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1章 一日目 転入生
1-3 いつもどおりになりそうでならなかったお昼どき
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そして午前の授業が終わった。
* * *
当然のことながら、休み時間ごとに質問攻めにされる麗美(本人に呼び捨てにしろと言われた)。
彼女はにこやかにそれらにそつなく対応し、質問した人々に満足のいく回答を与え続けた。
許嫁の件以外は。
「なあおい悦郎。どうなんだ?」
「なにがだよ」
焼きそばパンを食べながら俺に質問をしてくる砂川に、質問をそのまま返した。
そもそも、俺に聞かれてもわかるはずがない。
なにしろ、許嫁がいるだなんて話はじめて聞いたのだから。
「悦郎さん、こちらにいらしたのですか」
麗美……噂の転入生が質問の輪から抜け出して俺たちのところへ来た。
机をくっつけてお昼を食べている俺、咲、緑青、砂川といったおなじみの面々。
そこに、麗美が頭を下げながら入ってくる。
「麗美ちゃんも入りなよ。机、余ってるから」
「あ、はい」
「質問攻めで疲れたでしょ。はい、甘いの」
「ありがとうございます」
緑青がいつも飲んでいる自分のお気に入りの飲み物を麗美に渡した。
「あ、お前。それは……」
一瞬手を出して止めかける俺。
なぜならそれは、緑青しか好まない飲み物だったから。
グアバジュースのエナドリ割り。
しかし時すでに遅く、麗美はそれを口に含んでしまう。
「あら、美味しい」
「え?」
「変わった味ですけど、美味しいですね。故郷にもこんな味の飲み物はありませんでした」
「どうやら彼女は、私と好みが合うみたい。ふふふ」
謎の不気味な笑いを漏らす緑青。
普段から変な飲み物だと言われて少しストレスが溜まっていたのかもしれない。
「そういえば麗美。お前お昼は?」
「あ、はい。ちゃんと用意してありますわ。もちろん、悦郎さんの分も」
「へ? あ、いや。俺は自分の弁当があるから……」
「遠慮なさらずに。別に食べ切れなければ、残していただいてかまいませんから」
「はあ」
しかし麗美は荷物一つ持っていない。
どういうことかと見ていると、麗美はポンポンとまるでレストランで店員を呼ぶかのように手を叩いた。
すると……。
「おわっ!」
どこからともなく現れた黒服が、俺たちの座っていた机に妙に高そうなテーブル掛けを敷く。
そしてさらに別の黒服が現れ、次々と料理を並べていった。
「すげえ……」
砂川が焼きそばパンを咥えたまま、驚きの声を漏らす。
クラスの連中もこちらを見ながら、ざわざわとしている。
「どうぞ悦郎さん。お好きなだけお食べになって」
「あ、ああ……」
その場の空気に飲まれて、俺はうなずくことしかできなかった。
そしてその料理に箸をつける。
「お、美味い」
ある意味、それは見た目通りの味だった。
ちゃんと美味そうで、ちゃんと美味い。
お昼というには少し豪華過ぎるその食事を、俺はパクパクと平らげた。
そんな俺を見る咲は、どこか不満そうだった。
「そういえばさ」
いつの間にか俺のご相伴に与っていた砂川が、名前のよくわからない肉料理を食べながら麗美に尋ねた。
「悦郎の許嫁ってどういうこと? 悦郎も初耳みたいだけど」
「あ、はい。それはそうかもしれません。なにしろ、私の父と、悦郎さんのお父様がお決めになったことですので」
「ええ!? とーちゃんが!?」
「はい」
なにしてくれてんだ、あの謎の冒険野郎は……。
我が父、黒柳豪大。
豪快(というか乱暴)なかーちゃんを、さらに上回る豪快さを誇るとーちゃん。
いつも家を留守にしているヤツは、社会的には考古学者ということになっている。
一応どこかの大学に籍を置いているらしく、准教授とかいう肩書があるらしいがそんなものは似合わない。
やつに似合うのは、まさに冒険野郎という肩書の方だ。
『都市伝説にも一分の理あり』が信条のやつは世界中を飛び回り、噂話に過ぎないような伝説でも根掘り葉掘り調べ尽くす。
そしていくつもの未発見の遺跡をこれまで発見してきた。
もちろん、その数十倍もの空振りを繰り返してのことだが。
「っていうか、なんでとーちゃんがそんなことを……」
「実はですね……」
それからの話は衝撃的だった。
衝撃的というか、信じていいものかどうかかなり眉唾な感じだった。
なにしろ俺のとーちゃんが、まるでハリウッドの映画の主人公のような大活躍をしているのだから。
「と、そんな感じで私の父の命だけでなく、一族の誇りまでも救っていただきまして、それでそのご恩に報いるために娘の私が豪大さまのご子息にお嫁に行こうと……」
「いや待って待って待って。そこのつながりがよくわかんないから」
「はい?」
「まず、とーちゃんに恩を感じるところまではいいや。どこまでそれがホントなのかはおいといて」
「はい」
「で、どうしてそれが俺のところへの嫁入りになるの?」
「どうしてと聞かれましても、一族の恩ですから、豪大さまのご一族にお返ししなければなりませんし」
「うーん……」
「文化の違い」
「え?」
唐突に、緑青が俺と麗美の話に割り込んできた。
「たぶん、理解は難しい。日本語が上手いから誤解しがちだけど、基本の部分は同じじゃない」
「あ、そう……だね。もしかすると私達が考えるよりも、麗美さんのご家族が感じている恩っていうのは、もっとずっと大変なものなのかもしれないし」
緑青の言葉を引き継ぎ、咲がさらに付け加えた。
「そういうもんなのかなあ……」
俺にはよくわからず、首をひねるばかり。
しかし当の本人である麗美は、そんな俺達をニコニコと見ている。
「ということなので皆さん。悦郎さんともども、これからよろしくお願いします」
まるでもうすでに俺の奥さんになったかのような挨拶を、麗美はクラスのみんなにしてしまう。
「うん。こっちこそよろしくね」
勝手に答える砂川。
調子のいいことに、麗美と握手までしている。
というかお前、麗美の手を握りたいだけだろ。
「あ、そうだ。麗美さん、学校の案内まだだよね。私達がしてあげようか?」
咲の提案に、麗美が笑顔でうなずく。
「はい、よろしくおねがいします。では行きましょう、悦郎さん」
「え?」
グイッと俺の腕をとって席を立つ麗美。
なぜか咲の顔に、青筋が一瞬浮かんで見えたのは気のせいかもしれない。
そして黒服ども。
お前らまたどこから現れた。
そして片付けるの早すぎ。
砂川の咥えてたよくわからない野菜スティックまで回収するな。
「いってらっしゃ~い」
俺たちを手を振って見送る緑青。
その顔には、妙に嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。
「ぐふふふ……新旧の嫁さん対決。面白いことになりそう」
* * *
当然のことながら、休み時間ごとに質問攻めにされる麗美(本人に呼び捨てにしろと言われた)。
彼女はにこやかにそれらにそつなく対応し、質問した人々に満足のいく回答を与え続けた。
許嫁の件以外は。
「なあおい悦郎。どうなんだ?」
「なにがだよ」
焼きそばパンを食べながら俺に質問をしてくる砂川に、質問をそのまま返した。
そもそも、俺に聞かれてもわかるはずがない。
なにしろ、許嫁がいるだなんて話はじめて聞いたのだから。
「悦郎さん、こちらにいらしたのですか」
麗美……噂の転入生が質問の輪から抜け出して俺たちのところへ来た。
机をくっつけてお昼を食べている俺、咲、緑青、砂川といったおなじみの面々。
そこに、麗美が頭を下げながら入ってくる。
「麗美ちゃんも入りなよ。机、余ってるから」
「あ、はい」
「質問攻めで疲れたでしょ。はい、甘いの」
「ありがとうございます」
緑青がいつも飲んでいる自分のお気に入りの飲み物を麗美に渡した。
「あ、お前。それは……」
一瞬手を出して止めかける俺。
なぜならそれは、緑青しか好まない飲み物だったから。
グアバジュースのエナドリ割り。
しかし時すでに遅く、麗美はそれを口に含んでしまう。
「あら、美味しい」
「え?」
「変わった味ですけど、美味しいですね。故郷にもこんな味の飲み物はありませんでした」
「どうやら彼女は、私と好みが合うみたい。ふふふ」
謎の不気味な笑いを漏らす緑青。
普段から変な飲み物だと言われて少しストレスが溜まっていたのかもしれない。
「そういえば麗美。お前お昼は?」
「あ、はい。ちゃんと用意してありますわ。もちろん、悦郎さんの分も」
「へ? あ、いや。俺は自分の弁当があるから……」
「遠慮なさらずに。別に食べ切れなければ、残していただいてかまいませんから」
「はあ」
しかし麗美は荷物一つ持っていない。
どういうことかと見ていると、麗美はポンポンとまるでレストランで店員を呼ぶかのように手を叩いた。
すると……。
「おわっ!」
どこからともなく現れた黒服が、俺たちの座っていた机に妙に高そうなテーブル掛けを敷く。
そしてさらに別の黒服が現れ、次々と料理を並べていった。
「すげえ……」
砂川が焼きそばパンを咥えたまま、驚きの声を漏らす。
クラスの連中もこちらを見ながら、ざわざわとしている。
「どうぞ悦郎さん。お好きなだけお食べになって」
「あ、ああ……」
その場の空気に飲まれて、俺はうなずくことしかできなかった。
そしてその料理に箸をつける。
「お、美味い」
ある意味、それは見た目通りの味だった。
ちゃんと美味そうで、ちゃんと美味い。
お昼というには少し豪華過ぎるその食事を、俺はパクパクと平らげた。
そんな俺を見る咲は、どこか不満そうだった。
「そういえばさ」
いつの間にか俺のご相伴に与っていた砂川が、名前のよくわからない肉料理を食べながら麗美に尋ねた。
「悦郎の許嫁ってどういうこと? 悦郎も初耳みたいだけど」
「あ、はい。それはそうかもしれません。なにしろ、私の父と、悦郎さんのお父様がお決めになったことですので」
「ええ!? とーちゃんが!?」
「はい」
なにしてくれてんだ、あの謎の冒険野郎は……。
我が父、黒柳豪大。
豪快(というか乱暴)なかーちゃんを、さらに上回る豪快さを誇るとーちゃん。
いつも家を留守にしているヤツは、社会的には考古学者ということになっている。
一応どこかの大学に籍を置いているらしく、准教授とかいう肩書があるらしいがそんなものは似合わない。
やつに似合うのは、まさに冒険野郎という肩書の方だ。
『都市伝説にも一分の理あり』が信条のやつは世界中を飛び回り、噂話に過ぎないような伝説でも根掘り葉掘り調べ尽くす。
そしていくつもの未発見の遺跡をこれまで発見してきた。
もちろん、その数十倍もの空振りを繰り返してのことだが。
「っていうか、なんでとーちゃんがそんなことを……」
「実はですね……」
それからの話は衝撃的だった。
衝撃的というか、信じていいものかどうかかなり眉唾な感じだった。
なにしろ俺のとーちゃんが、まるでハリウッドの映画の主人公のような大活躍をしているのだから。
「と、そんな感じで私の父の命だけでなく、一族の誇りまでも救っていただきまして、それでそのご恩に報いるために娘の私が豪大さまのご子息にお嫁に行こうと……」
「いや待って待って待って。そこのつながりがよくわかんないから」
「はい?」
「まず、とーちゃんに恩を感じるところまではいいや。どこまでそれがホントなのかはおいといて」
「はい」
「で、どうしてそれが俺のところへの嫁入りになるの?」
「どうしてと聞かれましても、一族の恩ですから、豪大さまのご一族にお返ししなければなりませんし」
「うーん……」
「文化の違い」
「え?」
唐突に、緑青が俺と麗美の話に割り込んできた。
「たぶん、理解は難しい。日本語が上手いから誤解しがちだけど、基本の部分は同じじゃない」
「あ、そう……だね。もしかすると私達が考えるよりも、麗美さんのご家族が感じている恩っていうのは、もっとずっと大変なものなのかもしれないし」
緑青の言葉を引き継ぎ、咲がさらに付け加えた。
「そういうもんなのかなあ……」
俺にはよくわからず、首をひねるばかり。
しかし当の本人である麗美は、そんな俺達をニコニコと見ている。
「ということなので皆さん。悦郎さんともども、これからよろしくお願いします」
まるでもうすでに俺の奥さんになったかのような挨拶を、麗美はクラスのみんなにしてしまう。
「うん。こっちこそよろしくね」
勝手に答える砂川。
調子のいいことに、麗美と握手までしている。
というかお前、麗美の手を握りたいだけだろ。
「あ、そうだ。麗美さん、学校の案内まだだよね。私達がしてあげようか?」
咲の提案に、麗美が笑顔でうなずく。
「はい、よろしくおねがいします。では行きましょう、悦郎さん」
「え?」
グイッと俺の腕をとって席を立つ麗美。
なぜか咲の顔に、青筋が一瞬浮かんで見えたのは気のせいかもしれない。
そして黒服ども。
お前らまたどこから現れた。
そして片付けるの早すぎ。
砂川の咥えてたよくわからない野菜スティックまで回収するな。
「いってらっしゃ~い」
俺たちを手を振って見送る緑青。
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