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5章 五日目 部活は大変だ
5-5 いつもどおりではない午後の授業
しおりを挟む午後の授業がはじまった。
当然のことながら、別のクラスである香染たちはもういない。
というわけで、いつもどおりに戻ったわけだが……。
(首が痛い)
元々朝からうっすらと痛みが残っていた俺の首だったが、昼飯時の香染の攻撃によって完全にやられてしまった。
(これ……もう寝違えたとかそういうのじゃなくなってるような気が……)
まっすぐ前を向いた状態でいることすら、ちょっと厳しくなってきた。
というわけで俺は、わずかに半身になるような体勢で左を向く感じで黒板の方を向いていたわけだが……。
「こら黒柳。ちゃんと身体ごと正面を向かないか」
五時間目の授業の担当である、学年主任に当たり前のように注意されてしまった。
「先生。悦郎さん、ちょっと首を痛めてしまったみたいで」
スッと綺麗な姿勢で手を挙げ、俺の代わりかのように麗美が学年主任に首のことを説明してくれた。
「ん? 寝違えたりでもしたのか?」
教卓を降りて近づいてきて、俺の首の様子を見ながら心配そうにしてくれる学年主任。
ホントこの先生は基本的には厳しんだけど、こっちのことをちゃんと考えてもくれる。
さすがはみどり先生をちゃんと育てただけはあるな。
「いや、最初はそうだったんだけど……」
俺はことのあらましを説明する。
「ああ、香染か……アイツ結構勢いで行動するからなあ」
どうやらあの暴走少女は先生たちの間でも有名らしい。
「で、そのままでなんとかなるのか? いや、無理だからその体勢なのか」
学年主任は教卓に戻る。
「えーっと、保健委員。このクラスの保健委員、誰だっけ?」
白藍が手を上げた。
クラス三大歴女の1人で栗毛のダブルドリル。しかも病弱で興奮すると鼻血が出るという謎のキャラ付け山盛りな白藍。
一番保健室のお世話になっていそうな白藍自身が保健委員だったとは、幸い(?)にも保健室の世話になったことがない俺はまったく知らなかった。
「白藍さんか。黒柳のやつを保健室に連れて行ってくれるかな?」
「わかりました」
「あ、先生。俺、大丈夫ですよ?」
「いやいや、大丈夫じゃないから。というか、そんな半身で構えられるとすごい目立つから。こっちから見ると、お前が思っている以上だぞ?」
「そうなんですか?」
「いいから行って来い。ちょっと湿布張ってもらうだけでも全然違うから」
「了解です」
保健室に行くこと自体は面倒だったが、授業をサボれるのは少し嬉しかった。
「じゃあ桜子、よろしくね?」
「ん」
歴女仲間の咲が白藍に俺のことを頼んでいた。
言葉数の少ない白藍。彼女が饒舌になるのは、歴史関係の話のときだけだ。
そして俺はそっち関係はあまり知らない。
つまり、ほとんど言葉を交わしたことはなかった。
* * *
「じゃあ私これで」
「おう、手間かけたな」
「失礼します」
保健室に俺をおいて、白藍が1人教室に戻っていく。
ここに来るまでの間も、結局ひと言も口を聞かなかった。
嫌われてるのかなとも思ったが、そういう子なんだと咲が前に言っていたような気もした。
(まあいいか)
それよりも今は目の前の問題だと、俺は正面に向き直った(実際には半身になって首を左に向けた状態だが)。
「ほほう、珍しい子が来ましたね。で、どうかしましたか?」
「いや、見たとおりなんですけど」
「うんうん。首が回らないんだね」
養護教諭の船越さん。保健室をほとんど利用しない俺はよく知らなかったが、その評価はほぼ二分されていた。
笑顔が気持ち悪い派と、笑顔に癒やされる派。
俺はどちらかというと、笑顔が気持ち悪い派……かもしれなかった。
なんというか、中華街あたりで見かける笑顔のお面のような感じがしてしまったのだ。
「それじゃあちょっと揉んでみようかな」
「え?」
学年主任が言っていたとおり、せいぜい湿布でも張ってもらえる程度だろうと思っていたのだが、そうではないみたいだった。
船越さんは立ち上がると、俺の背後に立つ。
そちらを軽く振り向いてみようとしたが、すぐに肩に手を置かれてそれを制止されてしまった。
(う、動けない? なんだこれ……)
あまり大柄ではない船越さん。
どちらかといえば小柄で、立っていても保健室の丸イスに座った俺とほとんど変わらないくらいの背の高さしかない。
しかしながら、その手が実に頼もしかった。
(すごく……安心する……)
左を向いたままの俺の視界に入っている薬棚に、船越さんの横顔がうっすらと映っていた。
さっきまであんなにも胡散臭く感じていた笑顔が、今ではそうでなく感じられる。
(なるほど……世話になったことがあるかどうかで、完全に印象が変わるのかもな)
そのまま船越さんの手が動き始めた。
てっきり直接首を揉むのかと思ったが、そうではなかった。
まずは肩。そこから肩甲骨の周りをほぐしていき、俺の腕を挙げさせたり回させたりしながら、腰のあたりまでの筋肉を解していく。
「筋肉っていうのは繋がっていますからね~、全体のバランスが大事なんですよ~」
そうして直接首には触れないまま、船越さんの施術がしばらく続く。
「はい、もういいですよ」
「え?」
「首、動くようになったでしょ?」
言われて俺は、恐る恐る首を回してみた。
すると……。
「おおっ!」
まるで朝から(というか香染にやられてから)の痛みが嘘だったかのように、俺の首はなんということもなく左右に回すことができた。
「すごいっす。もしかするといつもより全然軽いかも」
「はっはっは。調子にのって360度とか回さないようにね。さすがにそれはもう治せなくなっちゃうから」
自分の席に戻り、ニコニコと俺を見ている船越さん。
もうこれっぽっちもその笑顔に、胡散臭さは感じなかった。
それどころか、神々しさすら感じる。
もしかするとこの人、ものすごい人なのかもな。
そんなこんなで、授業を受けることなく俺の五時間目は終了したのだった。
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