ここはジュリエッタと侍女長しか入ることが出来ず、今までに足を踏み入れたことがあるのは幼い頃のクリスティーヌ王女だけだ。
その小部屋は他の部屋と違い、変わった家具が置かれている。
何かの木で作られたいくつかの棚のついた大きな収納箱。
中央に鏡があるが、その鏡は丸い形をしており、それを支える土台は艶のある茶色い素材で作られ、いくつかの小さな引き出しがついている。どことなく異国を思わせるような雰囲気だ。
そして何よりも、クリスティーヌ王女が一番に目が奪われるのは足元。普通ならカーペットを敷くのだが、この小部屋は一段高く床が作られ、その一段高い床には緑色の蔓の様なもので編まれた長方形の敷物がきっちりと敷き詰められている。その長方形の敷物は全部で6枚あり、ここに上がるには履物を脱がなくてはならない。
ジュリエッタは、窓際の壁にぴったりくっつく様に作られた木の長机に向かって座っていた。そして、その机の上には見たこともない黒い薄い箱のような物が置かれていた。
クリスティーヌ王女は履き物を脱ぎ、一段高い床の上に上がり、母の後ろに膝を着いて座った。この部屋では必ず『正座』という座り方をしなくてはならない。昔から母にきつく言われ、その座り方が苦手な為、彼女はこの部屋に来ることを拒み続けていた。
だが、侍女長に案内された以上、ここに居なくてはならない。
ジュリエッタは侍女長が部屋を出ていくことを確認してから、くるりとクリスティーヌ王女の方へと向き直した。
今日のジュリエッタは異国の服だと教えられた『着物』というものを着ていた。胸の前で襟を合わせ、腰には太い布のような物を巻き付けている。そして、クリスティーヌ王女と同じ亜麻色の髪は綺麗に一つに纏められ、後頭部の辺りでお団子を作るような形でまとめられている。アクセントに纏められた髪に、柄の長いアクセサリーが飾られており、柄の先には細かい細工が彫られた銀色の星が三つ連なっていた。
母のその姿を見てクリスティーヌ王女は綺麗だと思った。公では一度もこのような格好をしたことはないが、もしこの姿で公に出ればきっと、注目の的になるだろう。
「クリスティーヌ」
名前を呼ばれて、ぽーっとしていたクリスティーヌ王女はハッと我に返った。
「は…はい、お母様」
「あなた、わたくしが選んだ婿候補の方と上手くいっていないのですか?」
「そ…それは……」
「『婿候補の方たちがあなたを追い回している。気を付けるように』と陛下から忠告がありました。あなた、婿候補の方たちとまともにお話していないそうですね」
「だって…」
「言い訳は聞きたくありません。せっかく選んであげたのに、気に入らないのですか?」
「……」
勝手に決められた婿候補を、気に入るという感情は全くなかった。それどころかストレスが溜まる原因になる。
なんてことを素直に言えないクリスティーヌ王女は、黙り込んだまま俯いた。膝の上に置かれた手は軽く握られ、微かに震えている。
「いいですか、クリスティーヌ。エテ王子が王室を離れた後、あなたの婚約を発表し、全国民に注目されるように盛り上げなくてはなりません。その為にも三人の中から婚約者を選ばなくてはいけないのです。短くても一年。その間に婿候補の中から婚約者を選ぶのです。わかりましたね?」
「……」
「クリスティーヌ」
低いジュリエッタの声が部屋に響いた。
ビクッと肩を震わせたクリスティーヌ王女は、顔を上げ母の顔を見た。
窓から差し込む光が、ジュリエッタを包み込んでいる。
まるで女神のように…。
「もし、他に気になる人がいるのなら教えなさい。わたくしが見極めます」
さすがに「気になる方がいます!」と即答できなかった。
ケインのことを話そうとしたが、母は許してくれないだろう。今のケインは母にとって何の利益にならない。ましてやただの村人だ。国王に気に入られているとはいえ、大きな役職にも着いておらず、母がよく口にする「生活が定まらない職業」の人だ。
クリスティーヌ王女が料理人になりたいと母に願い出た時、ジュリエッタは大激怒した。そして「生活が定まらない職業」だと罵倒した。ジュリエッタにとって大切なのは、安定した収入が一生涯手に入ることだ。「お金があれば何不自由なく暮らせる。欲しい物も手に入る。お金がすべて」と豪語するほど、ジュリエッタはお金に飢えている。そのため、自分が一生涯不自由なく暮らせることを最優先に物事を進めているのだ。その為、いつ職がなくなるか分からない料理人など絶対に認めるはずがない。
クリスティーヌ王女は、握りしめていた両手の力を抜き、床に指を付け、頭を深く下げた。
「よろしくお願いします」
そう言いながら頭を下げるクリスティーヌ王女。
この動作はジュリエッタが小さい頃からクリスティーヌ王女に叩き込んだ。この部屋では母のいう事に逆らう事が出来ない。母のいう事がすべてだと言い続け、必ず服従するように精神的に追い込んだのだ。
この部屋は嫌いな正座をし、必ず母に頭を下げなければならない場所。
クリスティーヌ王女にとって、この部屋に呼ばれる=母が怒っているという目安にもなっていた。
「そういえば、クリスティーヌ」
立ち上がろうとしたクリスティーヌ王女を、ジュリエッタが呼び止めた。
「はい、お母様」
「あなた、この間の芸術祭で中央広場に出店した店のお手伝いをしていたのよね?」
「は…はい」
「その店主に、陛下が広大な土地を差し上げたと聞いたのですが、本当ですか?」
「店主ではなく、同じ店で働く方に差し上げたとお聞きしております。国有地として管理している場所だそうです」
「国有地……詳しい場所はわかるかしら?」
「え…ええ。店主の住む村から王都に繋がる街道沿いの国有地全てをお聞きしております」
「……そう……。昔、あの辺りで大火災が起きて、多くの死傷者を出したけど、それはご存じなのかしら?」
「大火災……ですか?」
クリスティーヌ王女が聞き返すと、ジュリエッタは一瞬表情を無くした。
「なんでもありません」
くるりと背を向け、机に向かったジュリエッタは、「もう結構よ」とクリスティーヌ王女に冷たく言い放った。
腑に落ちないクリスティーヌ王女ではあったが、ここで聞き返せば母の機嫌が悪くなると察知し、すぐに部屋を出た。
ジュリエッタの部屋を出て、自分の部屋へと戻ろうと廊下を歩いていると、前方から1人の年配の女性が、数人の使用人と共に歩いてきた。
クリスティーヌ王女はすぐにその女性に向かって頭を下げた。
「まぁまぁ、王女様。そのように頭をお下げにならないでください」
ニコニコと笑顔を見せる女性は、頭を下げるクリスティーヌ王女に声をかけてきた。
「お久しぶりです、伯爵夫人」
「王女様のお誕生日以来ですね。その後、お変わりはありませんか?」
「はい、元気にやっています」
「それはよかったわ」
柔らかい笑顔の伯爵夫人は、機嫌がいいのかニコニコと笑顔を絶やさなかった。
クリスティーヌ王女に声を掛けたのは、コロリスの母方の祖母。昔、王妃の教育係をしていたこともあり、時々、王妃のお茶会に呼ばれることがある。今も王妃から招待され、お茶会に参列してきたようだ。
「ところで、王女様」
「はい、なんでしょう?」
「その……コロリスは元気にしていますか?」
「お義姉様ですか? はい、毎日元気にしております。お会いにならないのですか?」
「あの子の父親とは仲が悪いもので……わたくしから会う機会を作る事が出来ないのです。ましてやエテ様と婚約したと報告を受けた時、少々冷たくしてしまったこともありまして…」
「お義姉様とお取次ぎしましょうか?」
「いいえ、大丈夫ですわ。あの子もわたくしの事を嫌っていると思いますから。王妃様から色々とお聞きしているので、あの子の事はよくわかっています」
「でも…」
「それにね、時々陰からあの子の事を見ていますのよ。直接会うことはありませんが、姿を見れるだけで満足ですわ」
にっこりと笑うフロラン伯爵夫人だが、その笑顔はどこか淋しそうだった。
クリスティーヌ王女はコロリスの両親が母方の実家と犬猿の仲だという事しか知らない。その原因が何かわからないので、どう伯爵夫人に声をかけていいのか分からなかった。
リチャードはコロリスの祖母フロラン伯爵夫人と接しにくい相手だと言っていた。
だが、今の伯爵夫人を見ているとそうは思えない。柔らかい雰囲気の伯爵夫人がどう接しにくいのか理解できない。男と女で態度が変わるのか。それともクオランティ子爵夫妻の前だけ態度が変わるのか。
「王女様。コロリスはエテ様と結婚されたら、王室を離れるのでしょ? どこに移り住むのかわかりますか?」
「王都の東にある村に移り住むとお聞きしております。何度かそちらに足を運んでいるそうで、とても気に入っていると仰っていました」
「…東…? それって、『春の草原』のある方角ですが……移り住む村とは『春の草原』の隣の村ですか?」
「はい。その村に住む料理人がお父様から広大な土地を頂いたので、その開発のお手伝いを兼ねて移り住むと申していました。ご存じなのですか?」
「ええ! ええ!! その村からいらした女性が王立図書館で働いていまして、わたくし、とても憧れていましたの! 部署が違ったのでお話する機会は少なかったですが、豊富な知識で利用される方に的確なアドバイスをされてて憧れの的でしたわ。あの方の住む村に移り住むなんて素晴らしいですわ!」
突然フロラン伯爵夫人のテンションが上がった。
こんなに興奮して大丈夫か?と心配する年だが、伯爵夫人の興奮は止まらなかった。側に仕える使用人たちがハラハラしているのがよくわかる。
「あ…でも……あの村に向かう途中に広大な荒れ地があったと思うんですが…」
「はい。国で管理している国有地になっていましたが、去年の芸術祭の後、村に住む料理人に明け渡しています。その土地を利用して新しい街を作る計画が上がっています」
「……」
先ほどまでのテンションとは違い、急に難しい顔をする伯爵夫人。
何かいけない事を言ってしまったのか?と不安になり、ハラハラした表情で伯爵夫人の顔を見つめていると、急に伯爵夫人が真剣な眼差しでクリスティーヌ王女を見つめてきた。
「王女様、お願いがございます」
「は…はい……」
「コロリスと会えるように取り次ぎをお願いしてもよろしいですか? 可能であればエテ様と……その土地を陛下から頂いたと言う方もご一緒にお会いしたいのです」
「それは急を要しますか?」
「出来れば早めに」
今までに見たことがない真剣な顔に、これは急を要することだとクリスティーヌ王女は察した。
だが、近々、クリスティーヌ王女もコロリスもデルサート王国へ行くことになっている。どれぐらい向こうに滞在するのかわかっていないが、その後にはエテ王子の婚約の儀式があり、相次いでリチャードとエミーの結婚式が控えている。どのタイミングで取り次げばいいのか、クリスティーヌ王女個人では決められない。
コロリスと相談してみますと返事をし、クリスティーヌ王女は伯爵夫人と別れた。
その後、フロラン伯爵夫人が会いたい事をコロリスに伝えると、彼女は驚いた顔を見せた。
「お祖母様が…ですか?」
コロリスは困った顔で隣に座るエテ王子を見た。
エテ王子も王妃からフロラン伯爵夫人が、エテ王子とコロリスの婚約を聞いたとき、クオランティ子爵に冷たい態度を取ったことを聞かされている。長男ではないとはいえ、家を捨てた男に大切な娘を取られた事を快く思っていないのか、孫娘の婚約を伝えると「王族と婚約したとしても、過去の事を許すことはしない」と強く言い放ったそうだ。
「クリス、なぜ伯爵夫人はコロリスと取り次いでほしいと頼んできたんだ?」
「お兄様とお義姉様が移り住む村についてお話したところ、お義姉様とお会いしたいと申し出ました。それに、土地を頂いたケインさんにもお会いしたいそうです」
「ケインにも?」
「王都の東にある村とお話したら、すぐに『春の草原』の隣の村だと当てました」
父であるクオランティ子爵の前では、いつも無表情のフロラン伯爵夫人。その伯爵夫人が直にコロリスに会いたいと言ってきたことに、エテ王子もコロリスも疑問しか沸き起こってこない。
ましてやケインにも会いたいと言っているから、ますますフロラン伯爵夫人が何をしたいのか分からない。
「デルサート王国に出発する前に、ケインに王宮に来てもらうしかないな。出発の二日前にフロラン伯爵夫人と会う様にしよう」
「では、そのようにお話しておきます。お兄様もケインさんへの伝言をお願いします」
「わかった。俺がケインを迎えに行くことにする」
話はまとまったが、コロリスの気持ちだけは揺らいでいた。
このまま祖母に会っていいのだろうか。一度父に相談した方がいいのだろうか。何か良からぬことが起きるのではないだろうか。色々な考えが浮かんでは消えていった。
<つづく>
今日来たのは、前にスミレを保護した場所の近くだ。
元々、貴族の屋敷が建ち並んでいたとスミレから聞いているが、今はその面影もなく、ただ砂埃が立ち込める荒れた土地になっている。
「過去に大きな火災があったと聞いているが、一体何が原因なんだろう」
過去の文献をいくら探っても、この土地の詳しい情報は出てこなかった。この土地は貴族たちの避暑地になっており、別荘が多く建ち並び活気にあふてていたが、ある日突然炎に包まれ、すべてを焼き尽くした…としか書かれていなかった。
「この辺りは、誰が住んでいたのかも分からないそうだ」
リチャードもお手上げの様子だ。
貴族の別荘が建ち並んでいたのなら、当時の地図や貴族たちの名前が分かる物が残されているはずだ。それなのに詳細が書かれた資料が少ない。この土地に住んでいた貴族たちの知り合いも見つかっていない。
リチャードは父のミゼル侯爵にその事を聞き出そうとしたが、「分からない」という一言しか返事を貰っていない。侯爵だけではなく、親戚や長い歴史を持つ貴族の主に聞いても全く同じ返事が返ってくる。
「リチャードさん、この土地に屋敷があったのはどれぐらい前のことなんですか?」
「先の大戦前後まではあったらしい」
「先の大戦?」
「『戦いの女神』が失脚した大戦だ。お前の先祖が活躍した頃と言えばわかるか?」
「じゃあ、100年近く前の事なんですね」
「わたしの親戚は100年以上も続く貴族だ。知らないという返事がどうも引っかかる」
「たしかリチャードさんって、現国王の祖父の妹の末裔なんですよね? 当時の国王の妹が嫁ぐってなると、それなりに由緒正しい家柄なのでは?」
「その通り。我がミゼル家は先祖をたどれば建国当時から国王に仕えていた軍人だそうだ。そんな長い歴史を持つ家が、たった100年ほど前に起きた出来事を知らないと言うはずがない。同じように長い歴史を持つ家にも聞いてみたが、皆が皆、口を揃えて『分からない』というだけなんだ」
「国王様は?」
「まだお聞きしていない。国有地を貰うとき、陛下から何か聞いていないのか?」
「何も聞いていないんです。特に気にすることではなかったですし、スミレから話を聞くまで知りませんでしたし」
「う~ん……どうしたらいいものか……」
土地を開発するにあたって、いわくつきの土地だった場合、何か起きてからでは遅すぎる。過去に大きな火災が起きている事を考えると、死者も出ている事だろう。そんな土地に住む人などいるのだろうか?
再びオルシアの背中に乗ったケインとリチャードは、スミレを保護した場所へと向かった。
わずかに残る壁だったと思われる土の塊と、完全に枯れてしまった茶色い草が転々と存在する土地は、初めて来た時よりも荒廃が進んでいた。
「唯一昔の地図に残された伯爵家の別荘…か」
手にしていた地図はごく最近複製された物だが、空白が多く、唯一人物らしき名前が書かれてあったのが、この土地だけだった。
「どんな人物だったんですか?」
「名前を探しても見つからなかった。わかるのは『アルリーチ伯爵』という名前だけだ。どんな人で、家族が何人で、どの家と繋がりがあるのかも分からない」
「過去の名簿にもないんですか?」
「それらしき記述はあったのだが、名前が塗りつぶされていた」
「名前を?」
「王室に多額の寄付をしていた貴族名簿に、1か所だけ塗りつぶされた箇所があって、研究院に頼んで解読してもらったら『アルリーチ伯爵』という名前が出てきた。同時に分院で焼けた古地図の複製をしていたら、この名前が出てきた」
「名前を塗りつぶされるなんて、よほど大きな問題を起こしたんでしょうね」
「存在そのものが消されたんだからな。何代か前の国王が巨額の寄付を貴族からせしめようとして、王室と貴族が争った時代ともかけ離れているし、調査しようにも資料が少なすぎる」
「スミレも突然炎に包まれたって言ってましたし、そもそも人間と妖精の交流はないに等しいですからね。地道に調べていくしかないんでしょうか」
「エテにも頼んでみる。コロリス嬢の祖母が研究院に多額の寄付をしていると聞いた事があるから、何かご存知かもしれない。だけど……」
「だけど?」
「コロリス嬢のお祖母様、苦手なんだよな……」
「厳しい方なんですか?」
「厳しいと言えば厳しいし、孫に甘いと言えば甘いけど……コロリス嬢の父であるクオランティ子爵はよく思われていないようだ。エテとの婚約が決まった時も、いい顔をしなかったらしい。まあ、由緒ある伯爵家の息子が家を飛び出して行方をくらましたかと思えば、大恋愛の末、反対を押し切って自分の娘と結婚されたからな。大事な娘を取られたことに怒りを感じているんだろ」
「接しにくい感じですか?」
「お堅い感じだ。昔は王立図書館で働いていたそうだ」
「王立図書館?」
ケインはその単語に「あれ?」と思った。王立図書館といえば、祖母のアンが一時期勤めていた所だ。コロリスの祖母がいくつかは分からないが、もしかしたら被っていた時期があるかもしれない。
と、言っても、王立図書館の職員は数多いと聞く。運よく同じ時期に勤めていても、お互いに面識があるとは限らない。
今調査している場所は、工場地帯にするとヴァーグが話していた。
どうやらヴァーグの頭の中では街の完成図が出来上がっているようで、この土地には食品を加工する工場や、生活用品を製造する工場を中心に作り、その周りに従業員たちが住む住宅地を作る計画のようだ。
まだそんなに急ぐことはないと言われている。
とりあえず、この土地は後回しにすることにした。
オルシアに乗って飛び上がったケインとリチャードは、今建設を進めている学校と病院の進み具合を見に、その場所へと向かった。
誰もいなくなった荒れ地に風が渦を巻く様に一か所に集まりだした。
そしてその風の中に、人間と思わしき影が微かに浮かび上がった。
その影は、去っていくオルシアを眺めているかのように、空を見上げているように見えた……。
珍しくクリスティーヌ王女は、生母のジュリエッタに呼ばれた。
ジュリエッタが彼女を部屋に呼ぶ事は稀で、公の場でしか顔を合わせたことがないため、クリスティーヌ王女は緊張しながら部屋のドアをノックした。
しばらくしてジュリエッタの侍女長が扉を開けて、クリスティーヌ王女を部屋の中に招き入れた。
ジュリエッタの部屋は豪華な装飾で飾られた家具が鎮座しており、国王の側室だけのことはある。
前に一度足を踏み入れた時にはなかった家具も沢山あり、気に入っては数回使っただけですぐに新しい物に変える母の浪費は、クリスティーヌ王女の耳にも入ってきている。
侍女長が案内したのは、さらに奥にある大きな窓のある小部屋だった。ここはジュリエッタと侍女長しか入ることが出来ず、今までに足を踏み入れたことがあるのは幼い頃のクリスティーヌ王女だけだ。
その小部屋は他の部屋と違い、変わった家具が置かれている。
何かの木で作られたいくつかの棚のついた大きな収納箱。
中央に鏡があるが、その鏡は丸い形をしており、それを支える土台は艶のある茶色い素材で作られ、いくつかの小さな引き出しがついている。どことなく異国を思わせるような雰囲気だ。
そして何よりも、クリスティーヌ王女が一番に目が奪われるのは足元。普通ならカーペットを敷くのだが、この小部屋は一段高く床が作られ、その一段高い床には緑色の蔓の様なもので編まれた長方形の敷物がきっちりと敷き詰められている。その長方形の敷物は全部で6枚あり、ここに上がるには履物を脱がなくてはならない。
ジュリエッタは、窓際の壁にぴったりくっつく様に作られた木の長机に向かって座っていた。そして、その机の上には見たこともない黒い薄い箱のような物が置かれていた。
クリスティーヌ王女は履き物を脱ぎ、一段高い床の上に上がり、母の後ろに膝を着いて座った。この部屋では必ず『正座』という座り方をしなくてはならない。昔から母にきつく言われ、その座り方が苦手な為、彼女はこの部屋に来ることを拒み続けていた。
だが、侍女長に案内された以上、ここに居なくてはならない。
ジュリエッタは侍女長が部屋を出ていくことを確認してから、くるりとクリスティーヌ王女の方へと向き直した。
今日のジュリエッタは異国の服だと教えられた『着物』というものを着ていた。胸の前で襟を合わせ、腰には太い布のような物を巻き付けている。そして、クリスティーヌ王女と同じ亜麻色の髪は綺麗に一つに纏められ、後頭部の辺りでお団子を作るような形でまとめられている。アクセントに纏められた髪に、柄の長いアクセサリーが飾られており、柄の先には細かい細工が彫られた銀色の星が三つ連なっていた。
母のその姿を見てクリスティーヌ王女は綺麗だと思った。公では一度もこのような格好をしたことはないが、もしこの姿で公に出ればきっと、注目の的になるだろう。
「クリスティーヌ」
名前を呼ばれて、ぽーっとしていたクリスティーヌ王女はハッと我に返った。
「は…はい、お母様」
「あなた、わたくしが選んだ婿候補の方と上手くいっていないのですか?」
「そ…それは……」
「『婿候補の方たちがあなたを追い回している。気を付けるように』と陛下から忠告がありました。あなた、婿候補の方たちとまともにお話していないそうですね」
「だって…」
「言い訳は聞きたくありません。せっかく選んであげたのに、気に入らないのですか?」
「……」
勝手に決められた婿候補を、気に入るという感情は全くなかった。それどころかストレスが溜まる原因になる。
なんてことを素直に言えないクリスティーヌ王女は、黙り込んだまま俯いた。膝の上に置かれた手は軽く握られ、微かに震えている。
「いいですか、クリスティーヌ。エテ王子が王室を離れた後、あなたの婚約を発表し、全国民に注目されるように盛り上げなくてはなりません。その為にも三人の中から婚約者を選ばなくてはいけないのです。短くても一年。その間に婿候補の中から婚約者を選ぶのです。わかりましたね?」
「……」
「クリスティーヌ」
低いジュリエッタの声が部屋に響いた。
ビクッと肩を震わせたクリスティーヌ王女は、顔を上げ母の顔を見た。
窓から差し込む光が、ジュリエッタを包み込んでいる。
まるで女神のように…。
「もし、他に気になる人がいるのなら教えなさい。わたくしが見極めます」
さすがに「気になる方がいます!」と即答できなかった。
ケインのことを話そうとしたが、母は許してくれないだろう。今のケインは母にとって何の利益にならない。ましてやただの村人だ。国王に気に入られているとはいえ、大きな役職にも着いておらず、母がよく口にする「生活が定まらない職業」の人だ。
クリスティーヌ王女が料理人になりたいと母に願い出た時、ジュリエッタは大激怒した。そして「生活が定まらない職業」だと罵倒した。ジュリエッタにとって大切なのは、安定した収入が一生涯手に入ることだ。「お金があれば何不自由なく暮らせる。欲しい物も手に入る。お金がすべて」と豪語するほど、ジュリエッタはお金に飢えている。そのため、自分が一生涯不自由なく暮らせることを最優先に物事を進めているのだ。その為、いつ職がなくなるか分からない料理人など絶対に認めるはずがない。
クリスティーヌ王女は、握りしめていた両手の力を抜き、床に指を付け、頭を深く下げた。
「よろしくお願いします」
そう言いながら頭を下げるクリスティーヌ王女。
この動作はジュリエッタが小さい頃からクリスティーヌ王女に叩き込んだ。この部屋では母のいう事に逆らう事が出来ない。母のいう事がすべてだと言い続け、必ず服従するように精神的に追い込んだのだ。
この部屋は嫌いな正座をし、必ず母に頭を下げなければならない場所。
クリスティーヌ王女にとって、この部屋に呼ばれる=母が怒っているという目安にもなっていた。
「そういえば、クリスティーヌ」
立ち上がろうとしたクリスティーヌ王女を、ジュリエッタが呼び止めた。
「はい、お母様」
「あなた、この間の芸術祭で中央広場に出店した店のお手伝いをしていたのよね?」
「は…はい」
「その店主に、陛下が広大な土地を差し上げたと聞いたのですが、本当ですか?」
「店主ではなく、同じ店で働く方に差し上げたとお聞きしております。国有地として管理している場所だそうです」
「国有地……詳しい場所はわかるかしら?」
「え…ええ。店主の住む村から王都に繋がる街道沿いの国有地全てをお聞きしております」
「……そう……。昔、あの辺りで大火災が起きて、多くの死傷者を出したけど、それはご存じなのかしら?」
「大火災……ですか?」
クリスティーヌ王女が聞き返すと、ジュリエッタは一瞬表情を無くした。
「なんでもありません」
くるりと背を向け、机に向かったジュリエッタは、「もう結構よ」とクリスティーヌ王女に冷たく言い放った。
腑に落ちないクリスティーヌ王女ではあったが、ここで聞き返せば母の機嫌が悪くなると察知し、すぐに部屋を出た。
ジュリエッタの部屋を出て、自分の部屋へと戻ろうと廊下を歩いていると、前方から1人の年配の女性が、数人の使用人と共に歩いてきた。
クリスティーヌ王女はすぐにその女性に向かって頭を下げた。
「まぁまぁ、王女様。そのように頭をお下げにならないでください」
ニコニコと笑顔を見せる女性は、頭を下げるクリスティーヌ王女に声をかけてきた。
「お久しぶりです、伯爵夫人」
「王女様のお誕生日以来ですね。その後、お変わりはありませんか?」
「はい、元気にやっています」
「それはよかったわ」
柔らかい笑顔の伯爵夫人は、機嫌がいいのかニコニコと笑顔を絶やさなかった。
クリスティーヌ王女に声を掛けたのは、コロリスの母方の祖母。昔、王妃の教育係をしていたこともあり、時々、王妃のお茶会に呼ばれることがある。今も王妃から招待され、お茶会に参列してきたようだ。
「ところで、王女様」
「はい、なんでしょう?」
「その……コロリスは元気にしていますか?」
「お義姉様ですか? はい、毎日元気にしております。お会いにならないのですか?」
「あの子の父親とは仲が悪いもので……わたくしから会う機会を作る事が出来ないのです。ましてやエテ様と婚約したと報告を受けた時、少々冷たくしてしまったこともありまして…」
「お義姉様とお取次ぎしましょうか?」
「いいえ、大丈夫ですわ。あの子もわたくしの事を嫌っていると思いますから。王妃様から色々とお聞きしているので、あの子の事はよくわかっています」
「でも…」
「それにね、時々陰からあの子の事を見ていますのよ。直接会うことはありませんが、姿を見れるだけで満足ですわ」
にっこりと笑うフロラン伯爵夫人だが、その笑顔はどこか淋しそうだった。
クリスティーヌ王女はコロリスの両親が母方の実家と犬猿の仲だという事しか知らない。その原因が何かわからないので、どう伯爵夫人に声をかけていいのか分からなかった。
リチャードはコロリスの祖母フロラン伯爵夫人と接しにくい相手だと言っていた。
だが、今の伯爵夫人を見ているとそうは思えない。柔らかい雰囲気の伯爵夫人がどう接しにくいのか理解できない。男と女で態度が変わるのか。それともクオランティ子爵夫妻の前だけ態度が変わるのか。
「王女様。コロリスはエテ様と結婚されたら、王室を離れるのでしょ? どこに移り住むのかわかりますか?」
「王都の東にある村に移り住むとお聞きしております。何度かそちらに足を運んでいるそうで、とても気に入っていると仰っていました」
「…東…? それって、『春の草原』のある方角ですが……移り住む村とは『春の草原』の隣の村ですか?」
「はい。その村に住む料理人がお父様から広大な土地を頂いたので、その開発のお手伝いを兼ねて移り住むと申していました。ご存じなのですか?」
「ええ! ええ!! その村からいらした女性が王立図書館で働いていまして、わたくし、とても憧れていましたの! 部署が違ったのでお話する機会は少なかったですが、豊富な知識で利用される方に的確なアドバイスをされてて憧れの的でしたわ。あの方の住む村に移り住むなんて素晴らしいですわ!」
突然フロラン伯爵夫人のテンションが上がった。
こんなに興奮して大丈夫か?と心配する年だが、伯爵夫人の興奮は止まらなかった。側に仕える使用人たちがハラハラしているのがよくわかる。
「あ…でも……あの村に向かう途中に広大な荒れ地があったと思うんですが…」
「はい。国で管理している国有地になっていましたが、去年の芸術祭の後、村に住む料理人に明け渡しています。その土地を利用して新しい街を作る計画が上がっています」
「……」
先ほどまでのテンションとは違い、急に難しい顔をする伯爵夫人。
何かいけない事を言ってしまったのか?と不安になり、ハラハラした表情で伯爵夫人の顔を見つめていると、急に伯爵夫人が真剣な眼差しでクリスティーヌ王女を見つめてきた。
「王女様、お願いがございます」
「は…はい……」
「コロリスと会えるように取り次ぎをお願いしてもよろしいですか? 可能であればエテ様と……その土地を陛下から頂いたと言う方もご一緒にお会いしたいのです」
「それは急を要しますか?」
「出来れば早めに」
今までに見たことがない真剣な顔に、これは急を要することだとクリスティーヌ王女は察した。
だが、近々、クリスティーヌ王女もコロリスもデルサート王国へ行くことになっている。どれぐらい向こうに滞在するのかわかっていないが、その後にはエテ王子の婚約の儀式があり、相次いでリチャードとエミーの結婚式が控えている。どのタイミングで取り次げばいいのか、クリスティーヌ王女個人では決められない。
コロリスと相談してみますと返事をし、クリスティーヌ王女は伯爵夫人と別れた。
その後、フロラン伯爵夫人が会いたい事をコロリスに伝えると、彼女は驚いた顔を見せた。
「お祖母様が…ですか?」
コロリスは困った顔で隣に座るエテ王子を見た。
エテ王子も王妃からフロラン伯爵夫人が、エテ王子とコロリスの婚約を聞いたとき、クオランティ子爵に冷たい態度を取ったことを聞かされている。長男ではないとはいえ、家を捨てた男に大切な娘を取られた事を快く思っていないのか、孫娘の婚約を伝えると「王族と婚約したとしても、過去の事を許すことはしない」と強く言い放ったそうだ。
「クリス、なぜ伯爵夫人はコロリスと取り次いでほしいと頼んできたんだ?」
「お兄様とお義姉様が移り住む村についてお話したところ、お義姉様とお会いしたいと申し出ました。それに、土地を頂いたケインさんにもお会いしたいそうです」
「ケインにも?」
「王都の東にある村とお話したら、すぐに『春の草原』の隣の村だと当てました」
父であるクオランティ子爵の前では、いつも無表情のフロラン伯爵夫人。その伯爵夫人が直にコロリスに会いたいと言ってきたことに、エテ王子もコロリスも疑問しか沸き起こってこない。
ましてやケインにも会いたいと言っているから、ますますフロラン伯爵夫人が何をしたいのか分からない。
「デルサート王国に出発する前に、ケインに王宮に来てもらうしかないな。出発の二日前にフロラン伯爵夫人と会う様にしよう」
「では、そのようにお話しておきます。お兄様もケインさんへの伝言をお願いします」
「わかった。俺がケインを迎えに行くことにする」
話はまとまったが、コロリスの気持ちだけは揺らいでいた。
このまま祖母に会っていいのだろうか。一度父に相談した方がいいのだろうか。何か良からぬことが起きるのではないだろうか。色々な考えが浮かんでは消えていった。
<つづく>
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