黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

文字の大きさ
2 / 171
1章  一日目 転入生

1-1 いつもどおりの登校風景

しおりを挟む
「ほら早く! 遅刻しちゃうよ!」
「待てって、まだ靴が」
「んもう。だらしないんだから。ほらネクタイ。曲がってる」
「ん」

玄関先で靴をトントンやっている俺に上を向かせ、咲がネクタイを直してくる。

「えつろー、弁当忘れてるぞー。投げるから受け取れー」

リビングからかーちゃんの声が聞こえてきて、その直後にものすごいスピードで弁当箱の包が飛んでくる。

「きゃっ!」
「うおっ!」

振り向きざま、なんとか受け止める。
もし取れなかったら、咲にぶつかっていたかもしれない。

「あぶねーなかーちゃん!」
「あはははっ。すまないねえ。でもちゃんと取れただろ?」
「取れたけどさー。咲にぶつかりでもしたらどーすんだよ!」
「そんなことにはならないだろ」
「はあ?」
「そうならないようにちゃんと取るのが、お前の責任だって言ってんだよ」
「ったく……」
「ほれほれとっとと行け。遅刻しそうなんだろ?」
「あ、そうだった」

俺は慌てて玄関を出る。

「行くぞ咲」
「んもう。待ってたのはこっちだってば」

そう言いながらも、駆け出す俺に咲はきっちり着いてきた。

* * *

「あ、あれ」
「ん? ああ、珍しいな」

いつもの目標時間ギリギリで駅に到着した俺と咲は、ホームで電車を待つクラスメイトと遭遇した。
緑青ちひろ。
ショートカットで背が低いちんまい後ろ姿。
特徴的なその姿に、俺は声を掛ける。

「おう、緑青。珍しいな。お前も遅刻か?」
「少し寝坊した。でも計算ではまだ間に合う。この電車に乗れば始業時間の5分17秒前には教室に入れるはず。咲たちだって、いつもこの電車で遅刻してないでしょ?」
「ははは。確かに」

緑青は学年順位はいつも一桁の、クラス一の才女。
おしゃべりがあまり好きではないのか、それとも言葉を選ぶことを面倒臭がっているのかはよくわからないが、わりとストレートに毒舌を吐くタイプ。
そして、ほんのすこしだけポンコツだ。

『上り列車をお待ちのお客様にお伝えいたします―』
「ん?」
『本日、信号機故障の影響で、上下線とも大幅にダイヤが乱れております。この次の上り列車はおよそ5分遅れで前の駅付近を走行しております。到着まで、いましばらくお待ち下さい』
「だってさ」

三人でスピーカーを見上げるようにして、構内放送に耳を傾けた。
そして、その内容に思わず苦笑する。
緑青にはこういうところがある。
いつも事前に計算してから行動するのだが、なぜかそれがうまくいかない。
それも、自信満々であればあるほど。

「そんな……」
「まあまあちーちゃん。5分遅れてもギリギリ間に合うはずだから」
「そうだぞ緑青。俺たちと一緒に、向こうに着いたら全力疾走しようぜ」
「駅は……走ったらダメ」
「いやまあそうなんだけどよ」
「でも……」
「ん?」
「駅の外に出たら、全力で走る」
「おう。その意気だ」
「ふふふ。がんばろうね」
「うん」

そしておよそ5分遅れで到着した電車に乗り、俺と咲、緑青の三人は学校前の駅に到着した。

「ねえ、あれって」
「ん?」

不意に咲が俺の袖をクイクイと引っ張って、いま俺たちが降りてきたのとは反対方向の電車を指さした。

「なんだよ。どうかしたか?」
「あれ、みどり先生じゃない?」
「ほう。先生も今日は遅刻ギリギリか」
「違う」
「え?」
「あれ、降りられてない」
「なんだと?」

緑青の言葉に疑問を持ち、俺はもう一度咲が指さした方にある電車をよく見た。
発車し、ゆっくりとホームを滑り出していく反対方向の電車。
確かに、なぜかみどり先生はドアに張り付いたまま遠ざかっていく。
ここが、俺たちの降りるべき駅なはずなのに。

「あ……」

俺はその原因に気づいた。

「どうしたの? 何かわかった?」

咲は、まだその理由に気づかないようだ。

「みどりちゃん、スカート挟まってる」

緑青が遠ざかっていく電車を指差す。
ピッタリとドアに張り付いているみどり先生。
その名前通りの緑のスカートが、閉じられたドアの隙間から外にはみ出して、パタパタと風にあおられていた。

「あー、ありゃダメだ。次あっちが開くのって、どこだっけ」
「えっと……3つ先かな」
「違う」
「え?」
「あれ快速。終点まで開かない」
「あー……こりゃダメだな」

俺たち以上に絶望的な状況のみどり先生。
俺と咲と緑青は、そんな先生の後ろ姿を見送りながら改札へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...