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1章 一日目 転入生
1-2 いつもどおりじゃなかった転入生
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「おはよー」
「咲おはよー。あ、緑青さんもおはよー」
「おはよう」
俺と咲と緑青は、時間的にはギリギリセーフ。気持ち的にはかなり余裕を持って朝の教室に到着した。
なぜ気持ち的にはかなり余裕だったかって?
そりゃあ当然、あのことを知ってるからだ。
「はいみなさん席についてー」
始業開始のチャイムから数分後、担任ではなく学年主任が俺たちの教室に入ってきて朝のホームルームを始めた。
出席をとり、今日の予定の確認。
そして俺と咲と緑青以外が気になっていたことをクラスメイトたちに発表する。
「えー、萌黄先生は遅刻です。電車のドアにスカートを挟まれて、終点まで行ってしまったそうです」
どストレートに発表する学年主任。
その瞬間、クラス全体がワッと笑いに包まれた。
「なにやってんだよみどりちゃん」
「あははっ。さすがみどり先生!」
「はいはい、静かに。他人の失敗を笑ってはいけません。先生だって人間なんですから、たまにはミスはします。もちろん、萌黄先生は少々多すぎですが」
クスクスと小さな笑いがいまだに漏れ続けている。
基本的に厳しいが、緩めるところはちゃんと緩めてくれる学年主任。
噂ではこの先生が、みどり先生が生徒のころの担任だったらしい。
そりゃあ頭が上がらないわな。
「というわけで、二時間目目は英語の予定でしたが、五時間目のわたしの数学と交換になります。そのつもりで準備をしておくように。はい、号令」
いつもと違う雰囲気のホームルームが、こうして終わった。
* * *
――二時間目がはじまる前の休み時間。俺はふとあることを思い出した。
「ちょっと待て。五時間目の数学が次の時間になるってことは、昼に写そうと思ってた宿題をいまやらなきゃいけないってことか?」
「え、やってきてないの?」
「当然だ」
「そんなのダメじゃない。宿題は家でやるから宿題なんだよ?」
「勉強はどこでやっても同じだって。ってことで緑青。頼む」
「ん」
クラス一の秀才である緑青からノートを借り、俺は宿題の答えを写していく。
「いいの? ちーちゃん。宿題写させてあげちゃって」
「あとでこまるのは悦郎の方。私は気にしない」
「それはそうなんだけど……」
「はっはっはー。そのときはまた緑青に頼るさ」
「それは無理。悦郎との付き合いは卒業まで」
「まあな。俺とお前じゃ頭の出来が違うしな」
「……」
「っと、これで完璧っと。サンキューな、緑青」
「ん」
そうして授業の準備をしていると、廊下から俺の悪友でもある残念イケメンの砂川が教室に入ってきた。
「よう砂川。スッキリしたか?」
「トイレじゃねーよバカ」
「じゃあどこ行ってたんだ?」
「へっへっへー。ちょっとした噂を聞いてな。聞きたいか?」
「いや、聞きたくない」
「そんなー、聞いてくれよおやびーん」
「はいはい。どうせ最初から聞いて欲しかったんだろ。聞いてやるから話せ」
「実はな、うちのクラスに転入生が来るらしい」
「ほう。そりゃまた変なタイミングだな」
「ああ。俺もそう思ってな、ちょっと調べて来たんだ」
「で、何がわかった?」
「なーんにも」
「はあ?」
「でも、一つだけわかったことがあったんだ」
「あったんじゃねえかよ」
「まあまあまあ。でも、コイツが一番大事なところだからさ」
「ふむ……言ってみるがいい越後屋」
「実はですね、お奉行さま。その転入生というのが……」
「はいはいはい、みんな席についてー。悦郎も砂川も、チャイム鳴ってるよー」
「「あ゛」」
額が触れ合うほどの距離で悪巧みごっこをしていた俺と砂川を、いつの間にか教室に到着していた学年主任が、まるで猫の子にするかのように制服のカラーを掴んで引き剥がす。
「転入生のことなら、すぐに実物が見られるから。無駄話してないでとっとと席に着く」
「はーい」
クスクスと周囲から笑われる俺と砂川。
咲は困ったような顔でこっちを見ている。
まあ、俺たちはいつもこんな立ち位置だ。
そして学年主任が教卓に戻り、黒板に転入生の名前を書いた。
「えー、もう聞いてる者もいるかもしれないが、このクラスに転入生がくる。みんな仲良くするように」
黒板に書いてある文字は、『麗美・マジェンタ・ソルフェリーノ』。当然のように、クラス中がざわついた。
「お、おい。外国人か?」
「麗美ってあるからハーフなんじゃない?」
「いや、帰化しただけかもしれない」
学年主任がパンパンと手を叩く。
「はいはい。そんなざわざわしてたら彼女も入りづらいでしょ。悦郎、ちゃんとみんなを静かにさせるように」
「いやなんで俺に。それを言うならクラス委員の緑青にでしょ?」
「ふふふ。すぐにわかる」
「はあ?」
なぜか妙に面白がるような顔つきをする学年主任。
あの人って、あんなキャラだったんだな。
まあ、みどり先生が叱られながらも慕ってるくらいなんだからそういうところもあるか。
「それじゃあ入りなさい」
「はい」
学年主任に促され、廊下から凛とした声が聞こえてくる。
その声の透き通った感じに、再び教室がざわつく。
それは声だけでもわかる美しさだった。
これで顔が伴っていなかったりしたら、そのときはそのときでまた教室がざわざわするだろう。
そして俺たちは、息を呑みながらその転入生が入ってくるのを待った。
「ごくっ……」
ガラッと教室の戸が開く。
そして一歩。
俺たちと同じ上履きを履いた足が入ってくる。
そして揺れるスカート。
一歩二歩三歩。
彼女が教卓に歩み寄る姿に、男子も女子も釘付けになった。
「麗美・マジェンタ・ソルフェリーノです。今日からこちらにお世話になります。日本で暮らすのははじめてなので、なにぶんご迷惑をおかけすることもあるとは思いますが、精一杯がんばりますので、どうぞよろしくおねがいします」
転入生が頭を下げる。
そのキラキラとした金髪に、再び誰かがゴクリとつばを飲み込んだ。
「うおおおおおおおおおっっ!!!」
そして上がる男子どもの歓声。
女子も違った意味で、キャアキャアと黄色い声を上げている。
「金髪縦ロールだ! 金髪縦ロールだぞおい!」
「なんて綺麗な目。あれ、カラコンじゃないよね?」
「ちょっとあの腰の高さすげえぞ。何等身あるんだ?」
そんなクラスの大騒ぎの中で、俺はちょっとだけ冷静でいられた。
というのもとーちゃんやかーちゃんの仕事の関係で外国の人には慣れてたし、金髪やブルーアイもそれほど珍しいものだと思わなくなっていたからだ。
そしてそれは、俺の家によく出入りしている咲も同じようだった。
「すごい美人だね、転入生」
「ああ」
隣の席から身を寄せてきて、コソッと耳打ちする咲。
別にクラス中大騒ぎなんだから、普通に話してもいいのに。
こういうところ、真面目な性格でるよな。
「ちょっと前に鉄子さんのところに出入りしてた外国の人にちょっと似てない?」
「髪の色はな。目はとーちゃんのガイドやってたアンソニーと同じ感じじゃないか?」
「あー、確かに」
ヒソヒソと咲と転入生の感想を交わし合う。
そんなやりとりをしていた俺たちを、じっと見ている人物が一人いた。
その、転入生自身が。
「あの、黒柳悦郎さんですよね!」
「え? あ、はい」
突然の名指しに、思わず返事をしてしまう。
バッとクラス中の視線が俺に集中する。
そりゃあそうだろう。
たぶん俺だってそうする。
俺が、名指しされた当事者でなければ。
「私、あなたの許嫁です! 今日からよろしくおねがいします!」
「はあああああああっっっ!?!?!?!?」
そのひと言で、教室の中が混乱のるつぼに叩き込まれた。
「咲おはよー。あ、緑青さんもおはよー」
「おはよう」
俺と咲と緑青は、時間的にはギリギリセーフ。気持ち的にはかなり余裕を持って朝の教室に到着した。
なぜ気持ち的にはかなり余裕だったかって?
そりゃあ当然、あのことを知ってるからだ。
「はいみなさん席についてー」
始業開始のチャイムから数分後、担任ではなく学年主任が俺たちの教室に入ってきて朝のホームルームを始めた。
出席をとり、今日の予定の確認。
そして俺と咲と緑青以外が気になっていたことをクラスメイトたちに発表する。
「えー、萌黄先生は遅刻です。電車のドアにスカートを挟まれて、終点まで行ってしまったそうです」
どストレートに発表する学年主任。
その瞬間、クラス全体がワッと笑いに包まれた。
「なにやってんだよみどりちゃん」
「あははっ。さすがみどり先生!」
「はいはい、静かに。他人の失敗を笑ってはいけません。先生だって人間なんですから、たまにはミスはします。もちろん、萌黄先生は少々多すぎですが」
クスクスと小さな笑いがいまだに漏れ続けている。
基本的に厳しいが、緩めるところはちゃんと緩めてくれる学年主任。
噂ではこの先生が、みどり先生が生徒のころの担任だったらしい。
そりゃあ頭が上がらないわな。
「というわけで、二時間目目は英語の予定でしたが、五時間目のわたしの数学と交換になります。そのつもりで準備をしておくように。はい、号令」
いつもと違う雰囲気のホームルームが、こうして終わった。
* * *
――二時間目がはじまる前の休み時間。俺はふとあることを思い出した。
「ちょっと待て。五時間目の数学が次の時間になるってことは、昼に写そうと思ってた宿題をいまやらなきゃいけないってことか?」
「え、やってきてないの?」
「当然だ」
「そんなのダメじゃない。宿題は家でやるから宿題なんだよ?」
「勉強はどこでやっても同じだって。ってことで緑青。頼む」
「ん」
クラス一の秀才である緑青からノートを借り、俺は宿題の答えを写していく。
「いいの? ちーちゃん。宿題写させてあげちゃって」
「あとでこまるのは悦郎の方。私は気にしない」
「それはそうなんだけど……」
「はっはっはー。そのときはまた緑青に頼るさ」
「それは無理。悦郎との付き合いは卒業まで」
「まあな。俺とお前じゃ頭の出来が違うしな」
「……」
「っと、これで完璧っと。サンキューな、緑青」
「ん」
そうして授業の準備をしていると、廊下から俺の悪友でもある残念イケメンの砂川が教室に入ってきた。
「よう砂川。スッキリしたか?」
「トイレじゃねーよバカ」
「じゃあどこ行ってたんだ?」
「へっへっへー。ちょっとした噂を聞いてな。聞きたいか?」
「いや、聞きたくない」
「そんなー、聞いてくれよおやびーん」
「はいはい。どうせ最初から聞いて欲しかったんだろ。聞いてやるから話せ」
「実はな、うちのクラスに転入生が来るらしい」
「ほう。そりゃまた変なタイミングだな」
「ああ。俺もそう思ってな、ちょっと調べて来たんだ」
「で、何がわかった?」
「なーんにも」
「はあ?」
「でも、一つだけわかったことがあったんだ」
「あったんじゃねえかよ」
「まあまあまあ。でも、コイツが一番大事なところだからさ」
「ふむ……言ってみるがいい越後屋」
「実はですね、お奉行さま。その転入生というのが……」
「はいはいはい、みんな席についてー。悦郎も砂川も、チャイム鳴ってるよー」
「「あ゛」」
額が触れ合うほどの距離で悪巧みごっこをしていた俺と砂川を、いつの間にか教室に到着していた学年主任が、まるで猫の子にするかのように制服のカラーを掴んで引き剥がす。
「転入生のことなら、すぐに実物が見られるから。無駄話してないでとっとと席に着く」
「はーい」
クスクスと周囲から笑われる俺と砂川。
咲は困ったような顔でこっちを見ている。
まあ、俺たちはいつもこんな立ち位置だ。
そして学年主任が教卓に戻り、黒板に転入生の名前を書いた。
「えー、もう聞いてる者もいるかもしれないが、このクラスに転入生がくる。みんな仲良くするように」
黒板に書いてある文字は、『麗美・マジェンタ・ソルフェリーノ』。当然のように、クラス中がざわついた。
「お、おい。外国人か?」
「麗美ってあるからハーフなんじゃない?」
「いや、帰化しただけかもしれない」
学年主任がパンパンと手を叩く。
「はいはい。そんなざわざわしてたら彼女も入りづらいでしょ。悦郎、ちゃんとみんなを静かにさせるように」
「いやなんで俺に。それを言うならクラス委員の緑青にでしょ?」
「ふふふ。すぐにわかる」
「はあ?」
なぜか妙に面白がるような顔つきをする学年主任。
あの人って、あんなキャラだったんだな。
まあ、みどり先生が叱られながらも慕ってるくらいなんだからそういうところもあるか。
「それじゃあ入りなさい」
「はい」
学年主任に促され、廊下から凛とした声が聞こえてくる。
その声の透き通った感じに、再び教室がざわつく。
それは声だけでもわかる美しさだった。
これで顔が伴っていなかったりしたら、そのときはそのときでまた教室がざわざわするだろう。
そして俺たちは、息を呑みながらその転入生が入ってくるのを待った。
「ごくっ……」
ガラッと教室の戸が開く。
そして一歩。
俺たちと同じ上履きを履いた足が入ってくる。
そして揺れるスカート。
一歩二歩三歩。
彼女が教卓に歩み寄る姿に、男子も女子も釘付けになった。
「麗美・マジェンタ・ソルフェリーノです。今日からこちらにお世話になります。日本で暮らすのははじめてなので、なにぶんご迷惑をおかけすることもあるとは思いますが、精一杯がんばりますので、どうぞよろしくおねがいします」
転入生が頭を下げる。
そのキラキラとした金髪に、再び誰かがゴクリとつばを飲み込んだ。
「うおおおおおおおおおっっ!!!」
そして上がる男子どもの歓声。
女子も違った意味で、キャアキャアと黄色い声を上げている。
「金髪縦ロールだ! 金髪縦ロールだぞおい!」
「なんて綺麗な目。あれ、カラコンじゃないよね?」
「ちょっとあの腰の高さすげえぞ。何等身あるんだ?」
そんなクラスの大騒ぎの中で、俺はちょっとだけ冷静でいられた。
というのもとーちゃんやかーちゃんの仕事の関係で外国の人には慣れてたし、金髪やブルーアイもそれほど珍しいものだと思わなくなっていたからだ。
そしてそれは、俺の家によく出入りしている咲も同じようだった。
「すごい美人だね、転入生」
「ああ」
隣の席から身を寄せてきて、コソッと耳打ちする咲。
別にクラス中大騒ぎなんだから、普通に話してもいいのに。
こういうところ、真面目な性格でるよな。
「ちょっと前に鉄子さんのところに出入りしてた外国の人にちょっと似てない?」
「髪の色はな。目はとーちゃんのガイドやってたアンソニーと同じ感じじゃないか?」
「あー、確かに」
ヒソヒソと咲と転入生の感想を交わし合う。
そんなやりとりをしていた俺たちを、じっと見ている人物が一人いた。
その、転入生自身が。
「あの、黒柳悦郎さんですよね!」
「え? あ、はい」
突然の名指しに、思わず返事をしてしまう。
バッとクラス中の視線が俺に集中する。
そりゃあそうだろう。
たぶん俺だってそうする。
俺が、名指しされた当事者でなければ。
「私、あなたの許嫁です! 今日からよろしくおねがいします!」
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