黒柳悦郎は走ったり走らなかったりする

織姫ゆん

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6章  六日目 ろくしょう

6-8 いつもどおりはまだ遠い帰宅後

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「お、どうだった麗美」
「まだ熱が下がらないみたいです」
「そうか」

自宅のリビングでくつろいていた俺は、お見舞いから戻ってきた麗美に咲の様子を尋ねた。

「ま、明日になればよくなるでしょ。ああ見えて咲ちゃん、意外と丈夫だから」
「かーちゃんほどではないけどな」
「がっはっはっは。そりゃそうよ。私はこの身体が資本だからな」

そう言ってかーちゃんは上腕二頭筋を見せつけるようにムキムキとさせる。

「触ってもいいですか?」
「どーぞどーぞ遠慮なく触ってちょうだい」
「うわぁ~。カチカチです」

麗美がかーちゃんの上腕二頭筋に触れてその硬さに感嘆の声を漏らしている。
わりとよく見る光景。
かーちゃんが筋肉自慢をすると、周りの女子はだいたいあんな感じになる。
まあ、女の子は意外と筋肉好きだよな。
体育教師の春日部はあんまり人気ないけど。

「悦郎~、肉焼き始めるから手伝え~」
「おーう」

一旦自分の家に帰った緑青だったが、どうやらそれは夕食の食材を取りに戻っただけだったらしい。
それならそうと言えば俺も麗美も付き合ったのに、そんな風に言ったらアイツは『ぐふふ』と笑ってお二人の邪魔しちゃいけないと思ってね、などと抜かしやがった。
別に邪魔とかそういうのじゃないのにな。
まあいいけど。

「にっくにっく~」

まだいたのかと言いたくなるタイミングで、美沙さんがトレーニングルームから姿を表した。

「美沙~、今日も肉やるから寮から若い連中呼んできてやんなー」
「わっかりました鉄子さんっ」

きれいな角度で敬礼し、猫を思わせるしなやかな動きで美沙さんが玄関から飛び出していく。
おそらく数分もしないうちに、美沙さんやかーちゃんのようなガタイのしっかりした女性たちで我が家はいっぱいになるだろう。

「そっちのダンボールに肉入ってるから出しといて~」
「了解」

最初からうちの分だけでなく、かーちゃんのところの連中の分も賄うつもりだったのだろう。緑青はキロ単位で肉を持ち込んでいた。
それはもういつもの夕食というよりも、焼き肉パーティーと呼んでしまった方がいいような量だった。

「あ、そうだ。麗美に頼まれてるのも持ってきたんだった」
「ん?」
「そっちの箱開けて悦郎」
「こっちのちょい小さい方か?」
「そうそれ」

麗美が何を頼んだろうと好奇心を刺激されながら、俺は緑青の指定した小さな箱を開けた。

「うおっ」

そこには、他の箱とはかなり違った物が入っていた。

「そんなに驚くことないでしょーが。ただの牛のしっぽだよ」
「いや……調理前のははじめてだから。意外とグロいな」
「そう?」

ジュージューと肉を焼きながら、緑青がリビングの方を振り向く。

「麗美ー。しっぽ持ってきたよー」
「はーい。ありがとうございまーす」

キッチンに緑青だけでなく、麗美までもが立つ。
麗美はスマホで誰かに連絡を取り、レシピかなにかを聞いているようだった。
たぶん、藤田さんだろう。
いや、もしかするとばあやとか言う人かもしれないな。
まあ、どっちでもいいけど。

「あの……悦郎さん」
「ん?」

牛のしっぽをしげしげと眺めていた俺に、若干申し訳なさそうに麗美が声を掛けてきた。

「下処理を手伝っていただいてもよろしいですか?」
「ああ、別にいいけど」
「まず、血抜きからなんですけど……」
「あ、そうなるか。まあ、そうだよな。これ、しっぽそのものだもんな」
「はい」

箱からつまんで取り出した牛のしっぽが、ダランと俺の目の前に垂れている。
これを調理したものが美味いことは知っている。
しかし今はまだ、食材としては見れない。
単なる、牛のしっぽだ。

(ええい、ままよっ)

俺は麗美の指示を受けながら、それの下処理を開始する。
思ったよりもにじみ出てくる赤い色に、ちょっとだけ気持ち悪くなってしまったのは麗美にも緑青にも秘密だった。

かーちゃんにはバレてたみたいだけど。

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