選ばれた勇者は保育士になりました

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第63話  想いを継ぐ者

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 デルサート王国へ向かう2日前、エテ王子はケインを迎えに行った。
 その時、リチャードの母であるミゼル侯爵夫人がケインの祖母アンも一緒に迎えに行ってほしいと頼んだ。
「たぶん結婚式の打ち合わせじゃないですか?」
 詳しい事を聞いていないエテ王子は、リチャードとエミーの結婚式の打ち合わせじゃないかという。
 だが、結婚式ならエミーの母親のメアリーを呼ぶはずだ。アンを呼ぶ意味とは?



 王都へとやってきたケインとアンは、離宮にあるコロリスの部屋に呼ばれた。
「侯爵夫人がお呼びではなかったのかい?」
 ミゼル邸ではなく離宮に呼ばれた事に首をかしげるアン。
「侯爵夫人がお呼びしているのは本当です。ですが、その前にお聞きしたい事があるのです」
 コロリスはアンの前にお茶を差し出しながらそう答えた。
「わたしに…ですか?」
「単刀直入にお聞きします。アン様は国有地のことをご存じありませんか? 特にこの王都から村に続く街道沿いの荒れ果てた土地について」
「あの土地は貴族様の避暑地でしたが、ある時炎に…」
 心当たりがあるようで、アンは言葉を続けようとしたが、すぐに口を両手で押さえた。
「何かご存じなのですね!?」
「……申せません。この事は国家の秘密とされています。わたしが話せることはありません」
「どうしてですか? とても重要な事なんです」
「国から口止めされています」
「国から?」
「あの土地で起きたことは、口にしてはいけないと言う規約がございます。申し訳ございません。わたしからはお話しできません」
 アンはそのまま口を閉ざしてしまった。

 国から話すことを禁じられているということは、あの土地では昔、王室と関わる大きな事件があったとしか考えられない。
 ケインが土地を譲り受ける時、国王は何も話してくれなかった。国王は何も知らないのだろう。アンが口止めされているということは、今の国王ではなく、それよりも前の国王が在位していた時の出来事だと推測できる。先代の国王が口止めしているのなら、今の国王が知らなくても頷ける。

 重苦しい空気が部屋を満たしていた。
 なんとかしてアンから聞き出そうとコロリスは試みるが、アンは何度の首を横に振るだけで一向に口を開けなかった。


 しばらくして、
「わたくしが許可いたします。お話しください」
と、王妃の声が聞こえた。
 フロラン伯爵夫人を迎えに行っていたエテ王子とクリスティーヌ王女が、伯爵夫人と王妃を連れて部屋に入ってきたのだ。
「王妃様」
 椅子から立ち上がろうとしたアンを、王妃は「大丈夫ですよ」と止めた。
「エテたちが、陛下がケインさんに差し上げた土地を調べているようなので、わたくしも個人で調べていました。すると、先々代国王が書き残した書物が見つかりまして、あの土地で起きた出来事を口にしてはいけないと言う罰則を見つけました。ですが、あの土地はもう国有地ではなく個人の持ち物となっていますので、陛下と話し合いの結果、この罰則を解除しました。もうお話されても誰も咎めません」
「ですが…」
「土地を使用するのでしたら、その土地で何があったのかをちゃんと調べないといけませんわ。あの土地はあなたの孫が所有しているのですよ。お話する義務がございます」
 王妃はにっこりと微笑みながら、アンと同じ目線になるまで屈んだ。
「……」
「祖母ちゃん、話してほしい。ヴァーグさんも言っていたんだけど、曰くつきの土地に建物を建てても、祟りとか良からぬ事故とかが起きるんだって。ちゃんと土地を調べて、その土地をお祓いした方がいいって言ってた。もし、このままあの土地に施設を立てて、多くの死者が出る様な事故が起きた後では遅いと思う」
「ケイン…」
「どうかお話しください」
 王妃とケインの顔を交互に見たアンは、小さく頷いた。
 それを見て王妃は姿勢を正した。
「では、お話の前にお茶を楽しみましょ。コロリスさんにとっては、初めて身内の方をお招きするんですもの。ね、伯爵夫人」
 王妃は明るい声で後ろにいたフロラン伯爵夫人に声を掛けた。
 その瞬間、コロリスは背筋を伸ばし、ピリッとした緊張感を持ちながらフロラン伯爵夫人を直視した。

 伯爵夫人は、クリスティーヌ王女の前で見せた柔らかい笑顔ではなく、無表情でジッとコロリスを見つめていた。
 いつも接する伯爵夫人と違う表情にクリスティーヌ王女が一番ハラハラしていた。
「コロリス」
 伯爵夫人の声が部屋に響き渡った。
 ビクっと肩を震わせたコロリスは目を伏せた。

 次の瞬間、コロリスの体にふわっと何かが覆いかぶさった。
 伯爵夫人がコロリスを優しく抱きしめたのだ。
「会いたかったわ」
「お…お祖母様?」
「『お祖母様』と呼んでくださるのね。わたくしはてっきり嫌われていると思っていたわ」
「そんなことは…」
「もっと顔を見せておくれ。昔の娘にそっくりよ。でも、目元は父親似かしら?」
 先ほどまでの無表情からは想像がつかないほど、伯爵夫人はニコニコと優しい笑顔をコロリスに向けた。
 その表情に、コロリスも緊張がほぐれてきた。
「婚約、おめでとう。あなたのお父様にはきつい事を言ってしまいましたが、本当は心からお祝いしたかったのですよ。日を改めてお祝いさせていただくわ。あなたのお父様とお母様と一緒にお食事会でも開きましょ、ね?」
「はい…はい、お祖母様」
 コロリスは伯爵夫人を抱きしめた。
 ずっと心の中にあったモヤモヤが晴れてい行くような気がした。

 一時は緊張していた室内がほっこりとした空気に変わった。
「さ、お茶会を開始しましょ。お話したい事が沢山ありますからね」
 王妃の一声で、全員がテーブルに着いた。
 コロリスとテーブルに向かった伯爵夫人は、すでに座っていた1人の女性ーアンを見て、驚いた表情を見せた。
「もしかして……アン様……ですか?」
 伯爵夫人の呼びかけに、アンは椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
「お久しぶりです、ロザリー様」
「本当に…本当にアン様なのですね! ああ、今日は何という日でしょう。孫娘だけでなく、アン様にお会いできるなんて!!」
 急に興奮しだした伯爵夫人は、アンに駆け寄るとその手を取った。
「ずっと、ずっとお会いしたかった。突然、図書館を去られて心配していましたの。お変わりはありませんか?」
「ええ、わたしは元気にやっています。孫も大きくなりました」
「お孫さん?」
「紹介します。わたしの孫のケインです。この姿を見て思い出しませんか?」
 アンは隣にいたケインを伯爵夫人に紹介した。
 すると伯爵夫人は大きく目を開いてケインを見入った。
「アルバート様!?」
「孫は父の容姿にそっくりになりました。実は、孫は他に四人いるのですが、そのうち二人が『あの方』が予知してくださったとおり、ピンク色の髪と水色の髪の女の子なんです」
「まぁまぁまぁ!! では、お孫さんのお一人が王族の関係者に嫁ぐという予知も当たりましたの!?」
「ええ。一番上の子が今度ミゼル侯爵家に嫁ぐことになりました。『あの方』が生きていればどれほど喜んだことでしょう」
「本当に……『あの子』の予知は正しかったって教えてあげたいですわ」
 アンと伯爵夫人は『あの方』や『あの子』という言葉をすると涙を流し始めた。


 フロラン伯爵夫人とアンが話す『あの子』は、2人がまだ10代の頃に親しくしていた伯爵家の令嬢のことだ。
 当時、王都には学校という物がなく、身分のある者は自分の屋敷で家庭教師を雇い、家庭教師が雇えない者は王立図書館で週に三回行われる『講義』という物に出席して知識を養っていた。
 アンは祖父や祖母が残した書物などを王立図書館に寄付した父に付き添って王都に来ており、その管理という名目で図書館で働いていた。その頃、父は王宮から騎士団にスカウトされていたが断り続け、軍の育成学校の元となった武術教室を開いていた。その武術教室の講師として参加していたのが、ゲンやサルバティ神父達。
 図書館に勤めていたアンは、週三回開かれる『講義』の手伝いもしており、そこでフロラン伯爵夫人と『あの子』に出会った。伯爵夫人も『あの子』も由緒正しい伯爵家の令嬢で、わざわざ図書館に出向かなくてもいい身分なのに、「一対一の勉強が窮屈」という理由だけで、図書館に通い詰めていた。
 同じ年頃のアンと親しくなり、身分を超えた友情が生まれ、更にアンが先の大戦で活躍した勇者の孫だとわかると、今度は親たちがアンを丁寧にもてなすようになった。
 中でも『あの子』の親はアンを気に入り、長期の休みになると避暑地の別荘に何度も招いた。勇者の孫だからという事ではなく、『あの子』を他の人と同様に平等に接してくれることが嬉しかったそうだ。

「『あの子』は、周りから距離を置かれていました。父親は問題なかったのですが、母親は『あの子』と距離を置いていました。どうしても自分の子供に思えないと嘆いていたのです」
「実の娘さんなのでしょ?」
「はい。ですが、『あの子』は特殊な能力を持っていたのです」
「特殊な能力?」
「未来を見ることができる、妖精の姿を見ることができる、解読できない文字を読むことができる……他にもまだありますが、『あの子』は普通の人間と違う事が出来たのです」
「……それって……」
 ケインはそれらの能力に心当たりがあるのか、伯爵夫人の話を遮った。
 その声に全員が一斉にケインの顔を見た。
「あ…え……っと……話を遮ってすみません」
 一斉に見られて事で、ケインは素直に謝った。
「ケイン、何か知っているのか?」
 エテ王子は心当たりのあるような言葉を発したケインに問い詰めた。
「知っている…っていうか、その特殊な能力って、もしかして【スキル】の事じゃないんでしょうか?」
「「「【スキル】???」」」
 初めて聞く言葉に、王妃、フロラン伯爵、アンの三人が首を傾げた。
「え…っと……ヴァーグさんから聞いた話なので、詳しくはないのですが、人間には【スキル】と呼ばれる特殊な力を持っているって言うんです。その特殊な力は、表に出して見える力と、知らない間に使っている力があって、ほとんどが知らない間に使っているそうなんです。表に出るのは珍しい事なんだって言ってました」
 先日、リチャードと土地の偵察から戻ってきた時、今後必要になるかもしれないからと【スキル】の事を教えてくれた。その時、ケインにはいくつかの【スキル】が備わっており、そのほとんどが知らない間に使われている事も教わった。
 伯爵夫人の話からして『あの子』は【スキル】を持っていたのではないかと予測できる。
「伯爵夫人のお話から、未来を見ることができる能力は【未来予知】か【未来透視】のスキルではないかと思います。他の能力はよくわからないんですが…」
「【未来予知】か【未来透視】……。それはどう違うのでしょうか?」
「これも聞いた話なので、詳しくは話せないのですが、【未来予知】は実際に起きる確率が50%以下、【未来透視】は99%現実になるそうです」
「それで、その未来を見る事が出来た子に何が起きたのですか?」
 王妃は話の続きを促した。
 伯爵夫人とアンはお互いに顔を見合わせ、同時に頷いた。王妃も話していいと言うのなら、何も恐れることはない。
「『あの子』は見てはいけない未来を見てしまったのです」
「見てはいけない未来…?」
「この国の終焉です」
 伯爵夫人の口から発せられた言葉に、全員が息をのんだ。
「『あの子』が国の終焉を見たのは、『戦いの女神』の味方に付いていた王族からの依頼でした。彼女が何を見たのかはわかりませんが、依頼者は彼女の見た未来を聞いて激怒しながら帰ったと、本人から聞いています。わたくしとアン様にはその未来の一部を教えてくださいました。彼女は、今の国王陛下で国が終わると申していました」
「……今の陛下で国が終わる…?」
「後継者に恵まれず、王室は続かず、この国は王都を変えて新しい国に生まれ変わるという未来を見たのです。それ以外の事はわたしたちには話してくださいませんでした。依頼をしてきた王族は、近い未来に王室が続かなくなることに納得できなかったのでしょう。ただ、ケインが言う様に『あの方』の能力が【未来予知】なのか【未来透視】なのかが分かっていませんので、『あの方』が見た未来を信じてしまったようです」
「王室がなくなるという未来を見てしまった為、王室を侮辱した罪として、『あの子』は捕らえられてしまいました。そして本人が出席しない裁判で有罪が確定してしまい、翌日処刑されました」
「処刑? この国では命を絶つ裁きはないはずですわ」
「まだ『戦いの女神』の影響が残っていた頃です。王族の中には『戦いの女神』に仕えていた者もいました。当時の国王はそのうちの一人でしたので、命を絶つ裁きは残されていました。処刑方法も残酷な物でした。生きたままの彼女を、避暑地の別荘に連れて行き、手足を縛ったまま別荘に火を放ったのです。それと同時に、あの避暑地の周辺には王室に反抗していた貴族が多く住んでいましたので、依頼者である王族の命令ですべての屋敷に火が放たれました。逃げ遅れた者も多く、沢山の命を失いました。彼女の父親は騎士団に所属していましたので、遠征中にこの話を知り、急いで駆けつけたのですが、間に合いませんでした」
「わたしとロザリー様は、『あの方』を助けるために別荘へと向かいましたが、何もできずただ燃え上がる別荘に向かって『あの方』の名前を呼ぶ事しかできませんでした。今でも炎を見るとあの時の事を思い出してしまいます」
 膝の上で組まれた両手が震え、アンの顔色がどんどん悪くなっていくのか分かった。


 実はケインは小さい頃から不思議に思っていたことがあった。
 実家のコンロが他の家と違い、直接火に鍋やフライパンを当てない作りになっていたのだ。天辺は一枚の光沢のある板が敷かれ、そこに二つの丸が描かれている。その丸く描かれた所に鍋を置くとどういう原理なのか鍋が温まった。どうやって火力を調整しているんだろうと母のドロシーに訊ねたことがあったがドロシーは教えてくれなかった。
 だが、ヴァーグが店を持った時、同じ造りのコンロがあった。ヴァーグにどうやって鍋を温めているのか聞いたところ、内部に火を起こす装置があり、側面に付けられたツマミを捻ると上部に熱が伝わってくる。丸く描かれた所にしか熱は伝わらず、このツマミを回すことで強くなったり弱くなったりすると教えてくれた。
 ドロシーが嫁に来るとき、石窯のオーブンも作ってくれたが、これも下部に火を起こす装置があり、側面のツマミを捻ると、上部の鉄で内部を覆った場所に熱が伝わり、そこで料理が温められる仕組みだと言う。
 また、アンは日が沈むと外に出ることはなかった。村を照らす灯りが松明を利用しているからだ。
 家の中の灯りも蝋燭を使っていない。ゲンが特別に作った辺りを明るくする道具を利用している。何かあるんだろうと思っていたが、過去の事を話さないアンに、ケインは無理やり聞きだろうとはしなかった。


 これ以上、話せる状況ではないと悟ったエテ王子が、口を開いた。
「伯爵夫人、お伺いしたい事があります。未来を見ることができるご親友に依頼をしたのはどなたですか?」
「それはわかりません。『あの子』は王族からの依頼としか話してくださいませんでした。当時の国王様に近しい方だとは思いますが、憶測では…」
「当時、国王の近くにいた方の末裔は、今もこの王室にいますか?」
「当時の国王様に近しい方々は、先代国王様の即位の時に王宮から追放されているはずです。先代国王様が『戦いの女神』との断絶を望まれていましたので、先々代国王様の味方は全員追放されています。……あ……でも……」
「何か心当たりがあるのですね?」
「ジュリエッタ様の父方の実家が……」
 そこまで口にしてフロラン伯爵夫人は咄嗟に口を両手で押さえた。
 突然母の名前が出た事に驚いたクリスティーヌ王女は、フロラン伯爵夫人を方を向いた。
「お祖父様の実家がどうかされたのですか?」
「あ…いえ、申し訳ございません。きっと勘違いです」
「仰ってください、伯爵夫人!」
 母の名前が出たからには、自分も聞く権利があると思ったクリスティーヌ王女は、椅子から立ち上がりながら声を張り上げた。
「わたくしもお聞きしたいですわ、伯爵夫人」
 王妃も側室とはいえ国王の妻という同じ立場にいる以上、聞く権利はある。
「……」
「ロザリー様、お話された方がよろしいです」
 落ち着きを取り戻したアンが、落ち着いた声で語り掛けた。
「ですが…」
「いずれ分かってしまう事です。ロザリー様がお話できないのでしたら、わたしからお話します」
「アン様……。そうですね、お話した方がよろしいですね」
 伯爵夫人はすぅっと大きく息を吸い込むと、真剣な眼差しを前に向けた。
 目の前にはクリスティーヌ王女が立っている。これから話すことで彼女がどういう反応をしめすのか…。
「ジュリエッタ様の父方の実家……詳しくお話しますと、ジュリエッタ様のお祖父様は、当時、司法大臣の職に就いていました。『あの子』が出席しない裁判で一方的に有罪の判決を下したのです。そして『あの子』を別荘に閉じ込め、屋敷に火を放つように命じたのが、司法大臣の弟…当時、騎士団の最高司令官の地位に就いていました」
「それって……」
「わたくしとアン様の親友に、一方的な有罪を下し、生きながらに火あぶりという処刑を施行させたのが、ジュリエッタ様のご親族でございます」
 そう言い切った伯爵夫人は、ジッとクリスティーヌ王女を見つめた。
 ケインとエテ王子も同時にクリスティーヌ王女を見た。
 クリスティーヌ王女は目を大きく見開き、何も発せずにただただフロラン伯爵夫人を見つめているだけだった。



「王女様は大丈夫でしょうか?」
「わたくし、責任を感じます」
 カップがソーサーと触れる音しか聞こえなかった静まり返った室内に、フロラン伯爵夫人とアンのため息がこぼれた。
 数十分前、伯爵夫人から発せられた衝撃的な言葉を受け、クリスティーヌ王女気を失った。
 今は王妃とケインの2人が彼女に付き添っている。(エテ王子が付き添うと王妃に願い出たが、王妃が頑なに断ったため)
「お祖母様、クリス様にお話したことは本当なんですか?」
 コロリスがお茶のおかわりを用意しながら訊ねた。
「ええ。ただ…」
「ただ?」
「ジュリエッタ様は養女なので、血の繋がりは一切ありません」
「養女?」
「神のお告げがあったとかなんとかで、ジュリエッタ様は先代の国王様に謁見を願い出ました。ですが身分もなく、田舎の小さな村に住む10歳になるかならないかの女の子が、国王様と謁見できるわけもなく、何度王宮に来ても門前払いされていました。そこで声をかけ、女の子の話すことを信じた今のご両親が養女として迎えたのですわ」
「神のお告げ?」
「『私は戦いの女神の生まれ変わり。神から王宮で暮らさないと国が亡びるとお告げを受けた。この国を救うには亜麻色の髪の女が王室にいないといけない』とか申していたそうですわ」
「そんな戯言、信じたんだ…」
「最初は信じていませんでしたが、『あの子』が未来を見る依頼を受けた時、亜麻色の髪の女性が勇者と結婚する光景を見たそうですわ。勇者は姫と結ばれるのが決まり。自分が王室に入れば勇者が迎えに来るとか申していたそうで、勇者との関わりを持ちたい野望を持っていたご両親にはその戯言を真実に変えようと思ったのでしょう。周りはただの作り話だと白い目で見ていましたが、陛下のお妃候補に選ばれ、更に側室ではありますが、亜麻色の髪の姫を授かる事ができましたので、本当に神のお告げだと信じているのでしょう」
「胡散臭い…」
 エテ王子は王族と親しくなろうとする貴族たちのやり方と同じだ…と大きな溜息を吐いた。
「ただ、ジュリエッタ様が妃候補に選ばれてからは不思議な事が起きましたわ」
「妃候補の時?」
「ええ。周りは気づいていなかったようですが、わたくしはその不思議な出来事に気付いておりました」
「何があったのですか?」
「時が遡ったのです」
「「……はぁ?」」
 何を言っているんだ?と、思いもよらなかった言葉にエテ王子とコロリスはキョトンとした顔で伯爵夫人を見た。
 隣に座るアンも心当たりがあるのか小さくウンウンと頷いている。
「同じ日が何回も訪れたのですわ。わたくし、小さい頃から日記をつけていましたので、その異変に気づいていました。同じ日が3回繰り返されました」
「わたしも同じ経験があります。収穫したはずの野菜が、翌日にも収穫できる状況だったんです。採り忘れたのかと思い倉庫を確認してみると、昨日収穫した野菜がちゃんとあったんですよ」
「アン様も体験されましたの?」
「ええ」
 一人なら勘違いだと言いきれるが、2人も体験者がいるとなると現実を帯びてくる。
 調べれば他にも同じ体験をしたことがある人がいるのかもしれない。
「伯爵夫人、その不思議な体験をしたのはいつ頃ですか?」
「日記を読み返してみないとわかりませんわ。少しお時間を頂けないでしょうか?」
「大丈夫です。俺たちは2日後、デルサート王国に出かけますのでお時間は沢山あります」
「では、二日後から取り掛かる事にします。今は孫娘主催のお茶会を楽しみたいですからね」
 にっこりとコロリスに笑顔を見せる伯爵夫人。
 最初は会うのが怖かった。父とは仲が良くなく、どういう人柄かもわからなかった。でも、実際に会って話してみると親しみのある優しい人だ。王妃とも仲がいいらしい。
 もしかしたら、コロリスがどうしても実行に移せない事を手伝ってくれるかもしれない。意を決し、コロリスは伯爵夫人にある相談を持ち掛けた。
「あ…あの、お祖母様。一つご相談したい事があるんですが…」
「わたくしにできる事かしら?」
「実は、移り住む村に劇場を建てようと計画しています。その劇場は誰でも自由に観劇でき、演者も身分に関係なく劇団に入ることができます」
「まあ、素敵ね」
「それで、その劇団の立ち上げにある方をお呼びしたいのです」
「わたくしの知り合いかしら?」
「その方は……」
 コロリスからある人物の名前が出た途端、伯爵夫人の表情が強張った。
 だが、自分が大変お世話になった方でどうしても恩返しをしたいという彼女の熱心に、強張った表情がだんだんと和らいだ。
 一口お茶を飲み、小さく息を吐き出すとカップを丁寧に置いた。
「コロリス」
「は…はい、お祖母様」
 少し強張った声にコロリスに緊張が走った。
「元はと言えばわたくしの主人が蒔いた種です。デルサート王国から戻ってくるまでにはいいご報告をすることを約束しますわ」
「ありがとうございます、お祖母様」
 前に両親に相談した時、難しいという返事を得たこの相談事。王妃に直接相談しようと思ったが、聞き入れてくれるか不安だった。
 実際、今、祖母に相談してよかったと思っている。ずっと胸につかえていたモヤモヤが消えたような気がして、コロリスは帰国する頃にいい報告が得られるのではないかと思えた。


            <つづく>

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