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1章 一日目 転入生
1-1 いつもどおりの登校風景
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「ほら早く! 遅刻しちゃうよ!」
「待てって、まだ靴が」
「んもう。だらしないんだから。ほらネクタイ。曲がってる」
「ん」
玄関先で靴をトントンやっている俺に上を向かせ、咲がネクタイを直してくる。
「えつろー、弁当忘れてるぞー。投げるから受け取れー」
リビングからかーちゃんの声が聞こえてきて、その直後にものすごいスピードで弁当箱の包が飛んでくる。
「きゃっ!」
「うおっ!」
振り向きざま、なんとか受け止める。
もし取れなかったら、咲にぶつかっていたかもしれない。
「あぶねーなかーちゃん!」
「あはははっ。すまないねえ。でもちゃんと取れただろ?」
「取れたけどさー。咲にぶつかりでもしたらどーすんだよ!」
「そんなことにはならないだろ」
「はあ?」
「そうならないようにちゃんと取るのが、お前の責任だって言ってんだよ」
「ったく……」
「ほれほれとっとと行け。遅刻しそうなんだろ?」
「あ、そうだった」
俺は慌てて玄関を出る。
「行くぞ咲」
「んもう。待ってたのはこっちだってば」
そう言いながらも、駆け出す俺に咲はきっちり着いてきた。
* * *
「あ、あれ」
「ん? ああ、珍しいな」
いつもの目標時間ギリギリで駅に到着した俺と咲は、ホームで電車を待つクラスメイトと遭遇した。
緑青ちひろ。
ショートカットで背が低いちんまい後ろ姿。
特徴的なその姿に、俺は声を掛ける。
「おう、緑青。珍しいな。お前も遅刻か?」
「少し寝坊した。でも計算ではまだ間に合う。この電車に乗れば始業時間の5分17秒前には教室に入れるはず。咲たちだって、いつもこの電車で遅刻してないでしょ?」
「ははは。確かに」
緑青は学年順位はいつも一桁の、クラス一の才女。
おしゃべりがあまり好きではないのか、それとも言葉を選ぶことを面倒臭がっているのかはよくわからないが、わりとストレートに毒舌を吐くタイプ。
そして、ほんのすこしだけポンコツだ。
『上り列車をお待ちのお客様にお伝えいたします―』
「ん?」
『本日、信号機故障の影響で、上下線とも大幅にダイヤが乱れております。この次の上り列車はおよそ5分遅れで前の駅付近を走行しております。到着まで、いましばらくお待ち下さい』
「だってさ」
三人でスピーカーを見上げるようにして、構内放送に耳を傾けた。
そして、その内容に思わず苦笑する。
緑青にはこういうところがある。
いつも事前に計算してから行動するのだが、なぜかそれがうまくいかない。
それも、自信満々であればあるほど。
「そんな……」
「まあまあちーちゃん。5分遅れてもギリギリ間に合うはずだから」
「そうだぞ緑青。俺たちと一緒に、向こうに着いたら全力疾走しようぜ」
「駅は……走ったらダメ」
「いやまあそうなんだけどよ」
「でも……」
「ん?」
「駅の外に出たら、全力で走る」
「おう。その意気だ」
「ふふふ。がんばろうね」
「うん」
そしておよそ5分遅れで到着した電車に乗り、俺と咲、緑青の三人は学校前の駅に到着した。
「ねえ、あれって」
「ん?」
不意に咲が俺の袖をクイクイと引っ張って、いま俺たちが降りてきたのとは反対方向の電車を指さした。
「なんだよ。どうかしたか?」
「あれ、みどり先生じゃない?」
「ほう。先生も今日は遅刻ギリギリか」
「違う」
「え?」
「あれ、降りられてない」
「なんだと?」
緑青の言葉に疑問を持ち、俺はもう一度咲が指さした方にある電車をよく見た。
発車し、ゆっくりとホームを滑り出していく反対方向の電車。
確かに、なぜかみどり先生はドアに張り付いたまま遠ざかっていく。
ここが、俺たちの降りるべき駅なはずなのに。
「あ……」
俺はその原因に気づいた。
「どうしたの? 何かわかった?」
咲は、まだその理由に気づかないようだ。
「みどりちゃん、スカート挟まってる」
緑青が遠ざかっていく電車を指差す。
ピッタリとドアに張り付いているみどり先生。
その名前通りの緑のスカートが、閉じられたドアの隙間から外にはみ出して、パタパタと風にあおられていた。
「あー、ありゃダメだ。次あっちが開くのって、どこだっけ」
「えっと……3つ先かな」
「違う」
「え?」
「あれ快速。終点まで開かない」
「あー……こりゃダメだな」
俺たち以上に絶望的な状況のみどり先生。
俺と咲と緑青は、そんな先生の後ろ姿を見送りながら改札へと向かった。
「待てって、まだ靴が」
「んもう。だらしないんだから。ほらネクタイ。曲がってる」
「ん」
玄関先で靴をトントンやっている俺に上を向かせ、咲がネクタイを直してくる。
「えつろー、弁当忘れてるぞー。投げるから受け取れー」
リビングからかーちゃんの声が聞こえてきて、その直後にものすごいスピードで弁当箱の包が飛んでくる。
「きゃっ!」
「うおっ!」
振り向きざま、なんとか受け止める。
もし取れなかったら、咲にぶつかっていたかもしれない。
「あぶねーなかーちゃん!」
「あはははっ。すまないねえ。でもちゃんと取れただろ?」
「取れたけどさー。咲にぶつかりでもしたらどーすんだよ!」
「そんなことにはならないだろ」
「はあ?」
「そうならないようにちゃんと取るのが、お前の責任だって言ってんだよ」
「ったく……」
「ほれほれとっとと行け。遅刻しそうなんだろ?」
「あ、そうだった」
俺は慌てて玄関を出る。
「行くぞ咲」
「んもう。待ってたのはこっちだってば」
そう言いながらも、駆け出す俺に咲はきっちり着いてきた。
* * *
「あ、あれ」
「ん? ああ、珍しいな」
いつもの目標時間ギリギリで駅に到着した俺と咲は、ホームで電車を待つクラスメイトと遭遇した。
緑青ちひろ。
ショートカットで背が低いちんまい後ろ姿。
特徴的なその姿に、俺は声を掛ける。
「おう、緑青。珍しいな。お前も遅刻か?」
「少し寝坊した。でも計算ではまだ間に合う。この電車に乗れば始業時間の5分17秒前には教室に入れるはず。咲たちだって、いつもこの電車で遅刻してないでしょ?」
「ははは。確かに」
緑青は学年順位はいつも一桁の、クラス一の才女。
おしゃべりがあまり好きではないのか、それとも言葉を選ぶことを面倒臭がっているのかはよくわからないが、わりとストレートに毒舌を吐くタイプ。
そして、ほんのすこしだけポンコツだ。
『上り列車をお待ちのお客様にお伝えいたします―』
「ん?」
『本日、信号機故障の影響で、上下線とも大幅にダイヤが乱れております。この次の上り列車はおよそ5分遅れで前の駅付近を走行しております。到着まで、いましばらくお待ち下さい』
「だってさ」
三人でスピーカーを見上げるようにして、構内放送に耳を傾けた。
そして、その内容に思わず苦笑する。
緑青にはこういうところがある。
いつも事前に計算してから行動するのだが、なぜかそれがうまくいかない。
それも、自信満々であればあるほど。
「そんな……」
「まあまあちーちゃん。5分遅れてもギリギリ間に合うはずだから」
「そうだぞ緑青。俺たちと一緒に、向こうに着いたら全力疾走しようぜ」
「駅は……走ったらダメ」
「いやまあそうなんだけどよ」
「でも……」
「ん?」
「駅の外に出たら、全力で走る」
「おう。その意気だ」
「ふふふ。がんばろうね」
「うん」
そしておよそ5分遅れで到着した電車に乗り、俺と咲、緑青の三人は学校前の駅に到着した。
「ねえ、あれって」
「ん?」
不意に咲が俺の袖をクイクイと引っ張って、いま俺たちが降りてきたのとは反対方向の電車を指さした。
「なんだよ。どうかしたか?」
「あれ、みどり先生じゃない?」
「ほう。先生も今日は遅刻ギリギリか」
「違う」
「え?」
「あれ、降りられてない」
「なんだと?」
緑青の言葉に疑問を持ち、俺はもう一度咲が指さした方にある電車をよく見た。
発車し、ゆっくりとホームを滑り出していく反対方向の電車。
確かに、なぜかみどり先生はドアに張り付いたまま遠ざかっていく。
ここが、俺たちの降りるべき駅なはずなのに。
「あ……」
俺はその原因に気づいた。
「どうしたの? 何かわかった?」
咲は、まだその理由に気づかないようだ。
「みどりちゃん、スカート挟まってる」
緑青が遠ざかっていく電車を指差す。
ピッタリとドアに張り付いているみどり先生。
その名前通りの緑のスカートが、閉じられたドアの隙間から外にはみ出して、パタパタと風にあおられていた。
「あー、ありゃダメだ。次あっちが開くのって、どこだっけ」
「えっと……3つ先かな」
「違う」
「え?」
「あれ快速。終点まで開かない」
「あー……こりゃダメだな」
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俺と咲と緑青は、そんな先生の後ろ姿を見送りながら改札へと向かった。
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